ヒブと肺炎球菌の小児細菌性髄膜炎のお話

気持ちだけ一般向けのタイトルにしていますが、ヒブとはH.influzae(type B)であり肺炎球菌はS.pneumnoniaeです。これは別に「それぐらい知っているぞ」の自慢ではなく、引用する図表にそう表記してあるので御注意下さいの意味です。参考資料を色々さがしてみたのですが、多くのところが下敷きにしているのが本邦における小児細菌性髄膜炎の動向(2005〜2006)のようなので、私もそうさせて頂きます。

まず起炎菌ですが

見ればそのままなんですが、ヒブが55%、肺炎球菌が19.5%と、この2つで74.5%を占めます。第3位のS.agalactiaeとは略称としてのGBSが有名で、とくに新生児期の感染で、髄膜炎だけでなく非常に手強い菌です。GBSの話は今日は置いておきます。細菌性髄膜炎は細菌性髄膜炎であると言うだけで非常に手強い病気なのですが、ヒブと肺炎球菌に関してさらに手強くなっているデータも示されています。
ヒブはABPC(アミノベンジルペニシリン)、肺炎球菌はペニシリンに対する耐性菌(Resisitant)の増加を示しています。従来、髄膜炎の治療には髄液移行性が高い抗生剤として、ペニシリン系の大量投与が基本とされています。髄膜炎は脳血液関門を越えての感染であり、ここは抗生剤の浸透率が悪く、そのためペニシリン系を基本として用いられていました。

ところが耐性菌の増加によりペニシリン系の投与が有効でなくなってきています。そのために様々な抗生剤投与の工夫が行われているのですが、ここは耐性菌の増加により治療が手強くなってきているぐらいに理解してもらえれば十分かと思います。セフェム系の耐性菌も増えてますからね。

このためにもワクチンによる予防が必要なんですが、小児の髄膜炎はいつ頃に多いかです。だいたいどこでも5歳未満に発症し、とくに1歳未満に多いとなっていますが、もう少し詳細なデータを示しておきます。本邦における小児細菌性髄膜炎の動向(2005〜2006)のデータを少し編集して、ヒブと肺炎球菌に絞ってグラフにしました。

見ればお判りのように、1歳未満と1歳以上の発症数はほぼ同じで、とくに1歳未満が多く、続いて1歳児がその半分ぐらいで、2歳以降はさらに少ないのが確認できます。ワクチンによる予防は早ければ早いほど良いのは誰でも直感的に判るかと思います。では1歳未満の月齢での分布なんですが、
0ヶ月から発症はありますが、5ヶ月ぐらいから増え始め、9ヶ月ぐらいでピークを迎えるのが判ってもらえるかと思います。0〜4ヶ月あたりまでやや少ないのは母体からの免疫の移行の影響のためとも言われています。これが切れ欠けると共に、外出の機会も増えてくるのも一因ではないかとも考えられています。そうなると、髄膜炎の予防のためには4ヶ月ぐらいまでにワクチン接種を行うのが望ましい事になります。


もっと早い方がより望ましいのですが、接種開始月齢が2ヶ月であり、初期3回の接種が必要なので早くても4ヶ月までにならざるを得ません。ヒブも肺炎球菌も、髄膜炎を念頭に置くとワクチン接種は早いほど良いのですが、現実は厳しいところがあります。これは自治体で異なる部分が多いのですが、生後6ヶ月までに接種が望ましいというか、接種が勧められているワクチンは現在のところ、

予防対象疾患 ワクチン略称 回数(6ヶ月まで) 他の予防接種

との間隔
ヒブ Hib 3回 1週間
肺炎球菌 PCV7 3回 1週間
ジフテリア、百日咳、破傷風(三種混合) DPT 3回 1週間
結核 BCG 1回 4週間
ポリオ(急性灰白髄炎 OPV(IPV) 1回(4回) 4週間(1週間)



このうち神戸ではBCGとOPVが保健所での集団接種です。とくにBCGは接種が生後6ヶ月までに接種するのが原則で、神戸では4ヶ月検診(これも集団検診)時に行われます。4ヶ月検診までにDPT、Hib、PCV7の接種を済ませるのは日程的に無理がありますから、BCGを挟んでの接種が必要になります。この挟むというのも大変になっています。

挟むためにはなるべくBCGに近づけて他の接種を行わなければならないのですが、そのために接種日が限定的になります。まだこれはなんとかなるのですが、例の事件以来、同時接種の忌避傾向が強く、バラ打ち接種に大きく傾いていますから、日程的に非常にタイトになり、パズルを組むような接種スケジュールが必要になります。

それと4ヶ月にもなれば、兄弟姉妹から風邪をうつされる機会が増えてきます。バラ打ちですから、ほぼ毎週の様に接種が必要になるのですが、感冒症状で中止が起こると、パズルがさらに難解な物になります。正直なところ、保護者の理解を越えたスケジュールを強いられるとしても良いと思います。接種する側もバラ打ちになり、接種人数が単純に言えば3倍になっていますから、スケジュール調整の余裕が乏しくなっています。いくら頑張っても接種できる数に限界はあります。

インフルエンザ接種の時期にどうなるかハラハラしています。つう事でぼやいています。


もう一つ、現在声が大きくなっているOPVからIPVの変更(DPT+IPV)は近いうちに認められる情勢にはあるようです。OPV問題は今日は置いておきます。それより懸念しているのは、承認予定のロタワクチンです。ロタワクチンは6ヶ月までに生ワクチン(次の予防接種まで4週間)で3回投与が基本スケジュールのようです。ただそうは言われても、現在のバラ打ち接種状態では到底接種不可能です。

だから「出来ない」でも現状では仕方ないと思っていますが、ロタ優先接種を希望されたらどうしようです。DPT、Hib、PCV7を後回しにしてロタを接種してくれとの希望です。希望ですから言われるがままに接種しても良いのですが、運悪く髄膜炎にでも罹患されたら説明不足による注意責任義務に問われかねません。ロタだって脳炎起しますから、むやみに「拒否」も好ましそうに思えません。

対策としてはロタは承認されても公費での接種がいきなり行われるとは思えませんから、必殺「当院では取り扱っておりません」にしようか悩み中です。これが時間とリスクの節約のために一番効果的なように思えるからです。

ここは考えようで、もしロタが公費化されたら、バラ打ち接種では両立は不可能です。いや公費化されなくとも、承認時に他のワクチンとの並立が実質的に難しい現状が問題になれば、なにがしらかのアクションが起こるかもしれません。まあ、「気にもされない」可能性の方が遥かに高いのですが、何かキッカケがないと現状は変わりにくいところです。


細々とした日常診療の悩みは尽きないのですが、3本同時接種の忌避は現状ではやむを得ないとは言え、せめて2本同時接種ぐらいは広がってくれないかと、予約表を見ながらため息をついています。色々と愚痴も混じりましたが、DPT、Hib、PCV7は可能な限り早く接種する事を改めてお勧めします。

予防接種は接種する前には様々なデメリットに目が行きますが、実際に罹患すると後悔する事が多い治療です。それと念のために付け加えておきますが、HibもPCV7も髄膜炎予防しか効果の無いワクチンではありません。ヒブも肺炎球菌も三大市中感染菌の一つです。

髄膜炎以外の肺炎や副鼻腔炎、中耳炎などなどの起炎菌として頻度の高いものです。そういう髄膜炎以外の感染症への予防効果も一定の割合で期待できます。髄膜炎以外の感染症も、髄膜炎同様に母体からの移行免疫が低下した頃から頻度が増え、さらに重症化します。なるべく早期に接種される事を期待します。