なぜに「自称」の小さなミステリー

5/15付産経新聞(Yahoo !版)より、

自称病院長をひき逃げ容疑で逮捕「人と思わなかった」 千葉

 県警千葉中央署は15日、自動車運転過失致死と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで、自称・城東社会保険病院(東京都江東区)病院長、高橋正志容疑者(60)=千葉市中央区登戸=を逮捕した。

 同署によると、高橋容疑者は「ドンと何かに乗り上げた感じだったが、人とは思わなかった」と供述しているという。

 逮捕容疑は14日午後7時45分ごろ、同市中央区寒川の市道で、道路に倒れていた住所・職業不詳の仲重久さん(65)をはねたまま逃げたとしている。

 仲さんは病院に運ばれたが、間もなく死亡した。同署は、目撃証言などから割り出した車両を、高橋容疑者方近くの駐車場で発見。バンパーに人をはねた痕跡があるのを確認した。

ひき逃げ事故に遭われ死亡された被害者の冥福を心より願います。記事自体は単なるひき逃げ事故のベタ記事です。かなりスピード逮捕だったようで、5/14の午後7時45分頃に事故が発生し、記事のタイムスタンプが

5月15日(日)12時25分配信

こうなっていますから、5/15の午前中には容疑者をつきとめて逮捕に至ったと考えて良さそうです。警察の捜査力はさすがです。被害者がなぜに道路に倒れていたかとか、被害者が「住所・職業不詳」とか、日が暮れてから道路に倒れている人間を避けるのは難しいの点も興味も少しひきますが、今日は置いときます。問題は容疑者です。記事の見出しにも「自称病院長」とあり、記事中にも「自称・城東社会保険病院(東京都江東区)病院長」とあります。

「自称」と言うぐらいですから、容疑者本人はそう名乗っているのでしょうが、これをどれだけ疑う余地があるかどうかです。通常こういう記事で「自称」とされるので多いのは、自称する職業が怪しげとか、本業は別にありそうとかが多いように感じています。たとえば自称「○○アーティスト」とか、自称「△△コーディネーター」とか、自称「××活動家」とかです。

ここで病院長は怪しげな職業ではありませんし、本業が別にありそうな感じもしません。ちょっとだけ確認すると医籍検索にも勤務先と自称する病院(魚拓に出来なかったのでDLしてます)にも容疑者の名前が確認できます。詳細は分かりませんが、記事からすると

    同署によると、高橋容疑者は「ドンと何かに乗り上げた感じだったが、人とは思わなかった」と供述しているという。
とくに頑強に黙秘権を行使している様子は窺えません。そもそも「自称」ですから、容疑者自らが「病院長」と名乗っているのも間違いありません。そうなると容疑者確認の裏付け捜査が警察発表時点では終ってなかったぐらいが考えられます。ただなんですが捜査の様子からすると若干不自然です。
    同署は、目撃証言などから割り出した車両を、高橋容疑者方近くの駐車場で発見。バンパーに人をはねた痕跡があるのを確認した
記事を信じると、犯行車両が先に特定されたと考えられます。そうなればナンバーから所有者を割り出し、容疑者の自宅なりに捜査が向けられたと考えるのが自然です。これも警察が自ら出向いたのか、警察に容疑者を呼び出したのかが不明ですが、警察に逮捕された時点で免許証とか、車検証とか、自賠責の確認はされるでしょうし、必要あれば家族にも照会は行われると思います。ついでにと言うわけではありませんが、身元確認が必要なら勤め先にも照会は行われると思います。

つらつら書いたら長そうですが、逮捕と同時進行の捜査手続きのような気がします。さほど時間を要する確認作業とは思いにくいですから、警察発表も身許を確認してから行われるんじゃないかと思います。身元の確認が難航するようなケースとか、社会的に注目されていて、身元の確認が不十分なまま発表せざるを得ないケースにはちょっと思いにくいところがあります。


そうなると逆に興味がわいてきます。自称病院長の本物は間違い無く存在するとして良いと思います。しかし警察捜査では容疑者が本物と同一人物であるかどうかについて、疑問を差し挟む余地があるとしている事になります。外野から見ると容易そうな身元の確認が難航している事情が生じているかもしれないです。

一番ポピュラーな可能性は替え玉の可能性です。ただしこれは動機が薄くなります。替え玉を行うメリットは、犯人が直接刑を受けないところにあります。これが「病院長のクルマを私が運転していました」と院長の事故の替え玉なら可能性はありますが、院長を名乗って刑を受けると、司法罰こそ身代わりに出来ますが、行政罰、民事罰は降りかかります。

刑事罰だけ回避する目的で身代わりが行なわれている可能性は否定できませんが、そのためだけに身代わりが行われている可能性はやはり薄そうに思います。院長が誰かの替え玉になっているとしても、それでも「自称」は不可解です。

ほいじゃ、もう少し捻って、同じ身代わりでも院長を陥れようとするものです。院長が事故を起した事にして、院長に罪を擦り付ける身代わりです。これもまた無理があって、院長には行政罰、民事罰が下ってきます。その時点で身代わりは確実に露見しますから、罪がさらに増えるだけとも見えます。そんなメリットの無い事をする理由が思い浮かびません。

それでは、現在逮捕されている容疑者は犯行を認め、院長と自称しているが、なおも自称の可能性が疑われるみたいな状況があることになります。つまり「オレは病院長であり、事故を起した」とは主張しているものの、どうも全部が作り話みたいに疑われている状況といえばよいでしょうか。

これも無理があって、警察は犯行車両から容疑者を割り出す手順を踏んでいます。簡単には所有者が怪しいから逮捕したみたいな段取りです。当然ですが、所有者を確認した上での逮捕になっているはずです。もしそうなら所有者と自称する男を逮捕した事になり、なおかつ本人かどうか疑っている時点でわざわざ警察発表を行うかになります。たしか警察発表はすべての捜査内容をリアルタイムで必ずしも発表しないはずです。


もうちょっと常識的に考える事にします。何故に容疑者の身元確認が難航しているかは不明ですが、通常の警察発表自体が実はこんな感じではないかと言う推理です。どこまでやれば身元確認終了になるかは存じませんが、正式の身元確認は案外手間がかかるものと仮定してみます。ですから警察発表時点では、職業は通常は「自称」になっている可能性です。

事件があったのは千葉市ですが、新人記者は最初に警察所担当、マスコミの業界用語で「サツ回り」を担当することが多いとされます。そこで記者は警察発表の情報を集め、ニュース価値が高いと判断したものを記事にまとめデスクに送るわけです。多くはベタ記事になりますが、これが記者稼業の最初のルチーンと聞いた事があります。

記者が入社してどれほどの新人研修期間を行うか知る由もありませんが、初めて記事にした警察発表記事を鵜呑みして書いた可能性です。どういう事かと言えば、「自称」と書いてあっても慣例的にほぼ間違いないと判断すれば職業を特定して記事にすると言うのがあり、余程怪しいケース以外は「自称」を使わないみたいなものがあるとすればどうでしょうか。

ただこれも難点がテンコモリで、新人である方がデスクのチェックは厳しくなるはずです。新人が記事を書くと言うのは同時に勉強もかねているはずですから、「自称」の件の理由も問い詰められるはずです。さらにになりますが、見出しは整理部の受け持ちのはずですから、整理部までが記事に引っ張られて「自称」を使ったと言う珍妙な事にもなります。


新人記者のチョンボ説も説得力に欠けそうです。困ったな? これ以外に考えられるのは、記事ではそれなりに落ち着いて事情聴取に応じている様に読めますが、実際はそうでない状況はどうでしょうか。記事情報からして、

  1. 犯行車両の特定はほぼ出来ている
  2. 犯行車両の所有者の特定も終了
  3. 所有者を逮捕して免許証で本人確定も終了
  4. 容疑者である所有者も犯行を認めている
本人の確定なんですが、容疑者のフルネーム、年齢、住所が確認されているように思えますが、ここも実は微妙で、記事の書きようは病院長である事だけを疑われているのか、名前自体まで疑われているのか判然としないところがあります。つまり取調べで半狂乱になり「こいつは本当に院長か?」と疑わせる言動や行動があった可能性はあります。どうやら本人らしいが、ちょっと保留しておこうぐらいの警察発表です。


容疑者が医師(とくに病院長)であると言うのもニュース・バリューを認めたとは思いますが、警察発表がわざわざ「自称」としている点にも、記者や整理部がニュース・バリューを認めたようには感じます。自称にニュース・バリューを認めたなら、何故に「自称」であるかを記事にして頂ければ良かったのにと野次馬的には思っています。

まあ、小さなミステリーとして楽しめました。それにつけても、交通安全にはくれぐれも気を付けましょう。