サマータイムの亡霊

首都圏の電力事情の夏場での逼迫が予想され、サマータイムの亡霊が出てきているようです。日本でも戦後の一時期にサマータイムが導入された時期があったそうですが、当然ですが私は経験していません。ただサマータイムは経験してませんが、夏時間・冬時間は経験したことがあります。あれは夏時間から冬時間の移行はラクでしたが、冬時間から夏時間の移行は大変辛かったのを今でも覚えています。

そりゃ、ある日を境にして起床時刻が1時間ほど突然早くなるわけですから、当時は寝坊だった私にしてみれば、難行苦行の代物でした。もっとも冬時間への移行は朝は良いとして、昼食が遅くなるのは少々辛い経験でした。人間の生活リズムと言うか、体内時計はそう簡単に時刻合わせしてくれないからです。

さてサマータイムで何時間繰り上げる腹積もりかは知りませんが、1時間案と2時間案はあるみたいです。2時間は少々無茶として、1時間繰り上がるとどうなるかです。試算では省エネになるとはいっぱいあったと思いますが、自公政権時代のサマータイム論議の時に第一生命経済研究所経済調査部が行ったサマータイム制導入の経済効果をちょっと見てみます。これが面白くて、要旨の所だけ引用しますが、

  • 自民・公明両党がサマータイム法案を今国会に提出することで合意した。同法案は、3月の最終日曜日から10月の最終日曜日までの7ヶ月間、時計の針を1時間進める制度で、2007年1月の制度導入を目指している。サマータイムの導入に伴って、我々の生活活動時間内に明るい時間が1時間増加すれば、娯楽・レジャー・外食等への出費増を通じて経済効果をもたらす可能性がある。
  • これまでの日照時間と家計消費の関係から導き出せば、7ヶ月間にわたり明るい活動時間が1 時間増加することは、家計の消費支出増加を通じて年間の名目GDPを+ 1兆2,094 億円(前年比で+ 0.2%p) 押し上げる効果が期待できる。
  • 足元の雇用者数を約5355 万人(2004 年平均) とすれば、雇用者一人当たりでは7ヶ月間で約+ 22,585 円(1ヶ月当たり平均約+ 3,226 円) ほど家計の消費支出が増加することになる。
  • 影響を品目別で見れば、外出に関連した娯楽・レジャー・文化や外食・宿泊、アルコール飲料・タバコ、および被服・履物等への支出が増加することになる。
  • 影響を産業別で見れば、外出に関連したサービス業や卸売・小売業等、それに付随する運輸・通信業や製造業にはプラスの影響が及ぶ。
  • ただ、サマータイムを導入しても勤務時間が増えてしまえば、その分だけ経済効果は縮減されてしまう。こうしたこと等を勘案すれば、当社が想定する程の経済効果が発生しない可能性も十分考えられる。

何がおもしろいって、要旨には省エネ効果は一言も書かれていません。この時の分析で焦点となったのは終業時間が1時間繰り上がることによる消費効果のみを論じているのが判ります。1時間繰り上がると現在の時刻の午後4時に終業となります。日の高いうちに終業するので、その間に

    娯楽・レジャー・外食等への出費増を通じて経済効果をもたらす可能性がある
ここは他のところにも説明が書いてあり、

サマータイムの導入で増加するのは余暇時間そのものではなく、余暇時間に占める日照時間である。

もちろん勤務者の誰もが懸念する、

    ただ、サマータイムを導入しても勤務時間が増えてしまえば、その分だけ経済効果は縮減されてしまう。こうしたこと等を勘案すれば、当社が想定する程の経済効果が発生しない可能性も十分考えられる。
正直なところ、現在の午後4時に該当する時間にイソイソと帰宅できる人は限られているでしょう。この第一生命の分析でもっと面白かったのは、名目家計消費の費目別効果です。ここの家計における「住居・電気・ガス・水道」の負担ですが、

約▲ 1,492 億円

これがどうにも判り難いところで、早く帰宅すれば、それだけ家庭内の光熱費は増えそうなものですが、減るとなっています。へぇってなところですが、名目GDPの産業別効果があり、ここでは、

なお、鉱業、建設業、電気・ガス・水道業、不動産業においては、日照時間と統計的に有意な関係は検出されなかった。

電気の名目GDPは消費電力に比例すると考えられそうですから、第一生命の分析ではあんまり効果が無いとしているようです。もう一つ参考資料を見てみます。これは環境庁の資料ですが、そこにサマータイム制度導入による省エネ効果試算結果((財)社会経済生産性本部)があります。

平成15年試算で、家庭用照明需要が原油換算で47.5万キロリットル減少し、家庭用冷房需要が6.2万キロリットル増えるとなっています。ついでにいえば総エネルギー消費量は93.4万キロリットル減る試算となっています。どうでも良さそうな関連ですが、4/12付NEWSポストセブン「蓮舫大臣提案のサマータイム 本当に効果あるか専門家試算」にある試算部分なんですが、

 まず、私たちの試算(2008年3月推計)では、業務用照明および冷房の需要が減少。一方、家庭では(まだ明るい時間帯に帰宅する人が増えるため)冷房用の需要がやや増加するものの、トータルとして電力需要を大幅に削減する結果となった。

 具体的に述べると、サマータイム制度の省エネルギー効果(短期直接効果)は、原油換算にして年間約91万キロリットルという結果が出た。この数値は340万キロワットの太陽光発電システムの発電量に相当する。

これは住環境計画研究所所長の中上英俊氏の主張なんですが、平成15年(2003年)推定と較べると数値が近いことがわかります。2003年では93.4万キロリットルで、2008年では約91万キロリットルですから、おそらく似たような試算になっていると考えても良さそうです。2003年の93.4万キロリットルの試算は日本生産性本部生活構造改革をめざすサマータイムがネタモトですから、そこの試算部分を引用しておくと、

 今回(平成15年度)の試算結果では、省エネ効果として約93万?リットル(原油換算)、CO2 削減効果としては約40万?(炭素換算)という結果となった。前回調査(平成10年度)と比較すると、省エネ効果で約7万?リットル、CO2 削減効果で約4万?上回っている。ちなみに93万?リットルを身近な数値と比較すると、例えば「全国民が66日間テレビを見ない場合の電力消費量」や「全国民が使用する冷蔵庫の40日分の電力消費量」「 国内の全ての鉄道で使用する電力消費量の68日分」に相当するなど、決して小さな数値ではない。

ちょっと面白い比喩なんですが、

    93万キロリットルの原油 = 全国民が66日間テレビを見ない場合の電力消費量 = 全国民が使用する冷蔵庫の40日分の電力消費量 = 国内の全ての鉄道で使用する電力消費量の68日分
だそうです。家庭では冷蔵庫は欠かせませんが、テレビを見ないは非常に効果が高そうです。ただなんですが

 私は省エネ関連の様々な審議会などの議論に加わってきた。そこでは建物の設計思想を変える、省エネにつながる建材や電化製品を開発する、などの方策が練られてきた。それらはいずれも実現すれば大きな効果をもたらすと考えられているが、この夏に間に合わせられる策は、「時計の針をずらす」というサマータイムしかない。

これは少々疑問です。全体の省エネ効果の試算は置いとくとしても、サマータイムで得られる省エネ効果は、その半分が家庭用照明需要の減少によるものです。家庭用照明需要が純粋に照明だけを指しているのか、そうでないか曖昧な部分はありますが、家庭用冷房需要と分けて書いてあるところをみると、ほぼ純粋の照明需要の可能性はあります。

サマータイムで家庭用照明需要が減る理由は単純で、朝が1時間早く始まる関係で、就寝時間も1時間早くなるためだと考えるのが妥当です。言ったら悪いですが、早く寝ることによる1時間の節電は今回の電力不足にはあんまり関係内容に思われます。業務用の照明需要も原油換算で41.7万キロリットルとなっていますが、これも照明需要ですから、夜間1時間の節電効果と考えて良さそうです。

そうなると早く寝る以外の昼間の省エネ効果は業務用冷房需要が中心になり、8.3万キロリットルになります。これとて昼間の需要の減少分もあるでしょうが、元の試算は別に昼間に節電を行うものではありません。業務用冷房需要も始業が早くなって、その分、冷房の能力を低く使える分と、夕方がノン・サマータイムより1時間早く終業になる分の減少を見込んだものと考えるのが妥当です。


今回の電力需要の回避の鍵は、総需要の抑制とイコールと言えません。震災により電力供給が落ち込んだのが電力不足の原因なのは言うまでもありませんが、電力供給が減少した結果、電力消費のピーク時の供給不足が起こっていると言う事です。問題の焦点は、ピーク時の電力需要をいかに供給内に押さえ込むかが焦点と言う事になります。

この点は誤解されている方もおられるかもしれませんが、電気は貯める事は出来ません。とくに電力会社規模の発電量を貯めて置く施設も能力もありません。作っただけ垂れ流しの表現でも間違っていないと考えています。夜間に節電に励んだところで、それが昼間に回されるというものではありません。現在の観測として首都圏の夏場に1000万キロワットの不足が予想されるなっていますが、これを夜間に節電しても昼間には寄与しないと言う事です。

サマータイムでの省エネ効果は、夜間の電力需要が減る事により、夜間の発電能力を落とせると言うのがポイントです。電力需要が減れば発電量を減らす事ができ、その分が省エネ効果になります。昼間のピーク時の電力需要には寄与する部分は大きく無いと言うところです。現在の問題は、ピーク時の需要に足りるだけの発電量の確保が難しくなっているのが問題ですから、サマータイム効果とかなりポイントがずれます。


それでは電力需要はどの時間帯が高いかです。電気事業連合会日本の電力消費のグラフを引用させて頂きます。

数値は変わっていてもパターンは変わらないと思われますから、12時から17時ぐらいがピークになると見て良さそうです。年間のグラフの引用は省略しますが、7月から8月ぐらいがピークになります。理由は書く必要も無いと思いますが、冷房需要がピークになるからです。冷房需要は暖房に較べても電力以外への代替が難しい点があります。暖房なら、ガスや灯油がありますが、冷房の場合はほとんど電力です。

これがサマータイム導入によりどれほどの効果が期待できるかです。単純には1時間繰り上がるだけですから、12時から17時のピークのうち、16時以降は緩和される可能性はありますが、以前12時から16時のピークは依然残ると考えられます。つうかサマータイムで解消できる理由が思い浮かばないからです。夏のピーク時の問題は照明問題でなく、冷房問題だからです。

つまりは早く寝ることによる夜間の1時間の節電効果は、真昼のピーク時の需要抑制にあんまり関係ないことになります。夜間電力に余裕があるのは、今だって同じです。余裕のある夜間電力を抑制しても効果は乏しいのは誰が見ても判ります。その証拠に計画停電が現在休止中なのは、暖房による電力需要が減ったためと素直に解釈できます。もちろん一時より電力供給が増えたのも一因ではあります。


たいした考察ではありませんが、サマータイムが夏の首都圏の電力需要緩和の切り札にあまりなりそうな気がしません。つうか肝心のピーク時抑制にはさしたる効果があると思いにくいところがあります。あえてあるとするならば、直接効果ではなく、長期間接効果になります。生産性本部試算として具体的に書かれているものとして、

 これに対して、長期間接効果では、サマータイムによる生活・ライフスタイルの変化が緑化の推進や、日射の有効利用(昼光利用による照度制御)、軽装の励行(サマータイムスタイル、エコ・ファッション)、省エネ意識の浸透による省エネ世帯の増加など、想定されるいくつかのライフスタイルモデルの変更の効果について試算してみた。その結果は、省エネ世帯の増加による効果や軽装の励行などの効果が特に大きいことがわかった。これらの省エネ量は、長期間接効果のうちのごく一部分であり、先に示した短期直接効果を上回る省エネ効果が期待できることが明らかになったと言える。

サマータイム導入によりライフスタイルが変化するかどうかは私にはよくわかりませんが、現在の首都圏の方々の節電意識は非常に高いかと思います。言ったら悪いですが、サマータイムアナウンス効果云々より、実際に停電する恐怖の方がどう考えても節電意識のアナウンスに数倍、いや数十倍、数百倍の効果があると素直に考えられるからです。

論証に穴があるかもしれませんが、サマータイムは私の小さな体験でもあんまり好ましいものと思っていません。ですからついでのオマケのように導入はして欲しくないところです。何年か周期で亡霊の様に出現するサマータイム導入議論ですが、まさか震災の時に出てくるとはちょっと予想外でした。