尖閣ビデオ問題と報道機関と取材源の秘匿

尖閣ビデオでの情報流出経路は一般的に、

    内部関係者 → YouTube投稿
こうであると考えている人が多いと思っていますが、今日の仮説はこれにもう一段加わればどうなるかです。
    内部関係者 → 報道機関 → YouTube投稿
この仮説を検証するために考えて見ます


報道機関の定義

この仮説を検討するときにまず重要となるのは報道機関の定義になります。一般に報道機関といえば、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、通信社などになりますが、これに現在ではネット上で活動するミドル・メディアと称するものもあります。また新聞、雑誌と言ってもその規模は大小さまざまです。これが法律的に定義されているものとして、個人情報保護法をとりあえず参考にしてみます。

参考にするのは50条で、ここは本来個人情報保護法の適用除外規定を定めたものです。その中に、

放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む。) 報道の用に供する目的

報道機関に「報道を業として行う個人」も含まれているのがわかります。個人情報保護法が絶対の定義とは言いませんが、考え方として機関でなくとも個人であっても「報道機関」たりえるとされているのがわかります。さらにここについての人権擁護法案(仮称)の大綱」に関する質問主意書なるものがあります。これをまとめておくと、

質問 答弁
大綱・第3の2(1)エにある「報道機関」の定義を示されたい。また、「報道」と「機関」の定義を示されたい。 大綱第3の2(1)エにいう「報道機関」とは、不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること又は客観的事実を知らせるとともにこれに基づいて意見若しくは見解を述べることという一般的な意味での「報道」を業として行う者を指すものである。

また(二)の「報道機関」と、「個人情報の保護に関する法律案」(以下、個人情報保護法案という)の第五五条にある「報道機関」の定義の違いを示されたい。また、大綱でいう報道機関には報道に従事する個人(例:発表媒体を雑誌等を主としたフリーライターや、インターネットで報道活動を行う者等)も含まれるのか。含まれるとすれば、その範囲を例に従って具体的に示されたい。 第百五十一回国会に提出された個人情報の保護に関する法律案第五十五条第一項第一号は、個人情報の適正な取扱いの確保を通じて個人の権利利益の保護を図るに当たって報道機関の報道活動を妨げることがないよう、同法案第五章の規定の適用を除外する対象として「報道機関」を挙げたものであり、特別救済手続の対象である人権侵害の主体として報道機関を掲記する大綱とは趣旨・目的を異にしているが、同法案においても、「報道機関」は、(二)についてで述べたような報道を業として行う者を指すものである。


もっともなんですが、答弁では以下の様に補足しています。

 右のように報道を業として行う者であれば、個人であるか法人であるかにかかわらず、大綱にいう報道機関に含まれると考えるが、特定の者が右の報道機関に含まれるか否かは、個別具体的な事案の事実関係に即して判断されるものであり、あらかじめその例を確定的なものとして網羅的に挙げることは困難である。その上で、あえて一般論を述べると、御指摘のような個人は、通常は右の報道機関に含まれると考える

注目しておきたいのは、「個別具体的な事案の事実関係に即して判断」としながらも、

    あえて一般論を述べると、御指摘のような個人は、通常は右の報道機関に含まれると考える
個人であっても報道機関に含まれるとしています。もう一つ平成十五年四月十八日提出質問第五九号「報道の自由に関する質問主意書」も参考にしたいと思います。

質問 答弁
報道、著述でない仕事を持つ者が趣味として無報酬で、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」をした場合、これは報道となるか。


報道とは、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見又は見解を述べることを含む。)」をいい、御指摘の行為は、いずれも報道に該当する。

報道、著述を業としていない者が市民運動の一環として、無報酬で、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」をした場合、これは報道となるか。


個人情報保護法ではあくまでも、
    報道を業として行う
この「業」の解釈が難解なんですが、ここでは単純に報道に携わる事により報酬を得ている者ぐらいにとらえても大きな間違いではないと思います。ところがこちらの質問趣意書への答弁では、
    報道、著述を業としていない者が市民運動の一環として、無報酬で、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」をした場合
これも「報道」であるとしています。2つの質問主意書は、質問のシチュエーションが微妙に異なるので合わせ技にするのに少々無理が伴うのですが、これぐらいは言っても良さそうな気がします。
    業としてジャーナリストを営むものは「報道機関」としてよく、このジャーナリストがインターネット上に客観的事実を報じた時にはこれは「報道」となる。
尖閣ビデオを内部関係者から入手し、これをインターネット上に報じれば立派な報道であり、これは報道の自由で守られなければならないになります。これが誰であってもまでは微妙としても、業としてジャーナリストを営むものであれば、立派な報道機関による報道になりうる可能性がある事になります。


取材源の秘匿

報道に自由に連動するものとして取材源の秘匿があります。日本における取材源の秘匿に関して、東京高裁の判決があるそうです。いつのどれかの追跡ができていないのですが、メディアコム特殊研究I・IIテレビジャーナリズム論の取材源の秘匿として高裁決定のポイントをまとめてあるので引用します。

ポイント 高裁判断
職業の秘密 報道機関が取材源公表を余儀なくされると、取材源との信頼関係が失われ、その後の取材活動が困難になり、取材や報道の自由が著しく阻害される。公権力行使に対する監視機能も十分に果たすことが出来なくなる恐れがある。


取材源は民事訴訟法上の「職業の秘密」に該当し、証言拒絶は原則として理由がある。
取材源を秘匿出来る報道 取材源の秘匿は公共性のある報道に限って認めるのが相当で、他人の中傷を目的としたり、私人の私事に関する報道について認めることは適当でない。
公平な裁判との比較 公平な裁判の実現は極めて重要な社会的価値で憲法上も裁判を受ける基本的権利を定めているが、報道・取材の自由も憲法的な保護を受ける権利として認められ、前者が絶対的な価値を持つものではない。
間接的な質問に対する証言拒否 取材源秘匿の実行を期すためには、間接的な質問にも証言拒絶が出来ると解するのが相当。取材源の数や信頼できる理由を問う質問も、重ねることで取材源が特定される恐れがあり、証言拒絶は全て理由があると認めるのが相当。


仮に取材源が公務員で、秘密情報の漏洩が国会公務員法(守秘義務)違反になるとしても、直ちに報道機関の行為が違法性を帯びる行為とはいえない。


ここからあえてポイントを2つ挙げれば、
  1. 取材源の秘匿は公共性のある報道に限って認めるのが相当
  2. 取材源が公務員で、秘密情報の漏洩が国会公務員法(守秘義務)違反になるとしても、直ちに報道機関の行為が違法性を帯びる行為とはいえない

ここもチト強引な解釈になるかもしれませんが、
    公共性のある報道であれば取材源の秘匿は認められ、取材源が守秘義務のある公務員であっても認められる可能性がある


尖閣ビデオでの仮説の検証

今日の仮説は冒頭部に書いた様に尖閣ビデオの流出経路が

    内部関係者 → 報道機関 → YouTube投稿
こうであった場合です。報道機関は上で検証した様に個人であってもOKです。完全な自称であれば微妙ですが、フリーであっても「業として」ジャーナリストをやっていれば報道機関として認められる可能性は大と考えられます。この報道機関の報道場所がYouTubeです。YouTubeへの投稿が報道に当たるかは議論があるところかもしれませんが、結果としては、
    「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」
これに該当するのは間違い無く、また報道媒体としてYouTubeを選んだ意図は間違い無く「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」とは言えるかと考えます。となれば尖閣ビデオは報道機関が報道を行なったと見なされ、そこには報道の自由と取材源の秘匿が発生する事になりえます。

それと報道内容は誰がどう見ても「私人の私事に関する報道」ではありません。「他人の中傷を目的」としたりについては、政府与党関係者が「テロだ」と騒いでいるフシもあるようですが、これも中傷と解釈するのは非常に難しく、高裁判決に言う、

    取材源の秘匿は公共性のある報道に限って認めるのが相当
これに該当する可能性が非常に高いと考えられます。そうなると発信源を探って特定したとしても、発信者が報道機関であれば、これを裁判に訴えても取材源を聞き出すのが困難になります。これも高裁判決に言う、
    取材源が公務員で、秘密情報の漏洩が国会公務員法(守秘義務)違反になるとしても、直ちに報道機関の行為が違法性を帯びる行為とはいえない
今回のような報道内容では取材源の秘匿は訴訟に於ても尊重される可能性が低くないと推測されます。もっとも国家相手に最高裁まで争うぐらいの覚悟は必要ですけどね。


今日の論証は論理の遊び的な一面も無いとは言えませんが、傍証はあります。西山事件を例に取ろうと思いましたが、あれは経緯が複雑なので置いときますが、マスコミ各社は尖閣ビデオの流出をどこも「不正漏洩」の表現を取っていません。これを不正漏洩にしてしまうと、今後に自分の社がやった時に弁明が出来なくなります。ですからあくまでも流出であり、犯人さがしも第三者的な立場で「政府の方針」として伝えています。

ですからこの話は十分に成立する可能性はあります。一説には既製メディアが地団駄踏んで悔しがっているとも聞きますが、利用されなかったのはなぜでしょうね。もちろん真相がどうであるかは、まだ誰も確認していません。もしメディアが一枚かんでいたら、歴史に残る大スクープになるはずですから、そろそろカミング・アウトしても良い頃なんですが・・・。