山口の前矯正処遇官

ssd様のところで見つけたのですが、そこはかとなく面白味を誘うので便乗します。11/1付Asahi.comより、

元矯正処遇官、医師確保に奔走【ひと模様】

  4月に法務省から県に出向した。地方自治体に法務省が人材を派遣するのはこれが初めてだ。地域医療推進室の医師確保対策班で、地域医療を担う医師の確保に走る。

  徳島県に生まれ、東京都八王子で育った。2003年に法務省へ。山口に赴任する前は前橋市の前橋刑務所の矯正処遇官だった。刑務作業として請け負う仕事を発注してくれる企業を探して回った。不景気の中、「お手伝いできることはないですか」と取引のない会社にも飛び込んだことも。罪を犯した人が自分自身と向き合えるように手助けする仕事は、やりがいがあった。

  新しい職場の医師確保対策班は、危機にある地域医療を支える人材の確保に取り組む。矯正処遇官の仕事とは全く違うように見えるが、「刑務所も医師不足で、非常勤医でしのぐ状態だった」。目の前の現実は同じだ。無医地区にどうやって医師に来てもらうか。医師の負担を減らすためにできることはないか――。特効薬のない問題に日々向き合う。

  出向が決まった時は「周囲の人に受け入れてもらえるだろうか」と不安もあったが、着任後すぐに同僚2人が引っ越しの手伝いに自宅まで来てくれた。緑に囲まれた山口の風景は、ふるさとの八王子にも似て懐かしい。赴任後、県内各地を回ったが、これからは少しずつ離島に足を運ぶつもりだ。医療現場で踏ん張りながら島の人たちの生活を見つめている医師たちを、訪ねたいと思っている。
(安田桂子)

重箱みたいなところですが、見出しにある「元」矯正処遇官は正確性を欠くように感じます。「元」って書かれると矯正処遇官を辞職(ついでに法務省も辞職)して山口県庁に転職した様に思ってしまいますが、そんな事はなく法務省からの出向です。正確には「前」矯正処遇官とすべきではないかと考えます。お名前は写真紹介のところにあり八木岳陽氏と仰るようですが、前任者はどうなんだろうも3/25付Asahi.comに残されています。

健康福祉部地域医療推進室主幹(法務省前橋刑務所処遇部統括矯正処遇官)八木岳陽▽健康福祉部健康増進課主幹(厚生労働省医政局医事課試験専門官)高田淳子

前任者は厚労省からの出向のようで、本省に戻られて医政局医事課試験専門官になられています。ここでよく判らないのは、健康福祉部健康増進課主幹が厚労省からの出向であったのはまあ良いとしても、なぜに法務省からの出向に切り替わったかです。そういう人事がありふれているかと思えば、

法務省という所はどうも地方自治体に職員を出向させる慣行がないところのようで、なんと第1号のようです。それも法務省業務と普通に考えて畑違いの、
    地域医療推進室の医師確保対策班で、地域医療を担う医師の確保に走る。
どう考えても「???」です。まあ「医師確保」は厚労省からの出向であろうが、法務省からの出向であろうが成果はさして変わらないと思うのですが、それにしても畑が違いすぎるんじゃないかと感じます。畑違いと言っても矯正処遇官の仕事と言うか地位が私の知識では曖昧なので、まずそちらの情報を集める事にします。ひょっとしたら「医師確保」と相通じるものがあるかもしれません。

矯正処遇官に行く前に法務省の人事についてssd様が簡潔にまとめられています。

そもそもこの職歴でキャリアなんだろうかと公務員板を見ると、法務省は特殊で、国Iですら準キャリア扱いで、真のキャリアは司法資格持ちらしい。
おまけに局別採用という特殊な仕組みで、局内でしか移動できず、上層部は検察出身者で占められているとか。
矯正処遇官なら、国IIとかかも。

法務省の組織図で確認すると、法務省の局にはまず大臣官房があり、それ以外には、

こんな感じのようです。局別採用と言う事なら本来は八木氏は採用された矯正局でキャリアを積む事になるはずです。出向前の八木氏の肩書きは「統括矯正処遇官」となっています。なんとなく「統括」と書いてあるので凄そうですが、wikipediaによると刑務官の階級は、

序列 階級 役職
1 矯正監 所長
2 矯正長 所長、部長
3 矯正副長 部長、調査官、首席矯正処遇官、課長及び支所長
4 看守長 首席矯正処遇官、統括矯正処遇官、課長、課長補佐、支所長、支所次長及び支所課長
5 副看守長 初等科グループ一般職員の矯正処遇官または係長及び主任矯正処遇官
6 看守部長 初等科グループ一般職員または矯正処遇官
(-) 主任看守 一般職員
7 看守 一般職員


どうも序列として4位の看守長に相当するようです。これは完全に別世界のお話なので、2003年に刑務官になられて2010年(人事としては2009年かな?)で看守長相応の統括矯正官になられているのは順調なのかそうでないのかはこれだけではよく判りません。もう少し参考になりそうな資料を探すと、刑務官の階級?と言うページが目に付きました。まずそこには、

上級の階級として、「矯正副長」「矯正長」「矯正監」があります。 この階級に昇進できる機会は非常に少ないです。

どうも看守長の上の矯正副長以上はかなりの重職のようです。あえて会社に例えれば矯正副長以上が代表権を持つ取締役みたいなイメージでしょうか。そうなると看守長は普通にキャリアを積んだもののとりあえずのゴールみたいな役職かもしれません。ただ「さらに」があるようで、一般職と管理職の区分てなものがあるようです。

刑務官の階級で副看守長までは一般職だそうで、看守長以上が管理職になるそうです。それでもって管理職たる看守長は

この階級から「管理職」、刑務所・拘置所幹部の会議である「刑務官会議」のメンバーとなる、2年〜3年の任期で、全国各地の刑務所や拘置所に異動する。国家公務員のI種採用試験に合格、法務省職員を拝命して、刑務官で勤務する者が任命される階級。

なるほど、なるほど、ssd様が言及された国II合格者は一般職で、登りつめても副看守長にしかなれないようですが、国I合格者は管理職として看守長からキャリアを積むようです。刑務官の世界はどうやら、

職種 試験 コース
一般職 国II 看守(7)→ 主任看守 → 看守部長(6)→ 副看守長(5)
管理職 国I 看守長(4)→ 矯正副長(3)→ 矯正長(2)→ 矯正監(1)


一般職であっても叩き上げで看守長以上になる事もあるかもしれませんが、八木氏は2003年入省の31歳のようですから、国I合格者として管理職採用されたいわゆるキャリアであると考えて良さそうです。八木氏が法務省矯正局のキャリアであることはわかりましたが、肝心の刑務官のお仕事です。これはwikipediaからですが、

刑務所においては、受刑者への改善指導・矯正教育を通じて社会復帰の実現を助け、拘置所においては、勾留中の被疑者・被告人の逃走や罪証隠滅を防止し、併せて刑事施設の保安警備の任務に当たることを主な職務とする。

まあそうでしょうね。俗に言う塀の中のお仕事が中心になるのは当然でしょう。もちろんそれだけでなく、看守長ともなると記事にあるように、

刑務作業として請け負う仕事を発注してくれる企業を探して回った。

こういう外回りも業務としてあるようです。ただssd様も御指摘のように、

出向が決まった時は「周囲の人に受け入れてもらえるだろうか」と不安もあったが、着任後すぐに同僚2人が引っ越しの手伝いに自宅まで来てくれた。

八木氏は法務省として自治体出向1号のようですから無邪気に喜ばれているようですが、国からのキャリア官僚の出迎えならこれぐらいはするでしょう。ただ同僚とされた2人は「なぜに法務省?」とぐらいは陰でささやきあっていたかもしれません。



実は「次は」の情報が何も出てこないのです。記事自体の評価は、「医師確保」のためになぜか法務省から前矯正官が県に出向し、それがなんと法務省からの自治体出向第1号となれば「変り種」として報じるのは理解できます。記者もそう感じたでしょうし、私も素直にそう感じました。ニュースバリュー的には「医師確保」と言うそれなりに旬の話題も付いていますから記事にしてもおかしくはありません。

ただ次に出てくる疑問である「なぜ」が不明です。記者も八木氏本人は取材していますが、八木氏も無難な返答に終始していますし、ひょっとしたら八木氏自身も今回の人事がなぜに行われたかの真の意図を存じない可能性は十分にあります。八木氏自身も「なぜに『医師確保』の仕事なんだろう?」と疑問を抱えていてもさして不思議ではありません。もちろん知っているかどうかの真相は不明です。


証拠にするような事実に乏しいので、後は適当に推理を重ねてみます。官僚世界と言ってもこれまた知るところが乏しいのですが、省庁間の出向と言うか異動はあるらしいのは聞いた事があります。いくら縦割り行政とは言え、裾野になれば重なり合う部分があり、それを補うために行なわれているぐらいに理解しています。ただ「おそらく」ですが、あくまでも本省の職掌に関連する分野であるように考えています。まったく関連性のない分野への省庁間の出向は少ない様に考えます。

もう一つ、地方自治体への出向ですが、出向させられる当人はともかく、省庁的には一つの縄張りとしているようにも考えています。省庁のお仕事には積み重ねられた先例と慣行がしっかりとあり、自治体への出向もまたそれに則って行われているとするのが妥当でしょう。これは省庁の人事を考えてもそうで、出向枠が年度によって大きく増減や変動すればやりにくくて仕方がありません。

変動や増減のある出向ポストもあるでしょうが、八木氏が就任した「健康福祉部地域医療推進室主幹」なんて名前からし厚労省以外の人間が出向するポストとは思いにくいところがあります。八木氏には大変申し訳ないのですが、外野から見ると「木に竹を継ぐ」みたいに思えてしまうのは素直な感想です。これは八木氏個人の能力とは別問題ですから誤解無い様にお願いします。


そういう異例に見える人事が行われるには理由があるはずです。ごく簡単には誰かがこの人事を推進し断行したと言う事です。その誰かですがとりあえずの当事者は3者です。

まず山口県ですが、中央省庁の官僚を出向で受け入れると言うのは広い意味での中央とのパイプと考えます。厚労官僚を受け入れるのは厚労省とのパイプを確保しておこうの意図と受け取るのが無難と考えられます。在任中もそうですし、出向が終わった後に中央省庁に戻っても、個人的な関係があった方が何かと便利です。逆に在任中に冷遇した出向官僚が中央で出世されたりすれば、どんなしっぺ返しが行われるかも配慮のうちでしょうから、出向官僚は鄭重に扱うと考えます。

ここで「健康福祉部地域医療推進室主幹」が仮に代々の厚労省の出向ポストであったとすれば、これを厚労省から取り上げて法務省に渡しても山口県のメリットは小さいと考えられます。法務省には恩が売れるかもしれませんが、一方で厚労省からは顰蹙を買います。法務省から得られるメリットが、厚労省から受けるデメリットを上回れば価値がありますが、普通に考えてそういう可能性は非常に乏しそうに考えられます。

どうも山口県主体に動いた人事とは考えにくいところがあります。


では厚労省かとなりますが、これがまたでわざわざ出向ポストを手放す理由が思い当たりません。内部事情は知る由もありませんが、人手不足に喘いで出向ポストの維持が不可能な状態になっているならともかく、誰が見ても厚労省の出向ポストを手放し理由が考えつかないという事です。官僚的発想では、一つ譲れば他も前例にならって次々とのドミノ理論が展開しやすそうに思いますから、自発的に手放すとは到底思えないというところです。


消去法で法務省になるかと言えば、これもまた歯切れが悪い事になります。純法務省的にはこれまで無かった出向ポストの確保と言う勢力拡大に寄与するでしょうが、メリットはそれぐらいです。出向ポストの確保のために厚労省に喧嘩を売っているようなもので、わざわざ喧嘩を売ってまで厚労省から出向ポストを奪い取る必然性が思いつかないからです。

ごくごく単純に考えて、出向された八木氏には「医師確保」の他に前任者も担っていたと考えられる厚労省とのパイプ役も求められると考えます。しかし求められても八木氏の経歴からして、塀の中の話ならともかく、塀の外の話ですから困惑する可能性が高いように考えられます。つまり法務省が出向ポストを拡大したい意図があるのなら、わざわざ厚労省のポストを横取りするのではなく、それこそ新設ポストを設置する方が王道のような気がします。



わからんなぁ・・・切り口を少し変えてみます。山口県は命令を受ける立場ですから切り離し、厚労省法務省の間で、なんらかのバーター取引が行われたと考えるのは如何でしょうか。つまり厚労省がなんらかの意図を持って、出向ポストを一つ法務省に譲り渡し、その見返りに法務省からなんらかのメリットを獲得するという考え方です。

そんな事が省庁間に存在するのかどうかが疑問ではありますが、バーター説なら説明できる懸案はいくつか思いつきます。パッと思いつくのは現在頓座中の事故調です。事故調が頓挫した理由は幾つもありますが、大きな問題の一つとして刑事手続きとの整合性を最後までどうしようもなかった点です。厚労省サイドも調整に動いた気配はありますが、結局何も出来なかったに等しい結果に終っています。

事故調法案はそのうちゾンビの様に出てくると思っていますが、頓挫した刑事手続きの整合性の整備には法務省の協力が必要です。他にも厚労省が育成を期している官製医局の問題もあります。これもまた大きく育てるためには各種の法律との整合性が必要になってきます。さらに某新聞を中心に煽っている医師強制配置の問題もあります。これもまた法務省がつむじを曲げたらテコでも進みません。

そういう問題への布石として法務省に出向ポストを譲って恩を売っていると見れないこともありません。かなり強引な推理で、ここまで来ると陰謀説になってしますけどね。



いずれにしても情報が少なすぎて、現時点では下手に考えると陰謀説に花が咲くだけになってしまいます。陰謀説ついでに言っておけば、舞台が山口県と言うのも関連するかどうかは微妙な位置付けです。まあ舞台が山口県説は、首相にそこまで余裕があるかどうかが疑わしいので可能性は低いかな?