大分大のへき地実習記事

10/25付大分合同新聞より、

やりがい感じて!へき地医療 医師の卵体験

 大分大学医学部(野口隆之学部長)は来年度から、“医師の卵”の医学科6年生を対象に、県内のへき地の病院や診療所で2週間研修する「地域医療実習」を導入する。受け入れ先の医師と一緒に診療に当たったり、地域住民との触れ合いを深め、地域で働くやりがいを感じてもらうのが狙い。全国的に医師不足が進み、地域医療の崩壊が問題化しており、大学は「地元に残って医療を担う人材の育成につなげたい」としている。

 実習は数人のグループ単位で行う。県内各地の病院や診療所に出向き、指導医と一緒に風邪や腹痛などの一般的な病気を診るほか、当直勤務や訪問診療を体験したり、自治体の地域医療担当者や地元住民と懇談するなどのメニューを想定。こうした取り組みは文部科学省の方針もあり、全国の大学が導入を進めている。

 大分大の医学部医学科では、6年間のカリキュラムのうち、4年生の秋以降をさまざまな臨床実習に充てている。大学付属病院内での実習がほとんどで、地域に出る機会は少なかったという。

 「大学の中で実習するだけでは、学生は田舎には行きたがらない。実際に地域に行って親しみを覚え、『面白い』『楽しい』と魅力を感じれば、将来、大分に残ろうと思うのではないか」と、医学部地域医療学センターの宮崎英士教授(内科分野)。「自治体や医師会、地域の協力を得て、大分県全体で育てていきたい」と話す。

 実習は同センターが中心となって実施する。センターは大分の地域医療を守ろうと、医学部が今年2月に新設。宮崎教授や白石憲男教授(外科分野)ら6人体制で活動しており、現在、豊後大野市民病院の診療支援にも携わっている。

大分大がやりたい事に関する冷静な批評は、ssd様の僻地の天才をお読み下さい。ちいとばかり視点を変えて見てみたいと思います。この記事だけではないかもしれませんが、どうも地理的位置を指し示す用語に混乱があるようです。少なくともこの記事では

    へき地 = 地域
こういう使われ方をしています。記事にある、
    県内のへき地の病院や診療所で2週間研修する「地域医療実習」を導入する。受け入れ先の医師と一緒に診療に当たったり、地域住民との触れ合いを深め、地域で働くやりがいを感じてもらうのが狙い。
これはこう直しても同じ意味になるはずです。
    県内のへき地の病院や診療所で2週間研修する「へき地医療実習」を導入する。受け入れ先の医師と一緒に診療に当たったり、へき地住民との触れ合いを深め、へき地で働くやりがいを感じてもらうのが狙い。
こう直せる根拠は、この部分の記事が指し示す地理的位置が「県内のへき地の病院や診療所」となっているからです。へき地にある病院や診療所への実習ですから、地域医療よ言うよりへき地医療の方がより実態を表しますし、へき地に住んでいる住民ですからへき地住民の方が正しくなります。正しいと言うか間違ってはないのですが、私でもそういう表現を避けます。理由は簡明で、指し示す地理的表現が侮蔑的と受け取られると思うからです。

そこで便法を考えます。一種の略語的表現です。地域と言う言葉の本来の対義語は全体ぐらいになるのでしょうか。たとえば日本と言う全体があって、その特定の地理的位置を地域とします。地域と言う言葉には本来的にへき地と言う限定したニュアンスはなく、全体を構成するあらゆる場所を地域と出来ます。都市部でもへき地でも地域なんですが、もう少し具体的に指し示す時に「へき地である地域」は成立します。

「地域医療実習」もフルにすれば「へき地である地域医療実習」であり、「地域住民」も「へき地である地域の住民」でも良いわけです。略語はどう略すかは自由ですから、へき地を飛ばして「地域」にしていると見る事は可能です。



「へき地」と「地域」が混在する理由はこの程度としても、そんなに避けたいへき地なる用語をそれでも使っている点が興味深いところです。だいたい見出しからして、

    やりがい感じて!へき地医療 医師の卵体験
見出しは記者ではなく整理部が付けるとはなっているようですが、この見出しからへき地なる用語への偏見は余り感じません。むしろ素晴らしいへき地に若者を誘う様な感じさえ受けます。へき地と言う素晴らしい地域を知れば、自然にやりがいが沸々とわきおこる事を確信した使い方です。そんなにへき地が素晴らしいところであるなら、記事で「へき地 → 地域」に言いかえを行う必要が無いんじゃないかとも感じさせます。

ところが記事内でへき地を使っているのはたったの1ヵ所です。上述した「県内のへき地の病院や診療所」の個所のみです。残りはすべて地域と言い換えています。医学部地域医療学センターの宮崎英士教授の言葉は「」付の引用ですから、切り貼りがあっても発言した内容であるのは間違いないはずですが、

  • 大学の中で実習するだけでは、学生は田舎には行きたがらない。実際に地域に行って親しみを覚え、『面白い』『楽しい』と魅力を感じれば、将来、大分に残ろうと思うのではないか
  • 自治体や医師会、地域の協力を得て、大分県全体で育てていきたい

どちらもへき地と言う言葉を避け、地域に置き換えて話されています。では何故に冒頭部だけへき地を使ったのかの謎が残ります。整理部が作った見出しも、記事中に1ヵ所だけ使ったへき地に引きずられた可能性があるからです。


ここの理由を考える時に

これが大きな影響を及ぼしている可能性があります。具体的にどんな方針かまで調べられていませんが、方針と言うからには方針を遂行させる裏付けがあると考えるのが妥当です。ぶっちゃけた話で言えば補助金なりとの関係です。これがやればもらえるのか、やらなければ減額されるのかは判然とはしませんが、そういう推進力があるからこそ、
    全国の大学が導入を進めている
こういう記事の進みになるとするのが妥当です。お金が絡むとなれば、地域医療実習に行くべき医療機関の定義も行なわれているとするのが妥当でしょう。つまりへき地と言う名に相応しい医療機関に実習に行くプログラムを組んで初めて、お金の関係の条件が満たされると言う事です。


実はへき地には幾つかの法的な定義があります。たとえば第9次へき地保健医療計画の取り組み等にもへき地の定義が明記されています。

 この対策において「へき地」とは、交通条件及び自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他の地域のうち医療の確保が困難であって、「無医地区」及び「無医地区に準じる地区」の要件に該当するものをいう。

ただこの定義では学生が実習する医療機関そのものの存在が怪しくなります。つうか、仮に存在しても、学生への実習の対応は困難になると考えられます。これも上記の定義を補足する説明になりますが、

厚生労働省では、無医地区を半径4キロ以内に50人以上住んでいる所で、医療機関がないか、簡単に利用できない地区と定義しています。厚生労働省の定義によれば、無医地区[へき地]は、山村地区の過疎地域のみでなく、東京であっても、上記の基準[定義]に該当する地区であれば、無医地区となります。へき地、いわゆる無医地区というのは、単なる過疎地域を指すのではなく、“医療に恵まれない地域”を意味しているのです。 それらの地域における医療活動を、へき地医療と呼びます。

簡単に言えば厚労省の定義で「へき地医療」は既に定義されており、その定義に基く場所では学生実習は困難と考えられます。ここで主催しているのは文部科学省ですから、厚労省の定義に必ずしも縛られる必要はなくなります。では文科省ではへき地をどう定義しているかです。文科省がへき地を定義として用いているものに、へき地教育振興法があります。文科省ですからここからへき地を定義している可能性は十分あります。

第2条

 この法律において「へき地学校」とは、交通条件及び自然的、経済的、文化的諸条件に恵まれない山間地、離島その他の地域に所在する公立の小学校及び中学校並びに中等教育学校の前期課程並びに学校給食法(昭和29年法律第160号)第6条に規定する施設(以下「共同調理場」という。)をいう。

これはへき地学校の定義であって、へき地の定義ではありませんが、そういう学校が存在するような地域をへき地に指定している可能性はあります。存在と言うか含む地域とした方が適切かもしれません。ただなんですがへき地教育振興法施行規則に基準があるのですが、これが見ただけで笑うような複雑な計算法の上に、あくまでも学校の位置付けによるものにはなっています。正直なところ学生実習のためのへき地にある医療機関の定義には使いにくいような気がします。困ったなぁ、暗礁に乗り上げてしまいました。


これはどうも情報を探す方向性が悪いようです。ここはやはり文科省の地域医療実習がそもそもどういう定義で行なわれるのかを本気で調べないといけません。そんな情報があるかどうか不安だったのですが、ググればありました。最初からこうすれば良かったと後悔するほどです。とりあえず医療・医学ニュースに全医学部で地域医療臨床実習を実施へ:文部科学省がありました。

山間部や離島などで医師不足が深刻化する中、文部科学省は2日までに、医学生を各地域の診療所で実地訓練する「地域医療臨床実習」を、国公私立すべての大学医学部で実施するよう、医学教育の指針(モデル・コア・カリキュラム)を改定した。

地域医療で特に重要とされるプライマリーケア(初期診療)や在宅医療などの体験を通じ、各地で求められる医師像を医学生に伝えるのが目的。卒業生が大都市部に集中するのを抑え、過疎地域での医師不足解消につなげる狙いもある。

地域医療臨床実習は大学の付属病院などの大病院ではなく一般の診療所や中小規模の病院、保健所などで実施。初期診療や他の医療機関との連携、各地域での病気予防活動などを体験させる。実施期間や場所などは各大学が決める。

風邪などのよくある病気や軽いけがに対応する医師としての総合的な能力は、診療科が細分された大病院の実習では身につきにくく、文科省の専門家会議も地域医療を学生段階から体験させる必要性を指摘していた。(香川ニュース)

地域医療臨床実習について

一般目標:地域社会で求められる医療・保健・福祉・介護の活動について学ぶ。

到達目標:

  1. 地域のプライマリ・ケアを体験する。
  2. 病診連携・病病連携を体験する。
  3. 地域の救急医療、在宅医療を体験する。
  4. 多職種連携のチーム医療を体験する。
  5. 地域における疾病予防・健康維持増進の活動を体験する。

これは大変わかりやすい記事で、あれこれ悩んでいた問題の答えがほぼ網羅されています。まず記事にある「地域医療実習」は正確には「地域医療臨床実習」である事がわかります。これは小さな事ですが「こうした取り組みは文部科学省の方針もあり、全国の大学が導入を進めている」レベルのお話ではなく、文科省の「医学教育の指針(モデル・コア・カリキュラム)を改定」として事実上の一律実施を求めているのもわかります。

大分大も地域医療臨床実習に興味を示して参加したというより、カリキュラムの変更に対応したというのが実態の理解として正しいようです。もっともこれまでの取り組みについては存じ上げませんから、その点は御注意下さい。

このカリキュラムの狙いも書いてあるのですが、

    卒業生が大都市部に集中するのを抑え、過疎地域での医師不足解消につなげる狙いもある。
これは狙いではあるようですが、だからと言ってへき地の病院や診療所での実習を求めているようでは必ずしもないようで、
    医学生を各地域の診療所で実地訓練する
つまり病院ではなく地域の診療所で実習せよの指令のようです。診療所と言うのが一つのポイントにはなります。ネット医師世論では僻地病院と言う表現を用いますが、僻地医療を定義する時に病院があれば非常に難しくなります。病院があるというだけで、規模や内容はともかく僻地の医療とは定義しくくなるからです。病院があっても僻地とするには離島ぐらいの条件が乗っかっても容易ではありません。

文科省の実習医療機関の定義は単に「地域の診療所」としていますから、別に立川の駅ビルの中にあっても問題はないわけです。もっとも実運用上の「説明」として「できれば」みたいなものはあるとは考えられますが、それこそ地域の実情に合わせてになるでしょうし、ひょっとすると地域の実情の中に「地域の病院」での実習も場合によっては認められると言うのもあるのかもしれません。

でもって具体的な実習内容と考えられるのが到達目標と考えられます。私も地域の診療所を開設していますから、その経験を踏まえて到達目標に合致する実習内容を考えてみます。

No. 到達目標 想定される実習内容
1 地域のプライマリ・ケアを体験する。 プライマリ・ケアと英語で言えば物々しいものを想定しますが、要は外来見学になります。医学生ですから出来るのは予診ぐらいでしょうか。診療所ですからスペースの問題は出てきます。
2 病診連携・病病連携を体験する。 病診連携と言われても小児科診療所なら紹介状を書くぐらいしか思いつきません。さらに病病連携となると「???」なんですが、「外来 → 一般病床 → 療養病床 → 在宅」のサイクルの中での役割を見学するとかの意味でしょうか。
3 地域の救急医療、在宅医療を体験する。 地域の救急医療と言っても、在宅当番日とか、地域の急病診療所の見学ぐらいしか思いつきません。在宅医療も患家まわり同伴すると言う事でしょうか。
4 多職種連携のチーム医療を体験する。 これも小児科診療所ではなかなか想像し難いのですが、訪問看護師とか訪問介護とかの見学の事でしょうか。MSWやケアマネとかの相談もあるのかなぁ?
5 地域における疾病予防・健康維持増進の活動を体験する。 ここもごく素直に検診とか予防接種を想定すれば良いのでしょうか。地域住民のための健康講座みたいなものへの出席も含むのかなぁ?


今の臨床実習がどうなっているのかの知識が基本的に欠けているので、あくまでも私が想像した範囲のものです。それはともかく、到達目標を読む限り、臨床実習に相応しい診療所の条件としては、
  1. 一般外来を行なっている
  2. 在宅医療を手がけている
これぐらいは必要な条件として求められそうです。そうなるとやはり内科系の診療所だけが対象のようです。


さて寄り道が長かったのですが、記事の用語の問題点がこれで殆んど解明しました。見出しも含めてへき地の文字が使われているのは、文科省の地域医療臨床実習の狙いが過疎地域の医師不足の解消であることからと考えられます。そうであるなら「過疎地域 ≒ へき地」の関係は成立します。つうか過疎地域では読者へのインパクトが少ないと考えてへき地と言う言葉を使ったとも考えられます。

地域の実習医療機関として過疎地域とかへき地に限定されていませんが、大分大はカリキュラムの狙いを踏まえて、実習医療機関を広い意味での「へき地」の診療所の設定しようとしていると考えれば良いかと思います。大分基準でのへき地がどこになるかは存じませんが、前に取り上げた豊後大野市民病院なんかもイメージとしてへき地にしている可能性はあります。

全部へき地かどうかは不明ですが、そういう趣旨に則っていると大分大が説明したので、記者は「実習医療機関はすべてへき地にある」と理解したとしても不思議ではないでしょう。実際にもへき地に多く存在している可能性はあります。ただ大分大の説明は地域医療臨床実習のカリキュラムに副っての説明ですから、話すときには「地域、地域」としたと考えられ、記事の冒頭以外は「へき地」の文字は用いられなかったとするのが妥当でしょう。

「地域住民との触れあい」も微妙なんですが、交歓会的なものを考えているのか、それとも地域の医療機関で実習すれば自然に「触れ合う」かは不明です。まあ、交歓会的なものは大学側より地域の自治体なりの方がところによっては熱心になるかもしれません。これが一歩進んで、どこかの研修医のプログラムの様に農作業とか、旅館の配膳みたいな実習に発展しているかも不明です。


ムックに熱中しすぎて、何を書きたかったかすっかり見失ってしまいしたが、それはそれで良しとしましょう。そんな日もあると言う事でよろしく。