ssd様のひかえ、ひかえ〜〜〜からなんですが、山口県美祢市で地域医療を守る条例なるものが制定されるとしてニュースになっています。そうなれば具体的な内容はどんなものであろうかに興味が移るのですが、どうも美祢市のものはまだ公開されていない様子です。ではでは、他の自治体はどうかとググってみると、先発例があるのが確認できました。
あくまでも私が確認できた範囲ですが、
自治体 | 施行日 | 条例 | 条例名 |
奈良県 | 平成21年7月3日 | 奈良県条例 第11号 | ならの地域医療を守り育てる条例 |
延岡市 | 平成21年9月29日 | 延岡市条例 第29号 | 延岡市の地域医療を守る条例 |
尾道市 | 平成22年4月1日 | 議案(原案了承済) | 尾道市の地域医療を守る条例 |
他にもあれば別ですが、どうも奈良県が一番早いようです。つうのはあくもでもネット情報を読んだ印象ですが、「地域医療を守る条例」としてあちこちに取り上げられているのは延岡市のもので、奈良県のものが殆んど取り上げられていないにも関らず、施行日が一番早いので奈良が第一号ではないかと推測されます。ここで見つかったのは3つだけで、なおかつ尾道市の分は議案段階なので、成案である延岡市と奈良県の内容を比べてみたいと思います。
ここは条例に対する哲学が書かれているぐらいに解釈すれば良いでしょうか。、
延岡市 | 奈良県 |
近年、少子高齢化が急速に進展するなか、市民の生活様式や嗜(し)好は大きく変化するとともに、市民の医療に対する要求や健康に対する需要は多様化しており、このような変化に対応するためには、基盤となる地域医療を守ることが不可欠となっている。 このため、市民と医療機関相互の理解と信頼関係の醸成、医療機関相互の機能分担と業務連携の推進、行政と市民そして医療機関相互の協働によって地域医療を守るとともに、医療と保健及び福祉が密接な連携を図りながら、市民が自らの生涯を健康に全うすること(これを「健康長寿」という。)を推進することが重要となっており、市民や市民活動団体等による健康長寿を推進するための積極的な取組みが期待されている。 ここに、将来にわたって市民が安心して医療を受けることができる体制を確保するとともに、市民の健康長寿を推進するため、この条例を制定する。 |
私たちは、生まれ、成長し、やがて老後を迎え、人生を終えるまで、それぞれの地域において、その時々に必要な保健、医療及び福祉のサービスを適切に利用できなければならない。 しかしながら、近年、高齢化の進展、疾病構造の変化等に伴い、医療サービスに関する需要は多様化し、医療はもとより保健及び福祉を取り巻く環境に大きな影響を及ぼしており、このような社会情勢の変化に適確に対応した医療提供体制を確保することが必要である。 そのためには、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携と、医療を提供する側と受ける側の相互の理解及び協力の下、地域における医療を守り育てていくことが重要である。 ここに、県民が住み慣れた地域で安心して生活することができるよう、地域医療を守り育てるため、この条例を制定する。 |
誰が書いても似たような内容になるでしょうが、それでも読んだ印象が少々異なります。あくまでも字句の上のことなんですが、延岡市の方が市民と医療機関の協力を強く謳っていると感じます。一番違うのは、医療提供に対する姿勢で、あくまでも字句の上での印象ですが、延岡市は既存の医療資源を市民とともに守ろうが主体であるのに対し、奈良県は必要な医療を確保するための条例であるぐらいと感じます。
延岡市 | 奈良県 |
第一条 この条例は、本市の地域医療を守り、良好な地域医療体制のもとで市民の健康長寿を推進するための基本理念を定め、市、市民及び医療機関が果たすべき責務、施策等について定めることにより、将来にわたって市民が安心して医療を受けることができる体制を確保することを目的とする。 |
第一条 この条例は、地域医療に関し、基本理念を定めるとともに、県の責務等を明らかにすることにより、県、県民及び医療従事者等が協働して、地域医療を守り育て、もって地域における保健、医療及び福祉の充実を図ることを目的とする。 |
う〜ん、ここは似たり寄ったりかなぁ。あえて言えば条例制定の理由と同様、延岡市が医療資源の保守育成に主眼を置いているのに対して、奈良県は市民が利用できる医療体制の整備拡張に重きを置いている気がします。
延岡市 | 奈良県 |
第二条 地域医療は、市民が安心して生活していくうえで欠かすことのできないものであることにかんがみ、持続可能な地域医療体制を構築するため、市、市民及び医療機関が一体となり、地域全体で守らなければならない。
| 第三条 地域医療は、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を基礎として、地域において良質かつ適切な医療の提供が確保され、かつ、その適切な利用が行われることを旨として守り育てなければならない。 |
ここも延岡市と奈良県の基本姿勢がはっきり判ります。延岡市は市民に積極的な参加を求めているのに対し、奈良県は消極的な協力をお願いしていると言えます。
延岡市 | 奈良県 |
第三条 市は、前条に定める基本理念(以下「基本理念」という。)に基づき、市民に対して良質かつ適切な医療が効率的に提供される体制を確保するため、宮崎県医療計画(医療法(昭和23年法律第205号)第30条の4の規定に基づき宮崎県が策定する医療計画をいう。)を基本として、地域医療を守るための施策を推進する責務を有する。
| 第四条 県は、前条の基本理念にのっとり、地域医療に関し、国、市町村、県民及び医療従事者等との連携を図りつつ、地域の実情に応じた施策を策定し、及び実施するよう努めるものとする。
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もう違いの解説は良いでしょう。
延岡市 | 奈良県 |
第四条(市民の責務) 市民は、基本理念に基づき、地域医療を守るため、次に掲げる責務を有する。
| 第四条(県民の努力) 県民は、地域医療に対する理解を深めるとともに、病気の予防及び治療に対する正しい知識を持ち、自らの健康の保持増進に努めるものとする。
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ここも対照的で延岡市がかなり具体的に医療機関の受診法を定めているのに対して、奈良県は非常に漠然とした表現に留まっています。とくに
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県民は、医療提供施設の機能に応じ適切に受診
延岡市 | 奈良県 |
第五条(医療機関の責務) 医療機関は、基本理念に基づき、良質かつ適切な医療を行うため、次に掲げる責務を有する。
| 第六条(医療従事者等の役割) 医療従事者等は、良質かつ適切な医療を提供し、地域医療を守り育てるために積極的な役割を果たすよう努めるものとする。 |
延岡市の責務は一見大変そうですが、医療従事者にとっては当たり前の事が書いてあるだけです。一方で奈良県の方は条例を盾に取ることが出来そうな幅広い表現を行っている様に感じてなりません。
延岡市 | 奈良県 |
第六条(市の基本的施策等) 地域医療を守るための市の基本的施策は、次のとおりとする。
| 第二条(定義) この条例において「医療従事者等」とは、医療従事者、医療提供施設の開設者及び管理者、医療従事者の組織する団体その他の医療に関係するものをいう。 |
延岡市の方は後述しますが、奈良県の医療従事者等の定義が投網的でチト笑いました。
全般的に延岡市に甘口で、奈良県に辛口の評価と読まれた方は多かったんじゃないかと思います。そう感じたのは私だけではなく多くの医療関係者や自治体関係者もそうでなかったかと推測しています。そのためほぼ同時期に、なおかつ奈良県の方が若干早く制定されたにも関らず、殆んど話題にすらされなかったと考えています。
では延岡市の条例がそんなに素晴らしい内容かと問われれば正直なところ首を傾げます。ssd様がシャープに切られています。
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道徳や常識を成文化する時点で、オシマイだと私は考えますがね。
後述するとした延岡市の「市の基本的施策等」も、よくよく読まなくとも条例で謳うような内容でなく、市の医療政策に過ぎないものです。こんなものまで条例化しなければならないかと思うと、逆に暗澹とする思いです。まるで「朝起きたら顔を洗いましょう」とか「ごはんの前には手を洗いましょう」とか「そうじを熱心にしましょう」を条例化しているぐらいの違和感を感じます。
さてなんですが、条例とは単純に考えると規則です。条例にも色々ありますが、この条例は規則と考えます。規則を守らせるには強制力が必要です。条例の対象者は自治体と医療機関と市民(患者)です。この3者に強制力が生じるかどうかです。
自治体は条例内容が履行されなければ条例違反による政治責任が発生する可能性があります。そこまで政治問題化するかは地域の事情によって異なるでしょうが、たとえば銚子市ぐらい熱い自治体なら起こる懸念はあります。もっとも銚子並の熱いエネルギーが常に発生するかと言われれば正直なところ疑問で、履行されなければ「書いてあるだけ」の死文として誰も思い出さない、もしくは触れない条例になる可能性の方が高そうな気がします。
医療機関はどうかです。自治体も自分で作った条例ですから守ろうとはするはずです。医療機関が条例遵守の方向に協力しなかったら、これに対する報復手段は実在します。医療は様々な管理監督を行政から受けていますから、この運用による報復です。条例違反を直接問えなくても「江戸の仇を長崎で討つ」式の制裁は可能だと言う事です。つうか、そう医療機関に感じさせれば十分な強制力になります。
では患者側はどうかと言えば、直接的にも間接的にも実質としてゼロです。患者側にしてみれば、市の立て看板にある「○○都市宣言」とか、「青色申告推進の町」とか、「たばこは町内で買いましょう」とか、「△△線を守るために電車を利用しましょう」とさして変わらない存在になると言う事です。
つまり対象は自治体、医療機関、患者の3者ではありますが、実質は制定した自治体と医療機関の条例と言って良いと考えます。自治体が医療機関を督励するために作った条例であると考えるべきと感じます。そういう意味で無駄な美辞麗句が連ねられている延岡市より、奈良県の方がよほど本音が潔く出ていると私は思います。
今日は珍しく奈良県の医療行政を褒めてしまいましたが、褒めた奈良県の条例が有効かどうかは「まったく別次元のお話」ですから誤解ない様にお願いします。