新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 報告書

平成22年6月10日付で新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 報告書が出されています。何回か触れた手前、紹介しなくてはいけないのでしょうが、無難と言うか、玉虫色と言うか、総花式と言うか、面白くない代物でして、読むのも解説するのも正直なところ苦痛です。お時間があれば原本を読んでいただくのが一番なんですが、私が感じたのは「以上、幕引き終わり」だけです。

なんとか読める程度のものにしようと、あれこれ手を入れていたのですが、もうあきらめてupします。とりあえず玉虫色の典型みたいなところを「はじめに」から引用すると、

 第1波が終息した現段階において、我が国の死亡率は他の国と比較して低い水準にとどまっており、死亡率を少なくし、重症化を減少させるという当初の最大の目標は、概ね達成できたと推察される。死亡率が低い理由については、現時点では未解明であるが、広範な学校閉鎖、医療アクセスの良さ、医療水準の高さと医療従事者の献身的な努力、抗インフルエンザウイルス薬の迅速な処方や、手洗い・うがいなどの公衆衛生意識の高さなどが指摘されている。こうした成果の多くが、国民一人一人の努力と病院、診療所、薬局などで働く医療従事者など現場の努力の賜と考えられる。

死亡率が低かった要因は完全な列挙形式で、

  1. 広範な学校閉鎖
  2. 医療アクセスの良さ
  3. 医療水準の高さ
  4. 医療従事者の献身的な努力
  5. 抗インフルエンザウイルス薬の迅速な処方
  6. 公衆衛生意識の高さ
会議で出ていたものが総ざらえぶちこんであります。ぶちこんだ上で「不明」としていますが、不明となった辺りが岩田委員が頑張った成果と言えない事もありません。そうでなけりゃ、結果としての成績は残っていますから、「厚労省及び感染対策本部の大手柄」になっていた公算は大です。ただなんですが、この総括会議の趣旨は国の対策が「どうであったか」を検討するはずのものです。

列挙した「あえての要因」ですが、国が直接関与したのは大規模な学級閉鎖だけです。学級閉鎖の意義についても様々な意見がありましたが、無効ではなかったのは確かですから、入れても構わないですが、その他の対策は何一つ要因に入っていません。列挙の「あえて」以外で国が鳴り物入りで行なった対策として思い浮かぶのは、

  • 水際作戦
  • 発熱外来
  • 感染者隔離
  • 感染指定地域の指定
  • ワクチン
これぐらいはすぐに思い浮かびますが、要因に入っていないと言う事は、結果として無駄であったと解釈するのも可能です。だから読みようによっては空振りに終わった対策の言い訳報告書と見れないこともありません。その辺は「総括にあたって」として、

総括に当たって、厚生労働省の対策には、当時、以下の準備不足や制約があったことに留意し、各論の提言においては、こうした課題の根本的な改善と、運用面の改善とを区別して提言を取りまとめた。

もちろん未知の感染症に対しての対策ですから試行錯誤部分が出るのは当然ですし、100点満点以外の解答は認めないなんて事はないにしろ、試行錯誤であっても問題があった運用と、試行錯誤であるからやむを得なかったぐらいは分けて総括して欲しいところです。とりあえず「準備不足や制約」としては、

  • 新型インフルエンザ発生時の行動計画、ガイドラインは用意されていたが、病原性の高い鳥インフルエンザ(H5N1)を念頭に置いたものであったこと
  • また、行動計画・ガイドラインは、突然大規模な集団発生が起こる状況に対する具体的な提示が乏しかったこと
  • 平成21年2月のガイドラインの改訂から間もない時期に発生したことから、検疫の実施体制など、ガイドラインに基づく対策実施方法について、国及び地方自治体において、事前の準備や調整が十分でなかったこと
  • パンデミックワクチンの供給については、国内生産体制の強化を始めたばかりであり、一度に大量のワクチンを供給できなかったこと
  • 病原性がそれ程高くない新型インフルエンザに対応して臨時にワクチン接種を行う法的枠組みが整備されていなかったこと

簡単にまとめると、新型対策は流行が限定的な鳥インフルエンザのためのガイドラインが用いられ、さらにこのガイドラインがメキシコ発生の2ヶ月前、神戸上陸の3ヶ月前であったから十分機能しなかったとしています。そうなるとどれぐらいの準備期間があれば十分であったかの回答が欲しいところですが、どうもなさそうです。

ワクチンについては厚労省の意向が存分に反映され、

    病原性がそれ程高くない新型インフルエンザに対応して臨時にワクチン接種を行う法的枠組みが整備されていなかったこと
個人的には任意接種の方針が決定された時期にも病原性については意見がまだ分かれていたと思います。ですから法的には予防接種法2条2項8号に、

前各号に掲げる疾病のほか、その発生及びまん延を予防するため特に予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病

これを適用する余地が十分にあったと考えています。これについては様々な弁明は付いていましたが、結局のところ「予算がない」あたりが真相とされます。そのため公費接種が適用されず、任意接種であるにも関らず公的関与による制限をガチガチに盛り込んだ運用を無理やり強行する事になります。でもって、予算措置を伴わなくても公的関与を存分に行なえる「法的枠組み」が必要と結論付けられています。ここを盛り込めば厚労省的には合格点の報告書かと考えられます。

この部分は提言にもしっかり盛り込まれ、

対策の実効性を確保するため、感染症対策全般のあり方(感染症の類型、医療機関のあり方など)について、国際保健規則や地方自治体、関係学会等の意見も踏まえながら、必要に応じて感染症法や予防接種法の見直しを行う等、各種対策の法的根拠の明確化を図る。

「総括にあたって」の提言は全部で5つあるのですが、残りの4つは正直なところさしたる事は書かれていません。その中でやたらと具体的なのが法整備の項目で、主眼は予防接種法の改正の根拠にしたいのであろうと私は見ます。



サーベイランス」のところに散々振り回された「症例定義」の事が書いてあります。

症例定義については、臨床診断の症例定義とサーベイランスの症例定義を明確に分けるべきである。

ぜひよろしくお願いしたいところです。今回の症例定義の楽しさは、

    前線医師:「インフルエンザA型陽性です。新型確認のためにPCR検査お願いします」
    保健所 :「メキシコ、カナダ、アメリカの渡航歴はありますか?」
    前線医師:「ありません」
    保健所 :「では季節性だから検査は不要です」

    前線医師:「インフルエンザA型陽性です。新型確認のためにPCR検査お願いします」
    保健所 :「メキシコ、カナダ、アメリカの渡航歴はありますか?」
    前線医師:「渡航歴はありませんが、他にも同じ学校の発熱患者が2人います」
    保健所 :「3人じゃないから検査は不要です」

    前線医師:「ありゃ〜、インフルエンザA型陽性だよ〜。PCR検査しなくちゃ〜」
    発熱患者:「ぇえ〜。わし博多やけん、新型だったら街歩けの〜なるぅ。たのむから、PCR検査はやめてくんさい」
    前線医師:「それもそうだが・・・いや、やはり地域の感染対策のためPCRはしないといけない。保健所に連絡しますよ、いいですね」
    発熱患者:「殺生な・・・」
    前線医師:「PCR検査をお願いします」
    保健所 :「メキシコ、カナダ、アメリカへの渡航歴、もしくは関西への旅行歴、もしくは博多区板付中学校校区のうろつき歴はありますか?」
    前線医師:「ないようです」
    保健所 :「季節性インフルエンザですから、検査は不要です」

こういうコントを日本中で行なうぐらいでしたから、二の舞はゴメンです。



「広報リスク・コミュニケーション」の運用上の課題も楽しいもので、

  1. パンデミック時に、分かっている情報を国民に対して公開するとともに、専任のスポークスパーソンを設けることにより、複数の情報が流れないよう、また、仮に誤った内容の報道がされた場合には正しい内容を伝えることができるように、広報責任主体を明確化するとともに、広報内容の一元化を図るべきである。
  2. 情報発信に当たっては、その目的に照らし合わせて、「正確」な情報を、きめ細かく頻繁に、具体的に発信するように工夫すべきである。その際、一般国民や企業、事業主の方が求める様々な質問についても把握し、Q&Aなどを作成・発信していくべきである。特に、国民の不安や不正確な情報によって、誹謗中傷、風評被害が生じないよう、留意する必要がある。また、国民に的確な情報提供を行うため、現場の医療関係者、専門家などからの意見聴取に当たっては、議事録を作成するなど議論の透明性を確保するとともに、情報の混乱を避けるため、正確な意見集約や広報に努めるべきである。なお、パブリックコメントについては、それをどのように議論し、活用したかについて、できる限り国民に明らかにすべきである。
  3. 施策の内容の伝達や決定に当たっては、その背景や根拠などを開示して、分かりやすく伝えるべきである。また、通知や事務連絡については、できるだけ簡潔・明瞭にし、ポイント紙や関連のQ&Aなどを作成するようにすべきである。
  4. 流行が沈静化している時期にこそ、新型インフルエンザの危険性の周知・広報に力を入れて取り組むべきである。

医療関係者がトコトン振り回された、国が先に広報し、その広報に基いて医療機関に患者から問合せが殺到し、具体的な情報を知らされていない医療機関が右往左往する状態の解消はどうなったのでしょうか。私が読む限り書いていないように思われます。


なんのかんのと全部紹介してしまいそうですが、「水際作戦」も面白い事が書いてあります。

国は、ウイルスの病原性や症状の特徴、国内外での発生状況、諸外国における水際対策の情報等を踏まえ、専門家の意見を基に機動的に水際対策の縮小などの見直しが可能となるようにすべきである。

つう事は、今回の水際作戦は、

    国は、ウイルスの病原性や症状の特徴、国内外での発生状況、諸外国における水際対策の情報等を踏まえる事は無理な状態であり、さらに専門家の意見を基に機動的に水際対策の縮小などの見直しも、そもそも不可能であった。
これで水際作戦への総括は鮮やかに幕引きのようです。


ワクチンについては接種に当たってのドタバタ騒ぎは一言も触れられておりません。これは全文引用しておきます。「体制・制度の見直しや検討、事前準備を要する問題」ですが、

  1. 国家の安全保障という観点からも、可及的速やかに国民全員分のワクチンを確保するため、ワクチン製造業者を支援し、細胞培養ワクチンや経鼻ワクチンなどの開発の推進を行うとともに、ワクチン生産体制を強化すべきである。併せて、輸入ワクチンについても、危機管理の観点から複数の海外メーカーと連携しつつ、ワクチンを確保する方策の一つとして検討していくべきである。
  2. ワクチンの接種体制の確保の準備を進めるべきである。このため、今回の新型インフルエンザ対策の経験を踏まえ、現場の意見を聞きながら、新型インフルエンザ対策行動計画に基づくワクチン接種に関するガイドラインを早急に策定するべきである。その際、実施主体、費用負担のあり方、集団接種などについても、検討すべきである。
  3. ワクチン接種について、医師会等の関係機関と相談、調整のもと、新たな感染症の発生や既知の感染症の病原性の変化等に応じ、集団接種で実施することも考慮しつつ、あらかじめ、接種の予約、接種場所、接種の方法など現場において実効性のある体制を計画するべきである。
  4. ワクチンによる副反応を、迅速かつ的確に評価できるように、ワクチン以外の原因による有害な事象の把握や予防接種の実施状況と副反応の発生状況を迅速に把握できる仕組みを作るよう検討すべきである。

読み方によるでしょうが、今回やったドタバタ劇を完成品として固めたい意向に読めて仕方がありません。少なくとも私にはそう読めます。「運用上の課題」として、

  1. ワクチンの接種回数や費用(ワクチン価格を含む)及び輸入ワクチンの確保等については、決定までのプロセスを明確にし、できる限り開かれた議論を、根拠を示しながら行うとともに、その議事録等をできる限り速やかに公表すべきである。
  2. 優先接種対象者等については、広く国民の意見を聞きながら国が決定するが、都道府県や市町村等が地域の実情を踏まえ、柔軟に運用できるようにすべきである。
  3. 今後の新型インフルエンザワクチン供給については、実行可能性のある接種体制のあり方の議論も踏まえるとともに、各地の事例を参考にし、国、都道府県をはじめ関係者が連携してワクチンを迅速かつ円滑に流通できる体制の構築に向けた検討が必要である。

    (なお、今回の新型インフルエンザ(A/H1N1)ワクチンについては、返品も含めた在庫問題の解決に向けて、早急に最大限努力すべきである。)

唯一の収穫は、

    ワクチンについては、返品も含めた在庫問題の解決に向けて、早急に最大限努力すべきである
どれぐらい努力してくれるのでしょうか。この手の報告書には「書いてあるだけ」の事柄と、後に錦の御旗や葵の御印籠になる項目がありますが、ここは前者の可能性が高そうな気がします。


最後に「結び」です。

 この報告書において総括した今般の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策における課題の根本的な改善のため、本報告書の提言を最大限尊重し、国において、新型インフルエンザ行動計画やガイドラインの改定等の検討作業に速やかに着手し、実現すべきである。また、国において、地方と国の役割分担、権限等について十分検討した上で、都道府県及び市町村においても、国における行動計画等の対策の見直しを踏まえつつ、各地域の実情に応じた実行性のある行動計画等の策定・改定を行うべきである。

 新型インフルエンザ発生時の危機管理対策は、発生後に対応すれば良いものではなく、発生前の段階からの準備、とりわけ、新型インフルエンザを含む感染症対策に関わる人員体制や予算の充実なくして、抜本的な改善は実現不可能である。この点は、以前から重ね重ね指摘されている事項であり、今回こそ、発生前の段階からの体制強化の実現を強く要望し、総括に代えたい。

誤解無い様に言っておきますが、チクチクと嫌味を書きましたが、さすがに厚労官僚医系技官が知恵を絞って書いただけあって、全般的には致命的なアラはありません。長々と解説はして見ましたが、この報告書のすべては実は冒頭部に書かれています。

     第1波が終息した現段階において、我が国の死亡率は他の国と比較して低い水準にとどまっており、死亡率を少なくし、重症化を減少させるという当初の最大の目標は、概ね達成できたと推察される。
総括会議前に宣言された結論が活き活きと引用されています。素晴らしい予定調和と表現すれば宜しいのでしょうか。