医療訴訟の風向きに変化があるようで

医事関係訴訟事件の処理状況及び平均審理期間に加えて、あちこちから断片的にかき集めた新規医療訴訟数をグラフにしてみます。

年度が断片的になっているのと若干見難いのは御容赦下さい。解説を加えると最高が2004年の1110件で、2009年には733件まで減少しています。これに認容率を加えて考えたいのですが、認容率とは訴訟が判決まで至って、原告の主張が一部でも認められたものを指します。つまりぶぶ漬けでも認容率に計算されるのと言う事です。一方で「どうやら」ですが和解は判決数として分母にはならないようです。

認容率をみるには訴訟の終局件数(判決であれ、和解であれ終了した件数)からが良いので、医事関係訴訟事件の終局区分別既済件数及びその割合に認容率を加えて編集して表にします。

年度 終局件数 和解 取り下げ
その他
判決 認容率 原告勝訴
2000 691 317 69 305 46.9% 143
2001 722 318 70 334 38.3% 128
2002 869 381 102 386 38.6% 149
2003 1035 508 121 406 44.3% 178
2004 1004 463 136 405 39.5% 160
2005 1062 529 133 400 37.8% 151
2006 1139 507 130 402 35.1% 141
2007 1027 536 126 365 37.8% 138
2008 986 493 122 371 26.7% 99
2009 952 473 114 366 25.3% 93


正直なところ微妙な表なんですが、和解をどう考えるかも難しいところで、医療側の主張に無理があっての和解もあるでしょうし、病院側が妙な妥協を行なっての和解もあるかと考えられます。つまり妥当な和解とトンデモ和解があるはずなんですが、統計データからだけではこれ以上は分析できません。一方で取り下げ・その他(請求の放棄・請求の認容を含む)ですが、請求の認容は10年間で5件しかありませんから考慮の外に置いても良いと考えます。取り下げは原告の撤退ですが、純粋の意味での「その他」の内容は私では詳細不明です。取り下げの2倍位あるのですが、なんだろうと言うところです。

これだけデータがそろえば、今度は訴訟数全体に対する原告勝訴率が計算できます。

年度 終局件数 原告勝訴 原告勝訴率
2000 691 143 20.7%
2001 722 128 17.7%
2002 869 149 17.1%
2003 1035 178 17.2%
2004 1004 160 15.9%
2005 1062 151 14.2%
2006 1139 141 12.4%
2007 1027 138 13.4%
2008 986 99 10.0%
2009 952 93 9.8%


2000年には10件の訴訟のうち2件は原告勝訴していたのが、2009年には1件以下になっているのがわかります。ここもなんですが、原告勝訴の絶対数がこの程度なので、和解件数との兼ね合いが非常に微妙です。医療側が負けそうな訴訟を和解に持ち込んでいる可能性を否定できないからです。和解率と原告勝訴率をグラフにしてみると、
グラフにするとなんとなくシンクロしているような気がしないでもありません。もう少し見やすい工夫はないかと考えたのですが、訴訟の結末は大雑把に分けて、
  • 原告勝訴
  • 和解
  • 被告勝訴
  • その他
和解の解釈は内容によりけりとは言え、たぶん被告がぶぶ漬け程度でも賠償金を支払っているかと考えます。そうなれば判決まで至っての一部認容に近いとも見れないことはありません。一方でその他(取り下げ・その他)は被告が賠償金を支払っていない可能性が高いとも考えられます。この4つの区分を100分率でグラフにすれば医療訴訟の結果の流れが見えるかもしれません。
原告勝訴と和解を足した割合は、おおよそ60〜65%辺りで推移していると見ても良さそうです。2008年度・2009年度は60%程度ですが、これは2001年度・2002年度と大差ありません。2001年度、2002年度との違いは原告勝訴率ですが、2008年度・2009年度は和解率が高くなっており、判決まで進まずに和解に至っている例が増えているのが最近の傾向ではないかと見れないこともありません。

和解が増えた理由は個別の訴訟での様々な事情があるので、原告側・病院側のどちらの動きによるものなのかはデータだけでは「わからない」になります。もっとも原告勝訴にしろ、和解にしろ賠償相場はかつての3倍以上になっているという分析もあり、この辺も判決より和解が増えた原因の背景になっているのかも知れません。

また原告勝訴と言ってもぶぶ漬けも含みますから、真の意味での原告勝訴判決が93件の中にどれぐらいあるのかも興味深いところです。

とりあえず医療側からすると新規訴訟の総数が減っている事は嬉しいのですが、判決まで頑張ると原告側が不利になりつつあるぐらいは言えそうなデータではあります。そうなると、なんとなく某団体とその一派が事故調の厚労省案成立に躍起になっている原因が垣間見れる気もしないでもありません。

某団体とその一派の目的はカネではなく「真実を知ること」、つまり判決で華々しく勝って、その成果を喧伝していかないと活動が先細りになります。彼らにとっては和解などはカネ目当ての生温い決着でしょうし、それでは彼らの究極目的に反します。司法決着の風向きが悪そうとなれば、新たな決着方法を求めるのが自然の流れでしょう。


さてなんですが、2009年度の原告勝訴判決は93件です。これのマスコミ報道率はどれぐらいのものでしょうか。病院側勝訴の報道率が極限まで低いのはわかります。私もウォッチャーを任じていますが、民事では大淀裁判ぐらいしか思い出せません。代わりに多いのが「訴訟が起こされた」報道です。訴訟になっても結果は上で分析した通りですし、マスコミは和解になったり、病院側勝訴となっても「ほぼまったく」報道しないのが鉄則です。

マスコミ報道で「訴えれば何かもらえる」みたいな誤解をされている方もおられるかもしれませんが、現実はデータが示す通りです。これをとらえて「病院が事実を隠蔽している」の決めセリフが出てきそうにも思いますが、訴訟経過の隅々まで明らかになった大淀訴訟がこれを否定する材料になるかと考えています。刑事の福島判決も有力な材料になります。割り箸訴訟や東京女子医大事件もまたそうかと考えます。

まあ、和解も含めれば「それでも取れる」の見方も可能ですから、ある種の弁護士的にはまだまだ成長市場かもしれません。以上データからでした。