日本鬼畜訴訟大賞

Med_Law様から情報を頂いたのですが、凄い名前の大賞にビックリしています。もちろん私が作ったものではなく、My News Japanが2008.12.11に発表したものです。大賞の趣旨として、

 企業や権力者が裁判制度を悪用して高額訴訟を吹っかけ、個人の口封じ・嫌がらせを図る事例が頻発している。そのような人間の風上にも置けぬ「鬼畜」による訴訟の防止と対策を図るため、ジャーナリズムメディアであるMyNewsJapanは、このほど鬼畜訴訟防止委員会(鬼防委)を結成。手始めの活動として、今年の「鬼畜訴訟大賞」を選出・発表し、”嫌がらせ口封じ訴訟”を仕掛ける組織名を世に広く知らしめることにした。

2008年が第1回であったことは確認できますが、どうも2009年以降に第2回は発表されていないようです。選考委員も公表されていまして、

 過去に武富士から2億円もの損害賠償請求を請求される嫌がらせ訴訟を起こされながら完勝した経験を持つ寺津有氏、同じく武富士に1億1千万円の損害賠償請求を求められながら2年前に勝訴確定した三宅勝久氏、『サイゾー』にコメントしただけで記事すら書いていないのにオリコンから5千万円請求され、まる2年にわたってイジメられている烏賀陽弘道氏、そして、今年に入って読売新聞社から2200万円の請求を受けた、「新聞の偽装部数」問題を報道し続ける黒薮哲哉氏。

選考委員の人選から、「嫌がらせ口封じ訴訟」の被害者の視線から選ばれた大賞である事は確認できます。My News Japanの規模は存じませんが、もう少しバランスを考えた構成に出来なかった事は惜しまれますし、その分だけ評価は慎重にならざるを得ません。この辺は企画の真剣度になってしまいますが、それでもってグランプリに該当するのが、

    最極悪賞
ストレートなんですが、ストレートすぎて少しヒネリがあった方が良かったかもしれません。個人的な感想はともかく、最極悪賞の定義は、

 グランプリにあたる「最極悪賞」は、極悪な訴訟のなかでも、さらに最も悪意が感じられる訴訟で、裁判制度の悪用、つまり国民の税金無駄遣いも甚だしい訴訟を起こした最悪の企業・団体に贈られる。

いやいや実に手厳しい定義です。「極悪な訴訟のなかでも、さらに最も悪意が感じられる訴訟」とまで言われると興味津々にならざるを得ないのですが、選ばれたのが、

 2008年の、不名誉ある最極悪賞には、計11点を獲得した読売新聞西部本社が輝いた。江崎法務室長名による訴訟も含め、2008年は黒薮氏に対する訴訟を連発した。

ここで問題なのは最極悪賞の訴訟の被告である黒薮氏が、4人しかいない選考委員の1人になっている事です。こういう選考を真面目にするのであれば当事者は最低限外すのが良識かと思うのですが、これもまたその程度の企画と解釈しないといけません。そうなると最極悪賞の内容を勘案してみる必要があります。概要が掲載されており、

読売新聞西部本社(江崎法務室長含む)

  1. 読売新聞社が販売店との商取引を中止した経緯を、ジャーナリストの黒薮哲哉氏が自身のウェブサイトに掲載したところ、その一部が、読売新聞西部本社および社員3人(江崎法務室長、長脇担当、池本担当)に対する社会的評価を低下させたとして、2008年3月11日、黒薮氏に対して2230万円の損害賠償を請求。読売側が問題にしたのは、以下の記述だった。

     「その上で明日の朝刊に折り込む予定になっていたチラシ類を持ち去った。これは窃盗に該当し、刑事告訴の対象になる」。黒薮氏に対して削除・訂正の要請すら行わず、突然、裁判を起こした。


  2. 読売新聞西部本社法務室長・江崎氏の催告書を黒薮氏のウェブサイトに掲載したところ、催告書は江崎氏個人の著作物だとして公表権を主張、2007年12月28日、催告書を削除せよと仮処分申請、2008年4月、本裁判開始。

最極悪賞に選ばれた訴訟はどうやら2つのようで、1.の方の訴訟理由は、

    明日の朝刊に折り込む予定になっていたチラシ類を持ち去った。これは窃盗に該当し、刑事告訴の対象になる
まず事実関係は訴訟の被告本人が選考委員におられますから正しいと考えられます。こんなところで虚偽の理由を述べても何の利益もありません。さらにこの時点では黒薮氏は係争中ですからなおさらだと思われます。まず読売の言い分のチラシの窃盗ですが、たしかに1枚とは言え窃盗は窃盗です。そこは理屈として成り立ちますが、チラシは誰のものかが少々疑問です。

新聞販売店の内情に詳しいわけではありませんが、チラシは広告主から依頼を受けた販売店が管理しています。元の所有者は広告主であり、委託されて管理しているのが販売店と言う見方も可能です。広告主が告訴するなり、管理している販売店が告訴するのならまだ道理はわかりますが、

    読売新聞西部本社および社員3人(江崎法務室長、長脇担当、池本担当)に対する社会的評価を低下させた
どういう関係で社会的評価が低下したのかが「???」です。

まず広告主がチラシを配る目的は宣伝のためです。新聞折込を利用していますが、新聞折込にして広告するのが目的ではなく、1人でも多くの人に広告が広がる事を期待しています。ですから新聞折込で人手に渡ろうが、販売店が直接手渡そうが目的として大差はありません。別に読売新聞の折込である事に重きを置いているとは考えにくいからです。

売店の目的は契約戸数分のチラシさえあれば後は不要のチラシです。「チラシ類を持ち去った」事によりチラシの不足が生じたのなら窃盗だけではなく営業妨害に当たりますが、余った分のチラシを持ち去られても関心はありませんし、「持ち去った」のも販売店と合意の上のことのようです。「持ち去った」事により広告主が被害を受けたとは考えにくく、むしろ廃棄されるより1人でも多く手渡された事を喜ぶんじゃないかと思われます。

直接の当事者が問題を認めていないようにも感じられるのですが、折り込まれる側の読売新聞が訴訟を起している構図は確かに珍妙です。


2.もなかなか面白い構図です。

    催告書は江崎氏個人の著作物だとして公表権を主張
催告書は江崎氏が書いたのなら著作権は生じます。これを無断で転載すれば著作権違反になりますが、正しく引用すれば公表する事は差し支えないかと考えられます。どうやら催告書は読売新聞が公式に出したものらしく、とくに渡された側に守秘義務とかは生じていないと考えられます。もし守秘義務とかあるのであれば、当然ですがその点を争うはずです。

引用についても正しく引用されているかどうかの著作権法の問題なら理解できますが、そうではなく著作物であるから引用で公表するにしても「公表権」なるものが読売新聞に生じるとしての訴訟のようです。文章の内容、性質がこの記事だけでは概要がつかみ難いですが、新聞社が大真面目に主張しているあたりにおかしみを感じます。

新聞社はスクープとして極秘文書の公表をしばしば行なっています。その行為自体は報道機関の使命として肯定しますが、あれはすべて著作者の公表権に配慮した上で行なわれているのでしょうか。もう少し言えば、著作者が諸般の事情により「公表は認めない」とすれば全部差し止めていたのでしょうか。そういう事を大真面目に読売は主張し、訴訟を起していると解釈できます。確かにこれも珍妙な構図です。


ここで事実関係は訴訟の被告が選考委員なので正しいとしましたが、個々の断片は正しくとも全貌を伝えているかどうかは不明です。都合の悪いところは伏せ、都合の良いところを強調している可能性は否定できません。もし最極悪賞の選考理由の「概要」が正しくかつ全貌を伝えているのであれば、どう読んでも「言いがかり」にしか読めません。

しかし選考の場には原告である読売新聞もしくは、読売新聞と立場を同じくする者がいません。本当に事実関係がこれだけであるのなら鬼畜訴訟であり、嫌がらせ口封じ訴訟であり、最極悪賞そのものですが、読売新聞サイドから見れば全く違う主張の組み立てがある可能性は十分残ります。今朝はそこまで調べる時間が無いのですが、2008年の大賞選出と言う事で参考資料が出てきます。

訴訟は当然のように進み、一部結果が出ているようです。訴訟の場は裁定者が第三者の裁判官であり、また読売新聞は優秀な弁護士を立てて争う事が可能です。当たり前ですが、訴訟を起したのは読売新聞であり、「勝って当然」ないし十分な勝算の下に訴訟が展開されたはずだと考えます。もし読売新聞が少しでも不利と考えれば、自社メディアを使って運動するだろうからです。

訴訟の結果は出版労連/出版産業対策部のブログである言論・表現応援団に記載されています。このブログも被告である黒藪氏よりのサイトですが、結果だけは信用できます。どれがどの訴訟かよくわからないのですが、私が確認できる範囲では、

日時 記事内容
2009.10.16 10月16日(金)さいたま地裁地裁105号法廷(京浜東北線浦和駅




13時10分判決がでた。




原告の請求を棄却するというもの! 
2010.2.21 黒藪さんの著作権裁判 高裁の第1小法廷は、読売の江崎徹志法務室長の上告受理申し立てを受け付けない決定を下しました。これにより勝訴が確定しました。


どうも読売側の旗色はかなり良くないようです。本当に読売が起した訴訟が「嫌がらせ口封じ訴訟」であり、最極悪賞に値するかどうかは読まれた皆様の御判断におまかせします。私にはこれだけの情報では「まったく」判断がつきません。


蛇足ですが2009.10.16の記事にはこういう記載がありました、

    なお、10月6日(火) 午前10時
    東京地裁526号法廷 新潮・黒藪さんへの読売新聞の提訴は
    全体で17名の参加です。

    読売側の喜田村弁護士は「押し紙」40パーセントの根拠を示し
    てほしい、と珍しく立ち上がって話してました。

これは最極悪賞ではない週刊新潮押し紙記事の訴訟に関するものと思われるのですが、平成20年6月19日付公正取引委員会「新聞の流通・取引慣行の現状」を参考にして見ます。ここには残紙問題が指摘されており、

新聞販売店に供給されながら顧客には提供されない新聞紙(いわゆる残紙)が少なからず存在していると言われている。新聞販売店における非販売部数(残紙)の割合の平均(平均非販売率)は,8.7%に上る。日本ABC協会は,異常に非販売率の高い発行本社には減紙を要請している。

「残紙 = 押し紙」かどうかは定義論が爆発しそうですが、残紙の中に押し紙が含まれている可能性は高いと考えられます。日本ABC協会のデータはある意味で公式データであり、新聞社が公表しても差し支えないと判断し提供したデータに基づいて作成されていると考えられます。

これは公然の秘密と言うより周知の事実になりつつありますが、日本の新聞社の発行部数は非常に不思議な事に、かつてのプロ野球の観客数みたいな精度になっています。かつてのプロ野球の観客動員数は、4万人余りしか収容できない球場に連日5万の観衆が詰めかけるといった類のものです。プロ野球の場合は景気づけの意味もあるでしょうし、水増し観衆でも他に実害はあまり生じません。

しかし新聞の発行部数は、その数により広告収入を決める基準とされます。水増し部数で広告代金をかさ上げしているのなら、あまり好ましいやり方と思えないところがあります。残紙にしろ、押し紙にしろ、これは廃棄されるだけですから本来発行部数にカウントしてはならないもののはずです。そういう水増し部数に基いた広告代金を請求するのは「○○偽装」に該当するものと言えます。

だからこそ新聞社は週刊新潮押し紙記事を訴えていると思われますが、負ければ大変でしょうね。広告も不況ですから、訴訟の影響はただでも苦しくなっている経営をさらに苦しくすると見ます。もっとも押し紙が訴訟でも認定されて、新聞社がさらなる苦境に陥ってもあんまり同情する気が起こりません。それこそ身から出た錆しか感じ様が無いからです。負けても新聞社は絶対に記事にしないでしょうが・・・。