感想文

うろうろドクター様の医療費を削減しながらアクセスを守る為に総合医を利用するな!を読んでの感想です。コメントにしようとも思ったのですが、書き出したら毎度の事ながら長くなったのでエントリーにします。


開業医と言っても実際に知っている範囲は限られますが、内科系の開業医はある種の総合医です。開業医と言ってもその殆んどは勤務医時代に専門医療を担っており、開業してからも自分の専門を売りにはしますが、自分の専門だけで医療を行なっている開業医は少数派であると考えています。開業すれば自分の専門により閉じこもるというより、むしろ専門外に手を広げる事の方が多いと考えます。

なんで手を広げるかと言うと理由は単純で、いろんな種類の患者が受診しますから対応する必要がありますし、そういう患者をかかりつけにしていかないと経営が成立しないと言う側面があります。病院のように「それは○○科を受診してください」だけではなかなか食べていけないのが開業医の一面です。

そういう作業はわりと容易なところがあります。勤務医時代に専門医療をやっていたと言っても、本当にその専門のみに閉じこもって医療を行なっている医師はそんなに多くはないと考えています。疾病はそんな単純なものではなく、患者を診療するには自分の専門の裾野や周辺を幅広くしないと実地では役に立たないからです。

もちろん専門領域以外の技量は専門医に劣りますが、一つの専門を習得すれば他の分野のある程度の知識や技量を取得するのはさして難しい事ではありません。重症までは診療できないにしろ、それなり程度なら診療は出来てしまうものです。

また医師のキャラにもよりますが、自分の専門以外の分野では姿勢は謙虚な事が多いと考えています。私は小児科医ですが、一部で内科も診察します。しかし、しょせんは裾野や周辺の知識や技量ですから決して無理はしないという事です。例外も多いのは否定しませんが、医療の怖さを知っている医師ほど、わからないところは無理をしないという事です。


ここで案外見逃しがちのポイントがあります。無理をしないとは自分の技量に応じた患者の見切りですが、あるレベルの医師になればこの見切り能力が非常に重要になります。もうちょっと言えば、この見切り能力が重要な医師の能力と考えています。闇雲になんでも抱え込む医師は宜しく無いという事ですし、医師の間の評価も非常に低いものになります。

これも曲芸のようなギリギリ・レベルで常に見切り、近隣の病院が尻拭いにウンザリさせられるケースもありますが、ここで言う見切りとは適切な時期に患者を適切な医療機関に受け渡す能力ぐらいに考えて頂ければと思います。


さてなんですが、見切り能力はどうやったら身につくかです。これは教科書や文献で身につくものではありません。もちろん教育講座を受講すれば身につくものではありません。医療は科学ではありますが、見切り能力に関しては、最後の最後のところは嗅覚とかカンとか言われる世界になります。字に書けば同じような症状、同じような検査データであっても、そこから「これは!」と察する能力になるからです。

とくに裾野や周辺の知識や技量で診療している場合には非常に大切な能力です。嗅覚やカンではあまりにも非科学的過ぎますから、疾病に関らず患者に共通している重症感を察知する能力といえば良いのかもしれません。

患者の重症感も微妙な表現ですが、これを覚えるためには本当の重症患者を数多く診る必要があります。「見る」ではなく「診る」です。自分が担当して、些細な変化から患者が重症化していく過程を、数多く経験することによって養われていく能力と言えば良いのでしょうか。これは一つの専門分野のある程度の高みまで登ることによって、医師なら次第に身につけることが出来る能力だと思っています。

医師の間で言う地雷疾患とは、そういう能力をもってしても見抜けない疾病であるとも考えています。だからこその地雷です。地雷を見抜くためには通常の見切り能力にさらなるプラス・αが必要とされるものと考えています。ただ地雷疾患への対応も、専門と裾野では異なります。専門は地雷が何かであるまで突き止める必要がありますが、裾野では「地雷があるかもしれない」と察知するだけで間に合うところがあります。


裾野や周辺の能力で広い範囲をカバーしている開業医ですが、裾野や周辺の能力が活かされ、また適切に見切り能力が発揮されるためには、やはりどこかの専門をある程度の高みまで登る必要があると考えています。専門をある程度登る事により、裾野や周辺のレベルが高くなり、広がる事になります。どの分野でも医療として共通の部分は少なくなく、高みに登るためには共通する基礎部分を厚くしないと登れないためです。

高みに登る効果は医療では高みに登らないと見えないものがあると考えています。医療の怖さ、医療の深さです。医療の怖さ、深さを知ることは実地の医療では非常に重要です。これもまた実際に高みに登らないと見えませんし、経験も出来ませんし、ましてや身につけることはできないと考えています。医療は喩えれば山脈と山地を合わせたみたいなもので、登らなければ見えない風景がたくさんある思っています。

一つの高みに登ってから、裾野や周辺に必要な知識自体はそれほど膨大ではありません。一つの高みに登れば、それだけで少しは他の分野も登っているからです。それを最初から裾野や周辺能力だけを求める医師を作ろうとするのはどうなんだろうと考え込んでしまいます。裾野や周辺だけを歩く事だけで、医療なんて出来るんだろうかと凄く不安です。

私の考え方が古いだけかもしれません。それでも机上で、これだけの経験と知識があれば十分とされても、実地ではその経験や知識のための分厚い背景が必要じゃないかと感じます。医師は10年して一人前とは昔から言いますが、この10年は医学部を含めての10年ではなく、卒後10年の事です。10年と言う言葉が曲解されて医学部6年+研修4年で一人前としようとしている風潮に怖いものを感じます。


まあ、私のあくまでも感想ですから、その程度にお受け取り下さい。