神戸の新型ワクチンを巡るちょっとしたお話 2

神戸の新型ワクチンを巡るちょっとしたお話の続きと言うか、後日談です。少しだけ前回のお話を振り返ると、神戸市行政と神戸市医師会が集団接種計画に一旦合意しながら、突然否定的意見が行政側から飛び出して白紙状態に戻ったというものです。行政側の否定的見解を再掲しておくと、

  1. BCGやポリオのようにすでにある程度安全性が確認されているのならともかく、安全性が確立されていない「新型インフル」の集団接種はリスクが大きい。しかも各区で実施となれば、十分な設備が整っていない区もある。従って行政としてはリスクを冒す選択はないので、全面的に協力することはできない。(河上保健所長以下行政側出席者の見解)


  2. 垂水保険部長の吉岡氏からは各区保健部の見解を集約した形で代弁させていただくと、同様な認識から集団接種を各区で実施することは反対であり、仮に医師である自分の立場として考えてもリスクのある集団接種に参加するつもりもないと。


  3. すなわち行政医師としてはリスクの高い集団予防接種に直接協力、関与する選択枝はないと(内野氏)


  4. ならばリスクのある予防接種は開業医の個別接種に任せるのかとの問に、


      「開業医の先生はリスクも納得、覚悟の上でやっておられるのだから仕方がない」(河上氏、吉岡氏)

その後も交渉は水面下で続けられたようです。平成21年12月3日付神戸市医師会新型インフルエンザ対策会議「新型インフルエンザ関連情報44報」より、

■集団接種復活のお知らせ(事実経過説明)

 新型インフルエンザ関連情報43報で11月25日の時点において神戸市行政側より、予防接種行政に関して医師会との信頼関係を根底から損ないかねない発言と集団接種に否定的な見解が示されたことから「一旦集団接種は白紙に戻す」との決定がなされたことをお伝えしました。

 神戸市医師会としては直後より強い抗議の意思を伝えていましたが、その後行政側から非公式に謝罪と集団接種を復活したい旨の打診が重ねてありました。そして昨日(12月2日)新型インフルエンザ対策会議の席で冒頭に、神戸市保健福祉局長(神戸市保健所・予防衛生を総括する部局)で谷口健康部長より、この度の行政側の不適切な発言に対し衷心よりお詫びをしたいとの表明がありました。そして市民目線に立った予防接種事業を積極的に進めていきたいという強い思いは神戸市医師会と共有しているので、ぜひとも双方の信頼関係の回復を図りたくご理解をいただきたいとの見解を示されました。そのような認識を踏まえて矢田市長からの全会員にあてた協力依頼メッセージが照会されました。

 川島会長からは、「多くの会員より極めて厳しい声をいただいているが、市民のことを考えれば医師会がこのまま拒否の姿勢で我を通すことは決して賢明ではない。行政側が今回の経緯を真摯に受け止めて、今後は自らが積極的にリスクをとるぐらいの姿勢で予防接種に関与していただけるのならば医師会としても協力・連携して集団接種を進めていくことに全く異存はない」と発言され、出席者全員の合意が得られました。会議後ワーキンググループが再結成され新たな実施計画(案)策定に向けての作業を開始しております。

詫びを入れて手打ちし、集団接種再開の方向性に進んでいくようです。さてとこれで問題解決かと言えばそうでもないようです。集団接種計画が白紙に戻ったのは保健所の行政医師の反対であったのは明らかです。その反対の意向がどうなったかですが、どうも生きているような気がしてなりません。と言うのも、「新たな集団接種実施計画の骨子」として紹介されている接種場所がすごく気になるからです。全部で5ヶ所なんですが、

これは神戸の地理と子どもの数(この計画の対象は健康な幼児)を考えると接種場所は不思議な分布で、対象者が多い西区、北区にあるのは良いとして、非常に少ない中央区兵庫区にある一方で、東灘区にはありません。バランスが悪い配置と言えばよいでしょうか。その辺は会場確保の問題もあると言えばそれまでですが、会場確保を言えば保健所は1ヶ所も入っていません。

これはヒネた見方かも知れませんが、谷口健康局長の

    市民目線に立った予防接種事業を積極的に進めていきたいという強い思い
この言葉とは裏腹に保健所は一切協力するつもりが無いことの無言の意思表明に受け取れます。「不適切な発言」を神戸市は医師会には詫びるが、行政医師の不協力は尊重するつもりじゃないかの疑念と言えばよいのでしょうか。接種日は平日になるのか、休日になるのか不明ですが、いずれにしても、あれだけあからさまに集団接種拒否表明を行なった行政医師が参加されるかどうかは注目しておきます。


もう一つの懸念はどういうスタイルで集団接種を行うかです。東京23区で一番前向きとされる某区の集団接種の実態についてTOM様からコメントを頂いた事があります。

 私のいる東京某区では保健所施設を使った集団接種にかなり前向きです。区長も「行政にできる事は何でもやる」って言ってました。でもちなみに主体は医師会です(笑)。しかしそれはそれで、ちと問題が発生しています。

  1. そもそも集団に接種できるほどワクチンがない。


       これはどうしようもないですね。でも(聞いた話程度ですが)当区は東京の中でも集団接種についての検討が他区より一歩リードしてるので、モデルケースとしてワクチンの重点配分が得られそうとの事でした。しかしどんな頑張っても2000〜3000接種分しかなく、しかも一人2回接種、子供の側から見た競争率は...考えたくないレベル。


  2. 接種する医師が集まらない


       基幹病院勤務の先生方も協力して下さる(ありがとうございます)そうなんですが、実際に集団接種を担当するのはほとんど医師会員(≒開業医)です。普段は毎日診療してますし、平日に集団接種行ってる余裕は誰にもありません。だから日曜祝日に集団接種をする計画が立てられています。しかし、私もそうですが、感染者は減ってきたとは言え正直、普段の診療と自院でのワクチン接種でかなり消耗してます。更に誇張でなく毎日コロコロ変わるが直接の通達は全く来ない接種方針をこちらから確認し、スタッフに周知する手間、各種の情報収集に使える時間を考慮すると、これで日曜も潰されてはとてももちません。12月なんてタダでさえ毎年忙しいのに、今からスケジュール開けろって言われても...

       そんな状況なので、どうやら参加に手挙げる医師は少ないらしく、これも不安要因であります。小児科医だけではどう考えても足りず、他科医は昨今の情勢で子供には手を出したがらない。そもそも自院でも「子供の接種はお断り」って所は多いんです。でもこのままじゃ医師会の沽券に関わるし埒も開かないしで、強制配置してでもって話は出てます。しかし強制までしてご指摘の如くの「責任問題」が絡むと...これまたもう考えたくないレベル。


  3. コメディカルな人も集まらない


       足りないのは医師ばかりでなく、看護師・事務・助手いずれも足りない。だからウチら医師会員には「お前んとこのスタッフを連れてこい、お手伝いさんでも家族でもいいぞ」って言われてます。でもみんな、毎日遅くて消耗してるんです。しかもそれぞれ家庭の主婦だったりして、そんな彼女らに「日曜潰せ」とは、私は言いにくいです。(でも当院スタッフは快く引き受けてくれました。区内の子供達のことを考えると、ただただ多謝です。)

       でもね、これは未確認な事なのであまり強い口調で言えないんですが、

       そ の 日 、 保 健 所 の ス タ ッ フ は 何 や っ て ん だ ?


  4. 報酬が不確実


       23区一「前向き」な当区でも、それ用の予算が今から付くって事はないみたいで、集団接種参加者の報酬は「未定」なのです。接種費からワクチン原価と各種運営費を引いて、残りを山分けだそうです。でも、接種費なんてあの価格設定でしょう。医師会員たる私はいいです。地域医療に対するある種の務めもある。でも協力してくれたスタッフには、最低限「一出務いくら」って決めるぐらいしてもらいたい。「何でもする」ってんなら、行政、緊急予算を付けなさい。いくら出せるか解らないがただ全員手伝え、ってんでは、白紙契約にも程があんぞ、と思います。

同じ問題は神戸でも確実に起こるでしょうから、注目しておきたいところです。それとこれはチョット違う話になりますが、ステトスコープ・チェロ・電鍵様の「よほどきちんとした理屈をたてなければ・・・」のコメ欄にも興味深いお話が紹介されていました。

先ほど、医師会から、「学校で」インフルエンザの個別的集団接種(笑)をしてくれと言ってきました。平日に、スタッフもこちらから出して・・・。

「学校」で「個別的」集団接種の依頼だそうです。詳細は問い合わせ中だそうですが、私が解釈するに通常の集団接種ではなくて、出前で集団に個別接種を行なってくれの要請に読めます。そうなると基本は個別接種ですから、必要なこととして、

  1. 受託医療機関外での接種を行なう申請書を届る
  2. 個別接種ですから自費カルテの作成が必要
  3. 料金の徴収のための釣銭の準備が必要
  4. 領収書及び接種済証の発行が必要
  5. アナフィラキシー等の副反応に対する準備が必要
  6. さらに副反応出現時の診療費用の問題
  7. 自前スタッフの時間外手当
これらの準備を全部自前で整えて出前をする必要があります。ただしそうなるとあくまでも個別接種ですから、子どものワクチン接種には親の同伴が必要です(集団接種だから免除かどうかも不明)。訳のわからない要請ですが、平然と出てくるのがチト怖いところです。私が考えたような「個別的集団接種」で無い事を祈るばかりです。神戸がちゃんとやってくれる保証はどこにもありませんから、またまたドタバタ劇を経験できそうです。


もう一つ神戸市長からのメッセージを紹介しておきます。

平成21年12月3日
神戸市医師会長 川島 龍一 様
神戸市長 矢田 立郎 (神戸市長印)
新型インフルエンザ対策へのご協力について

 貴職におかれましては、平素より、乳幼児健診、予防接種、特定検診・特定保健指導、がん検診など、本市保健医療行政に多大のご協力・ご支援を賜り、誠にありがとうございます。

 また、この度の新型インフルエンザ対策におきましては、ワクチン接種回数の度重なる変更やワクチンの供給不足など混迷が続く中、医療の確保をはじめ、市民の健康を守る最前線において日夜ご尽力を賜っておりますことに、深く感謝いたしております。

 現在、児童等を中心に新型インフルエンザが流行している中で、小児科医の負担軽減、小児へのワクチン接種の前倒しに向け、個別接種を補完する「拠点」でのワクチン接種につきまして是非ご検討を進めていただき、小児へのワクチン接種が円滑に進むよう、ご協力願えればと考えております。

 本市といたしましても、この拠点でのワクチン接種に対し、会場確保のほか、医師や看護師等の確保など、可能な限り対応してまいる所存でございます。

 市民の安心をまもるため、今後とも引き続き、貴職と本市の強固な協力・連携体制により、進めてまいりたいと考えておりますので、是非ともご理解・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

別にどうと言うほどの内容ではないのですが、あえて気になったのは集団接種と言う表現を使わず、

    「拠点」でのワクチン接種
これに何か意図を含ませているのかどうかです。もう一つ気になったのは、
    この拠点でのワクチン接種に対し、会場確保のほか、医師や看護師等の確保
会場確保と言っても保健所は使わないのは興味深いですし、医師や看護師と言っても「どこから」になります。素直には市の協力事業ですから、市民病院から動員される可能性が高いと考えざるを得ませんが、保健所の行政医師はやはりどうなるんだろうはあります。新型インフルエンザ対策は驚かされる事の連続ですから、こんなありきたりの文章でも疑心暗鬼になってしまうのが悲しいところです。

「神戸の新型ワクチンを巡るちょっとしたお話」に「3」が無いように祈っておきます。