神戸の新型ワクチンを巡るちょっとしたお話

平成21年11月24日付事務連格が11/26に当院にFaxされてきました。

小児等を対象とした新型インフルエンザ予防接種受託医療機関
兵庫県健康福祉部健康局 疾病対策課長
小児等を対象とした新型インフルエンザワクチン配布について(依頼)
 平素は、本県の保健福祉行政にご協力いただくとともに、今回の新型インフルエンザ予防接種には一方ならぬご尽力をいただき、誠にありがとうございます。

 このたび、本県においても、小児の重症化例が多く見られることから、1歳から小学3年生に相当する年齢の者(以下「1歳から小学3年生」とする)に対する新型インフルエンザ予防接種について、「12月4日(金)から接種開始」と前倒しすることといたしました。

 当該接種の前倒しにあたり、1歳から未就学児の接種、小学1年生から3年生の接種のいずれか又は両方に登録された受託医療機関に対して、下記の通り配分する予定です。

 しかしながら、1歳から小学3年生を対象とした今回の配布分が不要な医療機関がございましたら、誠にお手数ですが、別途変更連絡票により、11月27日(金)までFAXにてご連絡いただきますようお願いいたします。

・・・・・・以下省略・・・・・・

とりあえず意味不明のところとして、

    1歳から未就学児の接種、小学1年生から3年生の接種のいずれか又は両方に登録された受託医療機関
はて?、そんな登録がどういう手続きで、いつ為されたか全く不明なんですが、のぢぎく県は既に登録をされているようです。もうこの程度のことで驚いてはいけないかもしれません。

それはそうと、厚労省の大号令から遅れはしましたが、のぢぎく県も12月4日から「1歳から小学3年生」への接種を「許可」された事は確認できます。流行に追いついていないとの批判もあるでしょうが、そのあたりは今日はもう良いでしょう。とにかく12月4日から「1歳から小学3年生」の接種を行う事はできます。

実はFaxが入る前から「12月4日から新型接種ができるから予約したい」の問い合わせがいっぱいあったのですが、ようやく確認できたと言うところです。この「1歳から小学3年生」までのグループはこれまでの基礎疾患を有する者(最優先)より段違いに対象者が増えます。次に気になるのは対象者が広がった事に対して、どれぐらいのワクチン「配給」が行なわれるかです。Faxを確認すると、

2.配布本数

 (1)集団接種の予定がある地域の医療機関・・・1ml 2本

 (2)集団接種の予定がない地域の医療機関・・・1ml 4本

この集団接種の予定が地域も記載されており、

神戸市、尼崎市、芦屋市、伊丹市川西市猪名川町加古川市稲美町播磨町西脇市三木市神河町、市川町、福崎町、たつの市、太子町、宍粟市相生市新温泉町養父市丹波市篠山市淡路市

私は神戸ですから、配布されるワクチンは、

    1mlが2本
2回接種として、幼児で5人分、小学低学年で3人分程度になります。これが4本に増えたところで、焼け石に水です。予約を取るにも5分で埋まってしまい、なおかつ次回入荷予定は不明という事になります。とりあえず説明として、
    神戸では集団接種を予定しているみたいですから、それをお待ちになられては如何ですか?
これでなんとか釈明しようかと思いましたが、11/27に再びFaxが舞い込みます。平成21年11月27日付神戸市医師会新型インフルエンザ対策本部よりの「新型インフルエンザ関連情報第43報」です。少々長いので順番に紹介しますが、

小児等を対象とした新型インフルエンザワクチン配布に関するお詫び

 昨日(11月26日)兵庫県疾病対策課長名で「小児等を対象とした新型インフルエンザワクチンの配布について」の標題についての文書を各位に回覧致しました。神戸市において集団接種実施予定との前提でワクチン確保について県との折衝を進めて来た経緯から、接種受託医療機関に対する配布本数は集団接種の予定がある地域との認識で1医療機関あたり1ml:2本あての配送手配がすでに実施されている事が判明しました。しかし実際には11月25日の時点で神戸市医師会と神戸市行政及び神戸市小児科医会との間で集団接種に関する最終的な調整がつかず現段階では集団接種は一旦白紙に戻す決定が為されたという経緯があります。

 従って現状に基づけば集団接種の予定のない地域に該当し1医療機関あたり1ml:4本、配布されるべきなのですが、上記の事情により今回は2本しか配布されません。県疾病対策課と折衝の結果、次回の配布時には今回の減数分を上乗せしていただくように確約をいただきましたので、事情をご了解の上ご了承いただきますようお願いいたします。

え〜と、神戸市でも集団接種を計画はしていたようで、「計画している = 予定している」と県に認識されて配布本数が2本になったようです。ところが計画していた集団接種は白紙に戻り、白紙に戻った連絡に何らかの不備があり、神戸市では集団接種を行わないにも関らず、配布本数は2本のまま据え置かれたとの事のようです。

2本でも4本でも実質的に大差は無いと言えばそれまでですが、「ご了解ご了承いただく」のは医療機関ではなく神戸市民のような気もしますが、この程度のドタバタも些事なんでしょう。それより前倒しの現実が、医療機関あたりのワクチン配布本数として、1mlバイアルで2本とか4本みたいなレベルである事のほうが噴飯物なんですが、形式を整えるとはこういう事かの学習として前向きにとらえる姿勢が求められそうです。

少しだけ興味深かったのは集団接種計画が白紙に戻った経緯です。神戸市医師会もよほどカリカリした交渉であったのか、妙に詳細に記述されています。

 神戸市における小児対象の集団接種実施計画について一部のマスコミ報道でお知りになった会員もおられるかもしれませんが(神戸市医師会として正式に集団接種を公表した事実はありません)。少なくとも現時点では集団接種を実施できる環境にないことを確認しております。

 すなわち事実経過としては11月18日の新型インフルエンザ対策会議の場で神戸市行政も含め集団接種実施の方向で合意が得られ、その場で新たに選任されたワーキンググループにより、会議後打ち合わせが行なわれ、実施計画(案)を策定しました。それを元にして神戸市行政と小児科医会とともにさらに細部を詰めるために11月20日のワーキンググループで協議の場を持ちましたが、神戸市行政から突然、唐突に集団接種に対する否定的な見解が出されました。

 その場では各区で実施することはとりあえず断念して、代案として医師会急病診療所1ヵ所で規模を縮小して実施してはということでその案について、医師会、行政、小児科医会それぞれが持ち帰って協議することになりました。そして11月26日、再度全体の対策会議の場を設け、それぞれの最終的な見解を確認しました。

少しまとめると、








日付 事柄
11月18日
  • インフルエンザ対策会議にて神戸市行政と市医師会が集団接種計画について合意
  • ワーキンググループが実施計画(案)を策定
11月20日
  • ワーキンググループにて神戸市行政が否定的見解を発表
  • 集団接種を小規模にする案を持ち帰り検討
11月25日
  • 医師会、行政、小児科医会の見解を確認
  • 集団接種計画は白紙に戻る



あくまでも「おそらく」ですが、11月18日の合意までの医師会、行政の事前折衝は十分に行なわれていたと考えます。集団接種計画に行政が了承したから対策会議が開かれたと思われますし、事前に了解していたからこそ、11/18に合意してワーキンググループが速やかに選出され、なおかつ同日に実施計画(案)まで策定されたと考えます。そうでなければ出来ない芸当です。

ところがその2日後に急転します。理由として考えられるのは、医師会が事前に根回しした行政の担当者以外からの反対であったと思われます。これは医師会が折衝した行政の担当者の根回し不足であったのか、管轄部署の違いによるどうしようもないものなのかは、私にはわかりません。とにかく医師会の知らないところから「待った」がかかった事だけはわかります。

気になるのは11月25日の行政側の最終見解なのですが、これも紹介されています。

  1. BCGやポリオのようにすでにある程度安全性が確認されているのならともかく、安全性が確立されていない「新型インフル」の集団接種はリスクが大きい。しかも各区で実施となれば、十分な設備が整っていない区もある。従って行政としてはリスクを冒す選択はないので、全面的に協力することはできない。(河上保健所長以下行政側出席者の見解)


  2. 垂水保険部長の吉岡氏からは各区保健部の見解を集約した形で代弁させていただくと、同様な認識から集団接種を各区で実施することは反対であり、仮に医師である自分の立場として考えてもリスクのある集団接種に参加するつもりもないと。


  3. すなわち行政医師としてはリスクの高い集団予防接種に直接協力、関与する選択枝はないと(内野氏)


  4. ならばリスクのある予防接種は開業医の個別接種に任せるのかとの問に、


      「開業医の先生はリスクも納得、覚悟の上でやっておられるのだから仕方がない」(河上氏、吉岡氏)

さすがにポカンと開いた口が塞がらなくなりそうでした。確かに偽らざる本音といえばそれまでですが、医師のプライドが少しでもあれば、断るにしても、もうちょっとありふれた遁辞を構えそうなものです。建前としても、市の保健行政と開業小児科医の連携はそれなりに重要なはず、いや少なくとも口先だけは「重要」と言っていたはずです。

新型インフルエンザ対策ではモチベーションが下がるような事柄がテンコモリありましたが、今回の神戸の保健所及び行政の御姿勢もその一つに数えておきます。


気を取り直して、行政側の見解は行政医師の意見が多いようですが、集団接種には大雑把に考えて2つのリスクがあります。ここでのリスクは接種によるトラブルです。

  1. 集団接種自体の責任者に対するリスク
  2. 直接接種を行った医師のリスク
保健所で接種を行いトラブルが生じたとき、最終責任者は神戸市であり、神戸市長でしょうが、現場の責任者でもある行政医師(保健所長)も管理の責任を問われる可能性があります。被害者からの鉾先が向く可能性もありますが、グルッと回って行政からの内部的責任を間接的に問われる可能性は無いとは言えません。そこらあたりも含めて、
    行政としてはリスクを冒す選択はない
あからさま過ぎる本音ですが、遠因として国の対策が曖昧かつ不十分なのも大きいような気がします。何が悲しくて行政医師だからと言って、不確定なリスクを負わなければならないかの主張と理解しなければいけないのかもしれません。

接種する医師自身のリスクについては、

    医師である自分の立場として考えてもリスクのある集団接種に参加するつもりもないと
ここには個別接種なら参加するとの遁辞を構える事は不可能ではありませんが、現実には絶対にありえないことですから、私は新型接種を行う事自体がリスクであるから参加する意志は毛頭ないと読めます。それが言えるんだったら、もっとたくさんの医師が同じ意見を表明して接種から撤退します。医師とは言え、リスクばかりを負わせられる新型接種は喜んでやっていません。

医師として必要とされるから、求められるから「やらなければならない」と無邪気に信じて参加しているのです。それを行政医師が率先して「リスクがあるから冒す選択はない」と明言されると、少々めげます。保健所ってなんのために存在しているのかまで、考え込んでしまいます。

ただですが、これからはここまで開き直るのが正しい医療なのかもしれません。無邪気に薪を背負って火中に飛び込む行為に自己満足しているようでは、体がいくつあっても足りないと自覚しないといけないのでしょう。リスクに対する補償を確保するには、不十分な体制の医療にはドライに参加しない不動心が求められると言う事です。

それをあからさまに示された神戸市の行政医師は本当はエライのかもしれません。脊髄反射で反応してしまった私も、まだまだ青いようです。