10mlバイアルを巡る舞台裏

マスコミ各社は長妻大臣が

    舛添大臣
こう呼び間違えた事しか報じなかった、11/6の参議院予算委員会の質疑を11/6付ロハス・メディカル「10ミリバイアルはメーカーの事情 長妻厚労相」にアップされています。なかなか興味深いので追いかけてみます。

舛添

    「私がおった時、新型インフルエンザワクチンの培養で1800万人までしかできないということだった。私が辞めてすぐ2700万人分まで上がった。この上方修正の理由をお聞かせいただきたい」
長妻
    「当初見積もっていた時点では、ワクチンを出荷する時の容器、バイアルと言うが、容器の大きさを全て1ミリリットルで出荷しようとしていた。しかし昨今のワクチン不足ということで、容器の半分については10ミリリットル10倍大きな容器で出荷しようと、そうすると梱包とか色々な手間としてその部分が製造量が大きくできる。もう一つ、当初発表する時に間違いがあってはいけないということで予想される培養量から2割減らして発表した。実際にやってみないと分からないので予想されるものより低まっては大変なことになるので、8割の量で国民の皆さんに発表した。その後、試験を繰り返したところ実際に予想通り10割で培養量が確保できることになったので、その2つの大きな要素で上方修正した」

1800万人分であった国産新型ワクチンが突然2700万人分に増えた理由は様々に取り沙汰されていましたが、とりあえず、

    私が辞めてすぐ2700万人分まで上がった
ここの「私」とは舛添前大臣ですから、増えたのは長妻大臣就任後という事になります。もちろん新大臣就任の御祝儀で増えたわけではなく、
  • 当初生産量の8割の見込みであったのが作ってみたら10割生産出来た分が増えた
  • 10mlバイアルを導入したら増えた
ちょっと算数ですが、1800万人分が8割計算であったという事は、10割になれば2250万人分にまず増えます。そうなると10mlバイアル効果は残りのものになり450万人分増えた事になります。まとめておくと、
  1. 8割から10割に生産量が増えた事により、「1800万人 → 2250万人」(450万人分増加)
  2. 10mlバイアル導入により、「2250万人分 → 2700万人分」(450万人分増加)
こういう事情があった事になります。平成21年10月20日時点の厚労省「現時点のスケジュール」に生産計画が記載されており、

ワクチン 総生産量 バイアル換算
1mlバイアル 1172万人 1172万本
10mlバイアル 1392万人 155万本
0.5mlシリンジ 274万回 274万本


10mlバイアルは18回接種、9人分で計算しております。人数分にして約半分が10mlバイアルになります。質疑は続きます。

舛添

    「10ミリバイアルの安全性については確信を持たれているか」
長妻
    「1ミリリットルなら2回で中身が空になるので廃棄処分。10ミリリットルは、そこから何人分も注射針を刺して接種するということになるので、そこについてはきちっと消毒の徹底、打った後は冷蔵庫に保管する、24時間以内に使わない場合は廃棄するということを徹底している。海外でも10ミリリットルでの提供はなされているので、基本的に注意喚起したうえで使っていただければ問題ないと認識している」

10mlバイアルの安全性論議で、長妻大臣は危険性について教科書的な答弁を行っています。

    きちっと消毒の徹底、打った後は冷蔵庫に保管する、24時間以内に使わない場合は廃棄するということを徹底している
別に厚労省の指示がなくとも、長妻大臣の答弁ぐらいの注意はどこの医療機関でも行なっているのですが、医療安全を考えるときには、できるだけ人が注意する事でしか防げないリスクを減らす事が重要です。安全性論議は続きます。

舛添

    「赤ちゃんは0.2ミリ。50人に打てる。50回やる時に、人間のやることだから針を換え忘れたら新たな薬害にならないか。24時間以内、ひょっとして雑菌が入る危険性もある。色々な問題がある。いつ大臣は決定したのか。私はその話を聞いた時に認可しなかった」
長妻
    「そういう意味で10ミリリットルだけでなく1ミリリットル容器での提供もして、比較的ワクチンを打つ方が少ない所等々で差配をしていくということを考えている。いずれにしても広く、このワクチン接種に関しては、医療関係者、地方自治体、国民の皆さんにも中身をきちっと広報していくのは大事なので、これからもその努力を続けていきたい」

舛添前大臣が指摘したのは、小児科で幼児に10mlバイアルを使用したときには、

  1. 同じバイアルに対し50回近くもワクチンを分け取る事になり、人間の行なう操作であるから問題が生じないか。
  2. 1日で使い切れない事も当然生じるので「冷蔵庫で24時間保存」に問題点はないか
舛添前大臣はその危険性を考慮し10mlバイアルは認可しなかったとしています。これに対する長妻大臣の答弁が難解で、
    1ミリリットル容器での提供もして、比較的ワクチンを打つ方が少ない所等々で差配
1mlと10mlをうまく使い分けるから大丈夫としています。「差配」とはそういう意味と思うのですが、小児の対象者を厚労省のスケジュールから確認すると、
    幼児:600万人
    小学校低学年:350万人
合わせて950万人がおおよそ国産ワクチンの範囲になります。1mlバイアル換算にすると450万本ほど必要です。ちなみに年内の国産1mlバイアルで医療従事者以外に使われるのは442万本ですから、子どもに全部1mlバイアルを使うぐらいの差配が必要です。この予測数も過大な気がするのですが、子どもに「差配」すると成人は10mlバイアルを主体に行なう必要があります。

舛添

    「容器の大きさを工夫をすることでワクチンの人数を増やすのは本末転倒。最初にやるべきことは安全。そこはしっかり大臣頑張って官僚に騙されないようにしないと困る。海外で10ミリは保健所のようなところで確実に50人その時にいるような時しか使ってない。10ミリ使って3人しか来なくて残りを破棄するようなことなら増えるどころか減る。どういう計算の元で生産をどうするのか考えないといけない。私は、最初は2500万人分作れると言っていたのを下方修正したのは、CDCからもらったワクチンの株の能力がなかったから。こういうことはきちんと公表している。記者会見で大臣がきちんと説明しなきゃ。お願いしますよ」
長妻
    「舛添大臣にお答えする。ワクチンの確保は非常に喫緊の課題。一つでも多くのワクチンを確保したいとの思いもあった。国産のワクチンを製造する会社は4社、国内にある。ところがそのうち1社については、1ミリリットルの容器で新型のワクチンを作るとすると季節性インフルエンザワクチンの製造を中止しなければいけないという話もあって、我々としては量を確保するためにギリギリの判断をさせていただいた。それらの使い方、中身については国民の皆さんにも医療関係者にも十分説明しているのでご理解いただきたい」

舛添前大臣が指摘した、

    海外で10ミリは保健所のようなところで確実に50人その時にいるような時しか使ってない
これは長妻大臣の
    海外でも10ミリリットルでの提供はなされている
これに対応する部分として良く、海外でも個別接種で10mlバイアルを使っていないとの指摘です。10mlバイアルと言う使いにくい製品を使うのであれば、それを使う集団接種の体制を同時に整備するべきであるの意を含ませていると考えています。現実は国から都道府県に集団接種については丸投げ状態であるのは周知の通りです。

ここで長妻大臣の注目すべき答弁が出ます。

  • 1社については、1ミリリットルの容器で新型のワクチンを作るとすると季節性インフルエンザワクチンの製造を中止しなければいけないという
  • それらの使い方、中身については国民の皆さんにも医療関係者にも十分説明しているのでご理解いただきたい

使い方、中身の説明が「十分」なものがされたかについて意見があるとは思います。説明はありましたがあれが「十分」かどうかを今日は絡むのはやめて、もう一つの発言が注目されます。メーカーがそう言うから、そういう方針にしたとは素晴らしい答弁です。舛添前大臣もそう感じたらしく、

舛添

    「その説明は初めて聞いた。大臣やった人間、前まで。インフルエンザ対策の本部、本部長は総理だ。官邸でやった時に、今のような説明をきちんと役人が、その会議でやったか」

9/15までは厚労大臣であった舛添氏が聞いたことがないと言うのなら、メーカーの季節性ワクチンが作れない云々の話は、長妻大臣就任後に急浮上した説明になります。どうにも不思議なお話ですが、ここは先に進めます。

長妻

    「舛添大臣にお答えする。あ、舛添委員にお答えする。失礼した。私も本部のメンバーなので答えると、官邸で開かれた本部でもワクチン接種の方法あるいは優先接種の方法などなどにちいてはきちっと専門家も交えて議論をしている」

政府のインフルエンザ対策本部が何回開催されたか不明なんですが、これまでの情報から、10/1が新政権の第1回であろうとされています。9/16新内閣成立後に、インフルエンザ対策本部長である総理は9/21〜9/26にかけて外遊していますし、外遊前の長妻大臣記者会見では「インフルエンザ対策本部の早期開催の必要」を2度ほど話しています。鳩山総理外遊後の大臣記者会見でも早期の対策会議開催を言明しています。(新型インフルエンザワクチン方針決定だとか 参照)



ここで重大な疑惑が湧いてきました。この質疑で明らかなように舛添前大臣の任期中は10mlバイアルの採用を認可していません。さらに10mlの採用は少なくとも厚労大臣の認可が必要であると考えても良さそうです。10mlバイアルの採用には種々の問題点もあり、正式認可は厚労大臣レベルではなく政府の対策本部の認可が必要とも考えられそうです。

舛添前大臣の任期は9/15までですから、この間は10mlバイアル生産は認可されていないはずです。さらにワクチンの初出荷は10/9です。新政権による政府の対策本部の第1回はどうやら10/1ですから、そこから10mlバイアルの生産を始めたのでしょうか。時間的に少々無理がありそうな気がします。

さらに奇々怪々なのは長妻大臣答弁のメーカー云々のお話です。1mlバイアルにすると季節性ワクチンを作れないとは「いつ」厚労省に返答したのでしょうか。ワクチン生産を開始してから言い始めたお話とは思いにくいところがあります。常識的には生産計画を立てた段階での要請かと思います。さらに、さらに摩訶不思議なのは、何故に10mlバイアルを使わないと季節性ワクチンが生産できないかです。

どう考えても長妻大臣が就任した9/16時点では、ワクチン生産はかなり進んでいたはずです。10/1には季節性ワクチンの接種も始まっています。ちょっと日程をまとめると、

Date 事柄
9/15 ・この時点で舛添大臣(当時)はメーカーが云々の説明を聞いていない
・舛添大臣(当時)は10mlバイアルの認可を与えていない
9/16 長妻大臣就任
9/20 この時点までに季節性ワクチンの出荷は始まっていると考えられる
10/1 ・季節性ワクチン接種開始
・新政権での政府の対策会議の第1回が開催される
10/9 新型ワクチン第1回出荷(10mlバイアルは2万2498本)
10/20 新型ワクチン第2回出荷(10mlバイアルは5万628本)


この日程を考えると、厚労官僚は舛添前大臣の時代に大臣の認可を受けずに独断で、10mlバイアルの生産を進めていたと考えざるを得ません。10mlバイアルの生産に反対の前大臣に隠れて生産指示をメーカーに行い、長妻大臣就任時には既成事実として10mlバイアルのワクチンは完成していたと考えるのが妥当です。

どう考えても9/16に長妻大臣就任後に、メーカー云々の説明で急遽10mlバイアル生産に切り替わったとは考えるのは無理があります。長妻大臣が行ったのは、検討の末に10mlバイアルの生産を承認したのではなく、既に無許可で出来上がっていた10mlバイアルの事後承認であったとしか考えられません。事後承認時に受けた説明がメーカー云々で、なんとなく舛添大臣も暗黙裡に承認していたとの官僚説明に納得したと考えられます。

そうなると、答弁にあるような、

    私も本部のメンバーなので答えると、官邸で開かれた本部でもワクチン接種の方法あるいは優先接種の方法などなどについてはきちっと専門家も交えて議論をしている
推測として政府の対策本部は10/1の次は10/14が2回目と考えています。理由は単純で、ワクチン接種要領の「案」が10/14に正式承認されたからです。その他の書式等もこの時期から後に厚労省HPに掲載されていますから、10/1から10/14の間に対策本部が開催されたとは考えにくいところです。この答弁も非常におもしろいのですが、「接種の方法」には接種回数も当然含まれるとは思いますから興味深いところです。

まさかと思いますが、新政権発足から厚労官僚と言うか医系技官が活躍したのは、舛添前大臣に内緒でやった10mlバイアル生産の既成事実化と言うか、事後承認の取り付けに走り回り、10mlバイアルの使用方法の考案に費やされたのでしょうか。一つだけ疑問なのは、もし自民が下野せず舛添前大臣が留任すればは考えなかったかです。その辺の読みに興味は深まります。

いろんな事が起こるのが新型インフルエンザ対策ですが、10mlバイアルの採用もなかなかの舞台裏があったようです。


ここから鳩山総理が登場します。

舛添

    「総理にお願いする」
鳩山
    「ただ今、長妻委員が答弁したとおり」
 舛添
    「官邸の対策本部が最高意思決定機関だが、随分その中にいる役人に抵抗されて苦労した、総理しっかりしないと今のようなことになる。きちんと説明をもらったか」
鳩山
    「官僚の皆さんから詳細な説明があった。長妻大臣が申した通り、この問題に関しては一方では安全性をしっかり確保しないといけない、しかし他方で安全性の意味でも多くの方にワクチンを提供しないといけない、その二つをいかにして生かしきるかが工夫ということ。ワクチンを欲しい方が全国にたくさんいる。その方々への目的を満たすために提供量を増やそうではないか、しかも色々な工夫の中で安全性の確認を徹底的に行ってやろうでないかと、そのような判断をなされたそのように理解している」
舛添
    「量の確保は相当苦労して二つの外国の会社とやった。そのために新しい法律を作らないといけないところまでやった。しかし総理、安全性第一。それから量の確保と矛盾する、その日のうちに使い切らないと無駄になって捨てるのだから。これ以上時間を取りたくないので正確な資料を出していただきたい。それからワクチン対策本部を開いてきちんと議論していただきたい」
長妻
    「資料は基本的に公表しているものなので整理して提出したい」
鳩山
    「人の命が大事というのは、ワクチンの提供を増やすのも人の命を大事にする政策だから、そこをいかに両立させるかで判断させていただいている」
舛添
    「10ミリリットルを使ったら無駄に破棄することになるから、その論理が成り立たない」
長妻
    「今、ワクチンを接種したいという希望を持っている方は多い。ワクチンを打ちたい方が来られて次が何日も来ないということではなくて、連続して来られることが想定されるので、そういう意味でもその問題も、生産量・提供量を増やすということとの兼ね合いで考えさせていただいた」
鳩山
    「破棄されてはならないと思っている。そこで色々と考えて、使い分けさせていただいて、0.5ミリが140万人、1ミリリットルが約1380万人、10ミリリットルが1180万人分、このように分けて10ミリリットルというのは一気に多くの方々に提供できることにさせていただくことにしている」
舛添
    「私の質問にきちんとお答えいただいてないので、ぜひ総理、今のような問題をきちんと話し合っていただきたい。人の命には代えられないのだから」

長妻大臣も鳩山総理も事後承認してしまった10mlバイアルを擁護せざるを得ない立場で答弁しています。舛添前大臣が質問で「オレは承認していない」と言い切ってしまった上に、その答弁で民主政権下で決断し承認したとしているので、今さら「前大臣時代のツケ」と開き直るわけには行きません。想定問答集は廃止されたとなってはいますが、この答弁シナリオの背景を考えると「いとをかし」です。

それと、ここから拾える鳩山語録を拾ってみます。

  • 破棄されてはならないと思っている
  • 一気に多くの方々に提供できることにさせていただくことにしている

舛添前大臣の安全性の問題の指摘については「そうならないように指示している」で、無駄になるかもしれないは「そうならないように指示している」です。舛添前大臣は触れませんでしたが、季節性ワクチン接種を行いながら新型が接種できるかどうかについては「一気にやってもらう」と指示していると受け取れば良いと思います。

出来れば10mlバイアル大量生産に伴う集団接種の準備について、もうちょっと突っ込んで欲しかった気もしますが、この調子の答弁ならきっと、

    集団接種も考慮するように指示している
これで終わりの様に思わないでもありません。なかなか問題点の多い質疑と私は感じましたが、マスコミ的に価値があったのは長妻大臣答弁にあった、
    舛添大臣
これだけであったのは確認できます。10mlバイアル問題もマスコミは「なぜか」触れたくない話題にしていると感じます。


蛇足でもう一つですが、舛添大臣は国内ワクチンを1800万人分として計画を立てていたのは明白です。足りない分は海外産で補う計画です。厚労官僚が懸念したのは、海外ワクチンの大量輸入の先例であったかと考えます。ワクチン輸入の道が開けると、弱小である国内メーカーの衰退を招きます。良い方に言えば国益としての国内メーカーの保護であり、悪い方に言えば厚労官僚の重要な天下り先と言われる国内メーカーの保護です。

国内メーカーの保護のためには、可能な限り国産ワクチンでカバーする必要があり、そのために、

  1. 10mlバイアルを大量導入してでも生産量を増やす
  2. 接種回数を1回にして接種人数を倍増する
長妻大臣答弁にあったメーカー云々の話は、厚労官僚が要求するワクチン数を確保するには10mlバイアルを導入しないと不可能であると解釈すれば、綺麗に筋が通ります。お蔭で不便で危険な大量の10mlバイアルが数合わせのためにワラワラと出現しているわけです。足立政務官が接種回数を差し戻した騒動に猛烈に反発したのもよくわかります。

なぜかこの企画にマスコミが加担してやまない理由が現時点で私の謎です。