接種回数騒動の居酒屋談義

シリアスな話じゃなくて、へばった頭脳から産みだされた居酒屋談義程度の与太話ですから、それぐらいでお読み下さい。

10/19に医療従事者への接種開始寸前に巻き起こった接種回数騒動は記憶に新しいところです。医系技官が主体になって巻き起こした騒動とされますが、あの土壇場の時期に接種回数の話が突然浮上したかをまず考えてみます。原因についてはこれまで何度か周辺を検証していますが、私は接種スケジュールの問題が一番大きいと感じています。

厚労省御謹製の接種スケジュールがいつ出来上がったかは存じませんが、10/1の厚労大臣記者会見よりかなり前に案は出来上がっていたと考えられます。スケジュールを考えた計算根拠は、接種計画数とワクチン出荷であったと考えるのが妥当です。出荷されるワクチン数に応じて優先接種者の数を制限する手法はおかしくも何もありません。

ここでなんですが、接種スケジュールが作られたときに計算基礎とした、ワクチン出荷量に乖離が生じた可能性を考えます。簡単に言えば出荷スケジュールが当初より遅れた可能性です。出荷スケジュールが遅れたなら接種スケジュールも変更すれば良さそうなものですが、新型インフルエンザの流行の急拡大もあり、10/1に大臣が打ち出したスケジュールをいきなり遅らせてしまう責任問題を重視したのかもしれません。

現実のワクチン出荷状況は11月中旬頃までで250万回分しか存在しません。医療従事者の接種計画数は100万人分の200万回分になりますから、このままでは11月の一般優先者に50万回分以下しか残らない計算になります。医療従事者の計画数も現実の230万人説はともかく、100万人から1割程度増えるだけでも11月上旬のワクチンはほとんど無くなってしまいます。

11月上旬にワクチンを確保するには、医療従事者用のワクチンを節約する以外に手段はありません。いつからこの事態に対し医系技官が動いていたかなんて不明ですが、ワクチン節約策に利用したのが、国産ワクチン臨床試験の中間報告(速報)であるのだけは間違いないかと思われます。この治験の概要として、

(治験概要)

 9月17日より200名の健康成人を対象に国立病院機構病院4施設で、新型インフルエンザ国産ワクチンの免疫原性についての臨床試験を実施した。
 本臨床試験では、国産ワクチン(北里研究所)を通常量(15μg:皮下注射)と倍量(30μg:筋肉注射)を接種した。今回、1回目接種の3週間後の結果(HI 抗体価)が判明したので報告する。

ちょっと解釈に悩む部分があるのですが、治験のデザインは、

    通常量(15μg)
    倍量(30μg)
この2群にグループを分け、これを2回接種してその効果を較べると考えられます。本当に2回接種かどうかが確信を持ちきれないのですが、中間報告であるというのと、
    今回、1回目接種の3週間後の結果
この表現から、治験は2回接種であろうと考えます。つまりと言うほどのものではありませんが、この治験の本来の目的は、通常量と倍量の2回接種の効果の比較であり、これはかなり捻った見方になりますが、ワクチンが余りそうになったときに繰り出す保険だった様な気がしています。と言うのはワクチンの総量は、
    国産2700万人分、海外産4950万人分、あわせて7650万人分
ここの1人分は2回接種で1人分の計算ですから、数としては十分あるとは思います。日本の人口の6割以上をカバーしていると言えますし、去年の季節性ワクチン5000万人分(今年は4000万人分)にくらべても豊富に準備されています。足りないより余るほうがこういう物は望ましいとはいえますが、あんまり余るとそれはそれで問題が残ります。ですから、余りそうな情勢になれば倍量路線を打ち出して、ワクチン消費を促すみたいな隠し玉です。

ここでなんですが医系技官のワクチン問題に対する課題として、

  1. 短期的に11月に「足りない問題」
  2. 最終的に「余る問題」
この二つの思惑があったと推測しています。10月時点で重視されたのは「足りない問題」であったと考えられます。そこで本来「余る問題」対策であった治験結果を「足りない問題」に利用したかと思われます。この治験の中間報告として、

    (本治験の中間報告)
  • 本件の被験者の性別は男 41.5% 女88.5%、年齢は20-29歳 30.5%、30-39歳21%、40-49歳 31.5%、50-59歳 17%
  • 接種前のH1N1 のHI 抗体保有者(≧40 倍)は、194人中7人(3.6%)でした。
  • 抗体保有率(接種後≧40 倍):15μg 1回接種群では、HI抗体価40倍以上の人が96人中75人(78.1%)、30μg 1回接種群では、HI抗体価40倍以上の人が98人中86人(87.8%)
  • 抗体陽転率:抗体価4倍以上上昇しHI抗体価が40倍以上の方の割合は、15μg 1回接種群では96 人中72人(75.0%)、30μg 1回接種群では98人中86人(87.8%)
  • 抗体価変化率は、15μg 1回接種群は14.5 倍、30μg 1回接種群35.0 倍
  • 抗体有意上昇率:「HI 抗体価の変化率が4倍以上の割合」は、15μg 1回接種群は83.3%(96人中80人)、30μg 1回接種群93.9%(98人中92人)
  • 副反応については、接種者全体のうち45.9%にみられた。H5N1 ワクチンの66.1%に比べて低かったが、15μg 皮下注群は58.8%と30μg 筋注群33.3%に比べ、発赤、腫脹の頻度が高かった。
  • 高度の有害事象として、アナフィラキシー反応、中毒疹がそれぞれ1例認められた。

おそらくこの中間報告で医系技官が活用したのは、

  • 抗体保有率(接種後≧40 倍):15μg 1回接種群では、HI抗体価40倍以上の人が96人中75人(78.1%)
  • 抗体陽転率:抗体価4倍以上上昇しHI抗体価が40倍以上の方の割合は、15μg 1回接種群では96 人中72人(75.0%)

この2点かと考えられます。これだけの報告から医系技官が導き出した結論が、2009年10月24日付MRIC by 医療ガバナンス学会の上先生が書かれたメルマガにあります。上先生の注釈と並べてお読み下さい。


医系技官の結論 上先生の注釈
妊婦は健常成人より免疫がつきにくいという根拠はなく、成人同様1回でよい。 成人が妊婦と比べて免疫抑制状態であるのは、医学的公知。また、新型インフルエンザでは妊婦の死亡が問題となっています。
高齢者は1回接種とする。 今回の研究から高齢者は除外されており、データがありません。
基礎疾患を有する者は1回接種を原則とする。 今回の研究から基礎疾患を有する者は除外されており、データがありません。
中学生、高校生は過去のインフルエンザの流行状況から考えると、成人同様にプライミングされていると考えられることから、成人同様1回接種を基本とするが、念のため、臨床試験を行うことを努力目標とする。 今回の研究は中高生に関する一切のデータを提示していません。根拠のない推論です。
季節性ワクチンの実績から、国内メーカー4社の品質に大きな差異はないと思われるため、今回の国内1社の臨床試験に基づいて国内メーカー4社の方針を決めても問題ない。 ワクチンの製法は各社で異なり、「大きな差異はない」と結論することは無理がある。この理屈を通すなら、外資系ワクチンメーカー、また他の薬剤の承認で厳しい臨床試験を求めていることとはダブルスタンダード


上先生は医系技官の能力の低さを指摘しています。私はそれもあるかもしれませんが、それよりも彼らの官僚的課題である11月のワクチン不足問題のための我田引水解釈であったと考えます。とにかくワクチンを節約しないと11月上旬のワクチン不足は必ず到来し、そこで生じる大嫌いな責任問題は厚労省に圧し掛かってしまうと言う事です。臨時国会も始まってますからね。

医系技官も結論の持って行き方が拙速であるぐらいの意識はあったはずであり、意識あったからこそ、マスコミへの素早いリークによる世論への定着を狙ったのだと考えています。医系技官は、後の展開からし厚労省首脳部にも知らせず突っ走ったようですが、思惑として、

  1. 医師からの医学的反論に対しては、「医師のワガママで一般国民へのワクチンが遅れる」のマスコミ操作でOK
  2. 厚労省首脳部からの説得には「11月にワクチンが足りなくなって臨時国会で困るのはあなたたちです」でOK
この接種回数問題がその後どうなったかは御存知の通りで、厚労省首脳部の説得に失敗してスッタモンダの騒動になっています。良いように言えば、「官僚主導」で形成された1回接種を「政治主導」で見直しにしたというところでしょうか。



ここでなんですが医系技官がワクチン問題で課題にしているだろう事をもう一度あげておきます。

  1. 短期的に11月に「足りない問題」
  2. 最終的に「余る問題」
あくまでも印象ですが、医系技官は1回接種にまだまだこだわっている感じがします。マスコミが報じる1回接種への誘導記事は医系技官のリークによると考えても良さそうです。しかし1回接種を広範囲に適用してしまうと「余る問題」が加速します。対象者の半分程度が1回接種になれば日本の人口を上回ってしまう可能性さえあります。

そこまで考えると、足立政務官の行動に微妙な陰影が生じます。もちろん医系技官の打ち出した1回接種の決定は余りに杜撰です。足立政務官が指摘し、是正した方向性は医学的に正論です。ただそれだけで本当に裏も表もないかと言えば、そこまで愚直な人とは思えません。やっぱり政治家ですから、正論を唱えながらも政治的思惑を連動させていて不思議はありません。

足立政務官も「足りない問題」は考慮したと思われます。治験の結果を踏まえているのは間違いありませんが、医療従事者の1回接種はそのまま認めています。ここも議論はあるところですが、もう一つ、1回接種にすることによる医療従事者へのワクチン節約はそのまま流用しています。医療従事者への割り当て分はあくまでも100万人分であり、残りは一般優先者に回したことです。

ワクチン節約策により11月のワクチン不足はまともに医療従事者に接種するのに較べてかなり緩和されます。不足感は出るかもしれませんが、12月以降の供給で対応できると弁明は可能になります。足立政務官が本当は何を考えたかなんて知る由もありませんが、医系技官が「医学的根拠」と「余る問題」で罠を仕掛けていると感じた可能性を考えています。

医系技官の原則1回接種を受け入れると11月の「足りない問題」は回避できますが、その代わり医学的根拠の曖昧さをリークされて臨時国会で揚げ足を取られる危険性があり、さらに1回接種による「余る問題」が最終的に襲いかかる危険性があるとの判断です。

足立政務官の考えとして、接種回数の決定はあくまでもワクチンの在庫状況主導で決めるものであり、10月時点で「官僚主導」で縛ってしまうのは得策とは言えず、この先に「政治主導」のフリーハンドを残したと考えています。現実はもっとドロドロしていて、医系技官と厚労省首脳部の主導権争いがあり、あれだけ足立政務官が素早く、華々しく動いたのも医学的正論+αの計算があったんじゃないかと思っています。


え〜とご注意ですが、今日のお話は冒頭に書いたとおり

    居酒屋談義程度の与太話
息抜きになって頂ければ幸いです。