坂出ふたたび

今日は休載予定だったのですが、気が変わったので久しぶりに坂出です。坂出市立病院と言えば8/1付四国新聞にあるように、

坂出市立病院も結ばず/残業の労使協定

 高松市民病院が労使協定を結ばず医師に残業させていた問題で、坂出市立病院(香川県坂出市文京町、砂川正彦院長)でも、医師を含む全職員と残業に関する協定を結んでいなかったことが31日、市立病院への取材で分かった。残業代は支払われており、市立病院庶務課は「公務員であるため、協定自体が免除されると思っていた。認識不足。早急に対応したい」としている。

 市立病院によると、2月に坂出労働基準監督署から指摘を受けて判明。過重労働回避のため労働基準法で必要とされている残業の労使協定を、医師をはじめ、看護師や事務員、医療技術員らすべての職員が結んでいなかった。

 協定の対象となるのは162人。市立病院の2007年度決算統計によると、年間で計約1万9千時間の残業が発生し、およそ5890万円の残業代を支払っている。1人当たりの平均残業時間は医師や事務員が月15時間程度、看護師が同9時間程度という。

 同監督署からの指摘を受け、残業上限を月45時間以内などとする協定の素案は策定しており、8月中に協定締結に向けた組合交渉を予定している。

この記事で今日重要な点は、

    1人当たりの平均残業時間は医師や事務員が月15時間程度
1ヶ月にたった「15時間」しか医師が残業していない病院です。なんとも夢のような病院ですが、「市立病院」ですから救急はどうなっているのかの疑問は誰でも湧きます。まったくしていないのならともかく、ここにはかつてカリスマ院長が君臨し、赤字病院を黒字に転換した伝説が病院HPに記載されています。ほんの一部ですが引用すると、

救急患者を断わるのは日常茶飯事、なぜ夜遅く搬送してきたかと救急隊員や患者にまで怒鳴る始末で、良質な医療とは無縁の、まさに無法地帯であった。

伝説にはカリスマ院長の陣頭指揮の下、救急受け入れの拡大に努めてお話が残されています。ではでは、どれほどの救急を受け入れているかですが、病院HPにはありません。そこで宝塚市平成19年第 5回定例会−12月04日-02号から引用します。

市立坂出病院では、再建策の中で救急医療に力を入れて搬送率を70%に高めた

この搬送率は坂出市の救急要請に対するものと考えるのが妥当で、香川県宇多津市の広報誌には、

坂出市消防本部での救急搬送件数は増加の一途をたどっています。平成15年からは、3,000件を越え、平成19年は3,516件と6年前に比べて1,000件も増加しています

年間3516件の70%の救急受け入れですから、約2400件になり、一日平均にすると7件弱になります。ここで坂出市立病院の医師数を確認してみます。

内科 小児科 外科 整形外科 泌尿器科 眼科 耳鼻咽喉科 合計
13 2 4 2 2 1 1 25


全部で25名です。つまり坂出市立病院は、
    常勤医25名が平均残業15時間で、年間2400件の救急を受け入れている。
大量の非常勤医を雇えば可能かも知れませんが、院長挨拶にこうあります。

平成18年度も17年度と同様、市立病院事業への地方交付税からの繰入金はゼロのままで、黒字決算を達成いたしました。ちなみに、医療費削減政策の影響で、全国の病院の経営状態が悪化しているなか、繰入金ゼロで黒字を達成しているのは、約1000ある自治体病院の中で、当院も含めただ2つだけとなっています。

わかる人にはわかると思いますが、そういう黒字経営を維持するために大量の非常勤医の存在があるはずもなく、殆んどを常勤医で賄っているのはまず間違いありません。それと公立病院だけではなく、全国のほぼすべての病院で行なわれている人件費節約手法が行なわれている可能性も極めて高いと考えられます。たいした手法ではありませんが、

  1. 年間残業費の上限を設定・・・記事から考えると医師で年間180時間(月間15時間)
  2. 当直という名の違法休日夜勤体制
こういう手法はどこでも行なわれていますから、坂出市立病院で仮に行なわれていても、特別悪質と言うわけではありませんが、最近になり非常に問題視されつつある事だけは指摘しておきます。そういう坂出市立病院の続報で10/1付読売新聞より、

医師10人一挙に「診療科部長」に ”実より名”と…香川・坂出市立病院

 香川県坂出市立病院が、1日付で「診療科部長」を新設、市課長級の「診療科医長」10人を一斉に昇任させる。医長ポストでは外部からベテラン医師を確保しにくいなどが理由で、財政難から難色を示す市に「昇給を抑え、『部長』の肩書だけでも」と病院側が求めて実現。“実より名”をとった格好だ。

 病院庶務課によると、現在の常勤医は22人で、過去10年で最少。毎年入れ替わり、人材確保に奔走しているのが実情。大学の医局に、ベテラン医師の派遣を頼んでも、「『医長』枠なら若手」と体よく断られることがあった。現場の医師から「外部での研究発表時、『医長』では肩身が狭い」との声も出ていたという。

 今回の異動では院長、副院長に次ぐ診療部長1人の下に「診療科部長」のポストをつくり、外科や小児科など13の診療科の医長のうち一定条件を満たす39〜53歳の10人を昇任させる。給料の等級などは据え置き、一部手当などで年間の収入増を1人平均約30万円に抑える。9月議会で関連する条例を改正した。

 厚生労働省の担当者は「都市部への医師偏在解消に、自治体が知恵を絞る中、一つの策として参考になるのでは」としている。

HP上は25人の名前がありましたが、記事によると現在の常勤医数は22人のようです。それと13の診療科となっていますが、これはどうやら特殊外来・専門外来のことのようです。この外来表と9/27付四国新聞を照合すると、

診療科 外来名 担当者肩書き
内科 呼吸器 診療部長
禁煙
循環器 総合内科部長循環器内科部長
消化器 消化器内科医長、医員
糖尿病 糖尿病内科部長
脳血管 脳血管内科部長
血液/漢方 副院長
小児科 アレルギー 小児科部長
外科 下肢静脈瘤 外科部長
ストーマケア おそらく非常勤
脳外科 香川大医師
整形外科 リウマチ おそらく非常勤
脊椎 香川大医師


赤字のところが新たに診療科部長に昇進された方々ですが、残りの4名の方々は、そうなると22名の常勤医の役職構成は、
    院長:1名
    副院長:2名
    診療部長:1名
    診療科部長:10名
部長職以上が全部で14名で、ヒラが8名(医長を1人以上含む)の構成になります。ちょっと面白いと思ったのは「診療科部長」の前の役職は「医長」であり、医長がほとんど「診療科部長」に昇進されて、これもたぶんですが医長は確認出来る限りでおひとりだけです。

ここで一般的な医師の役職名を解説しておきます。名称は病院、地方である程度変わると思いますし、私の知見もお世辞にも広いとは言えませんから、その点はお含みおき頂きたいのですが、

役職 内容
医長 卒後10年目安
年齢部長 卒後20年目安
診療科部長 診療科の代表者
役職部長 診療部長、検査部長など
副院長 内科系、外科系1名ずつが多い
院長 病院のトップ


卒後年数で役職が決められるのは奇妙な感じがするかもしれませんが、これは医師が経営母体の異なる病院間を異動する特殊性と思って頂ければと思います。現在は崩れてきていますが、医局人事全盛の頃は、病院での役職の人事権も大学医局が完全に掌握しており、年齢部長はともかく、診療科部長や役職部長以上に昇進するためには医局の指示が必要とされました。これも医局の支配力の源泉の一つと思っていただいて結構です。

年齢部長制度も今から思えば珍妙なもので、ある時に所属した診療科では常勤3名と研修医の私の4人構成でしたが、

    診療科部長1名、年齢部長2名、研修医1名
上司がとっても重たい構成でした。それと診療科部長も内科とか外科のような大所帯の診療科ではまだ価値もあったでしょうが、診療科の所属が1人のところは「1人医長」「1人部長」ですから、個人的に卒後年数の目安ぐらいにしか感じませんでした。この辺の感覚は大学や病院で気風が異なりますし、医師個人の受け取り方も異なりますから、あくまでも私はそう思った程度のお話です。

坂出市立病院では記事によると従来は、

    院長 → 副院長 → 診療部長 → 医長
こういう構成であったのが、
    院長 → 副院長 → 診療部長 → 診療科部長 → 医長
こう組み替えたと考えられます。これも全国どこにでも良くある「部長病院」にしたと考えても良さそうな気がします。ただ年齢部長と違いすべて診療科部長にしたのが一つの特徴で、内科は13名(平成20年8月時点)は診療科をさらに8つに細分し、4人の診療科部長を誕生させております。

それと坂出のシステムも卒後年数の依存はあるようで、今回の部長昇進の最年少は39歳の小児科部長ですが、平成9年卒の消化器内科医長は昇進を見送られています。平成9年卒で卒後12年、39歳は最長で卒後15年ですから、その辺が基準かとも思われます。同じ診療科で卒後年数を満たしたらどうするのかと思わないでもありませんが、その時はその時に考えるのでしょう。


さて部長ですが、医長やましてやヒラとはちょっと待遇が異なります。この辺も病院でかなり違いがあるのですが、非常に大まかな感覚として部長は「管理職」、医長は「ヒラ待遇」と言う感じです。医長も管理職待遇のところもあったりするので、あくまでも大雑把にですがそんな感じです。具体的に何が違うかと言えば、院内の○○委員会での会議が増えるというのもありますが、給与も違ってきます。

給与も病院によって体系がかなり異なるので一概には言い難いのですが、非常に簡単にまとめると役職手当が付く代わりに、時間手当が付かなくなるところが多いとされます。同時に基本給も上るところもあるのですが、役職手当だけ付いて時間外手当が「名ばかり管理職」として無くなるところも珍しくありません。

ですから部長昇進によって、

  • 会議などの雑用が増えた
  • 役職手当以上に時間外手当が減り、「手取りがマイナス」
こういうボヤキはしばしば聞かされます。坂出の場合はどうかと記事で確認してみると、

  • 財政難から難色を示す市に「昇給を抑え、『部長』の肩書だけでも」と病院側が求めて実現
  • 給料の等級などは据え置き、一部手当などで年間の収入増を1人平均約30万円に抑える

部長昇進による年間の給与の増加が約30万円ですから、1ヶ月2万5000円程度になります。一方で坂出の1ヶ月の時間外手当の上限が15時間程度ですから、どうでしょうトントンぐらいか少しプラスになるのでしょうか。坂出の給与はかなり安いらしいの噂も聞きますが、税金を考慮に入れると、数千円程度じゃないかと推測されます。読売記事にあるように

    “実より名”をとった格好だ。
たしかにそう思います。


こういう部長昇進により「名ばかり管理職」を量産し、時間外手当を節約する手法は日本全国に蔓延しきっています。これに対し滋賀県立成人病センターでは労基署の監査が入って大変な騒動になり、県立奈良病院では奈良県側が一審で敗訴しているのは説明するまでもありません。時間外手当を巡る問題は表面化した2つだけではなく小児科医と労働基準を参考にしてもらえればわかるようにドンドン増えています。

言っては悪いですが、坂出の手法は時代遅れも良いとこの手垢のついた方法で、なおかつ各地で破綻しつつあるものとしか見えないのですが、読売記事の厚労省コメントがすっごく楽しめます。

    厚生労働省の担当者は「都市部への医師偏在解消に、自治体が知恵を絞る中、一つの策として参考になるのでは」としている。
時間外手当問題に対し、増やしすぎた「名ばかり管理職」の整理に頭を悩ましているのが先進的な病院です。管理職に時間外手当をまともに払えば管理職である分だけ人件費の負担が増えるからです。

もっとも考えようで、こういう部長量産手法に喜ぶ医師を集める方針と考えれば理解は出来ます。給与より名目上の「部長」に生きがいを感じる医師なら、「名ばかり管理職」にしておくだけで時間外手当なんてもらおうという発想はゼロになりますし、月に200時間でも300時間でもサービス残業を嬉々として行い、間違っても労基署に相談なんて発想は浮かびません。今もそういう医師で固めているようで、

    現場の医師から「外部での研究発表時、『医長』では肩身が狭い」との声も出ていたという。
それと

大学の医局に、ベテラン医師の派遣を頼んでも、「『医長』枠なら若手」と体よく断られることがあった

これも誰が聞いても遁辞なんですが、大真面目に対応されたようです。たぶん部長を量産したら次は他の遁辞を構えられるだけと思うのですが、坂出は本当に良いところだと感じ入ります。