ベタ記事を検証してみる

題材は7/31付読売新聞からです。

介護職員の離職率改善、それでも高水準

 介護労働者の昨年の離職率は18・7%で、前年に比べて2・9ポイント改善したことが、31日に財団法人「介護労働安定センター」が公表した介護労働実態調査でわかった。

 同センターでは、「介護人材不足を受け、介護職場の改善が始まったことも背景にあるのではないか」と分析している。

 調査は昨年10月、介護サービス事業所と、事業所で働く介護職員らを対象に実施。5929事業所と、1万8035人が回答した。

 昨年9月30日までの1年間に辞めた職員の割合を示す離職率は、訪問介護以外の介護職員が21・9%、訪問介護員が13・9%で、全体では18・7%。ただ、全産業の平均離職率15・4%(07年厚生労働省調べ)に比べると、依然として高水準にある。

 平均賃金は前年比0・7%増の月21万6489円。職種別では、ケアマネジャーが月26万712円、介護職員は月19万6013円、訪問介護員が月19万1485円だった。

人手不足が深刻な介護業界ですから離職率が改善したというニュースは目出度い事なんですが、この記事情報がどれだけの信憑性があるか少し分析してみたいと思います。この記事の主たる情報ソースは、

    財団法人「介護労働安定センター」が公表した介護労働実態調査
これである事は確認できますからソース元の介護労働実態調査を確認してみます。そこには「1年間の採用率・離職率(職種別・就業形態別)」の表があり引用すると、
ここから

介護職員が21・9%、訪問介護員が13・9%で、全体では18・7%

この記事が正しい事がわかります。では前年はどうであったかですが、

これも確かに

前年に比べて2・9ポイント改善

この通りである事もわかります。そうなると年次推移を確認したくなりますが、平成16年調査まで追跡可能で、

離職率は漸減傾向であるらしい事が確認できます。ここまでの記事内容には問題ありません。介護事業の人手不足の問題点は幾つかありますが、やはり労働に見合った報酬が無いのは大きいとされます。これについての記事は、

平均賃金は前年比0・7%増の月21万6489円。職種別では、ケアマネジャーが月26万712円、介護職員は月19万6013円、訪問介護員が月19万1485円だった。

たぶんこれだと思うのですが、給与が0.7%増加したから離職率が2.9%も下がったと思いにくいところがあります。もちろん給与以外の労働環境の改善もあるかもしれませんが、それをこの調査から汲み取るのは難儀な作業です。一口に介護職と言っても、従事する業務、資格の違い、雇用形態の違いが多様で、どこがどうなっているかは門外漢には非常にわかりにくいところがあります。

実際に読まれたらよくわかるのですが、年度により公表されているデータにバラツキがあり、とくに平成19年度のデータ公開がpoorで経年変化を追いかけるのがやや難しくなっています。「所定内賃金」と「実賃金」に分けて集計されていますが、公表されている範囲で平成17年まで追跡してみます。追跡できるのは「訪問介護員」「介護職員」「看護職員」「介護支援専門員」の4職種のみです。

所定内賃金 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成18年度

からの増加率
全体 21万3837円 21万4888円 21万6489円 1.2%
訪問介護員 19万1250円 18万6863円 19万1485円 0.1%
介護職員 19万3663円 19万2587円 19万6013円 1.2%
看護職員 25万3266円 25万6126円 25万6656円 1.3%
介護支援専門員 26万0062円 25万7586円 26万0712円 0.2%
実賃金 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成17年度

からの増加率
全体 22万4900円 23万5693円 4.8%
訪問介護員 20万6800円 20万7641円 0.4%
介護職員 20万9000円 21万7415円 4.0%
看護職員 25万5600円 27万9269円 9.3%
介護支援専門員 26万0400円 27万4665円 5.5%


職種によりバラツキがあるのですが、個人的に「???」と感じたのは所定内賃金の平成18年調査と平成19年調査の変動です。これはグラフにした方が見やすくなります。
グラフにしても見難いのですが、平成18年から平成19年の全体の平均は増えていますが、看護職以外は減っています。もちろん集計に挙げた職種は全職種ではありません。グラフに上げた職種以外でも作業療法士理学療法士、栄養士などがあります。ではではグラフに上げた4業種が統計全体に占める割合が気になるところです。

職種 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年
調査人数 比率 調査人数 比率 調査人数 比率 調査人数 比率
全体 11375人 68142人 20176人 28184人
訪問介護員 6295人 55.3% 8252人 12.1% 1601人 7.9% 2067人 7.3%
介護職員 3493人 30.7% 32574人 47.8% 9513人 47.2% 14581人 51.7%
看護職員 990人 8.7% 8513人 12.5% 2591人 12.8% 3375人 12.0%
介護支援専門員 150人 1.3% 4953人 7.3% 1678人 8.3% 2254人 8.0%


給与は実態として、平成17年調査では55.3%であった訪問調査員は、平成18年調査では12.1%に減り、さらに平成19年調査では7.9%に減り、その代わりに他の職種が増えています。全体の賃金が下がっても、給与の低いサンプル数が減り、給与の高いサンプル数が増えれば全体の平均賃金は当然増えます。全体の増加率だけ取り出しておくと、

平成19年 平成20年
所定内賃金全体の平均の
増加率
0.5%増 0.7%増


増加率は1%弱程度であり、介護職種間の給与の差を考慮に入れるとサンプルの変動により、全体の平均の変動に大きな影響を及ぼすだろう事は考えられます。ここまで考えると、平成17年の実賃金はもっとも給与水準が低い訪問看護員が55.3%であった時であり、平成20年度調査のサンプル割合とでは全体の平均としては単純比較できない事がわかります。

平成17年までと平成18年以降の差は他にもあります。経験年数の調査と言うのがあります。あれこれ統計データを見ていて気が付いたのですが、とりあえずグラフにしたので見てください、

平成18年から経験年数が5年以上が不自然なぐらい増加しているのがお分かりでしょうか、平成17年と平成18年の5〜10年の比率の差はなんと1.7倍です。ついでにこれも目立ちませんが、10年以上は1.9倍に急増しています。平成18年から調査対象者の割合が大きく変わった事は上述しましたが、勤続年数のサンプル構成も大きく変わっているのが確認できると思います。

もう一つ平成20年調査からですが、「昨年1年間(平成19年1月1日〜12月31日)の収入(賞与及び残業・交通費等諸手当等を含みます。) について、お伺いします。」と言う調査があります。

これをグラフに直すと
年収ラボ様によると平成19年のサラリーマンの平均年収は、
    全体:437万円
    男性:542万円
    女性:271万円
こうなっているそうです。平成20年調査の基礎データとして、

2.調査対象期日:原則として平成20年10月1日現在。
3.調査実施期間:平成20年11月1日〜12月10日

こうなっていますから、

同センターでは、「介護人材不足を受け、介護職場の改善が始まったことも背景にあるのではないか」と分析している。

記事にあるデータにどこもウソはありませんしが、データの解釈結果として引用している介護労働安定センターのコメントは少々首を傾げます。センターにすれば、去年の政策として介護職の優遇があったので、どうしても優遇結果による「離職率の改善」に公式コメントとして結び付けざるを得ない立場にあるとは考えます。

しかし「介護職場の改善」の効果は賃金を見る限り微々たる物です。平成20年度調査では全体で「0.7%増」なのは間違いありませんが、平成19年度調査でも「0.5%増」です。また平成17年度からも実賃金は増えてはいます。しかし年度ごとにサンプル構成にあまりにも大きな差があり、データ上は増えていますが実質は増えているかどうかに疑問符が付けられるところがあります。

離職率の改善は難しく考えなくとも不況による失業の深刻化によるとした方が妥当と感じられます。現状の待遇なら、景気が回復し求人事情が良くなれば、改善したと強調している離職率もすぐに逆戻りになると考えられます。センターの立場上のコメントの真意を踏まえての追加取材をすべき事柄と私は思います。

介護の問題は軽視できないもののはずですが、「なんとなく改善している」みたいな掘り下げの浅い記事では、かえって厳しい現場で頑張ってられる方々の士気を挫く様な気がします。