タブロイドな小ネタ

とりあえず7/15付タブロイド紙(旧毎日)からですが、

 BSE(牛海綿状脳症)と鳥インフルエンザに代表される人獣共通感染症対策、食品への異物混入で重要性が再認識された食品衛生監視など公務員獣医師の業務は、増加の一途をたどる。ところが、公務員獣医師の給与は同じ6年制大学を卒業した医師職の公務員より低く、毎日新聞の調査では最大で平均月給が50万円以上少なかった。

記事の趣旨は公務員獣医師の不足を訴える記事ですが、公務員獣医師の平均月給が医師より自社調査で、

    最大で平均月給が50万円以上少なかった
50万円とはえらい大きな差があります。仮に医師の平均給与が80万円なら獣医師は30万円という事になります。獣医師と医師は従事する分野が異なるとは言え専門資格であり、それほど待遇に巨大な差が本当にあるかになります。獣医師について詳しい事を知っているわけではありませんが、待遇の差としてチト大きすぎると思います。

では実際はどれぐらいかを調べるのが本当に厄介です。公務員の給与は職種により級があり、さらに号が分かれて構成されており、給与表をみてもサッパリ実感がつかめないのが正直なところです。もう少し分かりやすいものがないかと思っていたら、獣医学会から平成19年12月20日付19日獣発第222号「都道府県勤務獣医師(公務員獣医師)人材確保のための処遇改善対策について」があります。そこには、

  1. 公務員獣医師の俸給の適用については,医師,歯科医師職員と同様,医療職俸給表(一)を適用すること.
  2. 公務員獣医師については,採用時から勤務年限に応じた初任給調整手当を継続して支給することにより,給与ベースの改善を図ること.

どうやら医師は医療職(一)であり、獣医師は医療職(二)となっているようです。この医療職の分類がどうなっているかも私には難しいのですが、横浜市の資料によると、

横浜市の分類には明記されていませんが、獣医師は薬剤師、栄養士と同じ待遇のカテゴリーに入っているとしても良いと思われます。ここからさらに問題なのは、同じカテゴリーであっても給与は資格により変わります。看護師だって看護大学卒、看護学校卒、衛生看護学科卒でも給与は変わります。もちろん看護師と准看護師、さらには保健師助産師でも変わってきます。

ここでですが公務員医師の平均月給は総務省資料の平成19年地方公務員給与の実態から確認することが出来ます。この資料が老眼が忍び寄っている私には大変読みにくいものなのですが、医療職(一)〜(三)の平均給与は確認できます。都道府県のものですが、

    医療職(一):88万3494円
    医療職(二):41万1431円
    医療職(三):39万7645円
これだけ見ると医療職(一)と医療職(二)の給与の差は47万2063円あり、タブロイド紙の言う平均で50万円はあってもおかしくないと言うか、ほぼそれぐらいになります。しかし医療職(二)に該当する職種は確認できるだけで薬剤師、栄養士、獣医師で、この三職種がまったく同じ給与水準かと言えば疑問符が付けられます。俸給表が同じだだけで、適用が異なればかなり給与に差が出ます。上記した獣医師会の要望書には給与モデルも提示されています。
これを書き直すと、

地位 医師 獣医師
初任職員 58万7200円 21万4700円 37万2500円
本庁課長級 71万7655円 58万1620円 13万6035円


初任職員としては医師と37万2500円の差がありますが、本庁課長級になると13万6035円の差に縮まっています。これは医師の給与の特徴で、正職員になればかなりの高給が与えられますが、その後の伸びが非常に小さくなっています。一方で獣医師はいわゆる昇進とともに順調に給与が伸びる体系と言えばよいのでしょうか。

獣医師会が正式に要望として提示するぐらいですから、この金額はある程度妥当なものと考えます。これを見る限りでは50万の給与差はそう簡単に発生しないかとも思われます。もちろんこの要望書モデルにはその他の手当てについての表示が無いので難しいのですが、獣医師会が問題にしているのはこの範囲の俸給の待遇の改善である事は確認できます。


タブロイド紙の記事の問題点は、

  1. 自社調査であること
  2. 「最大で」と言う表現は1ヶ所でも該当すれば良いと言う事、つまり全体を表示している意味ではないこと
自社調査もあくまでも一般的にですが、かなり本格的に行ったものは、最低限でも調査の基本情報を示します。たとえば「全国の公務員獣医師にアンケート調査を行い」とか、「回答率は○○である」とかです。これは調査が本格的であるほど、調査の信用性を示すために行なわれます。逆に考えれば基本情報を示さないものの信用性は疑問符が自然に付けられるわけです。

もう一つ公務員獣医師の絶対数はかなり少ない事が推測されます。平成19年10月15日に行なわれた日本獣医師会第5回公衆衛生委員会の会議概要の一部を引用しますが、

 九州では、各県とも獣医師が不足している状況である。宮崎県では、食肉衛生検査所の獣医師が不足しており、嘱託職員で対応しているが、うち70歳を超える獣医師が9名もいる。現員98名のうち36名が退職する予定であり、人事部局に採用を強く打診している。

九州全部で98名です。九州には7つの県がありますが、2008年データでの人口は、

    福岡:505万4000人
    佐賀:86万3000人
    長崎:146万6000人
    熊本:183万6000人
    大分:120万8000人
    宮崎:114万8000人
    鹿児島:174万3000人
単純な事実ですが、最大の福岡県が505万人で最小の佐賀は86万人です。これも当たり前ですが人口の比率によって九州の98人の公務員獣医師の各県の人数も変わるはずです。もちろん人口以外の要因もあるでしょうが、福岡より佐賀の方が公務員獣医師がかなり少ない事は容易に推測されます。そんな状態の九州で全体の1/3以上の36人が平成19年度に退職します。

退職者の補充に難航しているのは議事録からも窺えますが、それでもそれなりの数の退職者の新規補充が行なわれたはずです。1/3もの大量退職と新規採用が行なわれれば、獣医師会もデータを示した給与の低めの初任職員クラスが多くなるのは理の当然になり、県によっては大半が初任職員クラスになることがあっても不思議ありません。

とくにもともと獣医師の少ないところで大量退職が発生し、その後に新規補充をすれば全体の平均が極端に下がる事もありえます。さらに自社調査は全数調査である可能性は極端に低いと考えられます。電話取材か、郵送によるアンケート調査が想定されますが、そういう時に調査に答える可能性が強いのは現在の給与が低い獣医師です。

県による公務員獣医師構成の偏りと、自社調査の調査範囲の偏りが重なれば、日本中の事ですから、1ヶ所ぐらい50万円が出てきてもおかしくありません。それとそういう調査を示す時は、最低限の良識がある者なら全体の平均と最大・最小を示すのが通常です。最大だけを示す手法はいかにもタブロイド紙らしいと言えば、タブロイド紙らしいところです。


それとタブロイド紙は公務員獣医師の不足は医師との給与格差であると主張しています。獣医師の方に知り合いが乏しいので、獣医師と考えられる方のコメントを2つほど紹介しておきます。まず中間管理職様のところに寄せられた獣医師と思われる方のコメントを紹介しておきます。

小動物獣医をしております。この毎日の記者さんは、何を訴えたいのでしょうか?この記者さんは

「公務員獣医の希望者が減っているのは、医師と比較して給与が悪いからだ」と言いたいようですけど、獣医師をとりまく社会的な変化が主な原因だと思います。

 公務員獣医師の主な職場は、大動物などの家畜の診療と保健所勤務です。家畜の診療は家畜保健衛生所農業共済での勤務になります。農業共済は公務員ではないけど、公務員に準ずる立場となるのかな?給与体系も公務員に準じているんじゃないかなあ。大動物興味ないんであまり詳しくないんですが(^^;)

 大動物関係の職場希望者が少ないのは、日本の畜産業がけして先行きが明るいとはいえないからだと思います。
 また保健所などで勤務する場合は、たとえばHIVなどの検査も獣医師が行ったりしているはずですが、特に給与に医師免許を持つ人との差はないと思うんですけどね。最大月額50万円も違うと言うことは、そこの公務員の医師の方は最低でも月額50万はもらっているわけで(苦笑)、そこにいる獣医の給与がよっぽど低いのかというレベルの低い印象操作を行っているように思えますが、まともな知能のある人ならおかしな数字と言うことはすぐわかると思います。

 また、地方格差もある、とかしたり顔で言っていますが、東京は生活にも便利であり、多摩動物園上野動物園といった設備の整った動物園もあるので、動物園獣医を希望する方は結構多いので人気の職場と言うだけだと思います(動物園も保健所も辞令を受けて配属されるので、希望すれば必ず配属されるわけではないです。保健所に勤務しながら何年も異動希望をだして、動物園獣医になることを希望している獣医師もいます)。だれだって好き好んで辺鄙なところには住みたくないでしょ?獣医だって定期的に勉強会やフォーラムとかには行きたいですからね。東京とか大阪なら勤務後そういうものに参加できますんで。

 東京都に比べれば、獣医の求人倍率はどこの地方自治体だって低くなりますよ。

 それと、この記者さんは、獣医学科は「人間の医学部の一学科」と勘違いしているのではないでしょうか?一般人がよく間違えているんですけど。お子ちゃまが考えているレベルで「人間のお医者さん→ブラックジャックばりも人の命をずばずば救う」
「獣医師→動物病院で死にそうなかわいそうな動物をずばずばすくう」
「動物と人間の差はあれ、やっていることは同じようなこと」
「お給料が少ないのは、公務員医師が余分にお給料をもらっているせいだ!(毎日新聞内部での偏った教育による妄想)」
「公務員獣医を救えー!」
という脳内妄想発現と言うことだと思います。おまえらの支援とかいらんし(苦笑)。
 社会における役割が全く異なる職種を比較すること事態が意味が無いですね。

もう一つ、教えてHOME'Sくんにあった獣医師の将来性に対する回答です。

 公務員獣医です。
 まあ給料は決して高くはないにしても(職務職責に対して安いというのが公務員獣医の主張ではあります)、暮らしていけないほどではないのですが・・・

 獣医師の職業分野はかなり多岐に渡ります。
 国や都道府県の公務員獣医、小動物の臨床(開業&勤務獣医)、産業動物の臨床(開業&団体職員)、製薬会社等の研究員、大学等の教員etc..
 公務員獣医にしても、行政職、公衆衛生分野、家畜防疫分野、研究職、または臨床、自然保護関係と様々です。

 収入は個別な差が大きいのですが敢えてざっくり順列を付けると、
産業動物臨床<公務員獣医<製薬会社等の研究員<小動物開業
 といったところでしょうかね。

 余談ですが、上に挙げたほとんどが「獣医師」としての仕事です。つまり獣医師の免許を持っていないとできない仕事ばかりです。
 公務員獣医なんて、3月初旬に国家試験があって下旬に合格発表があるのですが、4月1日から採用が決まっていても国家試験に落ちれば「残念でしたね」の一言で終わりだったりします。なので私が卒業した時は、3月20日を過ぎるまで4月から住むアパートも引っ越し便も決めてなかったです。国試の合格を確認してからようやくアパート探しに行きました。
 余談ですが当時の薬剤師さんはもっと酷でした。国試が5月になってからだったので、採用されて普通に働いていても5月下旬頃になるといつの間にか"いなくなる"人がいましたね・・・

 この中で獣医師の免許が必須ではない職種は、製薬会社等民間の研究者や大学の教員くらいでしょうか。民間研究者は採用枠にもよるので一概には言えませんが。
 総じて「研究職」は必ずしも獣医師の免許は必須ではありません(ただし公務員は「獣医師枠」で採用されるので獣医師免許必須)。
 ですが、研究職は確かに収入は高いですが、よほど優秀でないと生き残るのは難しいでしょう。最近はどこのラボも最初からパーマネントの研究員はあまり取らず、契約研究員として採用して数年の内に実績を上げればパーマネントに昇格、というパターンが多いですから。つまり最初に契約研究員として採用される時に既に研究者としての実績が問われるわけです。さらに採用されてから一定期間のうちにまた実績を上げなければいけないので、かなりシビアな世界ですよ。

 まあ団体も公務員も民間も全て「勤務獣医」として考えれば、食えないほど安い給料に甘んじている人は基本的にいません。少なくとも一般の人よりは高い給料をもらっています(年齢が高くなると逆転されますが)。開業は要するに「自営」なので、浮沈は自分の手腕にかかってきますが。

 というわけで、単に「稼げそうだから」という理由で獣医科に入られたのでしたら、確かに難関を突破して入学し、さらに6年も文系の一般的な学生とは比較にならないほどの勉強をしてようやく獣医師の資格を得た、その投資に見合うだけの収入はまず得られないということはどうも確からしいです。ですから医学部への編入も良いでしょう。
 ですが、何かを志して獣医科に入られたのでしたら、志したことを仕事にして食べていけるだけの収入は得られる、とだけ言っておきます。

 それにしても医者は確かに高収入ですが、収入以上に仕事はハードだと思いますけどね。

公務員獣医師の不足の内実を医師との待遇格差のみに力点を置いて考えるのは取材不足と私は感じます。主観としては、医師との待遇差が記者の感じた公務員獣医師不足の最大の要因だったのでしょうし、1ヶ所でも50万円が見つかって感情も動いたのかもしれません。いかにもタブロイドな小ネタと思います。