7/9付医療維新より、
また、周産期医療については、約8割の総合周産期母子医療センターで新生児集中治療管理室(NICU)の病床利用率が90%超であり、母子・新生児の搬送受入れが困難である理由として「NICU満床」と回答したセンターが9割を超えていること、小児救急医療については、日本は乳幼児死亡率は低いにもかかわらず1-4歳児の死亡率は高く、国際的水準と比較するとOECD27カ国中17位であること、厚労省「重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会」の中間取りまとめにおいて超急性期を担う「小児救命救急センター(仮称)の創設が提唱されたことなどが紹介された。
記事にある「重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会」なる会議の中間取りまとめは7/8に発表されているようです。また取りまとめに対する関連資料もあります。記事では何をしようとしているのか良く分からないので報告書で確認してみます。全文を逐次紹介するには長すぎるのでかいつまんで紹介してみます。とりあえず「はじめに」にある、取り組みの理由ですが、
また、近年、我が国の乳幼児死亡率について、生後28日未満の新生児死亡率は世界で最も低く第1位であり、乳児(0〜11ヶ月)死亡率も世界で第3位の低さであるのに対し、1〜4歳の幼児死亡率は世界で21位であることがWorld health report 2005(世界保健機関)により報告された。次いで、厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)による「乳幼児死亡と妊産婦死亡の分析と提言に関する研究」(主任研究者 国立循環器病センター 池田智明)において、我が国の幼児の死亡場所と死亡原因についての研究が成された。その研究では、2005年と2006年の2年間に亡くなった1〜4歳児 2,245人について解析され、病院内死亡1,880人のうち1,037人(病院内死亡の55%)が1病院内死亡5人以下(2年間)の病院において死亡していたことが示された。また、死因別の解析では、事故等の外因死294人のうち207人(外因死群の70.4%)が、1病院内死亡5人以下(2年間)の病院において診療を受けていたことが示された。この結果、幼児に対する救命救急医療体制の充実が必要であることや、重篤な小児救急患者の受け皿として、小児集中治療室の全国整備が必要であることが指摘された。
1〜4歳の幼児死亡率が世界で21位だったので改善しようとの趣旨と解釈できます。21位と言う地位が日本の医療戦力として順当なのか、そうでないのかの議論も出てきそうですが、私も小児科医ですから良くなるに越した事はありません。世界21位はわかりましたが、どれほどの死亡数があるかは気になるところです。これがなかなか適当なのがなくて、辛うじて平成18年(2006)のデータが総務省統計局にありました。
これによりますと1〜4歳児の死亡数は、
-
1歳児:439人
2歳児:367人
3歳児:198人
4歳児:173人
* | 日本 | ルクセンブルグ | カナダ | フィンランド |
新生児死亡 (生後28日未満) |
1.8 | 3.0 | 4.0 | 2.0 |
幼児死亡 (1〜4歳) |
1.2 | 0.4 | 0.8 | 0.8 |
このデータでは新生児死亡との比較になっていますが、1歳未満の死亡数も日本は低く、1〜4歳の死亡率の高さの説明に持ち越し説もありますが、今日は触れないことにします。それでもって、たぶんフィンランド、カナダ並みの0.8ぐらいにしようだと考えます。日本の死亡数が1177人ですから、およそ400人減らして800人程度になれば目標達成です。では1〜4歳児の死因としては何が多いかになります。厚労省の平成18年と平成20年のデータを示しておきます。
年度 | 第1位 | 第2位 | 第3位 | 第4位 | 第5位 | |||||
平成18年 | 不慮の事故 | 206 | 先天奇形等 | 163 | 悪性新生物 | 87 | 心疾患 | 75 | 肺炎 | 56 |
平成20年 | 不慮の事故 | 163 | 先天奇形等 | 160 | 悪性新生物 | 94 | 肺炎 | 54 | 心疾患 | 52 |
平成18年のデータで見ると死亡数1177人の内、上位5つの死亡原因が587人と約半数を占めます。平成20年のデータも同様のデータになっているとも類推されます。ただ上位を合計しても約半数程度であり、悪性新生物や先天奇形等、心疾患はそう簡単に救命率がどうなるものでは無いので、死亡数の減少の決め手になるターゲットは非常に絞りにくいと思われます。
データについては報告書も示しており、厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)による「乳幼児死亡と妊産婦死亡の分析と提言に関する研究」(主任研究者 国立循環器病センター 池田智明)からのものとして、
2005年と2006年の2年間に亡くなった1〜4歳児 2,245人について解析され、病院内死亡1,880人のうち1,037人(病院内死亡の55%)が1病院内死亡5人以下(2年間)の病院において死亡していたことが示された。また、死因別の解析では、事故等の外因死294人のうち207人(外因死群の70.4%)が、1病院内死亡5人以下(2年間)の病院において診療を受けていたことが示された。
ここが砂を噛むような話なのですが、どうやら子供が死んだ病院の多くが「1病院内死亡5人以下(2年間)」、つまりあまり病院内死亡が起こらない病院で死亡していると分析しています。確かにいくら小児が入院できる病院が減ったと言っても、年間死亡数が1100人余りですから、そうそう子供の死亡があるわけではありません。ここから導かれる結論が、
この結果、幼児に対する救命救急医療体制の充実が必要であることや、重篤な小児救急患者の受け皿として、小児集中治療室の全国整備が必要であることが指摘された。
これもどうもなんですが、「1病院内死亡5人以下(2年間)」の病院で治療を行なっていたから助かる命が助かっていないと解釈すればよいのでしょうか。1〜4歳児(幼児)の死亡数削減のためには、それ専用の救急医療機関を整備しなければならないとしているように考えられます。総論としてより充実した医療機関で治療を行なったほうが救命率が上るのは分かりますが、なかなか壮大な試みです。
さてと次にこれまでの取り組みが書かれているのですが、個人的に懐かしいものが出てきました。平成17年12月22日付けの医政局長、雇用均等・児童家庭局長等連名による通知「小児科・産科における医療資源の集約化・重点化の推進について」なんて涙が出るほど懐かしいのですが、ちょっと置いておきます。
その辺はずんずん端折って、話は小児集中治療室の整備に話が進みます。現在は12施設に108床なんですが、これを整備拡充する目標です。ここも微笑を誘うのですが、
諸外国の小児集中治療室の状況をみてみると、米国では小児人口2万人あたり、オーストラリアでは小児人口6万人あたりに1床の病床が整備されており、整備目標が国の医療体制などによって大きく異なることがうかがわれた。我が国に必要とされる病床数については、医療費の国内総生産に対する比率が我が国と似ているオーストラリアを参考として、小児集中治療室に対する需要が類似であるとの仮定の基
どこかを参考にするのは異論はありませんが、整備目標は「医療費の国内総生産に対する比率」によるそうです。この辺の医療費の統計は微妙なんですが、OECD諸国の医療費対GDP比率を見ると、日本が8.2%で、アメリカ15.3%、オーストラリア8.8%です。アメリカの数字は参考にしないとしていますが、それならば他の医療整備目標もそうして欲しいところです。都合によってアメリカを参考にしたり、しなかったりはやはり拙かろうと思います。
それはそれとして、オーストラリアの6万人に1人でも整備目標は高く、現在の4倍近い430床が必要としています。これを後300床程度と見るか、どうやって300床も整備するかは見る人の感性によって変わるでしょうが、私は野心的な目標に感じます。
それでもってどんな体制を構築するかですが、
発症直後の重篤な時期を「超急性期」と呼び、それに引き続く専門的医療や集中治療が必要な時期を「急性期」として区別した。その上で、病院前救護から搬送、「超急性期」、「急性期」、「慢性期」までを地域において切れ目なく提供する体制の構築を目指した。
問題の超急性期ですが、目的として成人の救命救急センターの小児版を整備すると理解すれば良いようです。目標整備数は、
尐なくとも都道府県又は三次医療圏あたり1カ所の整備が必要と考える
三次診療圏と言うのはおおよそ人口100万人を目安に1ヵ所程度だったはずですが、超急性期に期待される役割として、
特に、心肺停止等で緊急性が極めて高い状態であれば、小児科医の配置などが充実した体制をとっている医療機関にこだわるより、近くの救命救急センター又は医療機関において対応される必要がある
患者の数からすると人口100万人に1ヶ所でも大変な予算と人手が必要ですが、新設は難しいと思っていたら、
重篤な小児救急患者に対する「超急性期」の救命救急医療は、基本的にはすべての救命救急センターや小児専門病院及び大学病院等の中核病院において、確実に提供されるような体制を整備しておく必要がある。
さすがに成人でも崩壊しつつある救命救急センターを、小児版で全国に新設するような事は考えていないようで、後の記述にもあるのですが、既存設備のかさ上げで対応しようとしているのが分かります。具体的には、
-
救命救急センター
小児専門病院
大学病院
この提案がどういう趣旨で考えられているかです。表向きは冒頭に紹介した1〜4歳児の死亡率の低下です。死亡率を低下させるために小児救急の体制充実を行なおうです。ただなんですが本音と言うか真の狙いはちょっと違う様に感じます。もちろん表向きの狙いも推進するのは間違いありませんが、それだけのためとは思えないところがあります。もう一度今回の救急体制の基本提唱ですが、
-
超急性期
急性期
慢性期
- 一般小児医療
- 一般小児医療(初期小児救急医療を除く。)を担う機能【一般小児医療】
- 目標
- 地域に必要な一般小児医療を実施すること
- 生活の場(施設を含む)での療養・療育が必要な小児に対し支援を実施すること
- 地域に必要な一般小児医療を実施すること
- 対象
- 小児科を標榜する診療所
- 一般小児科病院※、過疎小児科病院※
- 連携病院(集約化推進通知に規定されるもの)
- 訪問看護ステーション
- 小児科を標榜する診療所
- 目標
- 初期小児救急医療を担う機能【初期小児救急】
- 目標
- 初期小児救急を実施すること
- 対象
- 小児科を標榜する診療所
- 一般小児科病院、過疎小児科病院(改革ビジョンに規定されるもの)
- 連携病院(集約化推進通知に規定されるもの)
- 在宅当番医制に参加している診療所、休日夜間急患センター、小児初期救急センター
- 小児科を標榜する診療所
- 目標
- 一般小児医療(初期小児救急医療を除く。)を担う機能【一般小児医療】
- 地域小児医療センター
- 小児専門医療を担う機能【小児専門医療】
- 目標
- 一般の小児医療を行う機関では対応が困難な患者に対する医療を実施すること
- 小児専門医療を実施すること
- 一般の小児医療を行う機関では対応が困難な患者に対する医療を実施すること
- 対象
- 地域小児科センター(NICU型)(改革ビジョンに規定されるもの)
- 連携強化病院(集約化推進通知に規定されるもの)
- 地域小児科センター(NICU型)(改革ビジョンに規定されるもの)
- 目標
- 入院を要する救急医療を担う機能【入院小児救急】
- 目標
- 入院を要する小児救急医療を24時間体制で実施すること
- 対象
- 地域小児科センター(救急型)(改革ビジョンに規定されるもの)
- 連携強化病院(集約化推進通知に規定されるもの)
- 小児救急医療拠点病院
- 小児救急医療支援事業により輪番制に参加している病院
- 地域小児科センター(救急型)(改革ビジョンに規定されるもの)
- 目標
- 小児専門医療を担う機能【小児専門医療】
- 小児中核病院
-
一次救急:一般小児医療
二次救急:地域小児医療センター
三次救急:小児中核病院
- 小児中核病院
- 超急性期
- 超急性期と急性期の兼務
- 超急性期
- 地域医療センター
- 急性期
- 急性期と慢性期の兼務
- 急性期
- 一般小児医療
- 慢性期の一部
現在の救急体制と言うか医療体制は、一次〜三次のボトムアップ体制はそれなりに出来ていますが、ダウンストリーム体制はかなり弱体です。成人でも起こっていますが、入院患者がトップ病院に滞留し、医療機能が目詰まりする現象を起しています。小児は成人よりもダウンストリーム体制はさらに貧弱で、少々医療体制や設備を強化してもたちまち目詰まりする性質を持っています。
そこで救急体制を上流から見直すというか定義づけして、患者を下流にスムーズに下流に流す事によって、救急機能、とくに高度機能を持つ病院の機能維持を図ろうとする狙いが本音ではないかと考えています。つまり、
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超急性期 → 急性期 → 慢性期
個人的には報告書で訴える上流医療機関の整備充実よりも下流医療機関の整備拡大が急務と考えますし、下流が充実しないと流し様がないと感じます。ただ小児救急医療として厳しいのは上流医療機関も必ずしも充実しておらず、全部整備拡大と言う提案になってしまう側面があるのは理解しないといけないでしょう。
理解はしますが、報告書は上流の整備拡充に終始しています。内実的と言うか具体的にどのレベルの充実を本音で考えているのかは不明ですが、ひたすら上流それも最上流の整備拡充を提唱しています。ここも上流と下流の整備を較べると上流整備の方が世間受けは良くて、なおかつ小児のコンビニ救急も充実するような錯覚も起せるので予算獲得には有用と考えたのかもしれません。もちろん検討会の各委員の思惑、何より検討会のシナリオと言うか結論を決めた厚労省の思惑が重要です。
議事録を時間がないので(不精して)読んでないのですが、やはり違和感があるのは目的としている、
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1〜4歳児の死亡率の改善
ところが小児においては成人に較べても質・量とも十分とは言えません。とくに高度医療施設が足りないので、これに対する方策として、
- 拡充整備
- ダウンストリーム体制の確立
ところが検討会の提言の重点は上流医療機関の充実に傾いています。ダウンストリーム体制の整備は議題には上ったと考えますが、慢性期についての提言は非常に貧弱です。力点は上流整備であり、狙いは1〜4歳児です。この1〜4歳児を対象にするというのに厚労省の最大の意図がある様な気がします。
1〜4歳児の死亡率の改善目標はおそらくですが上述した通り、年間1200人ほどの死亡数を800人程度にすることです。一方で小児医療の大問題であるコンビニ救急も中心は1〜4歳児です。この年代がやはり一番多いのはまず間違いありません。改善目標は年間400人であり、死亡原因を考えてもとくにターゲットに出来る原因があるわけではありませんから、体制としては救急根こそぎ対応が必要になると考えます。
提言の中にもあったように、小児では軽症に見えても実は重症はあり、また親が訴える所見と子供の症状がかなり違う事も珍しくありません。その中から、これまで手遅れなり、不十分な治療で死亡していたと想定している400人を救命するには、網羅的な救急医療体制が必要になります。網羅的とはコンビニ救急大推進の医療体制と穿って考える事も可能です。
1〜4歳の400人の救命を行なうという錦の御旗が出来上がれば、小児救急は24時間365日のコンビニどころかデパート診療が常に要求される可能性を考えます。400人を救命するというのは、決して400人だけを救命するという事ではなく、膨大な裾野の救急患者を漏れなくデパート診療することが必然として要求されている事になります。
誤解しないで欲しいのですが、救える可能性のあるかもしれない400人を救う事には小児科医としては異論はありません。問題はそれが出来るだけの人員がいるかどうかです。現状の戦力でできることなら当然すべき事とは思います。しかし厚労省の平成18年データでは、小児科医数は病院勤務医として8228人となっています。コンビニ救急には一部の開業医も参加していますが、主体はやはり勤務医です。この人数での救急応需は四苦八苦どころか、小児医療を破壊しそうなぐらいの状態になっています。
机上の体制の字句や表現をいくら変えても働くのは医師ですから、実人数以上の仕事ができません。いくら漠然と「足りない」と表現し、足りないから「養成は急務」と書いても10年単位以上で戦力は変わりません。これは小児科だけではなく提言にある、
なお、小児外科、整形外科、脳神経外科、一般外科、麻酔科等とより一層緊密な連携を構築することも必要であり、特に、小児外科医については、小児の外傷性疾患への関わりを一層強化する必要があるとの意見があった。
小児外科医とか麻酔科医となると試算するのも嫌になります。麻酔科医がいかに足りないかはもはや論じる必要もありませんし、小児外科医の勤務医なんか623人しかいないのですから、どう逆さに振っても足りません。小児集中治療病床を拡充するのは正しいことですが、病床だけ作っても意味はありません。そこで治療に従事する専門家が十分に配置されて初めて能力を発揮します。
私は小児科医ですから子供の救命率が向上する政策には賛成ですが、その施設で働く医師をどうやって集めるかの具体策を示していない提言は嫌いです。医師の実人数の事をロクに検討せずに、補助金付きのハコモノに突進し、補助金の見返りに24時間デパート診療を要求されても無理な時は無理と言うことです。
いつも思うのですが、この手の検討会は理想の体制のハコモノとか達成すべき目的は提唱しますが、そこに働く戦力としての医療従事者の戦力計算は非常にお座なりです。これだけ医師不足が認知されても殆んど変わりません。かつてはハコを作れば何故か医師が湧いてきた様に見えた時代もありましたが、現在は見えるだけの戦力しかない事は誰もが知っています。
私は発想を逆にすべきかと思っています。まず戦力、それも実戦力の把握を先にすべしです。戦力以上の能力は発揮できないのは鉄則ですし、戦力以上の能力を机上の希望的観測で期待するのは愚かさの極みです。戦力相応の範囲内での計画を作らなければならない時代と考えています。北秋田が良い例とは思いますが、身の丈以上の事は出来ない現実を知るべしかと思います。過剰な要求は元も子も粉砕してしまう危険性が十分あると言う事です。