社会の暗部

5/31付けカナロコより、

“社会の暗部”が噴出/横浜 高校生インフルの疑い

 「横浜市内の高校生が国内初の新型インフルエンザ感染疑い」。今月一日未明、厚生労働省が緊急会見で明らかにした。「疑い」が晴れたのは、十六時間後。その間、学校は「パニック」に見舞われた。あれから一カ月。生徒を思い、安堵(あんど)の涙を流した校長の胸にはしかし、言い得ぬ恐れが深く沈んだままだ。あの日、目の当たりにしたのは、すぐそこに潜む社会の暗部-。
 
■犯人捜し

 校長は、いまも不思議に思っていることがある。

 「厚労省の発表は校名を伏せていた。それがなぜ広まったのか」

 舛添要一厚労相が会見場に姿を見せたのは午前一時三十五分。その二十分前、インターネットの匿名掲示板では、すでに”犯人捜し”が始まっていた。

 「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」

 テレビの速報の断片的な情報を基に、書き込みが重ねられた。「日程で特定できそうだな」。そして二百二十五件目。「この時期カナダは○○○○(学校名)だろ」。会見が始まる五分前のことだった。

 「その十分後です。報道機関から(校長の)自宅に電話がかかってきた。それからほぼ十分おきに三、四件。私の電話番号まで、どこで調べたのでしょうか」

■パニック

 校長がタクシーを飛ばして学校に駆け付けると、そこにはすでに報道陣約四十人が詰め掛けていた。アンテナを立てた中継車、上空にはヘリコプター。駆け付ける教員を、待ち構えたカメラが追った。

 「まさにパニックだった」

 明けて朝。学校周辺の薬局からマスクが消えた。「生徒がどの交通機関を使っていたか教えろ。うつされていたらどうするんだ」。電話口で声を荒らげる、近隣に住むという匿名の男性。

 「業者が調べたところ、学校のホームページに一時間で千百三十万件のアクセスが殺到し、パンクしていた。二百万人がつながらない状態だったそうです」

 模擬試験に申し込んだ生徒について、受験業者から「外出自粛なら受けに来ませんよね。代金は返しますから」と、念押しするような連絡が入った。

■抗  議

 「教員によると、他校の部活動の顧問から『大会でおたくと対戦することになったら、うちは棄権する』と言われたそうです」

 暗に学校を非難する圧力が、教育関係者からもかけられた。

 生徒の「疑い」は晴れたが、同様に北米研修に参加した残りの五百五十三人の健康に不安があるとして、休校が決まった。問題は部活動だった。大会に出られない三年生は、「最後の試合」を迎えることなく引退することになる。

 「一部の生徒は泣きながら校長室に直談判にやってきた。保護者もです。つらかったが、周囲の状況を考えても(出場という)選択の余地はなかった」

 十二日、校長はホームページにメッセージを載せた。「声を大きくして訴えたい。すべての生徒、ご家族、先生方、学校そのものが被害者だったことを」

 疑いの段階で詳細を公表した厚労省横浜市、過熱した報道、ネットを介してパニックを増幅させた社会への、ささやかな抗議だった。

■不  安

 教諭によると、当該の生徒は「明るい性格。もう忘れたかのように振る舞っている」。心配されたいじめなども報告されていないという。

 新型インフルエンザは弱毒性と分かり、事態は沈静化しつつある。しかし-。

 「七月に米国、カナダの高校生を生徒の家庭でホームステイさせることになっている。どれだけ引き受けてくれるのか」

 保護者には予定通り実施する通知を出した。校長はまだ、どんな反応が返ってくるのか測りかねている。

見出しには

    “社会の暗部”が噴出
これが踊っています。そうなると記事は「社会の暗部」を抉り出している事になります。社会の暗部を抉り出す事自体はマスコミの使命とも言えますから、その行為は問題は無いのですが、私には何が社会の暗部であったかが少し分かり難い気がしました。ですので、精読しなおしながら何が「社会の暗部」であったかを再検討してみます。

事件は新型インフルエンザ騒動の初期にあった横浜の高校生の事件です。確か疑い時点での公表とか連絡に横浜市厚労省の間に見解の相違があり、舛添大臣がえらい剣幕の記者会見をされていた記憶があります。その時の高校側の実情取材と受け取れば良いようです。

まず「■犯人さがし」と題された小見出しの内容ですが、5/1の舛添大臣の深夜の記者会見の前に感染疑いの報道は為されていたようです。記事にも

「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」

 テレビの速報の断片的な情報

私はこの報道をリアルタイムで見ていたわけではありませんが、おそらく4/30の夕方からのニュースで報道されていたと考えられます。今よりも新型インフルエンザへの関心が段違いに高い時期であったかと思いますし、あの頃は「強毒性」の観測が十分強かった頃ではないかと考えています。つまり強毒性のメキシコ発の新型インフルエンザが日本に上陸すれば大変な事になると誰しも真剣に心配していた頃です。

そういう不安心理が強い時に疑い患者情報の報道は緊張感を高めます。今でこそ疑いどころか新型と診断されても、初期ほど大騒ぎになりませんが、それでもそれなりの騒ぎは起こります。当時の緊張感は今とは段違いであったかと思います。カナロコは「断片的な情報」としていますが、それだけの情報があれば地元の人間であれば特定は可能かと考えますし、特定したいの行動が起こるのはある意味当然のように感じます。

ここで記事の展開は4/30に報道された「断片的な情報」から舛添大臣が5/1の1:35の記者会見の5分前に、ネットで高校の特定がされてしまったとなっています。あんまり良い印象で書かれている様に感じませんが、それぐらいは今の時代なら当然予想される事だと考えます。記事が上げた高校のキーワードは2つで、

  • 横浜の私立高校
  • 四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行
これだけの情報だけでは特定が不可能と考える方がどうかしていると思います。いくら日本でもカナダに15日間も修学旅行に行く学校は限定されますし、横浜まで特定されたら、強毒性の新型インフルエンザへの関心や不安が高い時期なら高校まで特定されないほうが不思議です。ネットの検索力がそれぐらいあるのを知らなかったと言うのなら、正直なところ笑います。

さらに興味深い記述があります。

 「その十分後です。報道機関から(校長の)自宅に電話がかかってきた。それからほぼ十分おきに三、四件。私の電話番号まで、どこで調べたのでしょうか」

「その十分後」とは5/1の舛添大臣の記者会見が始まって5分後あたりの時刻で、ネットで特定情報が流れて10分後の事です。ここから推測される事は幾つかあります。あくまでも推測ですが、前日の4/30時点で速報で断片的な情報を流していた時点のマスコミは、あくまでも「どうやら」ですが、横浜市なりの報道発表の「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」以上の情報は把握していなかった事が考えられます。

可能性としては舛添大臣の記者会見までは伏せておく協定でもあったのかもしれませんが、そういう協定なら記者会見が終了するまでとかになりそうです。やはり校長の自宅の電話番号まで調べたのは、ネット情報で高校名が特定されてからと考える事は可能です。10分で調べた報道機関もあれば30〜40分必要であった報道機関もあったと思われます。

マスコミが敵視しているネット情報、それもおそらくマスコミが口を極めて罵るあの掲示板を、息をひそめて注目していたんじゃないかと想像するとかなりブラックな世界です。あくまでも推測ですけどね。その後のマスコミの行動はマスコミらしく壮大に派手です。

 校長がタクシーを飛ばして学校に駆け付けると、そこにはすでに報道陣約四十人が詰め掛けていた。アンテナを立てた中継車、上空にはヘリコプター。駆け付ける教員を、待ち構えたカメラが追った。

ネット情報の影響力も小さくはありませんが、マスコミ、特に巨大メディアにはまだまだ及ばないところがあります。中継者からヘリコプターまで動員されれば、この高校が特定された高校であることを日本中にアナウンスした事になります。そうなれば興味はその高校がどんな対応をするかを知りたいとなります。マスコミ報道だけでは足りないと感じれば誰でも考えるのは、

学校のホームページに一時間で千百三十万件のアクセスが殺到

それぐらいは残念ながら起こります。記事情報だけですが少し事実関係を整理すると、

  1. 横浜市新型インフルエンザ疑い患者の発生情報を入手した
  2. おそらく報道発表として「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」の情報を流した
  3. マスコミは報道発表そのままに「横浜の私立高校」「四月十日から二十五日にカナダへ修学旅行」の速報を流した
  4. ネットは2つのキーワードから高校を特定した
  5. マスコミはネットが特定した高校に殺到した
こういう展開ではなかったかと考えられます。この騒動の問題点は何かになります。後出しでもなんでもなく、あの時期に新型インフルエンザ疑い患者の情報が出れば騒動が起こるのは予期できたはずです。まったくの予想外の展開であったとの釈明はかなり白々しいと思います。そうなれば疑いから確定に変わるまで間は高校の特定は避ける方向で考えるべきではなかったかと思います。

新型インフルエンザ診断確定になれば感染予防の観点から公表もやむを得ない面が出てきますが、疑い時点では伏せるべきと考えます。伏せるための努力はどれほど為されたかと思います。新型インフルエンザの注目度からして発表すれば大々的に報道され、嫌でも世間の耳目を集めます。こういう時に人は残酷なもので「どこの高校」さらに「誰が」の情報を異常に欲します。その事をわきまえての情報公開であったかの疑問です。

高校が特定されたキーワードは記事では2つですが、これをもっと特定しにくくする機会は行政(横浜市厚労省)とマスコミの2段階があったと考えます。キーワードをもう少し伏せれば確定診断ぐらいまでは高校が特定されなかった可能性はありますし、確定診断後でもそれなりに騒がれたかもしれませんが、疑い段階よりはもっとマイルドであったんじゃないかと思います。

もっとも大阪の高校生が成田で新型の診断を受けた時にもかなりの反応がありましたから、騒動がなかったとは言えませんが、少しでもマシではなかったかと推測します。

それと高校を特定したのはどうやらネットのようですが、ネットの影響力は現段階では限定的です。いくらネットで騒いでも日本中が大騒動みたいな状態にはそう簡単にはなりません。決定的に日本中に広まったのはマスコミ報道が大々的に為されたからと考えるのが妥当です。ネットで高校が特定されても、マスコミ報道の裏打ちがないと噂レベルにとどまります。マスコミが大々的に報道した事が騒ぎを決定付けたと考えます。

マスコミ報道の影響は多大です。これも記事にありますが、

  • 模擬試験に申し込んだ生徒について、受験業者から「外出自粛なら受けに来ませんよね。代金は返しますから」と、念押しするような連絡が入った。
  • 「教員によると、他校の部活動の顧問から『大会でおたくと対戦することになったら、うちは棄権する』と言われたそうです」
  • 暗に学校を非難する圧力が、教育関係者からもかけられた。

ここまでの動きはネット情報だけでは無理です。やはりマスコミが裏打ちした「正しい情報」に基づく行動として行なわれたと考えるのが妥当です。ネットに暗部があるのは先刻承知ですが、ネットですらおそらくですが特定した高校の情報が正しかったと判断したのはマスコミ情報であったと考えます。マスコミが高校特定に速報ニュースの獲得に殺到しなければ、騒ぎはもっとマシになっていた可能性を考えます。


ネットが善と言う気はサラサラありません。ネットは善悪混合、玉石混交の世界です。価値のある情報も流れれば、誹謗中傷に近い意見も容易に飛び交う世界です。それでも記事のまとめの部分には違和感を感じます。

疑いの段階で詳細を公表した厚労省横浜市、過熱した報道、ネットを介してパニックを増幅させた社会への、ささやかな抗議だった。

ここで問題点として槍玉に挙げられているのは、

今回の騒動を段階として分類してみます。
    第一段階:行政、マスコミがヒントを与える
    第二段階:ネットが飛びついて問題を解く
    第三段階:マスコミが解答に飛びつく
    第四段階:マスコミ報道に世間が騒ぎ、さらにネットが騒ぐ
第一段階、第三段階は機関のお仕事ですから、特定の人間の意志でコントロール可能です。それに対し第二段階、第四段階はネットの社会としての特性から制御不能です。逆に言うと第一段階のヒントが難解であれば第二段階は生じません。また第三段階がなければ、第四段階の騒ぎはタブロイド紙の変態記事事件クラスでもあの程度です。

第二段階・第四段階は制御不能としましたが、これはネットの本質と考えています。ネットは統制された機関ではなく、情報交換を行なう単なる場です。「場」と言うと高尚ですが、不特定多数の人間が集まる巨大な広場みたいなものです。人はそこに参加することにより、様々な情報を得たり、自分の考えを発言したりします。要するに様々な噂話を聞き、会話を行ないながら自分の考えを決めるところです。

こういう比喩は別に目新しいものではなく、早くからネット空間はバーチャル世界と評されています。ネットも初期の頃はリアル社会と明瞭な区別のあるところでしたが、現在はそうではなく融合して分離できないものになっています。バーチャルもリアルも渾然一体となって社会を構成している状態に進んでいます。

ネットも社会の一部となれば、もはやネットだけを特別視するのは無理があります。ネットはリアル社会よりも伝達速度、伝達範囲が広いという特性を持っていますが、構成するのはリアル社会の人間に過ぎないという単純な事実です。ネットと言う社会があったから騒ぎが大きくなったと見ることは可能ですが、ネットと言うフィルターは必要が無いように私は感じます。

すなわち過熱した報道によって社会が騒いだだけであり、ネット時代前と異なるのは、ネット言う社会の存在により増幅効果が大きくなっている時代になったと言う事かと考えています。ネットは既に社会の一部に組み込まれており、これを排除する事は不可能です。ネットが組み込まれた社会に人は好む好まざるに関らず付き合う必要があるだけの様な気がしています。

ましてやネットの特性である増幅効果を人為的にコントロールしようというのはかなりの無理があるところです。増幅効果は長所にもなり、今回のように短所にもなりますが、残念ながら長所になるときだけ活用し、短所になる時はこれを抑制するみたいな使い方は到底不可能であると言う事です。つまり長所も短所も併せ呑みながら付き合わなければならないと考えています。

社会の暗部とは「ネットを介してパニックを増幅させた社会」と言うより、ネットが社会に組み込まれた事によって、社会の暗部もまた増幅される社会に確実に変質しているという事かと考えます。これまでは今回の過熱報道程度でも特定された高校の周辺に限定される騒ぎでしかなかったのが、ネットの増幅効果により日本中が注目する大騒動になるなるようになったと言う事です。

であるなら、社会の暗部を刺激する過熱報道のあり方が本当は問われるべきだと考えます。そういう社会に変わったのですから、それに対する対応を行なわなければならないと言う事です。個人的には旧来の特ダネ手法に暴走したマスコミ取材のあり方がどうであったかを検証すべきでないかと考えます。深夜に中継車を繰り出し、ヘリを飛ばし、大勢の報道陣が押し寄せる必要が本当にあったかと言うことです。

マスコミは強大な影響力、決定力がある事を今回の事件でも見せ付けています。その力をネットが組み込まれた社会で従来通りに振舞えば、どんな被害をもたらすかを知るべきかと思っています。


もっともマスコミに言わせれば、マスコミもまた多数の報道機関の集合体であり、一社の意志だけではマスコミ全体のコントロールは不可能と言う主張はあるかと思われます。マスコミもコントロール不能だから悪かったのは不用意な情報を提供した横浜市厚労省などの行政であり、マスコミはその報道発表を伝えただけで無責であるとのロジックは成立しそうにも思います。

ではでは、今回の騒動にネットが存在していなかったらどうであったかになります。行政サイドの不用意な発表から速報が流されるところまではネットの有無に関らず間違い無く行われます。

速報を流したマスコミの次のターゲットは高校の特定になります。その証拠に高校の特定に無関心なら、ネットが高校を特定した後の深夜に、申し合わせたように取材の申し込みが為され、申し合わせたように大取材陣が中継車、ヘリ付きでなんで押し寄せたかになります。校長が深夜にタクシーを飛ばして学校に到着したのは何時かは記事にありませんが、翌朝とか翌昼の話でないのだけは間違いありません。その頃にはマスコミの大集結は完了していたわけです。

これはネットの動きに関係なくマスコミが高校の特定に奔走していた明らかな傍証と考えます。強いて言えば報道各社がほぼ同時にネットの情報をつかみ、高校に殺到したので特ダネ、スクープにならなかっただけのように考えます。大臣記者会見開始されてからの5分後には校長に取材申し込みの電話が入るぐらいですから、いわゆる全力取材体制と言って良いかと思います。

ネットは無ければ、せいぜい騒ぎがもう何時間か遅れただけするのが妥当の様な気がします。今日は話がうまくまとまらずゴメンナサイ。