奈良県知事就任2周年記念インタビュー

なるべく引用元として避けているのですが、5/12付けタブロイド紙から順次引用していきます。内容は奈良県知事の2年間の県政を振り返るみたいな記事です。とりあえず見出しは、

    検証・荒井県政:就任から2年 医療と観光、今後も重点−−知事インタビュー /奈良
観光は鹿坊主で物議を醸した平城遷都1300年祭の事を指しているかと思われます。個人的に歴史好きですから、平城京跡に大極殿が再建されるのは楽しみですが、どことも財政厳しき折にペイするのかどうかを他人事ながら心配しています。イベントはかつての大阪万博のように当たれば収益事業になりますが、外れれば大赤字となり、その後の地方財政に大きな影を落とします。奈良県自体の財政はそんなに悪くないとも聞きますが、今回のイベントで傾かないように祈っておきます。

−−2年間を振り返って感想は。

 救急搬送や周産期医療の問題など埋もれていた問題が現れ、県政の課題を一つ一つ対応してきたという印象。やりがいがあるからやるというのではなく、いろんな問題が出てくるので次から次に対応しなければいけないという風に考える性分なのです。

なんせタブロイド紙の編集なので本当はどう話したかなんて完全に藪の内なんですが、額面通りに解釈すると興味深い発言です。救急や周産期での問題は、埋もれていたというより知事が気にしていなかった問題を、タブロイド紙が掘り起こしただけですが、それでも頑張って対応したとは仰られています。それはまあ良いとして、その対応の姿勢は、

    やりがいがあるからやるというのではなく
ここまで言ってよいものか不安に感じます。医療問題は知事にとって「やりがいのないもの」と公言していると受け取る人が出てこないか心配しておきます。さらにこれに続いて、
    いろんな問題が出てくるので次から次に対応しなければいけないという風に考える性分なのです
前段から合わせて考えると、やりたくもない厄介事が出てきたから「対応しなければならなかった」との解釈が成立しそうな気がします。本当にここまで言ったかは不明ですが、知事であるなら不得意分野でももう少し丸めて表現するものかと思います。そうですね、
    就任以来、救急搬送や周産期医療に関して新たな問題点が次々と出現し、懸命に取り組んできました。課題に関してはひとつひとつ取り組んでいく性分でして、着実に成果は上がってきていると考えています。
もし私ならこの程度の表現に留めますが、なんともです。

−−平城遷都1300年祭が来年に迫っています。

 就任1年目はメーン会場となる平城宮跡国営公園化に力を注ぎ、2年目は閣議了解を取ることに専念した。事業は当初より縮小したが、中国や韓国の地方政府要人を招くなど国際的な視点も取り入れ、志は高いイベントになった。経済状況を考えると、有料化にしなくて正解だった。

上では懸念を表明しましたが、集客にはソコソコ成功するかもしれません。理由はイベントの質と言うより、阪神なんば線の開通が大きいと思っています。従来は地元奈良と大阪が集客の大きなターゲットでしたが、これに神戸や播磨からの集客も期待できるようになったからです。姫路からの直通便でも運行してもらえればより効果的とも思います。神戸方面から奈良へは交通はやや不便でしたからね。

ただ「無料化」は集客効果に良いとは思うのですが、県としての費用の回収はどうなっているのでしょうか。大極殿なんか結構費用がかかってそうですけど、ちょいと心配です。

−−救急搬送や医師不足など医療問題が深刻化しています。

 大阪に依存体質があったが、やはり県内の患者は県内で救急医療を施すことを目標としたい。救命率の向上やがん死因率の低下など課題は残っているが、公立病院改革などとともに取り組んでいく。

 一番感じたことは、地域医療は誰が守るのかということ。医師の育成、病院開設の許可、医師の研修、誰が責任を持って医療を供給するのか。これまで明確でなかったため、県が責任を取ると仮に考えて、医療サービスの在り方について設計していこうと思う。

ここは打って変わって前段は見事な官僚答弁です。さらっと読むと医療政策で様々な成果が上がっているように感じますが、よく読むと、

  1. 救命率の向上は出来ていない
  2. がん死因率の低下もできていない
  3. 県内医療の大阪依存体質は変わっていない
  4. 公立病院改革はできていない
ちょっと表現がきつめですが、ここは出来ていないと解釈するのがよろしいかと思います。もっとも就任以来2年ですし、知事の関心は平城京遷都1300年祭に向けられていたかと思いますから無理もないところです。上のほうのインタビューでもあるように医療問題は知事にとって得意分野と言えない上に、県民に目に見える成果として広く見せ付けられないので、取り組みと言うか成果はこんなものとも考えられます。

前段だけで留めておけば良かったと思うのですが、残念ながら後段があります。ここは何を言っているのか真意を汲み取るのに苦労させられます。

    地域医療は誰が守るのかということ
哲学的な問いかけで、シチュエーションによっては幾つかの回答があるとは思います。ただ行政的には国の指針に従って県が作成する地域医療計画と言うのがあります。県の役割としては、その計画に基づいて県全体の医療整備に励むというのがあると思います。地域医療計画の作成や具体化についてどれだけ踏み込んだものにするかは行政の判断部分が大きく、その事をどう考えておられるのかに少し疑問符が付きます。
    医師の育成、病院開設の許可、医師の研修
ここですが、常識的に「医師の育成」は国の責任、「病院開設の許可」は都道府県の責任、「医師の研修」は国の責任でよいんじゃないでしょうか。
    誰が責任を持って医療を供給するのか
ここも開業医の問題はさておいて、公立病院とくに県立病院の責任は直接に県ですし、私立公立も合わせての病院を奈良県のために組織的に運用させる音頭取りは県の様な気がします。問題なく運用されているのであれば口を挟む必要はありませんが、課題があるのなら動く責任は素直に県にあると思うのですが、知事は深く悩んでいるようです。どうも悩んだ末に、
    これまで明確でなかったため、県が責任を取ると仮に考えて、医療サービスの在り方について設計していこうと思う
どうも就任以来2年間は県の責任とは「まったく」考えていなかったようで、就任して2年してやっと「仮に」の注釈付きで動こうかとされているようです。良かったですね奈良県の皆様、やっと知事が医療について動く気になったみたいです。

−−直轄事業負担金制度の廃止を求める声がありますが。

 奈良のように道路整備が遅れた地域にはありがたい制度。中止になったら、国が先行投資した地域と直轄工事が少なかった地域で差が出るため、(制度を維持して)国が責任を持って道路整備すべきだと考える。

直轄事業負担金制度は最近いろいろ言われているものですが、奈良県知事の判断としては奈良県にはメリットの高い制度と御判断されているようです。これについては詳しく無いのでこの程度で。

−−残り2年で重点的に取り組むことは。

 勢いが付いてきた医療と観光はこれからも取り組んでいく。そのほかでは、奈良での農業の在り方や農業者の生活を独自で考えていきたい。国はカロリー自給率の向上を目標としているが、耕作地の少ない農家や兼業農家を大事にするなど、県は国の下請けではないので県内の実情を見ていきたい。

奈良県の医療にどんな「勢い」がついてきたか私には意味不明なんですが、医療に加えて観光と農業に取り組んでいくとして〆られています。



記事全体の印象なんですが、知事の関心が平安遷都1300年祭に強いのは間違いありません。奈良県程度の行政規模なら渾身の一大イベントですから、奈良県庁が一団となって取り組んでいる大プロジェクトであろう事だけは想像できます。この手のイベントで転んだ事例を幾つか知っていますので、その点の懸念は書きましたが、もう完全に走り出してしまっていますから、成功裡に終わる事を願っておきます。

当然ですが知事もまたこのイベントに熱中しているようです。あくまでも推測ですが、このインタビューでも平城京遷都1300年祭のPRをドンとかましたかったのではないかと考えています。マスコミ取材で記事にしてくれれば無料の広告になりますから、前向きに取材に応じたとしてもおかしくありません。知事のお人柄によりますが、鹿坊主の帽子でもかぶってPRに努めたとしても微笑ましくはありますが、熱意は買える物です。

ここで「どうやら」ですが、知事のPRの意気込みとは別にタブロイド紙のインタビューの狙いは異なっていたように感じます。記事の配分を見てもわかるように、かなり医療の事に分量が割かれています。これが実際の知事の発言量に比例しているとは必ずしも限りません。つまりと言う程ではありませんが、知事が平城京遷都1300年祭のPRをやろうとし、タブロイド紙タブロイド紙が異様に熱意を傾ける奈良の医療のことを記事にしようとしたせめぎあいにも見えます。

知事の回答をよく読むと観光と言うか平城京遷都1300年祭については普通の回答をしています。十分な知識量に基づいての回答と見なしてよいかと思います。しかし医療についてはかなり迷走しています。建設運輸官僚出身の知事ですから医療が苦手と言うのは差し引いても、あまりにもの回答が目に付きます。これは知事の医療への関心を素直に表現したものと受け取る事も可能ですが、医療に関してそこまで突っ込んだ質問が出ることを予期していなかっためとも考えられます。

知事にすれば関心の低い、知識量も十分でない医療関係の質問に対し適当に答えただけの様な気がします。知事の思考が「そんな些細な事より平城京遷都1300年祭だ!」であったとしても不思議とは思いません。知事及び奈良県庁内の優先順位としては医療の位置づけはそんなものだとしても、今さら驚かないからです。

ただここまで知事を弁護しても、医療への関心の低さ、見識の低さはやっぱり少々問題かと思います。その程度の問題意識だから、綺麗にタブロイド紙に揚げ足を取られる記事を書かれてしまったと思います。タブロイド紙が揚げ足と思ったかどうかはわかりませんが、ネット医師世論への良質な燃料にしかならない記事を垂れ流されています。

忠告として、これが合同記者会見であるならやむを得ませんが、単独インタビューみたいですから、ちゃんと相手を選ぶ事かと思います。タブロイド紙以外でも程度は似たり寄ったりとは言え、タブロイド紙だけは避けたほうが賢明でしょう、とくに奈良では。

もっとも知事は大阪市八尾市生まれの大和郡山市出身で、高校も奈良女子大学附属高校卒業のようですから、関西人のDNAから受けを狙ったのかもしれません。しかし残念ながらその後の経歴が後天性に邪魔して、不完全燃焼に終わった可能性も多分にあると考えています。ギャグも天性のセンスとその後の修練が欠かせませんからね。どうせなら知事が鹿坊主の着ぐるみになり、周囲に平常遷都1300年祭の法被と幟を持った職員を林立させ、「それ以外は話さないぞ」の空気をプンプン漂わせてインタビューに臨めば内容が変わったかもしれません。