インフルエンザは続く

他の話題を書きたいのはヤマヤマですが、何を書いてもコメ欄の話題はインフルエンザになりそうなので、インフルエンザにします。

新型インフルエンザ対策は寝耳に水の突発事態とは言い難いものがあります。数年前から鳥インフルエンザによる新型インフルエンザの懸念があり、その時の対策は考えられていたはずです。発熱外来のシミュレーションと言うか訓練みたいなものも行なわれていたかと思います。つまり戦略としてどうするかを考慮する時間はあったはずだと言うことです。

もちろん会議室で考える戦略と現場の進行は必ずしも一致しないのですが、それでも一定の方向性と言うか基本戦略はあったと考えています。あった証拠にまず取られた戦術は、

  1. 水際作戦
  2. 発熱外来
おそらく水際作戦で極力阻止し、それでも侵入したものに対し発熱外来で国内の拡大を封じ込めようとする戦略と考えます。まあ、今回の新型は「どうやら」弱毒性の可能性が高そうなので、あれですが、ゴチゴチの強毒性であれば政治的に水際作戦を一切しないとは言えないでしょうし、弱毒か強毒か判明しない内も水際作戦を行なわないとは言えないでしょう。

日本は島国ですから、外国からの入国ルートは欧州や北米に較べると押さえやすいというのはあります。単純に考えると飛行機と船からの入国ルートを押さえれば机上では可能とは言えます。ただインフルエンザは感染力の強力な病原体ですし、最大限を見積もれば10日間の潜伏期を考慮しなければなりません。さらに発症後だけではなく、潜伏期であっても発症の前日ぐらいから感染能力を持つことになります。

船ならば航海日数を含んで考えれば、防疫はまだしも可能と考えますが、問題は飛行機です。水際作戦をより有効にするためには、根こそぎ10日間の隔離を一律に課せば効果的ですが、今回は行なわれていません。もちろんやろうと思えば、空港に隣接して巨大な隔離施設が必要ですし、それに対するこれまた巨額の費用が必要です。防疫施設に巨額な費用が必要でだけではなく、一律10日間の隔離に伴う経済損失もこれまた巨額なものが想定されます。

それだけやっても完全とは言えませんが、現在の「怪しそうな患者」をピックアップよりは水際作戦としては有効かとは思います。しかし、そこまでの対策は講じていません。講じなかった理由は種々あるでしょうし、私も講じるべきであったかどうかは今回の新型インフルエンザに関してはなんとも言えません。議論の分かれるところかと思っています。今後の議論として、強毒性であればそこまでやるかは大きな課題になるとは考えています。


今回の水際作戦の限界は日本初の確認例に現れています。実際に見つかった途端に、ポロポロこぼれている実情が出現しています。今回の確認例もより確実を期すならば、搭乗者全員の隔離が感染拡大防止のためには必要であったと思うのですが、そこまでは行なわれていません。機内の座席配置により感染の可能性のある搭乗者のみを危険視していますが、搭乗前の空港ロビーの段階から考えるとより完全とは言えないんじゃないかと思われます。

問題は「そんな事を言い出したら」の防疫レベルをどこまでするかの判断じゃないかと考えます。異論の多い水際作戦ですが、問題はやるならやるで、どこまで徹底するかの戦略ではないかと考えています。医学的に徹底したものを断行する気なのか、それとも政治的ポーズとして水際作戦もやってます程度なのかの判断です。末端の開業医レベルから見ると「ポーズでやってます」ぐらいにしか見えないのですが、本音はどうなのかです。

現在の水際作戦であれば必ずすり抜け患者が出現するのは言うまでもありませんが、そこまで織り込んで戦略を練っているのかと言うのが少し疑問です。今回は搭乗中に症状が出現し、これをたまたま発見されたので確認されましたが、症状がもう少し遅れて出現したら、発見は不可能であったかと思います。そうなれば既に日本に上陸している可能性も十分にあるということです。


水際作戦の事はこれぐらいにして、二段目の発熱外来システムはどう整備されているかの問題もあります。これも当初から混乱があり、今も続いていると言えますが、どんな対象の患者が発熱外来を受診するのかが問題です。これに関しても報道記事、大臣記者会見、厚労省事務連絡、医政局長談話などの情報が乱れ飛んで、現場としては対応に苦慮するところです。

状況に応じて対応を柔軟に行なうのは必要なんですが、現場の実感として猫の目対応に見えて仕方ありません。今朝も確認しようと思ったのですが、どうにも難しく、自信が無いのですが今のところの擬似症例の条件は、

  1. インフルエンザ様の症状
  2. 蔓延国への渡航
蔓延国とはメキシコ、アメリカ、カナダのようですが、医師なら誰でも考えるのはその他の国はどうなんだと、国内に紛れ込んでいる患者は本当にいないのかの疑問です。WHOの統計は国立感染症研究所の5/9付け確定症例数更新によれば、
素直に統計を見れば「スペインも危ないかな?」と思いますが、これも蔓延国への厚労省指定が無い限り、どうなるかの問題があります。さらに言えば欧州連合は基本的に水際作戦を取っていませんから、スペインから他の国に感染が拡大してもおかしくありません。現場として、そこまで考えるべきなのか、蔓延国の指定が無いからノーマークで良いのかも判断の難しいところです。


なんでもかんでも発熱外来に発熱患者を放り込めば、発熱外来がパンクするのは目に見えていますが、防護体制が不十分の開業医も含めた一般医療機関で対応すればどうなるかも難しいところです。発見でもされようものなら、報道陣が津波のように押し寄せて麻痺します。発熱外来を国内感染拡大阻止の防波堤にするのなら、もう少し目的を明確にした運用が必要かと考えます。

うちは完全に通常診療体制で、ごく普通に診察しています。もっとも国内蔓延状態になればどうなるかはわかりません。思うのは、今回は会議室で決めていた机上の防疫法を実行してみたシミュレーションみたいなものだと考えています。一方で近い将来に本番とも言える強毒性のインフルエンザの流行はあると考えています。

為政者が良心的であるならば、今回の対策を「おおむね良好」と統括して政治的に丸く収めるのではなく、実行上の問題点を現実に合わせて改善する事が必要だと考えています。そうできれば今回のドタバタは「失敗は成功の基」にできますが、自己満足で終われば「二の舞を舞う」の醜態を繰り返す事になります。個人的には今回の対応は課題山積と見ていますが、それは私だけではないと思います。