地方政治課題としての銚子

銚子の騒ぎはあのクラスの地方自治体経営病院の存廃問題が、地方政治にどう影響するかと言う点で注目しています。ごく簡単に病院問題を中心に今回の騒動の経緯をまとめてみると、

  1. どうやら前々市長時代から病院問題はあったらしい
  2. 前市長(リコールされた市長)は病院存続を掲げて前々市長を破った
  3. 前市長も結局のところ病院廃止の方向に転換し、議会で決定された
  4. リコール運動がおこり前市長は失職
  5. 出直し市長選が始まる
この前市長が当選した時の記事が2006.7.24付千葉日報ウェブに残されています。

岡野氏が初当選/銚子市長選 投票率57・13%

 任期満了に伴う銚子市長選は二十三日投開票が行われ、前中学校長の岡野俊昭氏(60)が現職の野平匡邦氏(58)、前市議の石上允康氏(61)=いずれも無所属=を破り、初当選した。投票率は57・13%で前回の64・01%を下回った。

 長塚町の選挙事務所には開票作業の始まった夜九時すぎから続々と支援者が参集。当選確実が伝えられると緊張したムードは一気に和み、拍手と歓声が沸き起こった。

 岡野氏は三十八年間に及ぶ教員生活で送り出した教え子などの後押しを受け、「人と人との心を大事にしながら信頼の回復、透明な市政を実現したい」と真っ先に出馬表明。市内全域でミニ集会を開くなど他候補に先んじて浸透を図った。

 選挙戦では『信頼と絆による名門銚子の復活』を掲げ、郷土への愛情育成、医療・福祉の充実などを訴えた。連合の推薦、元教員の強みに加え、マラソン小出義雄氏を二度に渡って招きトークセッションを行うなど、知名度アップに努め、激戦に終止符を打った。

 野平氏は公約の大学設置は果たしたが、利子含みの補助金八十四億円はすべて市民負担となり、調整手当廃止では専決処分という手法に議会、職員労組が反発。その後も強引ともいえる市政運営で亀裂を深め、知る会便り、市立病院問題で生じた不信感はぬぐい切れなかった。

 石上氏は前回市長選で野平氏を応援。しかし合併破たんを契機に不信感を深め出馬を決意。同じく離反した市民グループや市職員OBなど批判勢力を結集。財政、市立病院、福祉の危機のストップ、広域行政による市政の立て直しなどを訴えたが、及ばなかった。

前々市長が敗れた原因は、

平氏は公約の大学設置は果たしたが、利子含みの補助金八十四億円はすべて市民負担となり、調整手当廃止では専決処分という手法に議会、職員労組が反発。その後も強引ともいえる市政運営で亀裂を深め、知る会便り、市立病院問題で生じた不信感はぬぐい切れなかった。

まとめると、

  1. 公約の大学誘致のために84億円が市民負担となった
  2. おそらく財政再建のための調整手当廃止を巡って議会と、職員労組と紛糾
  3. 市立病院問題でなんらかの問題を起こしていた
ネット医師には肝心の病院問題の中身が分からないのが残念ですが、存廃に関る問題であっただろう事は前市長の公約から推測されます。それと気になるのは大学誘致のための84億円が銚子市程度の自治体の財政にどんな影響を及ぼしているかです。H.18.11.1付「銚子市の財政状況と今後の対応について」と言うのが銚子市のHPにあります。そこにわかりやすいグラフが掲載されています。
これを見ると平成17年までは健全財政だったようにも感じますが、これにも説明があり、

 これまでの銚子市の財政は、国からの交付金で成り立ってきたといえます。しかし、国の三位一体改革などの制度改正により、国からの交付金の大幅な減少が見込まれています。

 さらに近年の借入金の増大に伴う返済金の増加などにより、市の財政状況は、今後、急速に悪化することが予測されています。

 平成19年度以降は、市の支出(歳出)が収入(歳入)を上回る、いわゆる赤字が見込まれているのです(次の表で示されている市の収入と支出のうち、平成14年度から18年度まで、収入が支出を上回っているのは、主に市の貯金で収入の不足分を補っていたことによるものです)。

どうやら財政調整基金を取り崩しながら支えていたようですが、これも

 ところが、銚子市の場合は、ここ数年の大幅な収入不足により、この積立金が底をつきかけており、このまま推移すると、平成19年度末には無くなることが見込まれています。

 今後、赤字が見込まれても収入の不足分を補えない状況にあります。

詳しい事はわかりませんが、もともと財政が苦しくなっているところに大学誘致をかなり無理して行なったため、貯金(財政調整基金)がスッカラカンになっただけではなく、借入金の返済のために完全な赤字財政に陥っていると解釈しても良さそうです。あくまでも外野から見ると、大学誘致のための投資のために病院を維持する余裕が銚子市になくなったと見ることも出来そうです。

別に大学誘致と病院維持を天秤にかけて出費を行なったわけではないでしょうが、結果として大学誘致の投資のために市民病院維持が厳しい状態に陥ったと見ることも可能です。舞台裏はそんな単純じゃないでしょうが、銚子市の財政規模・財政事情からすると84億円は大きな影を引いているように思えます。でもって銚子市の財政状況は、

 上下水道や病院などを含んだすべての市の借入金の累積残高が、平成17年度末で約553億円に上っており、この借入金に対する返済金(公債費)が、今後増大することになります。

 千葉科学大学への補助金交付のための借入金(約70億円)と、保健福祉センターの整備のための借入金(約23億円)の全額について元金の返済が開始される平成20年度をピークに、多年にわたり多額の返済金が必要となります。

自治体会計には詳しくないのですが、200億円少々の歳入規模の自治体に553億円の負債は大きいと思います。銚子市のリポートの負債額と記事の負債額に差がありますが、

  • 千葉科学大学:借入元金69億5,630万円と利子を合わせた返済予定額 84億8,301万7,722円を平成17年度から37年度までの21年間で返済予定
  • 保健福祉センター:借入元金22億7,580万円と利子を合わせた返済予定額 24億6,956万7,357円を平成16年度から32年度までの17年間で返済予定
この負債が銚子市については早急の事になるようで、あわせて109億5,258万5,079円になり、当面の返済額は、
    ○平成19年度 4億5,078万2,298円
    ○平成20年度 7億6,223万 615円
    ○平成21年度 7億5,220万3,536円
    ○平成22年度 7億4,217万6,457円
    平成23年度 7億3,214万9,378円
こういう感じだそうですが、もちろんこれ以外にも借入金400億円以上はあるわけで、財政的に苦しい事だけはわかります。それとあくまでも私の気のせいだと思うのですが、病院会計への財政援助もこれぐらいの金額だったと思うのですが、自治体の予算を読んでもどうなっているかよく分からないので、あくまでも「そんな気がする」にしておきます。


そういう財政状況なのですが、病院問題で火を吹いたリコール運動により市長は失職しました。こういう苦しい財政の建て直しも焦点になるはずですが、リコール運動の流れからの出直し市長選ですから、病院問題が一番の焦点になるかと考えます。候補者はなんと6人も出たようで、4/21付読売新聞

銚子市長選に6氏、リコール派も3分裂で市民は困惑

 千葉県銚子市立総合病院の休止に端を発した出直し市長選(5月10日告示、17日投開票)は、21日に6人目が出馬表明を予定し、顔ぶれがほぼ固まる。

 解職請求(リコール)による住民投票で失職した前市長らのほか、リコール派は分裂し3人が名乗り。病院再生を全員が訴えるが、手法に違いが見えにくく、市民らに困惑も広がっている。

 立候補表明しているのは、前市長・岡野俊昭氏(63)、元市長で弁護士・野平匡邦氏(61)と、リコール派から市民団体代表・茂木薫氏(58)、市議・石上允康氏(63)、元市立病院医師で千葉科学大准教授・松井稔氏(45)の3人。学習塾経営・高瀬博史氏(59)は21日に出馬会見する予定。リコール派の3人は、「考え方に違いがある」などとし、一本化の動きはない。

 各人が主張する病院の運営方法もさまざまだ。

 岡野氏は、自治体が設置し、民間の指定管理者が運営する「公設民営」を主張。野平氏は「全国規模で病院を運営する医療団体」を念頭に置く。茂木氏と石上氏が自治体主導の「公設公営」を掲げ、松井氏は「独立行政法人」を唱える。だが、市民からは「どの方法がベストなのかよく分からない」との声も。5月1日には公開討論会も予定され、今後、議論が熱を帯びそうだ。

 リコール運動を支援した無職女性(67)は「リコール派の分裂に戸惑っている。圧倒的な支持を得た新市長に、街の危機を救ってほしい」と話している。

6人の候補をちょっと色分けすると、

氏名 グループ分け 病院再建手法
茂木薫氏 リコール派 公設公営
石上允康氏 リコール派 公設公営
松井稔氏 リコール派 独立行政法人
岡野俊昭氏 前市長 公設民営
野平匡邦氏 前々市長 全国規模で病院を運営する医療団体
高瀬博史氏 無所属 記事になし


「公設公営」とは銚子市が従来のように直営で病院を維持する形態かと考えられます。「公設民営」とは指定管理者制度を念頭に置いてのものじゃないかと推測します。「独立行政法人化」は病院が自立して経営する方針と思います。「全国規模で病院を運営する医療団体」はどこかの医療法人に譲渡する手法を念頭に置いている様に解釈します。記事が簡略なので誤認があるかもしれませんが、そういう解釈の前提にします。

とりあえずですが、病院が再建されても従来の形態では黒字経営になるとは思われません。黒字になるぐらいなら廃院にしたりはしないはずです。現在の医療経済からしてほぼ確実に赤字になります。何故かは長くなるので今日は流します。そういう点から考えると、公設公営にしろ公設民営にしろ銚子市の財政負担は余り変わらないかと思います。独法化も似たり寄ったりでしょう。

そうなると譲渡が財政的には現実的になりますが、譲渡された方は黒字経営を当然目指しますから、従来の銚子市民病院とはかなり診療内容が変わることになります。それより何より、買い取ろうとする医療法人があるかが問題なのですが、その辺の腹積もりは記事では不明です。それと記事からはわかりませんが、病院の規模は廃院前と同じものを主張していると思われます。夕張のように縮小を主張すれば選挙には勝てません。下手するとさらなる拡張充実を訴えていても不思議ありません。それもひっくるめて、もし譲渡先に展望があるのなら前々市長の主張が一番現実的なります。

病院経営と財政負担と言う側面から考えると、

    病院譲渡再建 vs 市の負担による再建
こういう色分けも考えられます。譲渡再建が現実的としましたが、あくまでも外野から見ればですが、せっかく廃院まで持ち込めたのですから、他の選択枝として「このまま廃院」ないし「縮小して旭のサテライトとして再建」みたいな主張が市民に提示されても良いとは思います。もっともリコール運動の熱気が残る中でそんな主張をしても支持は集まらないでしょうから、市長選に勝つ気なら口が裂けても主張はしないでしょうが。


ここで病院にのみ焦点を絞ればこういう展開になるのですが、違った面もありそうな気がします。前回の市長選は、

    岡野俊昭氏:13235
    野平匡邦氏:12756
    石上允康氏:9041
今回も出馬しているこの3人の構図ですが、岡野氏と野平氏は直接の遺恨です。石上氏は野平氏が前々回の市長選で勝った時の後援会幹部であり、この選挙では対立候補になっています。岡野氏と野平氏の得票差は500票ほどですから、石上氏が裏切らなかったら野平氏の再選も十分可能性があったと考えられ遺恨含みです。岡野氏と石上氏は、石上氏がリコール派ですから遺恨テンコモリです。

どうもなんですが、石上氏の行動に興味を惹かれます。前回選挙の結果を考えると、石上氏が野平氏を支持すれば勝った可能性は十分あります。また岡野氏が立候補しなければ石上氏が勝った可能性もあります。そして今回は反岡野としてもよいリコール派です。政治姿勢の変遷は、

これは事情がわからないだけで、きっと一貫した政治信念の下かと考えております。

実はと言うほどのことは無く常識なんですが、地方選挙で二分、三分の激戦をやらかせば、その地方に深刻な後遺症が残ります。これは地方になるほど地縁血縁の選挙になり、地方ほどとくに強くなるので、選挙後にわだかまりが残ります。これは感情的な面だけでなく、実際の利権と結びついて怨恨を深めます。これの根が深くなれば、勝ったほうは利権死守、負けたほうが利権奪回の構図になり、泥仕合が繰り返される構図です。

ですから前回市長選を争った三氏とリコール派の残り二氏とその他一氏の構図とも見ることは出来ます。ただなんですが、誰が勝ってもあの財政状況ですから、本当に病院が再建されるかどうかは少々疑問です。財政もそうですし、ネット医師なら根本的な疑問である、医師や看護師が集められるのかも不安が一杯です。そこも再建にあたり肝心の点ですが、こういう展開になるとバラ色の公約合戦になるでしょうから、火種を残したまますべては選挙後になるのでしょうね。