小山が小鳴りしてネズミ二匹が反省する

昨日の送検を考えてみるの続編です。まずは個人的な知識の整理の意味も込めてのおさらいと思ったのですが、全然コンパクトにまとまらなかったので、おさらい部分を第1部として今日の本題部分を第2部にします。昨日のを読んでられる方は第2部からよろしくお願いします。

第1部
まず警察の犯罪捜査の始まりの理由です。ある出来事があり、これに対し犯罪性・事件性があると判断したら捜査に着手します。刑事ドラマなどでお馴染みのシーンです。もう一つは犯罪が存在している考えられている方の告訴告発でも捜査を開始します。これは刑事訴訟法の、

第239条

 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。

 2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。

第240条

 告訴は、代理人によりこれをすることができる。告訴の取消についても、同様である。

第241条 告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。

 2 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。

ごく単純に言えば、誰かが「あいつは悪い事をしている」と警察に訴えでれば、警察は捜査を始めなければならないとしても良いと考えます。実際はそう簡単に進むわけではなく、とくに口頭での告訴告発の場合、警察が話を聞いて「捜査に値しない」と判断した場合には、これを「相談」「被害届」とみなして受理しない事が多々あるようです。そうしないと警察の仕事が膨大な量になりますから、運用の知恵としても良いかと思います。もちろん捜査の価値があると判断したり、書面申し入れで「相談」「被害届」として交わせない時には受理となって捜査が開始されます。

警察が捜査を開始すれば次に手続きも定められています。これも刑事訴訟法にあり、

第242条

 司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

第246条

 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

読めばお分かりのように

捜査開始理由 検察官送致
告訴告発 必ず送検
警察の判断による捜査 原則送検で一部に例外規定あり


一部の例外規定についてはtadano-ry様から、

  1. 昭和二五年検事総長通牒「送致手続の特例に関する件」に基づいている。
  2. 対象となる犯罪は


    • 成人の軽微な犯罪であること。
    • 逮捕(ただし現行犯は別)や告訴・告発・自首事件などは除かれる。
    • 被害僅少かつ犯情軽微な財産犯で被害の回復が行われていること。
    • 被害者が処罰を希望していないこと。
    • 素行不良でない者の偶発的犯行で再犯の虞のないものであること。


    のすべてを満たすこと。


  3. その他に、軽微な賭博で共犯者の全てについて再犯の虞のない初犯者の事件、地方によって検事正が特に指定した罪種(軽微な暴行・傷害など)なども含まれることがある。

ここでも「告訴・告発・自首事件などは除かれる」と明記されているのが確認できます。これに補足するように法務業の末席様からより具体的に、

刑訴法246条の但し書きにある「検察官が指定した事件」とは次の5罪に限定されます。

  1. 賭博の罪(刑法185条)
  2. 窃盗の罪(刑法235条)→236条以下の強盗の罪は対象でない
  3. 詐欺の罪(刑法246条)
  4. 横領の罪(刑法252条、254条)→253条の業務上横領は対象外
  5. 贓物の罪(刑法256条)

道路交通法の例外規定についてはここでは省略させて頂きます。細かい例外規定はありますが、

    警察の捜査は刑事訴訟法に基づいて行われ、捜査が終了すれば原則として必ず送検される
では送検された案件がどうなるかと言うと、送検された検察官が起訴するかどうかを判断します。これには広い裁量権が与えられており刑事訴訟法に、

第248条

 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる

送検されても必ずしも起訴されないというより、かなりの起訴されない送検案件があるとしても良いと言っても語弊はないと考えます。ただ、こういう送検のシステムについて多くの人は十分な知識を持っていません。私も最近まで不十分なものがありました。一般的な送検についての受け取り方は、

    警察で捜査された上で、有罪の証拠が固まったので送検された
つまり犯罪捜査とは、ある出来事があったときに
    第一段階:警察が事件性・犯罪性があると判断して捜査を開始する(告訴告発も同じ)
    第二段階:捜査の結果、事件性・犯罪性が無ければ、警察段階ですべて終了
    第三段階:証拠が固まったものを警察が送検
    第四段階:検察官が起訴を判断
幻に近い第二段階の存在を強く意識していると考えています。しかし昨日今日と読んで頂いた様に第二段階は法律上存在しません。捜査したからには送検するというのが警察に課せられた役割であり、法の番人の一角である警察はもちろんこれを守っているのが建前です。
第2部
ここまでは表のお話です。告訴告発でも案件によっては受理に難色を示す事がありますから、警察の判断である捜査であっても同様の事が無いとは言えません。法律上は捜査を始めてしまえば、すべて送検になってしまいますが、それでは送検数が余りに多くなります。送検数も問題ですが、実務上も「犯罪の臭い程度だが、怪しいので念のために調査だけしてみよう」もすべて送検になってしまいます。

この日本の警察の捜査の定義については法律的には様々な議論や解釈があるようで、素人では難しすぎるのですが、上述した刑事訴訟法に基づくものは正論ではありますし、これに基づくものはとりあえず何の問題もありません。問題は刑事訴訟法に基づかない捜査活動も現実としてある事です。言ってみれば非公式の捜査活動みたいな形です。非公式と言うのはあくまでも刑事訴訟法に基づかない捜査とぐらいに解釈してください。

警察の内部事情なんて詳しくないので、あくまでも推測ですが俗に言う「内々の段階」であるとか「調査段階」みたいなものと考えればよいでしょう。公式の捜査ではないが警察の治安活動の一環として情報収集を行なっているとの表現でも、そんなに的外れではないと思います。実態的には公式の捜査も非公式の捜査の境界線上は極めて曖昧で、警察内部的には連続したものであると扱われているかもしれません。

個人的にはそういう現場の融通は必要かと思います。杓子定規に刑事訴訟法に基づいてのみ捜査していたら、現場は非常に窮屈でやり難いと思います。そのために現場で積み重ねられた知恵の集積がそういう運用になっているのだと理解します。ただ法の番人の一角として表沙汰にして言うべきことではないとは考えます。公式の場でそういう捜査活動の法的根拠をトコトン問い詰められると、かなりややこしい問題が発生するだろうからです。

ここでロハスメディカル川口氏の本音と建前を引用します。

    前者の例で言うと
    強制捜査に着手したならば必ず送検しなければなりませんので
    警察が「任意」の形で捜査を行っていることは往々にしてあります。
    だから、その実態に即した記事です。
    ただ、これは法の趣旨から言うと脱法行為であり
    それを記者が、当然のこととして扱ってしまったら大問題だと思います。
    これまでは一種、メディアと警察との間の共犯関係として
    見て見ぬふりで留めていたレベルの話ではないでしょうか

川口氏の主張か本当かどうかの真相なんて確認しようがありませんが、川口氏の口調からするとマスコミの警察担当者の間では公然の秘密と言うより周知の事実に近いものであると考えてよいと思われます。秘密は秘密でしょうが、誰にも漏らしてはならないほどの機密ではなく、そういう事も警察にはあるから含んで考えておく知識みたいなものと思われます。

ここで川口氏の言われる前者とは3/10付読売新聞

 ただ、警察はすべての医療事故を書類送検するわけではない。重大な事故でも、反省し、再発防止策が取られていれば、書類送検されないケースもあるという。

この部分です。警察担当経験のある記者なら、警察の「情報収集」段階で送検に至らない「捜査」があることは常識であり、送検になるという事は「もう一段扱いが重くなっているのだぞ」は、「実態に即した記事」であるとの解説です。上記した第二段階は実態としては存在すると言う事です。驚くほどのものでなく、現実問題としてはあってもさほど不思議はありません。

ただそれは川口氏も感想として漏らされているようにあくまでも実態であり、実態は裏の事であり、表に出して吹聴する性質のものではない事になります。ですからマスコミサイドとしても、

    ただ、これは法の趣旨から言うと脱法行為であり
    それを記者が、当然のこととして扱ってしまったら大問題だと思います。
警察も送検しない捜査案件が存在するとは絶対に言わないと思います。内部処理は様々でしょうが、警察内部で送検せずに処理している案件があるとなれば、これは大問題になるからです。そういう事情は警察担当のマスコミも従来は十分把握していて、せいぜい「送検されるような問題である」ぐらいの表現に留めています。言外に「他にも送検されない案件があるにも関らず」の意味を込めながらです。これ以上言及すると警察の刑事訴訟法違反疑惑が浮上するからです。

ところがその一線を踏み越えてしまったのが、今回の読売記事になるかと思われます。裏を表に返して記事にしてしまったと言う事になり、結構な「誤報」になるかと考えます。記者にすれば実態として誤報でないとしても、警察的には絶対の誤報です。もっとも釈明は簡単で、例えば「警察と検察の役割を混同していた」ぐらいで必要にして十分で、これで表は十分に取り繕えます。一番ありそうなのは、このまま何も触れずに流してしまう事です。

川口氏の次の言葉も参考にすると、

    これまでは一種、メディアと警察との間の共犯関係として
    見て見ぬふりで留めていたレベルの話ではないでしょうか
これも含めた誤報の見方ですが、
  1. 法律解釈論の正論からすれば、警察捜査の違法行為を吹聴する大誤報
  2. マスコミの警察担当からすれば、言ってはならない事を公然と記事にしてしまった誤報
  3. 警察からすれば、マスコミとのこれまでの信用関係にヒビを入れる許し難い誤報
誤報がいかに実態に即していようとも、警察相手にほぼ絶対に裏付けが取れない誤報として扱われるという事です。それとこれは昨日のコメントのmoto様の指摘ですが、

送検した多くの事件のうち、「今日はこれとこれを送検しました」とプレスリリースする警察の基準

あらためて読売記事を読み返していたのですが、今回の送検はどうもプレスリリースはされていないように考えられます。送検されたのが「わかった」経緯の下りですが、

1月末、県警の捜査員から、書類送検の準備が整ったという報告を受け

後の記事を読んでも定番の警察側のコメントがありません。ですからプレスリリースではなく、遺族への連絡だけしかなかったと考えられます。あれだけ遺族に同情的な記事であるにもかかわらず、わざわざ「解説」まであげて

「明確な過失の立証には至らなかった」。・・・(中略)・・・心臓外科医ら7人の専門家の意見では、明確な過失が裏付けられなかったとする意見を付したうえで、医師を書類送検し、処分を水戸地検の判断にゆだねた。

遺族に同情的な記事であるから余計にこの部分は信用できるかと思います。つまり警察は送検は行なったものの、この案件が起訴されることはまずないとの判断を行なっていると考えられます。警察的には送検して起訴されなかった案件は公表したくないもののはずです。逆にプレスリリースまでして公表するものは、事件の注目度に加えて「これは絶対に起訴してね」の検察へのアピールも含まれると考えます。その辺の推測は法務業の末席様からもコメントを頂いているのですが、

警察はこの医療事故の捜査結果について、積極的に情報発信したくないし、マスコミに話題にされたくないと考えている。この記事は結果的に警察の意図とは逆の方向に、記者が誘導してまとめていると、私には受け取れるのです。

警察の遺族への対応は「業務上過失致死できちんと送検しました」と報告する事で、これが検察で起訴されなくとも警察の仕事の範疇から脱します。検察が起訴しなければ遺族の怒りは検察に向い、場合によっては検察審査会なりへの運動になるかもしれませんが、警察の仕事ととしては終了します。警察にすれば遺族の怒りも配慮しながら軟着陸して欲しかったのでしょうが、読売記事が妙な方向に書きたてて困惑しているのが本音の様な気がします。


この辺は推測がテンコモリなんですが、この誤報の幕引きとしては、警察もマスコミも事を大きくしたくないでしょうから、何も反応せずに時が過ぎるのを待つ事になりそうです。あるとすれば記事を書いた記者と、それを通したデスクへの内部的な大目玉ぐらいでしょうか。大山と言う程ではなく、ほんの一部が反応して鳴動し、ネズミ二匹が反省するぐらいの顛末になりそうです。