要請と照会

「たらい回し」と言う言葉に医療関係者の反発は強いですが、マスコミも全部ではないですが使わなくなりつつあります。ちなみに「たらい回し」の公式の用語は「救急車による転送」であり、現在使われている電話で搬送先を何ヶ所も当たることを「電話による転送」としています。

「たらい回し」が減ってきた代わりに登場したのが「入院拒否」です。個人的には「たらい回し」と同等の嫌悪感を抱く言葉ですし、同様の不快感を抱く医療関係者は多数おられます。「入院拒否」は悪意のニュアンスをもって使われる方もおられるとは思っていますが、一方で日本語的にはある言葉に対応している部分があると考えています。

「入院拒否」は「搬送要請」に対する回答として用いられます。もう少し単純化すれば要請に対する「No」の回答として「拒否」が使われています。要請と言う言葉の意味は、

必要だとして、強く願い求めること。

用例として思い浮かぶのは「応援を要請」とか「援軍を要請」とか「援助を要請」みたいな使い方です。「お願い」の一種ですが、ニュアンスとしてかなり強いものがあり、強さとしては要求に近いもの、ないしは要求に次ぐぐらいの感じがあります。もう少し言えば、要求は立場が対等の時に相手に求める時に用いられるものであり、要請は行う方が下目もしくは下手にあるものとして強力に「お願い」する時に使うと考えます。

強力な「お願い」であるので、その回答も強いニュアンスにならざるを得なくなります。回答の基本姿勢は諾否です。Yesなら「応諾」になりNoなら「拒否」が対応上バランスがよくなります。ごく一般的にも要請にNoの回答を行なうときには、

    要請を拒否
こういう使われ方をします。強力な「お願い」にNoをする時には、それに相応しい強力なニュアンスを込める必要があるということです。もう少し付け加えると「要請」を使ってのお願いはこれにNo回答をされると要請を行なったものは苦境に陥る意味も含まれており、苦境に陥るのを分かっていながらNo回答を強い意味を込めて行なうときに、No回答を行なったものにしばしば強い負のイメージが印象付けられます。

ここで救急隊ないし医療機関からの搬送の「お願い」ですが、これが要請とするのが正しいかどうかです。今日は救急隊で考えてみたいのですが、病院への搬送の前に救急隊は病人から救急要請を受けます。病人からの救急隊への「お願い」は要請で正しいかと思います。病人は急病で困窮しており、また日本の救急隊は原則として100%応需ですから要請に対し「拒否」回答はありません。要請内容が正当であれば必ず救急隊は要請に応えなければなりません。

では救急隊が医療機関に搬送を依頼するときにも「お願い」は「要請」なのでしょうか。医療機関にとって救急搬送は突発事態になります。救急隊も当然の事ながら、搬送候補の医療機関のその時の本当の内情は知る由もありません。内情とはとくに時間外になりますが、その時の医療機関がどれだけの医療資源を使う事が出来るのか、どの範囲の重症度なら対応可能なのかを正確には把握していません。

もちろん救急隊もある程度の情報は知っています。空床情報や輪番当番、さらには24時間の救命救急センターとしての情報は持っていますが、それ以上の情報は流動的で常にリアルタイムで把握するのは困難です。ですから救急隊は自らが持つ情報で「適切そうな医療機関」に問い合わせする事になります。あくまでも「適切そうな医療機関」ですから、救急隊の判断も時に的外れである事があります。

私はしけた診療所を経営していますが、そんなところにも平日の昼間に「子どもが鉄棒から落ちて痙攣しているから、搬送しても良いか」みたいな救急隊からの問合せがあった事があります。これに対し、検査機器も、入院設備も無い診療所では対応は不可能だから病院に行ってくれと返答しました。これも現在のマスコミの書かれようなら「診療拒否」になってしまいますが、誰が考えても搬送先医療機関として不適切なのは明白であり、救急隊が「適切そうな医療機関」の選択を誤っただけのことです。

要請と言う言葉を使うときには、要請相手が絶対に間違っていないの前提があると考えています。たとえば「援軍を要請」では、前線の部隊が苦戦し、援軍を求めるのはその司令部しかありません。他のところに「お願い」するのは筋違いで間違いです。救急隊が搬送先を探すのはあくまでも「適切そうな医療機関」であって、要請相手が間違っていないかどうかは「お願い」時点では確証が無いという事です。

では救急隊の「お願い」が「要請」でなければ何になるかです。「お願い」先が「正しくない」可能性を含む「適切そうな医療機関」ですから、要請でなくこれは照会とすべきものであると考えます。照会の意味は要請とはかなり異なります。

問い合わせて確かめること

救急隊が「適切そうな医療機関」として選択したところが本当に正しいかどうかの確認・問合せ作業を行なっていると考えます。救急医療の逼迫により、救急隊と医療機関の連携が強く求められていますが、これが目指しているものは救急隊が「適切そうな医療機関」を選択する精度を高めようとしていると思っています。不必要な問合せを減らす事により、病人を少しでも早く適切な医療機関に搬送しようとの考え方です。

不必要な問合せには2種類あります。

  1. そもそも病人には不適切な医療機関に問合せを行なった
  2. 医療機関が応需出来る状態ではないのに問合せを行なった
北海道新聞が掘り起こした去年の「たらい回し」事件でも、消毒中でNICUが使えない北大病院に問合せをしたり、未熟児対応が無理であるKKRや札幌徳洲会に問合せを行なったのは「不適切な医療機関への問い合わせ」になるかと思います。これらの問合せは要請ではなく照会です。救急隊サイドは「適切そう」と判断しましたが、照会してみると不適切であったという事です。


クドクドと長くなりましたが、救急隊が医療機関に行なっているのは要請ではなく、あくまでも照会であると考えます。照会のニュアンスは上記したように「確かめる」です。喩えとして適切かどうかわかりませんが、急に重要な接待が必要となり、急遽食事する店を探すような状態と思えば良いかと思います。接待する側にとって接待される側からのこれは要請です。ここで接待する相手によって店の食事内容、店の高級度は決まります。それに応じて接待する側は「適切そうな店」を探します。

グルメガイドなり、ネットなりで情報を集めて問合せを行ないますが、ここでは店に要請するわけではありません。接待したい内容を店に伝え、その内容を店が受け入れられるかどうかの問合せ、つまり照会を行う事になります。急な事ですから、店も要求する食事内容、または座席や座敷の確保が出来ない時は当然あります。また照会してみると接待に相応しくない店である事がわかる事もあります。

人命の関る救急と接待の食事を同列に例えるのは無理もありますが、本質は類似しているかと思います。どちらもまず絶対の要請があり、これに対し要請に相応しい場所を照会して見つけ出す作業であるからです。


救急隊の搬送の「お願い」が要請ではなく照会であるなら、これに対する返答も変わります。要請は強力な「お願い」ですから、返答も強力なものがバランスとして必要になりますが、照会なら基本は「問合せ」ですから、もっと柔らかなものに変わります。照会の返答に「拒否」は不釣合いであり、せいぜい「不可能」「不能」ぐらいの表現になります。

ではではになりますが、救急隊が行なっているのが要請であるか照会であるかです。これは平成20年版消防白書の一節ですが、

当該調査によって、例えば〔1〕の重症以上傷病者搬送事案において、医療機関に受入れの照会を4回以上行った事案が14,387件あること、地域別の状況をみると、首都圏、近畿圏等の大都市周辺部において照会回数が多く、4回以上の事案の占める割合が全国平均(3.9%)を上回る団体(10都府県)における4回以上の事案数が、全国の事案数の85%を占めるなど、選定困難事案が一定の地域に集中して見られる傾向があることが判明した。また、受入れに至らなかった主な理由としては、処置困難(22.9%)、ベッド満床(22.2%)、手術中・患者対応中(21.0%)等の理由が挙げられた

総務省消防庁は公式に照会と言う用語を使っているのが確認できます。実質も行なっているのは照会であり、また公式にも照会としているのですから、これからは「搬送要請」ではなく、「搬送先照会」と使うべきだと私は思います。

こんな事は枝葉末節の事ではありますが、言葉は怖いもので、使われ方一つでイメージが大変異なります。とくに影響力の大きい機関や人物が使うと余計な誤解や対立が生み出されます。少なくとも私は今後「搬送要請」ではなく「搬送先照会」と言う表現にしていきたいと思っています。