朝日の論説委員が「知恵を絞る」

社説とはなんぞやですが大辞泉によれば、

新聞・雑誌などで、その社の責任ある意見および主張として載せる論説。

「責任ある意見および主張」ですから辞書通りの意味合いで取れば大変な責任、朝日の社説ならば朝日新聞社の看板を背負って論説委員が書かれたものになります。ところが実際はそこまで意識して書かれているかどうかに疑問を呈する社説は数多く見られます。当ブログでもいくつか紹介したこともありますが、とても「責任ある意見および主張」とは受け取れないものが「しばしば」あります。

もちろん社説もほぼ毎日掲載されていますから、時に失敗作があっても不思議無いと言えばそれまでですが、個人ブログが趣味で書いているのとは異なり、相当な高給取りである論説委員様が複数以上で書かれているかと思いますので、失敗作が「しばしば」出るのは好ましくないと思います。プロの仕事であるだけでなく広い影響力をもつものであるからです。新聞の残存する影響力は現在でも強大で、記事一つで1人の人間、1つの企業を社会的に抹殺するのは今でも容易であるからです。

この論説委員が書く社説ですが、内部の人間、朝日なら朝日新聞の社員ならどう見ているかになります。正真正銘朝日新聞社記者である団藤保晴氏のブログに医療崩壊と医師ブログ林立、勢いと隘路というエントリーがあります。そこのコメント欄に団藤保晴氏自身の論説委員の評価が有ります。

さらに言えば、論説は密室で議論して勝手に書いていらっしゃるので、一線記者からすると不思議な社説がしばしば現れます。

朝日の記者が自社の社説に「しばしば」不思議なものが現れると評しています。なかなか意味深な表現です。もう一つ内部評価に近いものですが、中間管理職様の最低の朝日新聞社説 「妊婦死亡―救急医療にもっと連携を」 …ここまで来ると何と形容していいかわかりません(笑)のコメント欄にHINAKA様が朝日新聞の広報に電話された時の様子が寄せられています。内容からしてネタではなく実話に限りなく近いと判断しております。少し引用してみます。

    Q.今回の社説は、どれほどの裏付けを採ったのか?
    A.裏付けの件は不明、本来社説とは〈朝日新聞社としての意見であり、感想であり、思い付きであるから、裏付けの必要はない〉記事では、無いのだから。
    Q.社説は、世論を《医者不足という社会問題と切り離し、個人医と大病院との連絡ミスという点に、誘導していないか?》最初に診察した個人医を救急車に乗せて、治療しながら搬送するという点の医療専門的可否に関して、裏付けを取ったのか?
    A.世論をそちらに誘導していると言われるのであれば、〈そう受け取られても仕方が無いのが、社説というものであり、社説には一切の裏付けは必要ない(有るか無いか分からないけど、無くても構わないと言う口調)〉搬送する救急車に個人医が同乗し、治療しながら救急病院に同行し、そのまま不足医の補充に回ると言うのは、朝日新聞社の、何の裏付けも無い、単なる思い付き!感情論だと言われても、仕方が無い。←社説とは、そういうモノだ!そうです。
    Q.この問題根幹には、深刻な医師不足、産科医不足があるがその点に関する取材はしているのか?
    A.医療問題を扱う部署があるので、調査や取材はしていると思われる。
    Q.この社説を掲載するに当たって、それらの専門的部署からの数字・データー的裏付けは取ったのか?例えば、10年前と、現在との東京都における産科医の数とか構成とか、取り扱い病院の数とか?
    A.社説に、そんなものは必要ないので、たぶん用意していないだろう。

ツッコミ出したらキリが無いのですが、

    朝日新聞社の、何の裏付けも無い、単なる思い付き!感情論だと言われても、仕方が無い。←社説とは、そういうモノだ!そうです。
こういう感じが朝日新聞広報の正式回答のようで、広報もどうも団藤保晴氏と同じような意見を持っている事が窺われます。そういう朝日新聞社の社内合意の上で掲載されている10/23付社説です。この日の社説はタイトルである「妊婦死亡―救急医療にもっと連携を」を見てもわかるように、東京の妊婦脳出血死亡に関連して書かれています。前半部の出来事の解説部は省略して論説委員がこの問題への対策を提示した部分を引用します。

 総合周産期母子医療センターは最後のとりでだ。そこが役割を果たせないようでは心もとない。産科医不足という事情があるにしても、東京都には急患に備える態勢づくりにさらに努力してもらいたい。

 いくつもの病院で受け入れを断られた背景には、都市圏ならではの要因もある。地方と違って医療機関が多いため、ほかで受け入れてくれると考えがちなのだ。

 そうした考えが、危険な出産に備える医療機関のネットワークが必ずしも十分には機能しないことにつながる。医療機関同士でもっと緊密に連絡を取り合うことに加え、ネットワークの中で引受先を探す司令塔のような存在をつくることも考えたい。

 もう一つ大切なことは、全く別々に運用されている産科の救急と一般の救急の連携を強めることだ。産科の救急で受け入れ先が見つからないときは、とりあえず一般の救急部門で受け入れる。そうした柔軟な発想が必要だ。

 医師不足を解消する努力はむろん大切だが、病院や医師の間で連携に知恵を絞ることはすぐにでもできる。

社説の最後にあるように

    知恵を絞ることはすぐにでもできる
こう書かれているように論説委員も知恵を絞られての対策かと考えます。具体的には3つの対策があり、
  1. 総合周産期センターであるはずの墨東病院の体制の建て直し
  2. 危険な出産へのネットワーク作り、とくに司令塔の設置の提案
  3. 産科救急を一般の救急部門でも受け入れる体制作り
1.の墨東病院が総合周産期センターの役割を果たす産科戦力が失われている事は昨日今日の話ではありません。病院のHPにも2年前から戦力不足であることを掲示し今に至っています。「建て直し」をする事に異存はありませんが、2年前から関係者が努力を続けながらも効果が現れない戦力の回復方法を提示してもらいたいところです。機能低下しているから「態勢づくりにさらに努力」との対策は「知恵を絞った」対策ではなく単なる現状の説明です。東京ですらの産科医不足に対する知恵の絞り具合を問われるところかと思います。

2.の司令塔作りですが、これに関しては東京の周産期ネットワークがどういう風に運用されているかの知識に欠きますから控えさせて頂きます。十分な知識が無いことには論評できませんし、提案が的を射ている可能性ももちろんあります。

3.はかなりのご意見です。今回の朝日の論説委員の対策は文脈上、今回の妊婦脳出血死亡にも当てはめられるものと判断できます。論説委員が「知恵を絞って」出した対策に従って、一般の救急部門で受け入れるとしましょう。その次に医療関係者でなくとも出てくる素朴な疑問があります。

    一般の救急部門で受け入れて、次はどうするんだ
今回の事例では二つの既知の大きな条件があります。
  1. 出産間近の妊婦である
  2. 脳出血がある
情報として35週であるらしいはありますが、とりあえず妊婦の生死を決めるのは脳出血です。現実でも脳血腫除去術が行なわれているのですが、脳手術を行なうにあたり重大な判断を行なわなければなりません。つまり、
  1. 妊娠継続のまま脳血腫除去術を行なう
  2. 胎児を緊急帝王切開で分娩した後、脳血腫除去術を行なう
これらは胎児の週数、脳出血の部位・程度により微妙な判断が必要とされますが、現実は緊急帝王切開 → 脳血腫除去術が選択されています。こういう治療が結果として行なわれたことを知った上で、
    とりあえず一般の救急部門で受け入れる
裏付け調査は必要としない記事ではないのが社説だそうですから、論説委員の頭の中では「一般の救急部門」にはよほどのスーパードクターがそろっていると妄想されているようです。正直なところ医療ドラマの見すぎではないかと思われます。医療ドラマであればこういうシチュエーションであれば、主人公の医師が見せ場の奇跡の腕を揮います。医師のほぼ全てはそういう設定を冷笑していますが、医療ドラマの中では1時間以内に見事成功させて母子ともに健康で退院となります。

現実を言えば今回のような患者が運び込まれたらそれだけで「一般の救急部門」はお手上げです。かなりの熟練医師がおられても、せいぜい頭部CTで脳出血を確認し、後は脳外科医と産科医の判断を仰ぎます。「一般の救急部門」がある病院に必ずしも産科医はいません。また生まれた後の子供を見る新生児科医もまた必ずしもいません。もっと言えば脳外科医がいない事もあります。麻酔科医もそうです。どうするかと言えば、今回のようにそれが可能な医療機関を探し、再搬送を行なわなければなりません。

「知恵を絞るべきだ」は一般論として間違っていませんが、知恵を絞って提示した対策が思いつき程度に過ぎないものであれば冷笑・嘲笑の対象にしかなりません。もっとも社外の私のような人間だけではなく、社内の人間にも扱いが非常に軽い論説委員の知恵ですから、批判したり、冷笑・嘲笑するのは「大人気ない」とかえって非難されることなのかもしれません。

しかしそうなると論説委員は何のために存在しているんだろうかと首を捻りたくなります。新聞社と言うところは本当に贅沢に人を雇っているとつくづく思います。失業対策みたいなものでしょうか、それとも柔軟な思想が出来なくなった記者の隔離部屋なんでしょうか。