400万人の空白が心配です

日本脳炎の予防接種が来年度から再開されるという情報はボツボツあるのですが、就学児向けの配布文書にも書かれているので確実性は高くなっているかと考えられます。実はほんの一部しか書かれていないのですが、

日本脳炎(1期初回・1期追加)は現在積極的勧奨の見合わせ中

    ※希望者は接種可能
    平成21年度新ワクチン再開時にご案内する予定です。

たったこれだけしか書いていませんが、一般向けの配布文書に明記されていますから、準備は順調と判断してもよさそうです。今度MRが来たらこの辺の事情を詳しく聞いてみたいと思います。ここまで書いているのですから、少しは詳しい情報を提供してくれるかもしれません。

思えばなんですが、2005.5.30の朝に突然のニュースで大騒ぎしたのが昨日のようです。その朝にたまたまネットを見ていたら、日本脳炎予防接種中止のニュースです。この辺は意外と思われる方も多いと思いますが、この手のニュースは前もって医療機関に伝達される事はありません。まず報道発表が行なわれるのが通例で、それを見て驚くというのがパターンです。

当日もその後も接種希望の予約がかなり入ってましたから、大慌てで連絡手配したのが思い出されます。情報と言ってもマスコミ報道分しか無いのですから、職員も大変だったと今でも思っています。最後の一人まで連絡するのに数日は必要だったかと記憶しています。ちなみに公式の通達が回ってきたのはその日の夕方です。

あれから既に3年以上、来春再開ならもう4年になるのですが、気になるのはこの期間の予防接種の空白です。とくに神戸では1期初回を幼稚園・保育園の年長で、1期追加を小学1年生に推奨していましたから空白期間は直撃です。もっとも4年の空白の影響は全国どこであっても似たり寄ったりの状況でしょうから、400万人以上の未接種者を生じさせていると考えられます。

この未接種者への対応をどうするかが小児科医として非常に気になります。ここで厚労省の基本姿勢ですが、

    日本脳炎予防接種は積極的勧奨を見合わせたが中止とはしていない。リスクさえ承知なら自己責任で希望すれば接種可能である。接種可能であるのだから救済措置は不要である。
おおよそこういう風な姿勢だそうです。これはアングラですが某保健所が厚労省に問合せた返答とされます。官僚としての論理はこれで筋が通っているのかもしれませんが、違和感を感じざるを得ないものがあります。当時に出された日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについてを引用します。

1.経緯

  1. 日本脳炎ワクチンによるADEM(急性散在性脳脊髄炎)の健康被害については、予防接種法に基づき、平成3年度以降、因果関係が否定できない又は肯定できるとして、13例(うち重症例4例)の救済を行ってきた。
  2. 本年5月、疾病・障害認定審査会において、現行の日本脳炎ワクチンの使用と、重症のADEMの事例の発症の因果関係を肯定する論拠がある旨の答申が出され、5月26日、厚生労働大臣による因果関係の認定をしたところである。
  3. これらは、いずれも厳格な科学的証明ではないが、日本脳炎ワクチン接種と健康被害との因果関係を事実上認めるものである。
  4. 従来、予後は良好であると考えられてきたADEMについて、日本脳炎ワクチン以外での被害救済例は2例であるが、日本脳炎ワクチンでは14例の救済例があり、そのうち、5例目の重症な事例が認知された状況においては、よりリスクの低いことが期待されるワクチンに切り替えるべきであり、現在のワクチンについては、より慎重を期するため、積極的な接種勧奨を差し控えるべきと判断した。
2.厚生労働省の対応
  1. マウス脳による製法の日本脳炎ワクチンと重症ADEMとの因果関係を肯定する論拠があると判断されたことから、現時点では、より慎重を期するため、定期予防接種として現行の日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨は行わないよう、各市町村に対し、地方自治法に基づく勧告を行った。【別添写し】
  2. 流行地へ渡航する場合、蚊に刺されやすい環境にある場合等、日本脳炎に感染するおそれが高く、本人又はその保護者が希望する場合は、効果及び副反応を説明し、明示の同意を得た上で、現行の日本脳炎ワクチンの接種を行うことは認められる。
  3. 日本脳炎の予防接種を継続する必要性については、専門家から指摘されているところであり、よりリスクの低いと期待される組織培養法によるワクチンが現在開発中であることから、供給できる体制ができたときに供給に応じ接種勧奨を再開する予定。
  4. 各市町村において、日本脳炎の予防接種に関する問い合わせに対応するとともに、念のため、戸外へ出るときには、できる限り長袖、長ズボンを身につける等、日本脳炎ウイルスを媒介する蚊に刺されないよう注意喚起を行う。

話をかなり単純化しますが、

    マウス脳による製法の日本脳炎ワクチンと重症ADEMとの因果関係を肯定する論拠があると判断された
どれぐらいの数があったかですが、
    日本脳炎ワクチンでは14例の救済例があり、そのうち、5例目の重症な事例が認知された状況
14例が多いか少ないかの疫学的論争はあると思いますが、日本脳炎ワクチンと重症ADEMとの因果関係を重視して積極的勧奨を見合わせる判断を行なったのは間違いありません。そのうえで
    よりリスクの低いと期待される組織培養法によるワクチンが現在開発中
安全性がより高くなった改良ワクチンに置き換えるという方針が確認できます。別におかしな方針ではなく妥当なものと考えます。ここでもっと早期に変更すべきであったとの議論も出てくるでしょうが、それは今日は置いておきます。

積極的勧奨が見合わされた時点での親の選択枝は、

  1. 日本脳炎のリスクを重く取って危険を承知でワクチン接種を行う
  2. 改良ワクチンが出てくるのを待つ
どちらを選択するかと言えば大多数の人間は「待つ」を選ぶかと考えます。「待つ」を選択する上で重要な情報は「いつ」改良ワクチンが供給されるかになります。これが本当に分からなかったのが本音です。2005年の中止当時には、今から考えればさして根拠もなく漠然と「来年には再開するだろう」と思われていました。あえて根拠といえば「1年もあれば間に合うだろう」です。私もまさか4年もの中断があるとは予想もしていませんでした。

厚労省が胸を張って言う「希望者はOK」ですが、現実にはワクチン生産量は勧奨接種中止後に非常に減っています。去年あたりでは希望があっても入手困難の状態もありました。公費の定期接種から外れると需要はがた落ちしますから、メーカーが生産を減らすのは当然の事です。それに積極的勧奨を見合わせているのですから医療機関側も希望があっても積極的に勧めたりはしていません。

これは最初から4年も空白があると分かっていれば対応も変る部分があったかもしれませんが、「いつ」を比較的近い時期に漠然と想定していましたから、これもごく普通の対応としても良いかと思います。中にはそれでも積極的に勧めていた医療機関はあったようですが、ワクチンの供給量からして多数の医療機関が行なえばすぐにパンクする状態は間違いありません。つまり親の多数派が希望として接種しようとしても、物理的に対応が不可能な状態であったと言っても間違い無いかと考えられます。

そうなると親の姿勢云々は関係なく、積極的勧奨を見合わせていた時期の未接種者の大量発生は必然と考えるのが妥当かと思います。結果として4年の空白期間が出来たことで厚労省を責めるつもりはありませんが、4年の空白により大量に生じた未接種者への対応を自己責任として済ませてよいものでしょうか。もちろん自費なら接種できるのですが、本来公費で可能なものであり、「忘れた」のではなく「出来なかった」のですから、救済措置を考えるべきじゃないかと考えます。

公費と自費では接種率が大幅に違います。予防接種行政の本来の趣旨からすると出来るだけ幅広く救済して空白期間の未接種者の減少に取り組むのが本筋かと考えます。ただし私の聞いた厚労省の姿勢はあくまでもアングラ情報の噂にすぎません。来年度予算はこれから審議決定されますし、普通に考えれば400万人の空白は日本脳炎の発症予防のために真剣に取り組むべき重要問題です。少なくとも「蚊に刺されるな」のポスターを貼ったら解決する問題ではありません。

麻疹も怖い病気ですが日本脳炎だって本当に怖い病気ですから、「きっと」ですが来春には前向きの素晴らしい対応をしてくれると期待しています。