食品による窒息問題

厚生労働科学研究補助金 総括研究報告 食品による窒息の現状把握と原因分析と題する報告書があります。分担研究分も含めるとかなりの分量なのですが、ツマミ食いしながら読んで見ます。

まず研究要旨のところに、

食物による気道閉塞が原因で死亡する事例は、近年4,000例を超え、年々増加傾向にある。しかしながら、どのような食物が窒息の原因になるか、またどのようなヒトとヒトの特徴が窒息を招きやすいか、など食物の要因とヒトの要因についての実態は明らかでない。

「近年4000例」と言うのがどうも報告されている通算例と考えられます。いつから通算されているのかよく分からないのですが、数多くの食品による窒息死が起こっている事だけは分かります。もう一つ目を引くのは、

    食物の要因とヒトの要因についての実態は明らかでない
これは公式の報告書ですからこれまで実態が明らかでなかったのは信じて良いでしょう。だから厚労省の委託を受けて公式調査を行ったという事です。調査となると詳しい状況調査が必要なんですがサンプルとしては、

  1. 消防本部への調査は、消防庁の協カにより東京消防庁及び各政令市消防局18ヶ所を対象とし、メールにより調査票を配信し、回答を得た。
  2. 救命救急センターは、全国47都道府県において平成19年11月現在登録されている204ヶ所を対象として、質問紙を郵送配布・回収した

どれぐらい集まったかと言えば、

消防本部は12か所から回答された737例を分析した。救命救急センター(病院) は75か所から回答された621例について分析を行った。

結構な数が集まっていますので調査のサンプル数としては十分かと思います。原因食品に興味がどうしても目が行くのですが、

消防庁調査 救命救急センター調査

食品名 件数
穀類

 もち

 米飯(おにぎりを含む)

 パン

 粥
211

77

61

47

11
菓子類

 あめ

 団子

 ゼリー

 カップ入りゼリー
62

22

8

2

8
魚介類 37
果実類 33
肉類 32
いも及びでん粉類

 しらたき

 こんにゃく
16

4

2

食品名 件数
穀類

 もち

 米飯(おにぎりを含む)

 パン

 粥
190

91

23

43

11
菓子類

 あめ

 団子

 カップ入りゼリー
44

6

15

3
魚介類 25
果実類 27
肉類 28
いも及びでん粉類

 こんにゃく
19

8


調査サンプル数と合計が合わないのは原因不明もしくは特定できないがあるためかと思われます。見てみると予想通り「もち」が多いのですが、パンやお菓子も多いですし、粥だって気をつける必要があるのが分かります。もちろん調査対象件数がすべて死亡したわけではなく、

やはりいったん窒息状態となれば予後は非常に悪い事を示しています。当たり前といえば当たり前ですが、食品による窒息状態になれば助かるかどうかは運次第と言っても良いでしょう。また救命救急センターだけで死亡例が378例もあるという事は研究要旨にあった「近年4000例」は通算ではなく年間かもしれませんし、年間は大袈裟としても10年程度の通算のように感じます。

この後、報告書は件数の多い「もち」と最近話題のカップ入りコンニャクゼリーの分析研究に力点が置かれます。そこで物体特性の分析を行なっています。まず「もち」の方ですが、

 窒息事例で最も多かった餅は、温度が高いほど軟らかくなる傾向が見られ、一般の市販の切り餅において顕著であった。高齢者向けに開発された餅の温度の影響は少なかった。付着エネルギーに対する温度による影響も硬さと同様の傾向を示した。凝集性については3試料ともに温度の影響は小さかった。実際に食べる状態を想定すると、50〜60℃の状態は器から口に入れた直後といえるので、軟らかく、付着性が小さい(伸びやすい)。しかし、口の中では、外気温や体温などの影響で、餅の温度が低下し(40℃程度)、硬くなり、付着性も増加することがこの結果から予測される。

ここでの「もち」は雑煮の「もち」の前提で報告されています。「もち」による窒息で一番多いのが「雑煮のもち」だからです。医学系の論文が読みにくい方のために少し砕いて解説すれば、

     「もち」は熱いほど柔らかく、それは市販の切り餅がとくにそうであった。高齢者用のもちというのがあり、それは温度によっての固さが変ることはあまりなかった。ひっつきやすさは温度が高いほど小さく、伸びやすさは高いほどよく伸びた。固まりやすさは温度の影響はあまり受けなかった。

     実際に食べる時の事を想定すると、器から口には入った直後は50〜60℃ぐらいになりひっつきにくく、伸びやすい状態にある。ところが口の中で冷やされ40℃ぐらいになると、ひっつきやすく、伸びにくくなる事が予測される。
私の下手くそな解説でも分かり難いかもしれませんが、雑煮の「もち」は飲み込む頃には固くなって、ひっつきやすくなるので窒息の原因になるのではないかとしています。雑煮の器の中から口に入り、さらに喉を通る時までに「もち」の温度は10度以上変化し、この変化が雑煮の「もち」で窒息する原因と分析しているといえば良いでしょうか。

カップ入りコンニャクゼリーの方の分析ですが、

ミニカップタイプのこんにゃく入りゼリーについても室温に比べて冷温ではかたさ応力、付着性、破断応力のすべての物性評価項目で測定値が増加する傾向にあった。冷温によりかたさ応力のみならず付着性も変化することは、咀瞬機能の未熟な小児や咀幡機能の低下をきたした高齢者にとって、窒息の原因となる一つの要因であると考えられた。

カップ入りコンニャクゼリーも冷蔵庫で冷やせばやはり固くなり、引っ付きやすくなるのでこれが窒息の原因ではないかとしています。かなり細かい分析ではあるのですが、正直なところ「それだけで説明できる?」の疑問が湧かないでもありませんが、そういう報告になっています。もちろんこれだけで結論しているわけではありません。咽頭喉頭部の嚥下時の動きの分析、年齢による形状の変化についても分析が行われています。その上で、

こんにゃく入りゼリーの物性についての分析では、小児、高齢者の口腔の形態を基準として、口蓋の形態を模してドーム形にした容器と舌を模して底部には丸みをつけられているプランジャーによる分析システムでは被検食品が変形して容器とプランジャーの間をすり抜けてしまい測定が不可能であった。こんにゃく入りゼリーが粉砕されずに、摂取された時の形態を変形するだけで咽頭に移送されることも多いことを示唆しているものと考えられた。

これも小難しく書いてありますが、コンニャクゼリーを食べた場合、その形状からして噛み砕かれずに飲み込まれることがあるのではないかとしています。その上で冷やして固くなって、なおかつひっつきやすくなっているのが窒息の原因ではないかと推測しています。結論を出さなくてはならない研究であるのは分かりますが、個人的には力技の印象がどうしても残ります。当然の疑問ですが他の食品ではどうなのかという比較対照試験です。時間と予算の関係で無理だったのでしょうが報告書は結論部に進みます。

これらの今回の研究成果は、今後さらに窒息の原因となる食品の把握と物性特徴などの原因分析の基本となる資料として充分に活用できるものと考えられる。今回の研究の充分な解析は今後の課題であるが、ヒト側の要因を考慮したリスクの高い食品の情報提供や、それらの食品を食べる場合には、摂取食品ごとの温度のリスクや狭い咽頭を通過しやすいように充分に咀曙して食品を粉砕するとともに唾液と充分に混和することなど、窒息予防の情報提供が可能と思われる。

こういう結論にしかならないのは理解しますが、これを誰に向って提案しているのでしょうか。個人への啓蒙であれば十分理解できますが、企業への注意義務となれば眩暈がしそうになります。いや眩暈がするというのは既に時代感覚にずれてきているのかもしれません。まだ私も余命がそれなりに残っていますから、遅れないように相当努力をしなければならないようです。