麻疹撲滅運動のはずだぞ

9/3付の読売新聞より、

はしかワクチン追加接種、中1・高3は3割と低迷

 今年4月から始まった中学1年生、高校3年生の全員を対象とした「はしかワクチン」の追加接種について、6月末までに受けた率は、それぞれ38・8%、29・6%と低迷していることが3日、厚生労働省の調査でわかった。

 はしかが昨春、全国の大学や高校などで猛威をふるい、学校閉鎖が相次いだのを受けた措置だが、流行を防ぐ目安の「95%以上」を大幅に下回っている。同日開かれた麻しん対策推進会議で報告された。

 国立感染症研究所が7月に横浜市内の高校3年生約230人に行った調査では、半数が追加接種の対象者であると知らず、周知が不十分であることも浮き彫りになった。同省は、都道府県に対し、未接種者にワクチンを受けるよう、周知徹底など対策強化を引き続き求めることにしている。

 都道府県別では、高3の接種率がトップだったのは佐賀で52・1%。40%を超えたのはわずか5県しかなかった。最下位は、大阪の17・5%だった。

 中1は茨城の71・2%がトップで、宮城、福井などが続いた。一方、最下位の鹿児島が24・4%など、大阪、京都など2府6県で30%に達せず、自治体によって大きな差が開いていた。

 国ははしか対策を強化するため、2006年に従来の1歳時に加え、6歳で2回目のワクチン接種の機会を設けたが、10代については、この対策から漏れていた。

 今年のはしか流行は、関東、北海道などが中心で、患者数は8月24日現在で1万677人にのぼり、このうち10代の患者が44%を占めている。脳炎を発症した重症の患者も今年に入り、8人が報告されている。

記事にある「麻しん対策推進協議会」はいわゆる麻疹撲滅を目標として設置されたものです。麻疹は先進諸国では事実上封じ込められた病気であり、その中で日本は「麻疹輸出国」のありがたくないレッテルを貼られています。麻疹撲滅を行なうのは

はしかが昨春、全国の大学や高校などで猛威をふるい、学校閉鎖が相次いだのを受けた措置

こんなチンケな理由に矮小化する問題ではなく、むしろ日本と言う国としての義務とするべきだと考えます。もっとも記事の指摘もまんざら嘘ではなく、去年の騒ぎがなければ動きもしなかったのは確実ですから、直接の理由としては適切とは言えます。ただ正直なところこの記事の表現では、「たかがそれだけ」の軽い印象が生まれ、麻疹撲滅運動にはかえってマイナスと感じます。

麻疹封じ込めは他の先進諸国で出来ているので、既に確立した手法があります。麻疹撲滅のためには、

  1. 2回接種
  2. 接種率95%
この2つの条件を達成すれば麻疹は撲滅できます。このうち2回接種は2006年から整備が始まり、今春の段階で制度上は18歳以下の国民に2回接種が可能となっています。正直なところ「ようやく」と言う感じですが、それもこれも首都圏で麻疹が流行してくれたお蔭です。麻疹の流行が首都圏以外であったらここまで制度は整備されなかったかと思います。

接種率のほうですが、まず1回接種時代の成績は少し古いですが1998年で76.7%で、おおよそ7割から8割の間ぐらいであったとされます。2006年から2回接種に移行していますが、1回目は1歳時、2回目は小学校入学前の1年間が対象となります。この2回目の成績が出てきたのですが、2006年が79.7%、2007年が87.9%となっています。このデータも正直なところ「ホンマかいな」と言いたいのが最前線の実感ですが、まさかこんなデータまで捏造しないでしょうから信用しておきます。

今春の麻疹対策の整備の対象となったのは18歳未満ですが、具体的には、

  1. 13歳時と18歳時にワクチン追加接種を行う。
  2. これを5年間行なう
この10年間の世代は1回接種時代になり、ここで追加接種すればカバーできる計算です。「じゃ、それより上の世代は?」という質問も出てくるかもしれませんが、私は聞かなかった事にしておきます。それでも制度としては日本的には画期的なものです。

記事では接種率が低い事が問題になっていますが、幾つかの正直な疑問を感じます。

6月末までに受けた率

こうなっていますが、「なぜ6月末」の疑問がある人がおられると思います。これも理由があって疫学的に麻疹は春に流行する事が多く、追加接種の勧奨期間を4〜6月に設定しているからです。ところが記事にあるように接種率は非常に低い事が調査の結果判明します。この辺りの流れは、

  1. 6月で勧奨期間終了
  2. 7月に接種率調査・集計
  3. 8月に麻疹対策推進会議に報告
  4. 9月に調査結果に基づく新たな対策を打ち出す
まず間違い無く麻疹対策推進会議は非常勤委員で構成された会議で、会議開催サイクルは月1回、下手すると隔月開催になります。接種率調査は全国調査ですから7月の会議には間に合わないと考えるのが妥当で、8月の会議で議題になったと考えられます。会議の結果を受けて厚労省が動くのですが、これが9月になってからであっても不思議ありません。

最大の疑問は13歳と18歳、つまり中1と高3の生徒が会議室の決定だけでホイホイと予防接種を行うかです。全く何もしていないわけではなく、また地域によって温度差はあるでしょうが、私の地域では新学期早々にお知らせプリントを生徒に配っていました。ただ中1であれ高3であれ、そんなに暇ではありません。予防接種のために学校を休めるわけではなく、クラブもあれば塾もあります。生徒にとっても親にとっても優先度は感覚的に低くなります。

そのうえ接種するには個別接種になります。集団説も噂ではあったのですが、現実は個別接種なので、担当するのは開業医、とくに内科・小児科になります。午後診ないし夕診の時間設定も問題ですし、土曜日だって「寝る」方が優先される事に驚きもしません。またこの世代は医療機関に親も含めて一番縁の薄い世代です。さらにとなりますが、予防接種は殆んどのところで予約制です。うちもそうです。そんなに余剰のワクチンを零細診療所で在庫として抱え込むわけには行かないからです。ちょっとまとめると、

  1. 平日はクラブ・塾が優先される
  2. 土曜はプラス「寝る」が優先される
  3. 縁が遠くなっている医療機関に予約をしなければならない
これだけハードルがあれば、一般の麻疹への認識からすると後回しにする者、後回しにするうちに忘れる者の比率が絶対に高くなります。それなのに対策がゴソゴソ動き出すのが7月の調査の結果を見てからとは本当にオメデタイと思います。ここは学期中の勧奨期間内に接種していない者がかなりの比率になっていると考え、「夏休み中」に接種を勧める対策を取らなければなりません。夏休み中も忙しいとは言え、学校がない分だけまだ時間の余裕があります。

それを対策推進会議は悠長にも夏休み中に検討して、9月の新学期から対策とは非常に間抜けに見えて仕方ありません。学校が始まれば4月〜6月の条件と同じになります。さらに不手際に感じるのは、新学期早々に周知しても、中1も高3も運動会シーズンに入ります。高3はさほどでも無いかもしれませんが、中1はかなりビッシリ運動会練習が行われ、接種条件はまた悪くなります。運動会終了後となればまた忘れられます。

そもそも日本では予防接種を行う強制力が存在しません。予防接種を行わなくても本人がその病気に罹患するだけのことで、他には社会的責任は生じないと言っても良いと考えています。アメリカあたりはかなりドライに対応しており、有名なのは就学時に予防接種が条件になっているとされます。これも正確に言うと拒否する自由はあります。拒否すればどうなるかですが、本人が罹患し他者に感染させると賠償責任が生じると聞きます。予防接種をしないというのは、賠償と言う社会的責任を負うシステムになっているとも言い換えられます。

日本は他人に感染させても「まだ」賠償責任まで時代が進んでいませんから、「注射は嫌いだ」程度が立派な理由として通用します。「めんどくさい」でも「うざい」でも通用します。さらに高3ぐらいになると、ワクチン不要論者の洗礼を受けている者も出てきます。こういう連中をひっくるめて95%の接種率を達成する困難さを対策推進協議会は理解しているのでしょうか。

麻疹問題は何回か取り上げているのですが、予防接種をしていない人々の分類は、

    Group A:する気はあったがつい忘れてしまった
    Group B:どっちでも良かったから、そのうち忘れてしまった
    Group C:予防接種はしない
    • C-1:感情的に拒否(「痛い」「面倒」「うざい」)
    • C-2:論理的に拒否(ワクチン不要論者)
おそらくですが95%を達成するには、Group Aはほぼ100%、Group Bも90%以上、Group C-1も80%以上にするぐらいでないと不可能です。ここまで引き上げても難しいかもしれません。ここで接種しなかった人は「自己責任」とするのも一法ですが、根本は出来るだけ短期に麻疹を撲滅するのが目標のはずです。この目標のためには「しゃ〜ない」で逃避する姿勢は好ましくないと考えますし、それぐらい麻疹撲滅は非常に意義のある運動なのです。

まだ来年3月まで今月も含めて7ヶ月あります。接種率を上げるのに残された時間はありますから、十分な対策を行なって欲しいところです。それと今年の教訓は来年に十分に活かして欲しいと切望します。来年も同じパターンで醜態を晒すようなら、オメデタイを通り越す表現で罵ります。それぐらいの重責と期待を背負っている事を対策推進協議会の委員及び、厚労省は自覚してもらいたいと願いたい、いや「命じます」と言いたい気分です。