まあ、ええか

8.20が過ぎて「腑抜け」気分のネット医師世論です。喩えとして良くないですが、祭りの後、宴の後のようなもので、いろんな準備を行い、テンションを思いっきり高めた後の反動なのかもしれません。どうにも重たいところです。そうそう検察側が控訴を断念し、判決が確定したら使おうと思っていたネタがありました。2006.4.16付け朝日新聞(福島)より、

医師逮捕事件  富岡署を表彰 
警察署長会議に80人

 県警は14日、今春の人事異動後初の警察署長会議を開いた。県内全28署の署長や県警本部の幹部ら80人が参加。重大事件を解決した警察署などへの表彰があり、 富岡署が県立大野病院の医師を逮捕した事件で、県警本部長賞を受賞した。

 綿貫茂本部長は冒頭の訓示で、当面の重点課題として1)職員の意識改革を基礎とした合理的・ 効率的な業務の運営、2)重点を指向した犯罪抑制対策の推進、3)犯罪の徹底検挙による、 県民の安全・安心の確保 4)効果的な交通事故防止対策の推進?国際テロ対策の強化―などを挙げた。

当時この記事を読んで憤ったものです。もちろん今でも忘れていない医師は多く、中間管理職様も■「検察側控訴断念 大野病院事件」 福島県警の「県警本部長賞」の撤回を希望しますのエントリーを上げられています。中間管理職様の意見は至極もっともなんですが、どうにも気分が盛り上がらないのが今の気持ちです。

これは警察内部の事情にも詳しい法律関係者から聞いた話なんですが、問題になった「県警本部長賞」はさしての賞ではないという情報があります。もちろん軽くはないでしょうが、位置付け的には

  1. 捜査本部を置くクラスの事件の解決
  2. 社会的に話題になった事件の解決
ここの「事件の解決」なんですが、あくまでも警察での事件の解決として考えるそうです。警察の事件の解決とは送検して起訴されるレベルで「解決」と考えるらしいようです。日本の刑事事件において、起訴からの有罪率は異常に高いことは有名ですが、警察もまた「起訴=有罪」と考えているようです。この辺は実態に合わせた慣例としても良いかもしれません。

確かに当時の医師は「不当逮捕、不当起訴」と騒いでいましたが、「社会的」と言うかマスコミ的には有罪でした。今回の判決の後でさえ、そういう声は小さくありませんから、当時はもっとと考えたら良いと思います。送検した福島県警は絶対有罪の確信はあったでしょうし、起訴した福島地検も起訴時点では2年半後にこんな展開になるとどれほど予想していたか疑問です。つまり逮捕から勾留に進んだ時点で福島県警的には「有罪確実」で、さらに送検起訴となれば「有罪確定」と見なしていたわけです。

ですから問題の「県警本部長賞」は警察的には事件解決の慰労賞ぐらいになるとされています。気分としては「ごくろうさん賞」みたいなものだと聞いています。あくまでも警察内部の事件捜査への努力を賞したもので、賞の価値としてもそれぐらいと言うことです。それと記事を読んでもらえば分かるように、賞は個人ではなく富岡署に与えられたものです。

また警察から見ると今回の判決は「不当判決」でしょう。これも警察にとって幸いな事に、世論に強い影響を与えるマスコミが判決に対し疑問を呈する論調であり、世論として「不当逮捕」で盛り上がる気配はありません。あくまでも警察としては「有罪」であったはずだが、訴訟にて「思わぬ判決」であったとのスタンスを取っても非難はされない情勢です。そう、医療と言う非常に専門的な分野での刑事事件としての立証に課題を残した程度の扱いです。

あくまでも個人的な考えですが、朝日新聞の記事は今となってはありがた迷惑の記事と福島県警は考えているかもしれません。富岡署に対する県警本部長賞の授与は、あくまでも内規に従ったものです。わざわざ記事として特筆されるほどのものではなく、あの時点では「おそらく」ですが、これまでの他の県警本部長賞とのバランスを考えると「授与しなければ不自然」ぐらいの扱いであったと考えます。今となっては、地方版のベタ記事を掘り起こされてWebで全国に広まってしまったのが「参ったな」ってぐらいかと考えています。

わざわざ探し出して引用するのも面倒なので記憶に頼りますが、判決後の警察のコメントも「捜査は適正であった」とのニュアンスの発言はあったかと思います。警察としては適正な捜査で送検起訴されたのだから、その努力に対して「表彰して何が悪い」と考えでいるかとも思われます。

ただ福島県警にとって不運だったのは、この事件がこれほどの騒ぎになると予想していなかった点かと考えています。ある程度は予想していたかもしれませんが、少なくとも訴訟に入れば鎮静化する計算だったと思います。ところが公判のすべてがライブ中継状態となり、検察側、弁護側、さらには証人の発言のすべてが公開されて、それに対して何万人もの医師が毎回注目するようになるとは完全に予想外だったと思われます。

逮捕から2年半も経ったというのに、医師の注目度が一向に下がらないため、世間の注目度も高く、単なる医師逮捕が福島県警でもおそらく有数の社会的関心を集める事件になってしまった事です。さらにまずい事に滅多に負けないはずの刑事訴訟が完敗してしまった事です。そうなると「事件の解決」として授与した賞を蒸し返されるのはあんまり嬉しい事ではありません。警察の内規がどうであれ、無罪の元被告の逮捕を表彰した事になるからです。

それもこれもベタ記事とは言え報道された事、ベタ記事にわざわざ医師逮捕の事を書き加えた事、さらにベタ記事を発掘されて全国に再発信された事。見過ごしておいてくれたら、チクチクと突付かれずに済んだのにとぐらいに考えていると思っています。

ゴニョゴニュ書きましたが、個人的には「まあ、ええか」です。あくまでも「たぶん」ですが、今後の福島県警の対応として表彰内容の報道を抑えるんじゃないでしょうか。下手な報道さえなければ騒がれないわけですし、公表するのは掛け値なしに絶対に問題が生じる可能性が無い物に限ると考えています。そうすれば組織防衛としては完璧ですし、それを行なう統制力は警察にはあるでしょう。

もちろんこの問題をもう一度蒸し返したい人を止める気はありません。蒸し返すだけの正当性はあるとは思います。たんに私が「今さら」のウンザリ気分が強くて、全然食欲が湧いてこない個人的事情があるだけです。