気持ちはわかるけど複雑

いつも短い文章でシャープに切られるshy1221様が珍しく長めのエントリーをされていたので、一部引用します。

 ここで裁判が終結してしまうことは、K先生本人のために良いことであったが、日本の医療にとっては、延命処置を施されただけで、何の解決にもなってはいないだろう。この事件で、一部の人たちは、産科医療の悲惨さ、産科医師の勤務の過酷さなどを理解してくれたけれども、一般の方々のブログなどを読んでも、やっぱり分かってない人たちの方が圧倒的に多いし、日本人は完全に崩壊しないと何も学ばない(いやマスコミなどを見ると崩壊しても学ばないのかも知れないが)ようだ。だから、裁判はキッチリと最高裁までいってケリをつける、実際の医療もキッチリと崩壊して頂く、そうすることで新しい医療が始まるのを見たかったなぁ、というのが正直な感想である。

もちろん「この事件」とは福島大野病院事件の事です。個人的には控訴期限が正式に終わる来週の金曜日(木曜日が期限)を待って確認したいのですが、各種報道では「どうやら」一審判決で確定すると信じられそうな情勢になっています。

私の考えはどうでも良いのですが、shy1221様の御意見は、無罪判決が確定することは、被告であった産科医師にとっては喜ばしい事だが、産科医療、日本の医療にとって果たしてプラスになるかどうかの疑問を発言されています。こういう考え方は起訴から審理中もあったのですが、個人的に思いは非常に複雑です。この裁判は当初、逮捕起訴されることも論外だが、訴訟で有罪になれば日本の医療は崩壊するとの現実的危機感に多くの医師が共鳴しました。

もうちょっと大雑把に言うと「無罪になれば日本の医療は救われる」です。2年半前の時点でも本当に救われるかどうかに疑問を持つものはいましたが、「有罪になれば破滅する」の裏返しとして「無罪なら救われる」の漠然とした考えがあったのは否定しません。しかし2年半は長かったのが実感です。逮捕時は医療崩壊の天王山であったはずのこの裁判が、重要な局地戦ぐらいに変質してしまったのが実感です。

重要な局地戦でもニュアンスに違和感が残る気がしないでもありません。上手い喩えが出て来ないのですが、源平合戦の水島の戦いのような感じがしないでもありません。えらいマイナーな合戦でご存じない方が多いと思いますが、木曽義仲に京都を追い落とされた平家が、追討してきた義仲軍を備前(今の岡山)の水島で打ち破ったという合戦です。

源平合戦で平家が勝ったこともあったんだと思う方もおられるかもしれませんが、平家方にとって重要な局地戦で、水島の勝利により、一の谷まで進出し、大陣地を築く事につながる勝利です。歴史はこの後、宇治川の合戦の義仲敗死、一の谷の逆落としになるのですが、一時的に平家の勢力を盛り返したという意味では、歴史上では扱いが軽くとも、平家にとっては非常に重要な合戦です。

ただ上手い喩えではないと言うのが、医療が平家のように一の谷の大陣地を築くほどに勢力を盛り返せるかの問題があります。平家は水島の勝利により源氏と五分の勝負を挑めるまでに回復しましたが、医療にそんな力があるかどうかです。あれば掛け値無しの重要な局地戦ですが、無ければ徒花の勝利に過ぎなくなります。そうですねナポレオンがワーテルローの前に黄昏の勝利を飾ったリニーの戦いぐらい位置付けでしょうか。

せめて水島ぐらいの価値の勝利であればまだ意味がありますが、リニーでは勝ったという事が後の歴史にほとんど影響しなしものになります。それならばと言う事で、

    裁判はキッチリと最高裁までいってケリをつける、実際の医療もキッチリと崩壊して頂く、そうすることで新しい医療が始まるのを見たかったなぁ
こういう感想をshy1221様が抱くのは理解は出来ます。私も焼野原論を唱えた事がありますから、理屈としてはわかるのですが、一方でshy1221様のエントリーにコメントを寄せられた麻酔科医様の意見にも心情として共感してしまうところがあります。

でも、先生、祖父母に聞くと、戦後直後のほうが、配給とか大変で、闇市とか大変だったということを聞いていますから、それと一緒で、終戦したとしても、「これから」が大変なんだろうと思います。

第二次大戦まで持ち出さなくとも、もっと身近に経験した崩壊として阪神大震災があります。あれも正直なところ大変でした。恥ずかしながら、さほどの被害を受けていなくとも大変でした。崩壊から復旧の過程を嫌でも見せ付けられ経験しましたが、もう一度やりたいかと言えば「もう御免」とさせて頂きます。医療崩壊阪神大震災を同列に論じるのは基本的に無理があるのですが、崩壊体験としてあまりに強烈だったのでどうしても引き合いに出したくなります。

ここで「ほんじゃ、どうするんだ」と問われると苦しいところです。合理的な判断と震災体験による忌避感情が葛藤してしまうのが本音です。

とりあえずですが、私の感情としては、はっきり言って根拠は何も無かったのですが、判決で無罪が出れば、何か新しい展望が生まれるんじゃないかと本当に漠然と期待していました。もちろん判決が出て間が無いですから、まだまだ分かりませんが、無罪判決はこれ以上悪くならなかっただけの様な気がしてきています。医療崩壊は目に見えない部分は手遅れまで進行していますが、これからジワジワと目に見える部分が止め処もなく進んでいきます。底が分からない崩壊の進行と、そこからの復旧過程を嫌でも体験しなければならないようです。正直ウンザリです。

それにしてもですが、自分で書いたので文句は言えませんが、平家もナポレオンも喩えとして良くないですね。どっちも末路は・・・ですから。