県立広島病院への是正勧告書

マスコミはあんまり取り上げないようですが、病院の労働環境に対しての「改善運動」はもはや事件ではなく「現象」となりつつあるように感じます。当ブログでも滋賀県立成人病センターや佐賀好生館の件を取り上げた事がありますが、他にも数多くあるとの情報を聞いています。江原朗先生は医師の労働環境にも強い関心を持たれ、小児科医と労働基準のサイトを作られ、積極的に情報を収集されています。サラッと見ただけで上記2病院だけではなく、筑波大学広島大学、県立多治見病院、山梨県立中央病院に労基局からの是正勧告が行なわれています。江原先生の凄いのはどれも情報開示を求められ、是正勧告者や是正報告書の原本をそろえられている事です。

今日はその中で県立広島病院のものを見たいと思います。県立広島病院を取り上げたのはとりあえず是正項目がテンコモリあった点です。まず是正勧告書です。

法条項等 違反事項 是正期日
労基法第15条第1項

(労基則第5条)
 労働契約の締結に際し、常勤職員の労働者に対して、労働契約の期間、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、賃金(基本賃金を除く、手当)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切及び支払いの時期並びに退職に関する事項について、書面の交付する方法により、明示していないこと。



 また、労働契約の締結に際し、非常勤職員の労働者に対して退職に関する事項について、書面の交付により明示していないこと。
20.3.14
労基法32条第1項、第2項

労基法第35条
 時間外労働・休日労働に関する協定における、延長する事ができる時間(1日、1か月及び1年)及び労働させることができる休日を超えて労働させたjこと。



 また、非常勤職員の労働者について時間外労働・休日労働に関する協定の届け出なく、時間外労働及び休日労働を行わせたこと。
即時
労基法34条第1項  労働時間が8時間を超えているにもかかわらず、少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えていないこと。 即時
労基法37条第1項、第3項  労働者の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して賃金を支払っていないこと。



(1.)労働時間の不適切な把握及び2.)1日における労働時間の切り捨てに起因するもの。不足額に対しては遡及して支払うこと。)
20.3.14
安衛法第66条の4

(安衛則第51条の2)
 健康診断の結果(当該健康診断の項目に以上の所見があると診断された労働者に係るものに限る)に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師の意見を聴いていないこと。



(聴取した医師の意見は健康診断個人票に記載すること。)
20.3.14
安衛法第100条2項

(安衛則第52条)
 常時50人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、定期健康診断結果報告書を所轄労働基準監督署長に提出していないこと。 20.2.29
安衛法第100条1項

(安衛則第58条)
 電離放射線健康診断結果報告書を所轄労働基準監督署長に提出していないこと。 20.2.29


7項目は新記録かなってところです。労基法32条、34条、35条、37条あたりはポピュラーな違反ですし、これまでも取り上げた事があると思います。ここで労働安全衛生法違反もとっても珍しいのですが、労働基準法15条違反は初めて見ました。さっそく労働基準法の条文を引用します。

第15条

 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

2項、3項は省略しますが、これは就職するに際しての契約書の事かと考えられます。ここに括弧書きで労働基準法施行規則5条とありますから、ちょっと長いですが引用しますと、

第五条

 使用者が法第十五条第一項 前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については、使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。

一  労働契約の期間に関する事項
一の二  就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二  始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三  賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四  退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
四の二  退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五  臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六  労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七  安全及び衛生に関する事項
八  職業訓練に関する事項
九  災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十  表彰及び制裁に関する事項
十一  休職に関する事項

このうち県立広島病院が是正勧告を受けたものは、

  • 労働契約の期間
  • 始業及び終業の時刻
  • 所定労働時間を超える労働の有無
  • 休憩時間、休日、休暇、賃金(基本賃金を除く、手当)の決定
  • 計算及び支払いの方法、賃金の締切及び支払いの時期並びに退職
労働契約に関してはロクロク読まずに契約することはとくに医師ならよくある事ですが、ロクロク読んでなくとも通常は契約書には書いてあるものです。ところが県立広島病院はロクロク読まれないためか、契約書にすら書いてなかったようです。ちょっと驚きました。これって県立広島病院だけの事でしょうか、それとも広島県職員全員がそうなんでしょうか興味がもたれるところです。是正勧告に並べられた項目は職種により相違はあると言うものの、ある程度県職員全員に共通しそうな項目ですから、関心を持ってしまいます。

是正勧告は今年の2/12付で出されており、是正期日は3/14となっております。これに対し広島県が出した是正報告書は、

3/14

    県職員としての雇用条件の提示となるため、人事室に対応を協議しています。
5/15
    非常勤職員については、様式を変更し手交しました。正規職員については、平成20年4月1日にオリエンテーション資料を新規採用職員に手交し、説明しました。

あくまでもそういう風にも解釈できるというだけですが、3/14の「県職員としての雇用条件の提示」と書かれていますから、可能性として県立広島病院だけではなく広島県職員すべてがそうであったのかもしれません。「まさか」とは思うんですけどね。それと是正報告書はこの後、7/1、7/30の計4回出されているのですが、後の是正報告書には労基法第15条1項については書かれていません。5/15の是正報告書には、

たしかに「非常勤職員」と「新規採用職員」には是正されているようですが、その他の正規職員はどうなっているのでしょうか。ここもよく分からないところです。


もう一つ労働基準法34条1項の是正勧告に対する対応もおもしろいところがあります。まず34条1項の条文ですが、

第34条

 使用者は、労働時間が6時間を超える場合においては少くとも45分、8時間を超える場合においては少くとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

なんと言っても15条1項の違反で「始業及び終業の時刻」これが明示されていない職場ですからアレなんですが、労働基準局は8時間以上の労働があると事実認定し「即時」の是正を求めています。この問題は広島県も苦悩中らしく、4回の是正報告書のすべてに報告を書かれています。

3/14

    2月12日の看護部会議において、是正勧告の内容の報告とともに、時間外勤務となる場合には15分の休憩時間の付与を徹底するよう依頼しました。
    休憩時間を45分から60分とすることについて、院内の意見聴取及び県病院事業局と調整しています。
5/15
    休憩時間を45分から60分とすることについて、県病院事業部及び広島病院分会と協議しています。
7/1
    休憩時間を45分から60分とすることについて、県病院事業部及び広島病院分会と協議しています。
7/30
    休憩時間を45分から60分とすることについて、県病院事業部及び広島病院分会と協議しています。

無茶苦茶協議が難航している事がわかります。3/14の是正報告書の内容から考えると、元もとの休憩時間は9時から5時の8時間(ないしは前後に15分程度の準備時間があっての8時間30分)の就業時間があり、ここに45分の休憩時間があるので、労働時間が8時間未満となっていると解釈しているかと推察されます。8時間未満であれば休憩時間は45分で良いことになるとの考え方です。そこで8時間以上になる時、すなわち時間外勤務が発生したときには容易に8時間を超えるので、15分の休憩時間を追加する事により違反を解消したとの是正内容です。

労基法は専門家の御意見が頂けるので厳しいところですが、そういう運用でも確かOKであったかと思います。ここはおそらくですが、労基局が指摘した通り、実態として労働時間が8時間以上になるのが常態化しており、それならば労基局の是正勧告通り一律で45分から60分にすべきではないかの協議が難航していると考えられます。しっかし怖ろしく難航で、5/15から3回続けて同じ文章の「協議しています」ですから、完全に平行線状態ではないかと考えます。

それと3/14の是正報告書には「看護部」の是正は報告されていますが、看護師以外はどうなんでしょうか。元もとの是正勧告書にはとくに「看護師の労働時間」とは特定してありませんから、普通に考えれば全職員が対象の勧告と考えられるのですが、「即時」の割には時間がかかる「協議」となっています。「まさか、まさか」と思いますが、職員が「休憩時間の延長は不要」と強硬に主張し、広島県がこれを説得するのに難渋しているなんて事はないと思いますが、時に「事実は小説よりも奇なり」なんて事がありますからわかりません。

本当の焦点は食傷気味なので、今日はちょっと変化球と言う趣向でした。