札幌の産科救急を東京レベルに

7/30付け北海道新聞より、

昨年の救急搬送 妊婦受け入れ拒否14% 札幌市消防局

 札幌市消防局が自宅などから産婦人科の患者を救急搬送する際、医療機関に受け入れを断られたケースが、昨年一年間で全体の14%の九十七件に上っていたことが二十九日、分かった。市内の十代の妊婦が十四回拒否された後、市内の病院で出産した例も。札幌市産婦人科医会が市の二次救急体制から撤退し、十月から夜間の救急患者を受け持つ当番病院制度がなくなる見通しで、同局は「受け入れ先を見つけるのがますます困難になる」と懸念している。

 救急隊は患者の元に到着後、《1》かかりつけ医か患者の希望する病院《2》当番病院か近くの病院−の順で受け入れ先を探す。市消防局救急課によると、二〇〇六年以前の統計はないが、産婦人科医の減少を背景に受け入れ先の確保が難しくなる傾向にあるという。

 昨年、救急隊が現場から産婦人科医療機関に運んだ七百七件のうち、三回以上断られたのは十八件。理由は「(設備不足などで)処置困難」が最多の三十二件で「医師不在」(三十一件)、「手術・処置中」(二十九件)、「初診」(二十三件)、「ベッドが満床」(十五件)と続く。また、搬送できずに三十分以上現場にとどまった例が十八件あった。

 十四回断られたケースでは、一度も受診したことがない妊婦が破水し、救急隊が受け入れ先を探したが「初診は(妊娠週数も分からないためリスクが高く)診られない」などと拒否され、最終的に別の病院が受け入れた。

 札幌市産婦人科医会は九月末で夜間など救急を交代で受け持つ二次救急体制からの撤退を決めているが、参加している九病院は当番日だけで二百十八件と全体の三割の重軽症患者を受け入れてきた。

 十月からは市消防局が空きベッド情報を元に、個別に受け入れ先を探さなければならない。市保健所は「質を落とさないように努力したい」とするが、市消防局救急課は「安全のために一刻も早く患者を運びたい。当番病院に代わる受け入れ先を確保してほしい」と困惑している。

なかなか興味深い記事ですので分析してみます。記事に掲載さているデータは札幌市消防局のもののようですが、

  1. 搬送件数 707件
  2. 搬送問い合わせ3回以上 18件
このデータを中心に考えてみます。ベースのデータは救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果についてと同じと考えますが、ここには北海道全体のデータしかありませんが、これを引用してみます。

問合せ回数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 15
総数は1008 881 81 24 13 2 4 0 1 1 1


北海道新聞のタイトルによると、どうも1回でも搬送不能が出ればこれを「受け入れ拒否」と定義するようです。そうなると北海道全体で1008件の搬送事例があり、1回で受け入れは881件ですから「受け入れ拒否」は127件、比率にして12.7%になります。つまり「受け入れ拒否」事例だけで比較すると札幌市以外の方が少ない事になります。それにしても1回でも「受け入れ拒否」は許さないの論調が明確に示されているところが興味深いかと思います。

それはさておき、とくに問題にしているのは3回以上のようです。これは数字が記事に掲載されているので整理しなおしてみると、


総搬送件数 搬送拒否件数 拒否比率
札幌 707 18 2.5%
札幌以外 301 28 9.3%
全北海道 1008 46 4.6%
全国 22528 1988 8.8%


「3回以上」の「受け入れ拒否回数」だけなら、札幌以外の北海道および全国の1/3以下の数字である事を示しています。ここでなんですが、あえて対照比較したい都道府県があります。どこかと言うと首都東京です。東京が世界でも屈指の大都会であるのは言うまでもありませんし、日本では稀な財政基盤の豊かさを誇っています。今でも執拗に唱えられている「医師は都市部に偏在している」の都市部の代表格と言うより、都市部の中でもさらに別格の大都会です。

問合せ回数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
総数は2251 1694 207 120 72 46 21 15 21 19 5
問合せ回数 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21〜
総数は2251 7 7 1 3 1 1 3 2 5 0 1


北海道新聞流に表せば、
  • 「受け入れ拒否」が24.7%
  • 3回以上の「受け入れ拒否」が15.5%
  • 21回以上も「受け入れ拒否」された案件もあった
札幌に較べると東京は「受け入れ拒否」が1.8倍、3回以上の「受け入れ拒否」が6.2倍、ちなみに札幌最高記録の15回をさらに上回る案件が東京では12件あります。ここで東京では問合せる病院数が多いので、見た目の件数として増えるのではないかの指摘は出ると思われます。そこで搬送開始までの時間、すなわち搬送先が見つかるまでの時間のデータも示してみます。

地域 総搬送件数 30分未満 30分以上 60分以上 90分以上 120分以上 150分以上
北海道 1078 1040 35 3 0 0 0
東京 2254 1956 264 24 3 6 1
全国 23494 22159 1224 83 16 9 3


東京に較べると北海道は数値上では優秀である事が分かります。これは推測になりますが、札幌市の数値は北海道全体よりさらに優秀である可能性が高いと考えても良さそうな気がします。ただここで産科救急の一次二次輪番救急が消滅すればどうなるかですが、やはり数値は悪化すると考えるのが妥当です。どれぐらい悪化するかも予想に過ぎませんが、3倍に悪化して全国平均並み、さらに東京レベルまで悪化する事も十分ありえます。

まさかと思いますが、札幌市長は産科救急の搬送成績を東京並みにしようの野望を抱いているのでしょうか。関西人にはピンとこないフレーズですが、

    札幌の産科救急を東京に匹敵するものにする
データさえ知らなければすごい良い環境が実現するように聞こえます。札幌を東京並にするのですからね。しかし実際にやるのは成績を悪化させる事ですから、市長の方針としては実現が非常に容易で財政負担の軽減に直結します。札幌市の皆様、もうすぐあの首都東京並みの産科救急体制を手にする事が出来るかもしれません。
    あ!そっか、そっか、
札幌の産科救急が東京レベルになれば「たらい回し問題」は解決します。救急事情が悪化すれば解決とは妙に思われるかもしれませんが、ある意味の解決状態になります。行政にとって「たらい回し問題」で困るのはマスコミが騒ぐ事です。マスコミが騒ぐと世論が騒ぎ、議会が騒ぎます。マスコミさえ無視してくれれば「無かった事」になります。

マスコミが騒ぐのはニュースバリューがあるときだけです。「たらい回し」15回も707件に1件しかないから、年に1件しかないから、ニュースになります。これが東京のように「たらい回し」15回以上がが年に13件も起これば、毎月のようにその程度の事件が起こりニュースバリューが下がります。珍しくもないことなのでニュースにもならない状態になってくれます。

「たらい回し回数」も北海道では10回以上は年にたったの1件です。しかし東京になれば36件となり月3件ペースで発生しています。これだけあれば「たらい回し問題」なぞ日常茶飯事レベルの出来事になり、マスコミも記事にせず、マスコミが記事にしないから東京都民にとって「無かった事」に感じられる寸法になります。

考えてみれば東京で「たらい回し問題」が話題になった事を聞いたことがありません。全国で4件しかない21回以上の「たらい回し」が起ころうが、これも全国で3件しかない搬送先探し150分以上が起ころうが、マスコミが騒いだり、議会で問題になったり、都知事が記者会見で改善策を力説するなんて事は起こりません。起こりすぎて問題にするレベルを越えてしまっているからだと考えます。

おそらく札幌市もこの方針を狙っているのではないかと考えられます。優秀すぎて滅多に無いから叩かれるんだし、財政難なんだから今でも東京以上の産科救急レベルをさらに向上させるなんて贅沢だという理屈も成立します。東京レベルに弱体化させて、「たらい回し」など誰も気にしないレベルまで悪化させれば、行政の責任を追及する声は無くなります。悪化させるのに予算は不要ですから、市の財政改善にも貢献します。焦土作戦による「たらい回し『問題』」解消作戦と考えれば筋が通ります。つまり「たらい回し」は解消しませんが、「たらい回し『問題』」は解消する寸法です。

これがうまく行けば全国の自治体が追随するかもしれません。なんと言っても財政豊かで「医者が余っているはず」の大都会である首都東京のレベルに合わせるだけですから、財政難の自治体にとっては格好のモデルですし、東京レベルにすれば支出を削減できるわけです。貧乏人が金持ち以上のシステムを維持するのは贅沢だと宣言できそうな気がします。

考えてみれば財政豊かな東京と同等でも贅沢すぎるかもしれません。もっとレベルが下がっても、財政基盤の違いから十分弁明できます。東京が最優秀で他の自治体はもっともっと悪くとも「無い袖は触れない」の言い訳は可能です。東京より都市規模が小さいから医師の集まりが悪く、真っ赤ッ赤な財政状態ですから、その上で東京と同等のの産科救急レベルなんて維持できるはずが無いという事です。こう考えれば札幌市が産科救急体制の維持に不熱心なのは容易に説明可能です。