埋め草エントリー

私の心の中ではベッタリと烙印を焼き付けている久坂部羊氏ですが、適当なネタが無いのでやむなく埋め草に使います。【断 久坂部羊】医師増員への批判より、

【断 久坂部羊】医師増員への批判

 医師不足解決の方策として、厚生労働省は、「医療確保ビジョン」で医師の増員を発表した。

 医学部の定員を増やすとどうなるか。それで優秀な人材が集まるわけではなく、単に裾野が広がるだけだ。つまりは全体として、医師のレベルが下がる。それはひいては医療ミスの危険を高め、無駄な医療費を増大させる。

 現在の医師不足は、主に病院と地方で起きている。勤務が厳しく、収入の少ない病院や地方を離れ、立地条件のよいところで開業する医師が多いのが原因だ。

 医師の増員でこの問題が解決するのか。増員すれば開業医が増え、すでに患者の取り合いが起こっている現況に、ますます拍車がかかるばかりだ。やがて失業する開業医があふれるだろう。そんな医師が病院にもどっても、よい医療をできるわけがない。

 病院離れ・地方離れを防ぐには、そこで頑張る医師をもっと手厚く遇すべきである。

 今、病院でマンパワーが不足しているのは事実だ。しかし、今の病院乱立の状況で、すべての病院が万一に備えたりすれば、“寝るだけ当直”の医師に高い当直料を支払うことになり、無駄な医療費がますます増大する。

 こんな状況になったのも、すべては医師の自由を認めすぎたせいだ。科の選択の自由、開業の自由、病院開設の自由。それを放置して、医師の数だけ増やしても、無駄な医療が増えるばかりである。

 足りないから増やす。そんな小手先の方法で改善するほど、日本の医療危機は生やさしくない。

 (医師・作家)

どうにも食欲のわかない文章ですが、ボツボツと手をつけると、

 医学部の定員を増やすとどうなるか。それで優秀な人材が集まるわけではなく、単に裾野が広がるだけだ。つまりは全体として、医師のレベルが下がる。それはひいては医療ミスの危険を高め、無駄な医療費を増大させる。

要は医学部定員を増やしても水増し増員に過ぎず、ものの役には立たないの主張と考えられます。まあ、手放しで称賛しないだけ少しは勉強されたのかもしれません。ただし、

    つまりは全体として、医師のレベルが下がる。それはひいては医療ミスの危険を高め、無駄な医療費を増大させる。
前半の医師のレベルが下がるであろうは、確実に囁かれています。増員した分の指導医層がやせ細っており、こんな状態で増員されたら指導は疎かになりレベルダウンは避けられないだろうの観測です。しかし後半の「医療ミスの危険を高め」は文脈からして、増員の結果レベルが低下した医師による「医療ミス」を指すと考えるのが妥当ですが、医師不足による過労からの「医療ミス」についての考察はどうも欠けているようです。

現在の医師不足は、主に病院と地方で起きている。勤務が厳しく、収入の少ない病院や地方を離れ、立地条件のよいところで開業する医師が多いのが原因だ。

ここは勉強が足りていませんね。都市部は地方僻地より幾分マシなだけで、日本有数の大都市部でも医師不足からの医療の空洞化、医療崩壊現象は確実に起きています。日本有数は日本一の大都会でさえと言っても良いと考えます。また、

    立地条件のよいところで開業する医師
ポリポリポリ、久坂部羊氏は開業するという事に対してどういう理解をしているか不可思議です。開業するというのは一つの事業を新規に始めるという事で、それも何千万円もの借金を背負ってです。開業年齢は下がりつつありますが、若い方で40歳前後です。もちろんもっと若い医師もいますが、50歳代になってから開業される医師もおられます。借りた金は返済しなければなりません。決して趣味や道楽で開業するのではないのです。借金返済の最大の元手は医師の健康です。開業する医師が一人一人診察を積み重ねる事でのみ借金は返済できます。

何歳まで働けるかは誰にも分かりません。健康に恵まれれば70歳以上になっても働けますが、それまでに健康を損ねたり、寿命が尽きる事も十分ありえます。かつてのように5年程度で開業資金を鼻唄で誰でも返済できる時代は神話となり、診療所の倒産はニュースにさえならなくなっています。そういう厳しい環境であるのに立地条件を考えずに開業する医師など奇人変人に過ぎず、奇人変人は速やかに淘汰されます。医療は商売と言うと違和感があるかもしれませんが、開業は事業ですからどれだけシビアに開業条件を考えるかについて余りに知見が足りないとしておきます。

 医師の増員でこの問題が解決するのか。増員すれば開業医が増え、すでに患者の取り合いが起こっている現況に、ますます拍車がかかるばかりだ。やがて失業する開業医があふれるだろう。そんな医師が病院にもどっても、よい医療をできるわけがない。

久坂部羊氏の考えは「医学部定員増=開業医の増加」としているようです。久坂部羊氏がどういう思考過程でそういう結論を出したのか知る由もありませんが、なかなか穿った見方です。定員増で考えられるシナリオは二つで、

  1. 増えた研修医の指導の負担に耐えかねて中堅層の離脱が促進され、開業が増える
  2. 増えた研修医が曲がりなりにも戦力となり中堅層に余裕が生じ、開業が減る。
もっとも来年度から増員しても、シナリオ上でも余るほどになるのはいつの事やらですけどね。まあ、ここはとりあえずこれぐらいにして、
    そんな医師が病院にもどっても、よい医療をできるわけがない。
ここでの「そんな医師」とは文脈からすれば「失業する開業医」と考えられ、前段も含めて考えると「水増しされたレベルの低い医師」と読み取るのが妥当かと考えます。そうなると久坂部羊氏が想定する「そんな医師」は医学部定員増でレベル低下後の医師になります。開業するのは前段で考えていた中堅層ではなく、レベル低下後の医師が争って開業する時代を想定している事になります。

レベル低下後の医師が開業するまでには医学部6年、前期研修2年、後期研修2年は最低限必要です。もっとも卒後4年程度で開業するなんて今の常識では無謀の極みですが、10年後にはそんな時代が来ると予想されているのかもしれません。10年ではなく定員増の影響が現れると予想される15年とか20年後を予想しているのかもしれません。それでもレベルが低いか、経験の浅い医師が開業すれば「失業する開業医」が増えるかもしれません。ただレベルの高い医師が開業医として成功するかどうかは別次元の話なんですけどね。

ここで久坂部羊氏が想定している時代設定が謎です。医学部定員増で医師が増えているのは前提です。増える程度も「余るほど」が前提として良いように思います。「余るほど」医師が増えるからレベルが低下する話はさておいて、病院の医師数の頭数は足りていると考えるのが普通です。頭数が足りていれば「失業した開業医」が病院に戻りたくとも就職口はありません。足りているのなら何を好き好んで「失業した開業医」をわざわざ雇う必要が無いからです。つまり「よい医療をできるわけがない」と心配しなくとも、「医療をするところが無い」になります。

ところが久坂部羊氏は「病院に戻っても」の仮定を設けています。つまり病院の医師不足は続いているとの考えです。定員増を行なっても医師は止めどもなく開業に流れ、勤務医の充足は無いという考え方です。現在の医師不足状態により開業する医師がやや増えているのは事実です。それでも雪崩を打って状態にはなってはいません。なぜなら開業しても経営が厳しい事を良く知っているからです。久坂部羊氏の設定する医師が余る時代になれば開業条件は今よりさらに厳しくなります。

そんな厳しい時代になっても、勤務医不足がまったく解消しないぐらい医師は開業に向かうと想定している事になります。そこまで医師は開業をしたがる人種であると久坂部羊氏は確信しているとでも解釈せざるを得ません。これはあくまでも個人的に知る範囲ですが、開業の決心はまさに人生の一大決心です。勤務医を続けていれば収入としては生活は安定します。収入以外にも医師として魅力のある仕事は病院の方が多いとしている医師は少なくありません。正直なところ勤務医として居心地さえ良ければ開業指向は、そんなに強いとは思いにくいところがあります。

 今、病院でマンパワーが不足しているのは事実だ。しかし、今の病院乱立の状況で、すべての病院が万一に備えたりすれば、“寝るだけ当直”の医師に高い当直料を支払うことになり、無駄な医療費がますます増大する。

ここは意味不明の文章です。本当に医師なのか疑問を呈してしまうほどの意味不明の文章です。病院の当直は医療法で定められた規定であり、別に「万が一」だけのために自主的に備えているわけではありません。

医療法第16条

 医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。

当直に求められる業務も通達で定められ、

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。

「寝るだけ当直」に関しても、

宿直勤務については、相当の睡眠設備を設置しなければならないこと。また、夜間に充分な睡眠時間が確保されなければならないこと。

「高い当直料」についても、

宿直勤務1回についての宿直手当(深夜割増賃金を含む。)又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は、当該事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われる賃金(法第37条の割増賃金の基礎となる賃金に限る。)の一人一日平均額の3分の1を下らないものであること。ただし、同一企業に属する数個の事業場について、一律の基準により宿直又は日直の手当額を定める必要がある場合には、当該事業場の属する企業の全事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者について一人一日平均額によることができるものであること。

当直バイトは需要と供給の関係からこの規定を上回る水準の当直料が支払われるところもあるでしょうが、常勤医はこの水準に達しているところがどれだけあるか心許ないところです。医師の当直に関しては平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」および労働法規を少しぐらい勉強してから発言しないと、支離滅裂で何を主張しているか誰にも分からなくなります。

 こんな状況になったのも、すべては医師の自由を認めすぎたせいだ。科の選択の自由、開業の自由、病院開設の自由。それを放置して、医師の数だけ増やしても、無駄な医療が増えるばかりである。

3つの自由が指摘されています。

  1. 科の選択の自由
  2. 開業の自由
  3. 病院開設の自由
これを読んでも久坂部羊氏が本当に医師であるかに再び疑問を持ちたくなるのですが、「病院開設の自由」なんて並べるのに失笑します。そんなものがあったのは遥か昔です。今でも建前上は自由でしょうが、現実は地域医療計画で鉄の枷が嵌められ、そんな自由があると医師の前で語っただけで失笑のタネになります。新聞のコラムに書いているだけで十分失笑のタネですけどね。

「科の選択の自由、開業の自由」はあります。これを召し上げてしまえというのがここでの主張のようです。そうなると医師の科の選択はくじ引きになります。ブラックジャックに憧れて外科医を志望しても、くじ運次第では公衆衛生医になるのが良いという主張と考えられます。地域医療・僻地医療に熱い情熱を持っていても、これもくじ運次第で法医になればかなわぬ夢になります。

それと診療科の選択の自由を剥奪したとして、複数の診療科を履修しようと希望したらどうなるのでしょうか。おそらくですが、膨大な申請書類を提出し、厳しい審査のうえで、○○委員会の承認が無い限り認められない形式になると考えられます。重箱の隅みたいな話をしても仕方が無いのですが、すぐに素直な疑問が幾つも浮かんできます。


「あっ!」そうかそうか、ここまで読んで久坂部羊氏の主張が一貫している事がやっと理解できました。主張を整理すると

  1. 大前提は医学部定員増に対する感想
  2. 定員増は水増し増にしかならず、レベル低下を招く
  3. 医師の開業指向は病的である
ここで開業指向だけでは病院の医師不足が続いたり、医師のレベル低下の説明にしては中途半端と思っていたら、そこに後から提案が出てきます。
  1. 診療科選択の自由を剥奪
  2. 開業の自由を剥奪
なるほどこの二つが加われば、研修医のモチベーションは大幅に低下してレベルは見る見る下がります。下がるだけでなく医師そのものを辞める人間も激増すると考えられます。そういう実戦力の低下を提案として織り込んで考えれば、久坂部羊氏の主張は何とか筋が通ります。

足りないから増やす。そんな小手先の方法で改善するほど、日本の医療危機は生やさしくない。

そうなるとここの解釈は、診療科選択の自由も、開業の自由も剥奪して医師のモチベーションの低下する事や、臨床やそもそも医師と言う職業から離脱する者が増える事を考慮していないので、久坂部羊氏の貴重な提案が活きてこないとの結論と考えます。


どうにもやる気が出ないのでラフに解説してみましたが、まさしく徒労です。前にも書きましたが、久坂部羊氏が作家として発言する分にはどんな妄説を唱えようがワン・オブ・ゼムです。それはそれで気にはなりますが、この程度の主張にイチイチ反論していたら体がもちませんし、現場や実情を知らない人としてそれなりの斟酌は行ないます。ただ肩書きに「医師」をつけるのだけは辞めて頂きたいと思います。かりそめにも医師としてこれだけ見識の低い発言をくり返されるのは、同じ職業を名乗る者として耐え難い苦痛となります。