記事情報しかありませんからその点は肩の力を抜いてお読みください。6/3付け東日新聞より、
4400万円で和解
02年6月、豊橋市内に住む男性(当時51歳)が呼吸困難を訴えて豊橋市民病院を外来受診してそのまま入院、容体が悪化したため当直医が気管挿管を試みたが、失敗し、低酸素脳症による植物人間となり、今も続いている医療事故訴訟で、控訴していた病院側が和解勧告に応ずることになり、2日開かれた市議会議会運営委員会に報告した。和解金額4400万円。6月市議会定例会に議案として上程し議決後、正式な和解手続きに入る。
この男性は92年から気管支ぜんそくなどのため同院に通院していた。呼吸困難を訴えて外来受診し入院した際、夜になって血中酸素状態が悪化し集中治療室に入ったが、容体悪化に伴い当直医が気管挿管を試みた。しかし肥満、猪(い)首、咽頭浮腫(ふしゅ)などのため挿管が困難で、心停止に陥った。
心臓マッサージや蘇生(そせい)処置により心拍は戻ったものの、脳への酸素供給停止となり、低酸素脳症による植物人間となった。
そのため迅速な挿管に失敗したことが後遺障害の原因だとして04年7月、病院を相手取って総額8443万円を求める訴えを起こし、06年9月、担当医師の判断ミスを認め、5142万円を支払うよう命ずる名古屋地裁豊橋支部の第一審判決が出された。
病院は、医師個人の処置ミスはないと主張し、判決を不服とし控訴していた。
名古屋高裁から今年3月、和解勧告があり、(1)医師に過失があったかどうか、肯定することは困難(2)ほかの医師との連携が十分であったかどうかは争点とされるべき(3)三次救命救急センターのICU内で管理中の症例であったことから、気管挿管困難症に適切に対処できる病院の態勢は不十分であり、これが事件に結びついた―とし、和解金4400万円が示された。
同院では、担当医師の過失は認められないという判断が出て、賠償額も減額されたとして、応じることを決めた。
事件の経過は、
記事には明記されていませんが、患者は喘息の重積(重篤)発作が生じたと考えて間違いなさそうです。最初は一般病室であったようなので、ネオフィリンやステロイド、ボスミンあたりは既に投与された上での症状増悪と考えられます。これもおそらくですがICUに移ったのは、挿管管理に移行するつもりだったのか、移行する可能性が高そうだと考えてのものだとしてもよさそうです。成人の喘息時の挿管ガイドラインが2006年版しか手許に無いのですが、
- 高度の換気障害もしくは心停止、呼吸停止が見られる場合
- 明らかな呼吸筋疲弊が見られる場合
- 酸素を最大限投与してもPaO2が
50050mmHg未満の場合
- PaCO2が1時間5mmHg以上上昇する場合
- 急激なPaCO2の上昇と意識障害を伴うな場合
肥満、猪(い)首、咽頭浮腫(ふしゅ)などのため
咽頭浮腫ってのが「?」で喉頭浮腫のような気がしないでもありませんが、これも記事以上の情報はありませんからおいときます。ここで気管挿管と言う技術は患者によって難易度が極端に変わります。条件としては、
- シチュエーション
- 患者の体型(解剖学的意味を含めた)
患者の体型の問題は、挿管チューブを差し込む喉頭蓋がいかに見えやすいかが問題となります。挿管時には口を大きく開いて、中を覗き込んで挿入口である喉頭蓋を探すのですが、見つかりにくい人は本当に見つけ難いのです。今回の患者はそれに該当しそうです。私の少ない経験でも、重症のクループ児の挿管で、腫れ上がった喉頭蓋にどうしても挿管チューブが押し込めず、麻酔科医に三拝九拝した事があります。
この事件はシチュエーション的には緊急事態です。鎮静はどうなっていたかは記事からは分かりませんが、体型は読むからに難しそうです。相当な苦戦を強いられ、結果として心停止から、
脳への酸素供給停止となり、低酸素脳症による植物人間となった
不幸な事故です。
これが訴訟になったのですが、記事によると和解条件と言うか争点らしいのは、
- 医師に過失があったかどうか、肯定することは困難
- ほかの医師との連携が十分であったかどうかは争点とされるべき
- 三次救命救急センターのICU内で管理中の症例であったことから、気管挿管困難症に適切に対処できる病院の態勢は不十分であり、これが事件に結びついた
-
ほかの医師との連携が十分であったかどうかは争点とされるべき
あくまでも私は小児科医なので割り引いてもらいたいのですが、この事件で医療側の体制としてよく分からないところが幾つかあります。医療としての事件の流れは、
-
喘息重積発作 → 気管挿管困難症出現 → 患者が低酸素性脳症になる
- 応援を呼ぶ
- 気管切開を考える
ここで問題としたいのは挿管を行なっていた「当直医」が誰かと言うことです。事件の経緯から患者を一般病室からICUに移す判断をしたのは当直医でしょうし、そのままICUで挿管の判断を下し挿管を試みたのも「当直医」だと考えられます。当直医として考えられるのは、
- 外来で入院を判断した医師が入院でも主治医になり、そのまま当直
- 外来担当医から主治医を命じられた医師がそのまま当直
- 主治医とは関係なく、たまたまの当直医
しかしここで引っかかるのは記事がわざわざ「当直医」としている点です。「主治医=当直医」なら説明は可能ですが、もう一つの可能性として挿管が行なわれたのがICUですから、「当直医」はICUの当直医でなかったかと言うことです。豊橋市民病院の救命救急センターのHPには、
当院の救命救急センターは、東三河地区唯一の救命救急センターとして、1次から3次までのあらゆる救急患者に対応しています。救命救急センターは、主に救急外来部門(ER)と重症例が入院する救命救急センター・ICU部門に分かれ、24時間体制をとっています。
現在の豊橋市民病院ではありますが、救命救急センターに2名、麻酔科医に8名所属しています。「相当程度の期待」としてICUに麻酔科医の当直医がいた可能性がありそうに思います。つまり主治医が挿管が必要として患者をICUに移し、そこで見るからに挿管が難しそうな体型の患者に対しての挿管をICUの「当直医」に依頼した可能性です。それよりもICUに移す前に当直の麻酔科医と挿管について相談し、危なそうだからICUで万全の体制で行おうだったかもしれません。今朝は主治医と別にICU当直医がいたの前提で考えてみます。
ただしどんなベテラン麻酔科医であっても難しいときには難しいのが挿管です。時間は夜ですから院内唯一の麻酔科医でしょうし、その時間帯ではもっとも挿管技術が優れていたのがそのICU当直医でしょうから、他に応援を呼んでも挿管の手助けにはなりません。推測として挿管だけなら主治医と麻酔科医の二人体制で必要にして十分だったとも考えられます。
ここで挿管が困難になれば気管切開と言う選択に普通は進むのですが、挿管を試み始めてから、どれだけの時間で心停止に陥ったかが記事では不明です。記事から考えると挿管に手間取っているうちに心停止が起こったニュアンスが窺えますが、その時間がどれほどだったのでしょうか。喘息重積状態ですから長くはないと考えられますが、心停止が起こってからもある程度粘った可能性は考えられます。
気管切開は気管挿管より確実性は高まりますが、記事にある猪首と肥満は気管切開も難しくさせます。猪首と肥満の程度は現場の主治医、麻酔科医が気管切開の選択を躊躇させるものがあった可能性もありえます。気管切開より「もうちょっと」に思えた気管挿管の方が見込みがありそうと判断した可能性です。記事の「咽頭浮腫」が「喉頭浮腫」なら喉頭展開までは出来ていたが、捻じ込むのに手間取っていた事も考えられるからです。
最後に和解条件では院内の協力体制が問題になっていましたが、当直医がICUの麻酔医であれば十分な応援かと思います。主治医と二人いれば気管切開も不可能とは思えません。また24時間体制のERの救急外来ですから、気管切開が不慣れならそこからの応援も可能です。場所がICUですから一般病棟より看護師は多く、介助や他の医師の呼び出しのための人手も確保は可能そうに思えます。もちろん当夜の主治医や当直医の技量、救急外来状況や、ICUの他の患者の状態ですべて手が塞がっていた可能性もありますが、これ以上は記事では分かりません。
それにしてもこの後どうやって蘇生させたかに関心があります。気管挿管を試みただけで心停止する状態ですから、バッグ呼吸でなんとかなる状態とは思えません。蘇生するためには気道確保のために気管切開か気管挿管を行なう必要が考えられるのですが、結局どちらをどれぐらいの時間で出来たかも知りたいところです。
和解条件を読むのは不可能に近いでしょうが、せめて一審判決文が欲しいところです。