昨日は硫化水素自殺に関する神戸新聞社説を取り上げましたが、今日は4/25付毎日新聞社説です。
社説:硫化水素自殺 死を誘発するサイトの罪深さ
市販の洗剤などを混合して発生させた硫化水素ガスによる自殺が、各地で続発している。高知県香南市では中学3年の女子生徒が自殺した市営住宅からガスが漏出し、家族や近隣の約70人が病院で手当てを受けたほか、75人が体育館に避難して一夜を過ごす騒ぎとなった。巻き添えで死者が出たケースもあり、事態は深刻だ。
硫化水素を使った自殺が目につき出したのは1年ほど前からで、インターネットの自殺サイトで「簡単で確実に死ねる」として生成法が紹介されているため、最近は若者を中心に流行のように広がっている。
日本では百余年前、栃木・日光の華厳の滝で旧制一高生が投身自殺した後、半年間に十数人が後を追うように身を投げたのをはじめ、1人の自殺をきっかけに連鎖反応的に追随者が現れる現象が繰り返されてきた。86年に東京・新宿でアイドル女性歌手がビルから飛び降り自殺した後は、2週間で二十数人の少年少女が理由のはっきりしない自殺を遂げている。
戦前の伊豆大島・三原山など時代とともに“自殺名所”も生まれては消えてきたが、インターネットが普及してからというもの、自殺サイトが同じ手段による自殺を広い範囲で誘発させる新しい現象が生じた。
最近は見知らぬ者同士が練炭で集団自殺を図るケースが相次いでいるほか、自殺願望者が“殺し屋”を募り、実際に請け負った男に殺害される事件まで起きている。命を軽んじる風潮を背景に、自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。
硫化水素自殺の場合は、従来の手段よりも第三者を巻き添えにする危険が大きい。自殺サイトが自殺の誘因となっているだけでなく、硫化水素が別の犯罪に悪用される可能性も重視し、警察当局は監視に努めて、ネットの開設者やプロバイダーに自粛や削除を求めるべきだ。自殺との因果関係が認められた場合は、自殺ほう助罪の適用なども視野に入れて取り締まりを強める必要がある。自殺サイトに限らず、反社会的なサイトを追放する機運も、盛り上げねばならない。
問題の洗剤などのメーカーには直接の責任はなくても、混合しても毒性ガスを発生させないように、あるいは毒性を弱めるように成分を変更するなどの工夫を期待したい。これまでにも自他殺に使われた殺そ剤や農薬類を追放した経緯があることも忘れられない。
抜本的には毎年3万人もの自殺者が生まれている状況を好転させぬ限り、問題の解決は望めない。政府は昨年、自殺総合対策大綱を策定、10年かけて自殺死亡率を20%減らす目標を立てたが、生死のはざまで悩む人を自殺に駆り立てる誘因については早急に除去する取り組みが求められる。
この社説では、
- 日本では百余年前、栃木・日光の華厳の滝で旧制一高生が投身自殺した後、半年間に十数人が後を追うように身を投げた
- 86年に東京・新宿でアイドル女性歌手がビルから飛び降り自殺した後は、2週間で二十数人の少年少女が理由のはっきりしない自殺を遂げている。
- 戦前の伊豆大島・三原山など時代とともに“自殺名所”も生まれては消えてきた
これらの数え切れない前科について社説は他人事のように列挙しております。続いてネット普及以後の例を挙げています。
- 硫化水素を使った自殺が目につき出したのは1年ほど前からで、インターネットの自殺サイトで「簡単で確実に死ねる」として生成法が紹介
- 見知らぬ者同士が練炭で集団自殺
- 自殺願望者が“殺し屋”を募り、実際に請け負った男に殺害される事件
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命を軽んじる風潮を背景に、自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。
ネット普及以後の自殺にネット情報が関与している事は否定しません。ただしネット情報は見ようと努力しないと読めません。昨日も書きましたが、硫化水素自殺の波及段階は、
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第一段階(発端):自殺願望者がネット情報で硫化水素自殺法を知って実行
第二段階(流布):これをマスコミが日本中に報道
第三段階(浸透):他の自殺者がマスコミ報道に触発されて硫化水素自殺を選択しネットで方法を探り自殺
第四段階(増幅):さらなる自殺者をマスコミが報道が煽る
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第一段階(発端):特異な自殺法が行なわれる
第二段階(流布):これをマスコミが日本中に報道
第三段階(浸透):他の自殺者がマスコミ報道に触発されて同様の自殺法を行なう
第四段階(増幅):さらなる自殺者をマスコミが報道が煽る
ここで大問題なのは現在であってもマスコミはこの慄然たる魔力を振るっている事に全く自覚が無いことです。もちろん過去にそんな事をしたとの反省などカケラもありません。人間であれば精神科治療の対象になったり、刑務所なりでの矯正が期待できますが、マスコミは野放しのまま膨大な情報を発信し続けているのです。これを止めるものは日本には残念ながら存在しませんので、確実に無限に続く新たな○○自殺は量産されていく事になります。まさに由々しき問題です。
ここに自殺問題に関する自殺予防メディア関係者のための手引きがあります。どんなものかと言えば、
この文書は、自殺予防に関連する団体や専門組織を対象とした一連の手引き書のうちの一つであり、世界保健機関(World Health Organization: WHO)が自殺予防のために国際的に提唱しているSUPREの一部として用意されたものである。
WHOが作ったマスコミ用の自殺予防のための手引きです。自殺におけるメディアの影響から一部引用しますが、
全般的に、新聞とテレビによる自殺に関する事実報道の形式のうちいくつかのものが、自殺の増加に統計学的に有意に関連していることが、充分に根拠をもって示されている。そしてその影響は、若者の間で最も大きいことが示されている。当然のことながら自殺の多くは報道されない。ある自殺について公に伝えるかどうかの決定を左右するのは、通常、自殺した人物、方法、あるいは場所が特殊かどうかということなのである。自殺は、しばしば報道するだけの価値があり、メディアはそれを報道する権利を有する。しかしながら、メディアの関心を最も大きく惹き付けるような自殺は、通常のパターンとは異なるものなのだ。事実、メディアで報道される事例は、常に非定型的で一般的なものではない。それなのにそれらを「定型的」と表現することが自殺に関する誤った情報をさらにそのまま放置することになる。臨床家と研究者は、そういう報道は本来あるべき自殺のニュース報道というものではなく、それどころか、脆弱な一群の人々の自殺行動を増加させる特殊な種類の報道であると知っている。もしかすると、あるタイプの報道は、逆に自殺行動の模倣を防止するのに役立つかもしれない。しかしながら、現状の自殺の報道には、自殺という発想が「正常なもの」であるかのように思わせる可能性が常にある。繰り返される、絶え間の無い自殺報道は、特に青年や若年成人を自殺に傾倒させたり、自殺を促進したりしがちである。
ちょっと長いのですが、自殺自体はそうそう報道される事はありませんが、報道されるものはその価値、すなわち記事としてセンセーショナルな物に限られます。そういう報道の影響は、
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事実、メディアで報道される事例は、常に非定型的で一般的なものではない。それなのにそれらを「定型的」と表現することが自殺に関する誤った情報をさらにそのまま放置することになる。臨床家と研究者は、そういう報道は本来あるべき自殺のニュース報道というものではなく、それどころか、脆弱な一群の人々の自殺行動を増加させる特殊な種類の報道であると知っている。
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繰り返される、絶え間の無い自殺報道は、特に青年や若年成人を自殺に傾倒させたり、自殺を促進したりしがちである。
正しい知識をもつメディアによって行われる、適切で正確で、そして支援の可能性を併せもつ自殺報道は、自殺による悲劇的な命の損失を予防することができる。
こういう問題点がWHOで分析され世界中に流布されているにもかかわらず、これを参考にして報道姿勢を改めようとする気が全く無いのが真の問題点です。そもそもこういう手引書の存在さえ知っているかも疑問です。さらに言えば知っていてこれを無視するのならば、無知を超えて犯罪行為であると言っても差し支えありません。
長くなりますが、具体的な手引きを引用していきます。社説子の記事で該当しそうなところは、
自殺の報道をする際に特別に注意すべき点は以下のようなものである
- 統計学は注意深く、そして正確に説明されなくてはならない。
1人の自殺をきっかけに連鎖反応的に追随者が現れる現象が繰り返されてきた。86年に東京・新宿でアイドル女性歌手がビルから飛び降り自殺した後は、2週間で二十数人の少年少女が理由のはっきりしない自殺を遂げている。
- 確実で信頼性の高い情報源が使われるべきである。
インターネットが普及してからというもの、自殺サイトが同じ手段による自殺を広い範囲で誘発させる新しい現象が生じた。
- 時間の制約がたとえあったても、即興的なコメントは注意深く用いられなければならない。
インターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。
- 少数例に基づいて物事を一般化する場合には、特別な注意を要する。そして、「自殺の流行」、もしくは「世界で最も自殺率の高い場所」といった表現は避けるべきである。
日本では百余年前、栃木・日光の華厳の滝で旧制一高生が投身自殺した後、半年間に十数人が後を追うように身を投げたのをはじめ、1人の自殺をきっかけに連鎖反応的に追随者が現れる現象が繰り返されてきた。86年に東京・新宿でアイドル女性歌手がビルから飛び降り自殺した後は、2週間で二十数人の少年少女が理由のはっきりしない自殺を遂げている。
- 自殺行動を、「社会的あるいは文化的な変化や退廃に対応する理解可能な反応」などと報道することは差し控えるべきである。
命を軽んじる風潮を背景に、自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。
正確には該当しきらない部分もありますが、基本的なタブーを幾つか犯しているのは確実です。さらに、
報道の際に、以下の点を心に留めておくべきである
- 自殺の扇情的な報道は、特に著名人が関わっているような時は注意深く避けるべきである。報道は出来る限り最小限度に抑えるべきである。著名人が抱えてきたであろうあらゆるメンタルヘルスの問題もまた、認識されるべきである。過大な表現を避けるために、あらゆる努力がなされるべきでる。死亡した人や使われた手段、そして自殺現場の写真は使用すべきでない。第一面の見出しという位置は、自殺報道に関して断じて望ましくない。
- 社説:硫化水素自殺 死を誘発するサイトの罪深さ
- 旧制一高生が投身自殺
- アイドル女性歌手がビルから飛び降り自殺
- 使われた手段と、どのようにその手段を手に入れたのかということについての詳細な記述は避けるべきである。自殺のメディア報道は、自殺の頻度よりも利用される自殺手段に関してより大きな影響を与えることが先行研究によって示されている。ある種の場所(橋、崖、高い建物、鉄道など)は、古くから今に至るまで自殺と関連しており、知名度が加わることでより多くの人たちがそれらを利用しようとする危険性を増大させる。
- 自殺は、説明のつかないものとして報道されるべきではなく、あるいは単純な形式にでもって報道されるべきではない。自殺は、決して一つの要因または出来事から生じる結果ではない。自殺は通常、精神や身体の病気、物質乱用、家族機能の障害、対人関係の葛藤、そして生活上のストレッサーなどの多くの要因による複雑な相互作用によって引き起こされる。さまざまな要因が自殺の原因となることを認識することが大切である。
命を軽んじる風潮を背景
- 自殺は、破産や試験の失敗、あるいは性的虐待のような個人的な問題への対処方法として描写されるべきではない。
- 報道は、遺族と他の遺された人々が被る偏見と心理的苦痛といった、自殺による衝撃について配慮すべきである。
- 殉難者として、そして公衆の賛美の対象として自殺者を美化することは、影響を受けやすい人たちに対して社会が自殺行動を支持していると示すことになりかねない。そのようなことをする代わりに、自殺者に対する哀悼を強調すべきである。
- 死に至らなかった自殺未遂がもたらした身体的影響(脳の障害や麻痺など)を記述することは、自殺の抑止につながるかもしれない。
さして長くも無い社説にこれでもかでタブーを連発しています。まだ続きはあって、
メディアは、自殺に関するニュースとともに以下の情報を報道し、公表することによって、自殺を予防するための支援に積極的な役割を果たすことができる
ここは自殺予防のためにマスコミが行なうべきことですが、見事に欠落しています。
列挙された具体的な手引きはどれも重要な事であり、それも分かり易く書かれています。ただこれでも社説子の読解力を超える可能性は高いので、WHOの手引書はあえてこれを要約しています。
何をするべきか
してはいけないこと
- 事実の公表に際しては、保健専門家と密接に連動すること。
- 自殺は「既遂」と言及すること。「成功」とは言わない。
- 直接関係のあるデータのみ取り上げ、それを第1面ではなく中ほどのページの中でとりあげること。
- 自殺以外の問題解決のための選択肢を強調すること。
- 支援組織の連絡先や地域の社会資源について情報提供をすること。
- 危険を示す指標と警告信号を公表すること。
知らなかったで済まされる話ではありません。これこそマスコミが都合の良い時に持ち出す世界基準であり、また都合が悪い時に世界基準を持ち出すときの強弁である「日本では通用しない」が許される内容ではありません。今後も同様の報道を繰り返すようなら、WHO基準を無視した報道による死亡として責任を問われる覚悟は必要と言っておきましょう。
それにしてもです。いつもの事ながら、社説の内容と言うのは本当に酷似しています。取り上げるテーマによっては結論が類似していても悪くはありませんが、今回のような誤った見解に基づくものまで金太郎飴のように同じとは摩訶不思議です。なんでもアウトソーシングの時代ですから、社説も下請けの同じゴーストライターに丸投げして書かせていると考えるのが自然のようです。