2000件から考える

4/4の参議院厚生労働委員会で行なわれています。これを僻地の産科医様が文字起こしされましたので昨日は警察の「謙抑的」に対する公式見解を紹介しました。今日も質問者は民主党岡本充功氏ですが、答弁に立ったのは厚生労働省の外口崇医政局長です。

岡本委員

     報道によると調査対象となる対象は年間約2000件くらいではないかといわれておりますが、実際の医療安全調査委員会委員の構成の人数、それからそのバランス、こういったものはどのように考えられているのでしょうか。また調査チームとして何チームくらい予定されているのかお答えいただきたい。

三次試案の事故調の構成は

委員会は、中央に設置する委員会(医療の安全を確保するために講ずべき再発防止策の提言を主目的とする委員会。)、地方ブロック単位に設置する委員会(調査を主目的とする委員会。以下「地方委員会」という。)及び地方委員会の下に事例毎に置かれる調査チームより構成することを中心に検討する。

まとめると

  • 中央に設置する委員会
  • 地方ブロック単位に設置する委員会
  • 地方委員会の下に事例毎に置かれる調査チーム
この3つの人員構成は、中央委員会と地方ブロック委員会は、

中央に設置する委員会、地方委員会及び調査チームは、いずれも、医療の専門家(解剖担当医(病理医や法医)や臨床医、医師以外の医療関係者(例えば、歯科医師・薬剤師・看護師))を中心に、法律関係者及びその他の有識者(医療を受ける立場を代表する者等)の参画を得て構成することとする。

これもまとめると、

  • 医療の専門家(解剖担当医(病理医や法医)
  • 臨床医、医師以外の医療関係者(例えば、歯科医師・薬剤師・看護師)
  • 法律関係者
  • その他の有識者(医療を受ける立場を代表する者等)
調査チームも同様としていますが、調査チームはさらに補足があり、

調査チームは、関係者からの意見や解剖の結果に基づいて、臨床経過の評価等についてチームとして議論を行い、調査報告書案を作成する。調査チームのメンバーは、臨床医を中心として構成し、具体的には、日本内科学会が関連学会と協力して実施中の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(以下「モデル事業」という。)の解剖担当医2名、臨床医等5〜6名、法律家やその他の有識者1〜2名という構成を参考とする。

これもまたまとめると、

  • 解剖担当医2名
  • 臨床医等5〜6名
  • 法律家やその他の有識者1〜2名
そうなると調査チーム一つにつき必要な医師数は、
    解剖担当医2名、臨床医等5〜6名の計7〜8名の医師が必要
解説が長くなりましたが、この三次試案のメンバー構成を踏まえた上での岡本委員の質問は、想定される2000件の調査に何チーム用意して調査に当るかの質問です。

外口崇医政局長

     委員会の構成でございますけれど、中央の委員会、地方の委員会、そしてその下の調査チームとそれぞれ同じようなバランスになるかと思うのですが、これは今やっているモデル事業のメンバーの構成と大体似通ったものとして、たとえば医療の専門医である解剖の担当医(病理・法医)それから臨床評価を行う医師、さらに法律関係者やそのほかの有識者としてたとえば医療を受ける立場を代表する人と、こういった組み合わせのバランスになっております。人数についてですが、中央の委員会、地方の委員会、審議会のシステムに関する指針にもありますので、一定の制限等はありますが、先ほどの2000件という推定からすると延べにすれば2000人は超えてしまいます。もちろん、全部別々ではないのですけれど、それでもやはりある程度の人数の確保が必要となります。この件については現在つめているところです。

この答弁ですが三次試案と相違した内容が行なわれています。

    先ほどの2000件という推定からすると延べにすれば2000人は超えてしまいます。
「延べ」という表現なら明らかに間違っています。2000件に対し「延べ」2000人超なら、調査1件につき医師が1人ほどになります。しかし三次試案には調査チームのメンバー構成が書かれており、これからすると、
    「延べ」必要医師数は解剖医4000人、臨床医10000〜12000名の計14000〜16000人程度
日本の医師数統計は曖昧な部分が多いですが、総数で25万程度とされ、そのうち勤務医が16万人、開業医が9万人程度とされています。事故調調査に従事する医師はまず開業医では無理です。突然かつ長期の調査に従事すれば診療所経営が破綻します。そうなると勤務医からになりますが、1万6000人といえば全体の約1割が動員されることになります。

ここで2000件といえば、月平均167件です。1件の調査に2ヶ月必要として(モデル事業は3ヶ月ぐらいだったかな?)、専属チームで333チーム必要です。3ヶ月なら500チーム必要です。そうなると、

  1. 調査2ヶ月:解剖医666人、臨床医1665〜1998人
  2. 調査3ヶ月:解剖医1000人、臨床医2500〜3000人
これは専属チームにしての最低見積もりです。調査2000件で「迅速」に対応するにはこれだけの医師が最低必要です。これは余りに膨大なので、

全部別々ではないのですけれど、それでもやはりある程度の人数の確保が必要となります。

「全部別々ではない」していますので、一つの調査チームが複数の案件を抱える事を想定していると考えます。同時進行で複数の案件を調査するとし、調査1ヶ月167チームで計算すると、

    解剖医334人、臨床医835〜1002人
この想定は常に2〜3件以上の調査を抱えているものとなります。臨床医は調査がまだ可能としても、解剖医がそこまで対応できるかに疑問を感じます。解剖医2人一組で解剖件数は月1件ですが、これが可能かどうかは私にはわかりません。処理能力として月1件が専属だから可能としても、解剖医の数が問題となります。データによると、
  • 病理医数:1928人
  • 法医解剖に関わる医師数


    • 大学法医学教室に所属している医師数:253人
    • 法医認定医:119人
    • 死体検案認定医:87人
法医の実戦力数はわかりませんが、病理医数1928人に対しては、暴利医様から、

いつも言うことですが、病理専門医1900人強と言われていますけれど実働病理医数はもっと少ないです。多くの「教授」は解剖は大切だと外には言いつつ自分は執刀しませんし(大変だから)、現場を退いた病理医、検査センター専属の病理医、剖検の無い施設で働く病理医も少なからずいます。しかも病理医こそ偏在ぶりがかなりひどくて、東京都には362人いるのに、十人に満たない県もあります。まあ、かくいう私も東京へ逃げ込んだ?一人ですが。
http://jsp.umin.ac.jp/public/board-certified.html

ですので、事故調が機能するとしても大都市だけになるでしょう。東京を基準に考えるとすべてがピント外れになります。監察医制度だって東京大阪以外ではほとんど機能していないとのことですし。まあ、恐らく東京でも苦しいでしょうけれど。

それと解剖ができるからといって病理医も法医もゴッチャにしていますが、これも暴利医様から、

解剖医といっても、法医と病理じゃ解剖の手法や視点がまったく違います。我々病理医には法医解剖はできませんし、逆に法医の先生は病気のことをあまり知りません(むろん例外はありますが)。

ですのでこの両者が同じ仕事をシェアするのであれば、相互トレーニングが必要です。でもそんな時間があるのか、誰がそれを調整するのか、そして誰が指導するのか、こういう本質的な問題をまったく無視して話が進むので、けっこう驚いています。

病理医の数も非常に不足していますし、病理が動かないと癌治療に重大な支障を来たします。そこから334人も引き抜かれたら現場はどうなるかはすぐに想像がつきます。もっとも臨床医だって不足していますから、専属で1000人も引き抜かれたらどうなるか、考えただけでもゾッとします。

調査チームスタッフ確保も難しそうと思うのですが、その上部機構である地方ブロック委員会や中央委員会も大変そうです。年間2000件、月167件ですから、全国を10個のブロックに分け、どのブロックも均等の調査件数があったとして月に16.7件。地方ブロック委員会が実働20日とすれば、1日当たり0.84件の処理が求められます。おおよそで言えば1日約1件の調査報告をまとめる必要があります。

地方ブロック委員会の1日1件もきつそうに思うのですが、中央委員会はそれが全部集まりますから、1ヶ月に167件、1日あたり8.35件の報告が求められます。1日8時間働くとして、1時間当たり1件弱(0.84件)です。1日1件程度の処理にするには中央委員会も地方ブロック委員会と同規模の内容が必要になります。中央委員会、ブロック委員会および調査チームのメンバーは普通に考えて重複しません。これは解剖医も臨床医も同様と考えるのが常識的です。地方ブロック委員会や中央委員会の具体的な医師の数は記載されていませんが、調査チーム並とすれば20チームは必要ですから、

    解剖医40人、臨床医100〜120人
これだけ動員すれば地方ブロック委員会も中央委員会も1日1件弱の処理で仕事が行なえます。しかし1日1件弱も実際のところ処理できるのか正直なところ疑問です。会議がどんなに紛糾してもその日のうちに終わらないと仕事が降り積もります。

ところが私は遠慮して地方ブロック委員会の規模も中央委員会の規模もかなり小さめに設定しましたが、外口崇医政局長はこう答弁しています。

中央の委員会、地方の委員会、そしてその下の調査チームとそれぞれ同じようなバランスになるかと思う

ゲッ!、事故調には一体何人の医者が必要になるかという事になります。私の調査チーム試算を単純に3倍すると、

    解剖医1002人、臨床医2505〜3006人
それでもって外口崇医政局長の答弁は、
    この件については現在つめているところです。
もう三次試案で国側は最終試案にしたい腹積もりのようですが、この件については「考えていない」と言うことのようです。