警察が考える「謙抑的」

事故調三次試案の刑事手続きのまずおさらいです。別紙3から再引用します。ここは捜査機関(警察)との関係についてQ&A形式で答えていますが、

問1

 捜査機関は、捜査及び処分に当たっては、委員会の通知の有無を十分に踏まえるのか。また、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に対象を限定するなど、謙抑的に対応すべきではないか。

改めて読み直しても誰が主語かはっきりしない変な日本語ですが、答えは、

  1. 今回提案している仕組みにおいては、委員会の専門的な調査により、医療事故の原因究明を迅速かつ適切に行い、また、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に限定して捜査機関への通知を行うこととしている。また、委員会の調査結果等に基づき適切な行政処分を実施することとしている。

    なお、委員会からの通知は、犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思表示としての「告発」ではない。


  2. 医療事故についてこうした対応が適切に行われることになれば、刑事手続については、委員会の専門的な判断を尊重し、委員会からの通知の有無や行政処分の実施状況等を踏まえつつ、対応することになる。


  3. その結果、刑事手続の対象は、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に事実上限定されるなど、謙抑的な対応が行われることとなる。

これもサラッと読めば、警察は事故調の調査を優先し、その調査が済むまで乗り出さないように解釈しそうですが、よく読めば、

  • 刑事手続については、(中略)、対応することになる。
  • 刑事手続の対象は、(中略)、謙抑的な対応が行われることとなる。

なんら裏付け無しの希望的観測に過ぎず、従来と何も変わらない危険性を十二分にはらんでいます。これは行政処分が、
    委員会の調査結果等に基づき適切な行政処分を実施することとしている。
確実な手続きの下に粛々と行なわれるのに対して対照的です。

これに関する国会質疑が4/4の参議院厚生労働委員会で行なわれています。これを僻地の産科医様が文字起こしされましたので、謹んで引用させて頂きます。質問を行なったのは民主党岡本充功氏で、答弁を行なったのは警察庁米田刑事局長です。場所が国会だけに警察の公式見解になります。引用は今日のキモの部分に止めますが、他の部分も是非お読みください。

岡本委員

     結局ですね、この調査が進まなければですね、場合によっては行列ができてしまうと。調査の究明に行列ができてしまう。
    で、遺族から警察なり検察にですね、なんとかしてくれといわれる。
    調査委員会があるからそちらへどうぞといっても、行列ができてしまっている。
    そういった場合には、警察・検察動かざるを得ないとそういう認識でよろしいのでしょうか?

この質問の前提で事故調の処理能力に関する疑問が前提に出され、その上でのものですが、ここはごく単純に遺族が事故調報告を待たずに告訴した時の質問であっても同じと考えて良いかと思います。

警察庁米田刑事局長

     現在検討されていますこの委員会の、枠組みの中では、刑法上の業務上過失はそのままでございます。で、警察は警察捜査をする義務がございます。従いまして、その患者さんあるいは御遺族の方からの訴えがあれば、それは私どもとしては捜査せざるを得ない。
     ただこの仕組みで期待されておりますのは、委員会で十分な調査が行われ、遺族の方々の処罰感情とかそういったものも解消されて、わざわざ刑事手続きにもってくることが少なくなるということが期待されているとは考えたいです。

この答弁はわかりやすいものです。まず、

    現在検討されていますこの委員会の、枠組みの中では、刑法上の業務上過失はそのままでございます。
そりゃそうで、法的整備を何も行なっていないのですから、「そのまま」という解釈がもっとも正しい事になります。「そのまま」ならこれも当然ですが、
    警察は警察捜査をする義務がございます。
当然捜査を行なうのがこれも正しい法的解釈となります。何と言っても業務上過失致死ですから、警察の義務は家族の告訴がなくとも、事件性があれば捜査する義務も「そのまま」と受け取れます。

おそらく「謙抑的」にする部分は、

    わざわざ刑事手続きにもってくることが少なくなるということが期待されているとは考えたいです。
刑事手続きに訴えられたら粛々と対応するとし、事故調が機能してくれたら少しは考慮しても良いぐらいのリップサービスがついているだけです。これは警察が横暴と言うより事故調試案が刑事手続きに対し、杜撰を通り越して何も具体的な対策を行なっていない証拠になると考えます。

質問の引用をもう一つ、

岡本委員

     そういう意味でいいますとね、これが迅速に進まない場合には、改めて確認させていただきますけれど、ここがキモなんですが、迅速に進まない場合には遺族の早く解決をしてくれという提案があれば、当然警察は捜査に乗り出さざるを得ないという理解でよろしいのか。YesかNoかでお答えください。

ここは重ねての言質を求めたもので、遺族の訴えがあれば警察は捜査を開始するかどうかの返答を明瞭に求めています。

米田警察局

    おっしゃる通りでございます。

この国会質疑で警察は「謙抑的な対応」に関する、例の同意文書とか、口頭の約束も踏まえての答弁であると考えられます。事故調が取り交わした約束はこの程度のことであり、事実上「無」に等しいと解釈してよいと思われます。警察は事故調の調査に対し、口先では「謙抑的」とするだけで、実質は従来の対応と変わらないと明言しています。

警察は法に従って行動します。法に従って行動する警察を口先一つで「謙抑」させる事など机上の空論です。よく考えると国会議員の口約束で「謙抑」されるのなら、その適用範囲に歯止めは無くなり、お手盛りで不可侵の特権階級が生まれます。だから法に従って行動する正義は警察にあります。

やはり明文化された法で警察の行動を「謙抑」でなく「抑止」にしなければ、第二の福島事件が起こる可能性はこれまでと同じようにあり、事故調の存在は関係ない事になります。