長寿医療制度に急遽名称変更

中国春秋時代、斉の国の都の臨淄では、斉公の寵妃戎子の嗜好を反映した丈夫の飾りと言われるファッションが大流行していました。丈夫の飾りとは一種の男装で、その颯爽とした様子が好まれたのです。ロイヤルファミリーの真似をしたがるのは今も昔も変わらず、都の中では猫も杓子も丈夫の飾りが溢れかえる事になります。あまりの流行に顔をしかめた時の君主である霊公は禁止の通達を行ないます。

ところが君主の通達であるにも係わらず、一向に丈夫の飾りの流行はやみません。怒った霊公は役人に厳命を下し、

    帯を切り、服を引き裂いても中止させよ
命令を受けた取締り役人は、町で見つけ次第、帯を切り、服を引き裂いて取り締まりに励みました。何日か厳しい取締りを行ないましたが、今度は役人の方がビックリしました。あれだけ厳しい取締りを行なったのに一向に丈夫の飾りは減らないのです。自信を無くした役人は霊公に報告し、責任を取って職を辞すると伝えることになります。霊公は辞職を押し止め、この対策に苦慮する事になります。事はたかがファッションの事とは言え、君主である自分の命令が守られない事に苦悩したのです。

霊公は考えます。もっと厳罰にして取り締まるべきであろうか、とは言えファッションで死刑はやりすぎだし、どうしたら良いかと考えあぐねます。そこで偶々目に入ったのは、最近近習として仕え始めた晏嬰です。霊公からの諮問を受けた晏嬰は恐れもせずに真正面から答えます。

    丈夫の飾りに関しては、宮中でこれをお許しになり、外で禁じているだけでございます。これは店先に牛首を掲げながら実態は馬肉を売っているのと同じでございます。宮中での丈夫の飾りを禁止されれば、外の事はなんら御心配される事はありません。
この言葉に従い宮中での丈夫の飾りを禁止にしたら、たちまち都の中の丈夫の飾りは姿を消したと伝えられます。この逸話は本来「牛頭馬肉」であったものが、伝聞の過程で「羊頭狗肉」と間違って拡がりましたが、現在でも残る有名な故事成語となりました。この時、晏嬰は弱冠二十歳であったといわれています。

さて現在の日本。実態無視の医療費削減狂騒曲に踊る政府は、従来の保険制度ではこれ以上の削減は困難と考え新制度を作り出します。その名を後期高齢者医療制度。国民の負担は高くなる代わりに医療の質を低下させ、さらに裁量でいくらでも医療費を削れるようにできる制度です。この制度の実態を知る現場の医師たちは猛反対をしましたが、医師の意見を代表するとされてきた日医まで転んで制度は出来てしまいした。

現場の医師はこの制度をこう評します。

    現代の姥捨て山制度
他にはこう呼ぶものがいます。例によって例の如く、医師の危惧とは裏腹に患者の反応は鈍く、法案は粛々と成立し実行されています。

ところが時の政府は前年の参議院選挙の惨敗で半身不随になっています。またこの政府は二代続きで総選挙の洗礼を受けず、さらにやれば確実に現在の絶対過半数を失うのは火を見るよりも確実なので、それもできないジレンマに陥っています。それでも総選挙は近い将来必至なので、選挙対策を嫌でも考えなければなりません。そこで「痛み」を感じ始めればかならず反感を抱くであろう後期高齢者医療制度もなんとかしなければと考えます。

とりあえず少しでも「痛み」を感じなくするために保険料の凍結・緩和方針を打ち出し実施します。これは誰が見ても総選挙までの先延ばしですが、まずこれを打ち出しました。4月1日になり後期高齢者医療制度が本格実施されると、不安になったのかさらに小手先の案を考え出します。あまりに小手先過ぎて驚くほどですが、4/1付MSN産経ニュースより、

後期高齢者」やめます 長寿医療制度に急きょ名称変更

 厚生労働省は1日、この日にスタートしたばかりの75歳以上を対象とする「後期高齢者医療制度」の名称を「長寿医療制度」に変更すると発表した。スタート初日に、制度の名称が変えるのは極めて異例。ただ、周知期間がないままでの変更だけに2つの制度があるかのように誤解される可能性があり、新たな混乱が起こりそうだ。

 急遽(きゅうきよ)変更となったのは、「75歳以上を後期高齢者と呼ぶのは失礼」などといった世論の批判を受けて、福田康夫首相が同日の閣僚懇談会で舛添要一厚生労働相に変更を指示したため。厚労省は「長寿医療制度実施本部」も設置し、制度や名称変更の周知、相談体制の強化を図るとしている。

 後期高齢者医療制度をめぐっては、高齢者に「負担増につながる」などの不満の声が強く、野党4党は今国会に廃止法案を提出した。名称変更や実施本部の設置はこうした批判をかわす狙いがあるようだ。

 厚労省によると、「長寿医療制度」はあくまで通称で、公式文書などには引き続き「後期高齢者医療制度」も使用するという。ただ「突然の上からの指示だったので、使用基準は決めていない」(幹部)というドタバタぶり。

 後期高齢者医療制度については、3月には2億5000万円もかけて政府公報を配布したばかり。あまりに場当たり的な対応に、野党は反発を強めている。

後期高齢者制度の実態は狗肉を売るどころではなく、正体不明の食べる事さえ不安な屑肉です。そんな物を売っている店の看板を

これに付け替えるというドタバタです。さぞや厳命を受けた厚労相は驚いた事だと思います。本音では「首相御乱心」と感じたかと思います。もっとも厚労省自体はその体質が真性の朝令暮改ですから、文字通り4月1日の朝に法令が発せられ、夕方に改められようが日常茶飯事ですから何にも感じなかったかもしれません。

しかしどれだけの愚策か首相は本当に分かっているか不安です。考えようによってはマンションの強度偽装や、食品の産地偽装、賞味期限の偽装と同じぐらい悪質です。悪質と言う表現はどうも適当ではなく幼稚とした方が相応しいかと思います。偽装問題は本当は質が悪い事を隠蔽した工作です。一方で後期高齢者医療制度の看板の付け替えは、不良品のパッケージを上品にして誤魔化そうとするものです。悪質でなく幼稚の方が適当でしょう。

例えれば、現在誰もが不安視しているあの中国の会社の餃子を「中国四千年、秘伝の最高級餃子」と政府公認で名づけ、「だから不安は無いから心配するな」と言っているのに等しいと感じます。首相の周囲でその幼稚さを諌言できる人物はいない事が良く分かります。斉の国の故事である羊頭狗肉は、晏嬰の見事な諫言とともにもう一つ大事な事を伝えています。政府のやり方を国民が真似するという事です。この国の政府は、どんなに質の悪い物でも、パッケージさえ変更すれば「それでOK」である事を見せ付けたことです。

国が衰えれば指導者は小粒となります。小粒であるだけでなく質も低下します。さらに質が低下するだけでなく、それを補佐する人材の質も低下します。補佐する人材の質の低下は、個人の資質はともかく、正しい事を正しいと言い、正しくない事を正しくないと言える人物が枯渇します。そういう時代になっていると言う事のようです。