学校検診側弯症訴訟

札幌の高校検診騒動は去年の7月のニュースだったと確認できました。ごく簡単に経緯を振り返っておくと内科検診を受けた女子生徒が「エッチ」と騒ぎ出し、その騒動の収拾に学校側が医師に全責任を負わせて余計に大騒ぎになった事件です。この時は騒動だけで誰かが訴えられたとか、賠償金を支払ったみたいなレベルにはいきませんでしたが、その時に寄せられたHekichin様のコメントを紹介します。

記事で気になるのはこの点ですね。
「一方、道教委は学校医に対し、心臓疾患発見のため丁寧な診察を要請している。背景には二○○四年一月から○七年五月末までに、道内の公立小・中・高校で六人が突然死していることがある。」
ということは今後、心臓突然死が起こった場合、検診医師の見逃しにしたいわけですな。道教委員会は。たぶん、聴診検診廃止しても有意差のでる結果はでないでしょうけど、突然死したら医師の過失にされそう。

「そこまでは」と言いたいのはヤマヤマですが、今の御時世いつ起こっても不思議無いと感じたものです。

ここでまず学校保健法施行規則に検診で行なう検査の項目を確認しておきますが、まず就学時です。

第一条  学校保健法 (昭和三十三年法律第五十六号。以下「法」という。)第四条 の健康診断の方法及び技術的基準は、次の各号に掲げる検査の項目につき、当該各号に定めるとおりとする。

  1. 栄養状態は、皮膚の色沢、皮下脂肪の充実、筋骨の発達、貧血の有無等について検査し、栄養不良又は肥満傾向で特に注意を要する者の発見につとめる。
  2. 脊柱の疾病及び異常の有無は、形態等について検査し、側わん症等に注意する。
  3. 胸郭の異常の有無は、形態及び発育について検査する。
  4. 視力は、国際標準に準拠した視力表を用いて左右各別に裸眼視力を検査し、眼鏡を使用している者については、当該眼鏡を使用している場合の矯正視力についても検査する。
  5. 聴力は、オージオメータを用いて検査し、左右各別に聴力障害の有無を明らかにする。
  6. 眼の疾病及び異常の有無は、伝染性眼疾患その他の外眼部疾患及び眼位の異常等に注意する。
  7. 耳鼻咽頭疾患の有無は、耳疾患、鼻・副鼻腔疾患、口腔咽喉頭疾患及び音声言語異常等に注意する。
  8. 皮膚疾患の有無は、伝染性皮膚疾患、アレルギー疾患等による皮膚の状態に注意する。
  9. 歯及び口腔の疾病及び異常の有無は、齲歯、歯周疾患、不正咬合その他の疾病及び異常について検査する。
  10. その他の疾病及び異常の有無は、知能及び呼吸器、循環器、消化器、神経系等について検査するものとし、知能については適切な検査によつて知的障害の発見につとめ、呼吸器、循環器、消化器、神経系等については臨床医学的検査その他の検査によつて結核疾患、心臓疾患、腎臓疾患、ヘルニア、言語障害、精神神経症その他の精神障害、骨、関節の異常及び四肢運動障害等の発見につとめる。

就学時以外の毎年春に行なわれる検診については、

第四条  法第六条第一項 の健康診断における検査の項目は、次のとおりとする。

  1. 身長、体重及び座高
  2. 栄養状態
  3. 脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無
  4. 視力及び聴力
  5. 眼の疾病及び異常の有無
  6. 耳鼻咽頭疾患及び皮膚疾患の有無
  7. 歯及び口腔の疾病及び異常の有無
  8. 結核の有無
  9. 心臓の疾病及び異常の有無
  10. 尿
  11. 寄生虫卵の有無
  12. その他の疾病及び異常の有無

学校検診は集団検診であり、短時間で多数の検診を行なわなければなりません。一人一人ゆっくりやっても「絶対に見逃さない」と言い切れる医師は多くないと思いますが、短時間で多数となれば絶対的に精度は落ちます。この見落としに関する訴訟報道です。3/27付読売新聞から、

脊柱検診怠り病状悪化、大阪・能勢町と学校医提訴へ

 小中学校の学校医が検診を怠ったため、背骨が横にねじれて曲がる「脊柱(せきちゅう)側湾症」に気付かず、症状が悪化したとして、大阪府能勢町の高校1年の女子生徒(16)が同町と在校時の学校医に計約5000万円の損害賠償を求める訴訟を近く大阪地裁に起こす。学校保健法は脊柱検診を義務付けているが、見落とされることが多いといい、生徒側は「学校検診のあり方も問いたい」としている。

 訴状などによると、生徒は町立小、中学校に通学し年1回、学校医の検診を受けていた。中学3年だった2006年6月、風邪で受診した病院で、「背骨が曲がっている」と指摘され、別の病院で「特発性脊柱側湾症」と診断された。

 生徒側が中学校に確認したところ、学校医は校長に「思春期の女子に裸の背中を出させることはできず、脊柱検診はしていない」と回答したという。

 生徒側は「学校医が診断できなければ、町は別の対策を取るべきだ」と主張。学校医は読売新聞の取材に対し「弁護士に任せており、答えられない」とし、同町は「検診したが、発見できなかったと理解している」としている。

 日本側(そく)彎(わん)症学会元会長の鈴木信正医師は「側湾症の専門は整形外科医だが、内科医が学校医のケースが多く、検診していない学校がかなりある。検診を徹底するほか、かかりつけの小児科医らが診断できる体制作りも必要」と話している。

事実関係は単純で特発性脊柱側弯症を学校医が見落としていたという事です。側弯症は「脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無」の検査項目に該当し、必要とされる検診項目ですから見落としたと言われればそれまでです。さらに拙い事に学校医は、

    思春期の女子に裸の背中を出させることはできず、脊柱検診はしていない
「診ていない」と言い切っているのですから、訴訟にまでなれば事実関係で絶対的に不利です。この学校医の行いを頭ごなしに非難する気は毛頭ありませんが、地雷を踏み抜いた感が非常に強い事件です。この記事で紹介されている日本側弯症学会元会長の鈴木信正医師の言葉ですが、
    側湾症の専門は整形外科医だが、内科医が学校医のケースが多く、検診していない学校がかなりある。検診を徹底するほか、かかりつけの小児科医らが診断できる体制作りも必要
無難なコメントですが、なんちゃって整形外科医である内科医や小児科医では絶対に見逃さないとは今後も言えません。まあ、ちょっとでも怪しいと思えば根こそぎ整形外科受診させるのも一法ですし、そうなっていくかもしれませんが、それでも見逃さないとは言い切れません。側弯症の正式の診断については、何か波紋の広がりのような影をつけた写真で行うと覚えているのですが、ssd様のところにきっちり紹介してありました。元引用は財団法人岩手県予防医学協会です。

●検査方法

検査はモアレ写真法で行います。モアレ写真法は、表面のゆがみを見るために開発された光学的技術を応用したものです。すだれ状の格子を通した光を背中にあてると、その高低により縞模様(等高線)ができます。それを写真撮影し、縞模様の変形の程度を整形外科の専門医が読影します。体になんら影響を与えることなく検査することが出来るとても有用な方法です。

●検診の実際

検診は専用の検診車で行います。

撮影は上半身裸で行います。後ろ向きに立ち、背中に光をあてて、その写真を撮ります。

●モアレ写真

正常なモアレ写真です。

左右対称の等高線となります。
所見が認められるモアレ写真です。
左右の等高線の形が異なる他、
肩やウエストの高さも
左右で異なることがわかります

この検査法は教科書で読んだ事はありますが、実際にやっているのを見た事もありませんし、された事もありません。検査には専用の検診車がいるそうですし、そんな検診車が日本に何台あるかも知りません。ただしこれからは絶対に必要なものになると考えます。今回の訴訟は、

    同町と在校時の学校医に計約5000万円の損害賠償
つまり小中学校9年間で検診を担当した学校医全員を訴えている事になります。ここで問題なのは「いつ」から見逃していたかの客観的な証拠がありません。カルテ上は「異常なし」ですからね。「いつから」を経時変化で特定するには毎年モアレ写真による客観的な記録を残す必要があります。そうする事により何歳の時点で側弯症が発症したかを特定できます。そうしないと今回の訴訟のように小学校1年から中学3年までの学校医が芋づる式に訴えられる事になります。

せっかく

    生徒側は「学校検診のあり方も問いたい」としている
ここまで訴訟の意義を訴えてくれているわけです。この見落としを医師側も教訓にして、
    側弯症検査のためのモアレ写真検診ができない学校検診はすべて拒否
こういう前向きの姿勢を新学期が始まるこの時期に明確に示すべきかと考えます。これこそ患者側の声、患者側の利益を共に考えた正しい行動かと思います。ま、モアレ写真検診車の全国大量供給なんて事業は行政も大好きそうな事業ですから、医師が患者の要望に応えて断固たる姿勢を示す事に正義はあると考えます。そうそう読影は内科医や小児科医ではなく整形外科医にお願いします。そうしなければならないと書いてありますし、内科医や小児科医では見落とす確率が高くなりますからね。