はしか感染死訴訟

かなり出遅れましたが12/6付の読売新聞より、

はしか感染死、病院側に1審の10倍4400万円賠償命令

 ぜんそくで福岡県飯塚市飯塚病院に入院した二女(生後9か月)がはしかにかかり、急性心筋炎で死亡したのは不適切な治療が原因として、同市内に住む女児の両親が、病院を経営するセメント会社「麻生」に約7600万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が6日、福岡高裁であった。

 丸山昌一裁判長は医師の診療上の過失を認め、説明義務違反の過失のみを認めた1審・福岡地裁判決の賠償額の約10倍となる約4400万円の支払いを命じた。

 判決によると、二女は2001年6月、気管支ぜんそくなどのため入院。隣のベッドの男児がはしかにかかっていることがわかり、医師は治療薬を勧めたが、説明が不十分だったため、両親が必要と判断せず投薬されなかった。二女はいったん退院したが、翌7月、はしかと診断されて再入院、まもなく急性心筋炎で死亡した。

 丸山裁判長は「男児接触して3日以内に投薬したら、二女の死亡を避けることができた」と医師の注意義務違反を認めた。

事実関係は、

  1. 2001年6月、女児(おそらく8ヶ月)が気管支喘息などで入院
  2. 入院中に麻疹患者と接触
  3. 医師は治療薬を勧めたが両親は拒否
  4. 2001年7月、女児(この時点では9ヶ月)が麻疹発症、急性心筋炎にて死亡
まず麻疹は怖い病気です。どれぐらい怖いかなんですが、これは昨日から探しているのですが、日本での死亡率のはっきりした数字は出てこないのです。死亡者数的には年間100人弱らしいまではわかるのですが、正確な率がわかりません。しかし時に死亡する事がある怖い病気である事は間違いありません。

それとこの記事中にある治療薬は存在しません。存在しないから手強い病気なんですが、それでも何らかの薬剤の投与について争われた事は間違いありません。鍵は裁判長の言葉で、

    男児接触して3日以内に投薬したら、二女の死亡を避けることができた
麻疹には治療薬はありませんが予防治療はあります。考えられるものは2つで、このうち予防接種は公費では1歳以上の適用です。また裁判長の言う「3日以内」の表現ですが、麻疹患者接触後の緊急予防接種は従来2日以内とされ、今春からの成人麻疹流行に際して「3日以内」とされた経緯があります。2001年当時であれば医師の常識は2日以内であり当てはまらないと考えます。

そうなると可能性として残るのは麻疹抗体高力価ガンマグロブリンになります。やや自信が無いのですが、三次救急病院で研修時代にZIGと言われていたものかと考えます。これなら現在でも「3日以内」に投与すれば「予防できる事がある」のは間違いありません。もっともどれだけのパーセンテージで予防できたかのデータは手許にありません。

この訴訟で問題になっているのは、麻疹抗体高力価ガンマグロブリンの投与を担当医師が忘れていたのが問題であったわけではありません。担当医師は投与を勧めたが「両親が必要と判断せず」で拒否しています。この記事だけではどういう勧め方をしたのか、両親がどういう理由で拒否したのか不明ですが、両親への説明が不十分だとして説明義務違反だけではなく、診療上の過失まで認めています。

個人的に診療上の過失まで責任義務が拡がった事に注目します。ここからはあくまでも仮説ですので、そのつもりでお読みください。

薬害エイズ事件というのがありました。この事件の経緯も複雑なのですが、Wikipediaによると、

この裁判は2000年にミドリ十字の3被告人に実刑判決、2001年3月に安部医師に無罪判決、9月に松村に有罪判決が出た。

判決結果が出るたびに大きく報道されたと記憶しています。時系列的に今回の訴訟と時期を同じくするものです。ミドリ十字薬害エイズ問題以降、経営が悪化し、

その後も複雑な経緯を辿って現在は田辺三菱製薬となっています。この死亡事件が起こった当時はウェルファイドであったようですが、薬害エイズ事件の報道記事が躍るたびにミドリ十字の継承会社がどこであるかがしっかり書かれたはずです。私はそういう風に記憶しています。

ミドリ十字の主力製品は血清製剤です。少なくとも私はそういう風に受け取っています。血清製剤分野では大手で、吉富製薬ミドリ十字と合併したのもその分野の魅力が強かったからだと理解しています。それとこれも私の狭い経験ですが、麻疹の緊急予防薬である麻疹抗体高力価ガンマグロブリンの分野でも圧倒的なシュアを握っていたと考えます。

ここで推理なんですが、病院側が麻疹予防のために麻疹抗体高力価ガンマグロブリンの投与を進めたときに、これがウエルファイド社製品であったのではないかと考えます。たまたま両親が薬害エイズ事件に関心があり、ミドリ十字の継承会社がウエルファイドであることを知っており、そのために投与を拒否した可能性を考えます。私もその当時MCLSのガンマグロブリン大量療法の際にミドリ十字社製品を投与しようとしたら、相当抗議された記憶があります。

つまり両親はミドリ十字の継承会社であるウェルファイド社製品の投与に嫌悪感を持ち、投与を拒否した可能性です。麻疹がいかに重篤な疾患であるかについては現在ですら認識は相当甘いですから、ミドリ十字社製品を自分の子供に投与するリスクと麻疹のリスクを天秤にかけると投与しないに傾いても不思議ありません。

ここで訴訟が説明義務違反だけではなく「診療上の過失」まで認めたのは、両親が拒否したウェルファイド社製品以外の麻疹抗体高力価ガンマグロブリン製剤の提供を怠ったためではないかと考えます。当時ウェルファイド以外に生産されていたかどうかは不明ですが、もし生産されており、入手可能であれば、麻疹の重大性からその努力を怠ったとされたのではないかと考えます。

あったか無かったかについての情報は残念ながら確認できませんでした。それとこれはあくまでも仮説です。またこの仮説が正しいとしても違和感が相当残る訴訟ですが、可能性として考えてみました。