財務省のプレゼン

一昨日の財政制度等審議会 財政制度分科会 財政構造改革部会に提出された財務省主計局の資料のお話の蒸し返しです。資料の43ページを引用します。




この表は「一般病院の収支の状況(2007年6月医療経済実態調査:10月26日発表)」として出されています。この表に対する解説を引用します。

  • 一般病院の収支差額比率をみると、稼働日数の違い(※)を勘案すれば、


    • 一般病院(国公立を除く)は概ね前回調査と同様、その6割を占める医療法人は改善。
    • 国立病院も前回調査とほぼ同様であるが、公立病院は悪化しており、経営効率化等の公立病院改革が急務となっていると考えられる。

      ※稼働日数の減少(平日1日が土曜日に振替)により、医療費総額(≒医業収入)は▲1.2%程度の影響がある見込み。一方、医業費用の中には稼働日数が減少しても大きく変動しないもの(給与費・減価償却費)が多い。



  • なお、収支差額比率が悪化している公立病院を中心に給与費比率の上昇幅が大きいことに留意する必要。

この表と解説を使ったプレゼンを議事録から引用します。

 これがこれまでのことでございまして、マクロで見れば、まだ効率化努力というものの余地はあるのではないかということでございますけれども、43ページから、10月26日に発表されました「医療経済実態調査」の数字を掲げております。これでちょっとご説明をしたいと思います。

 43ページでございますけれども、これは、2007年6月、今年の6月のデータを10月26日に中医協で取りまとめて発表したものでございますけれども、まず、43ページは一般病院の収支の状況を見ております。下の表の方で見ていただきますと、左側の方が2年前の6月、右側の方が今年の6月ということでございますけれども、医業収入を100といたしまして、医業費用というものがあり、それを差っ引くと医業収支差額というものが出てくると、こういうことでございますけれども、この数字を、2年前と今年と、それぞれ6月どうしで比較をしたものでございます。

 上の文章の方に戻っていただきますと、一般病院の収支差額比率というものを見ますと、まず、実は稼働日数の違いというものがあるわけでございます。米印で中ほどに書いてございますけれども、実は今年の6月の場合、2年前の6月に比べまして稼働日数が1日少ない、具体的に言いますと、平日1日が土曜日に振りかわっているという状況がございます。

 これは、医療費総額、例えば病院を開いていないとか、あるいは半日であるとかということで、収入の方にはかなりマイナスにきく話でございますが、一方、費用の方で言いますと、給与費、あるいは減価償却費ということでありますと稼働日数に直接影響しないということになるわけでございまして、総じて言いますと、稼働日数の減少要因というのは、収支ということから言いますと悪い方へ働くということが前提でございます。

 その違いを勘案した上でもう1回文章の方に戻っていただきますと、一般病院、この表で言いますと一番上の欄でございますけれども、国公立を除いて見ますと、この医業収支差額比率というところをそれぞれ比べていただきますと、ほぼ前回調査と同様ということではないかと。つまり、右から2欄目の収支差額比率の変化幅というのが▲1.2ということでございますので、データ的に悪い方向にきく要因で▲1.2ということであるので、ほぼ前回調査並みと言っていいのではないかということでございます。

 その下の欄にあります医療法人、これは、要するに民間の病院だとお考えいただければいいと思いますけれども、医療法人の方は、実は収支差額比率の変化幅というのはプラスに出ております。プラスの1.2%ということでございます。ちなみに給与費の比率はむしろプラスになっているという中でございますから、それでプラスの1.2%ということになっているということでございます。

 それから、国立病院というのもほぼ前回調査並みでございますけれども、公立病院というのはかなり特異な数字になっております。一番下に公立病院の数字がございますけれども、実は2年前のこの調査でも、医業収支差額比率は▲9.1ということでございました。今年の調査で言うと、それが▲17.4ということでございまして、かなり悪化をしているということでございます。

 ただ、一方、公立病院の欄を見ていただきますと、一番右の給与費比率の変化幅というところでございますけれども、これはプラスの5.2ということで、実はほかの一般病院、医療法人、国立病院と比べてかなりプラスの方に出ているということでございます。

 これをどう見るかということでございますけれども、公立病院につきましては、構造的にいろいろ見直すべきところがあるというのはかねて指摘をされているところでございまして、事実、総務省の方でも懇談会が開催をされていると思います。例えば公務員の給与の問題であるとか、やや公立病院も含めてここでその診療報酬全体の議論をするというよりは、公立病院特有のいろんな課題について、別のアプローチできちっと答えを出していただくということが必要なのではないかということでございます。

長いプレゼンなので適宜再引用しながら、見て行きます。

つまり、右から2欄目の収支差額比率の変化幅というのが▲1.2ということでございますので、データ的に悪い方向にきく要因で▲1.2ということであるので、ほぼ前回調査並みと言っていいのではないかということでございます。

このプレゼンでは数値をすべて比(率)で説明しています。この比で説明する手法について、tadano-ry様から、

    一般論としてですが、統計学の世界では比だけで表を作ることはタブーとされていまして、可能な限り数値A,数値B,A/B比の3点を同じ表に表記するよう指導されます。
ちなみにtadano-ry様のプロフィールは、こえまでも統計や経営について鋭い指摘が何度もなされましたが、このプロフィールを聞いて納得しました。統計に強いというレベルではなく、実戦経験まである統計経営のプロだと言う事です。それだけにこの指摘は重いものがあります。財務省主計局も統計に関してはプロであると思うのですが、どういう判断か財政審議会と言う重要な場で比でもって説明すると言う行為を行なっています。

ここで▲1.2%は国立病院の収支差額比率を指しています。これについての資料の解説は

    国立病院も前回調査とほぼ同様であるが
この部分のプレゼンであるのですが、資料の一行上に
    その6割を占める医療法人は改善
医療法人の収支差額比率は+1.2%です。ここでの比較は比でもってなされているので、+1.2%の医療法人が改善であるなら、▲1.2%の国立病院は経営悪化と表現するのが妥当です。医療法人も国立病院も収支差額比率の変動幅は1.2%であり、一方を改善、一方を「ほぼ同様」とするのは明らかな意図をもったレトリックと判断できます。

一番下に公立病院の数字がございますけれども、実は2年前のこの調査でも、医業収支差額比率は▲9.1ということでございました。今年の調査で言うと、それが▲17.4ということでございまして、かなり悪化をしているということでございます。

 ただ、一方、公立病院の欄を見ていただきますと、一番右の給与費比率の変化幅というところでございますけれども、これはプラスの5.2ということで、実はほかの一般病院、医療法人、国立病院と比べてかなりプラスの方に出ているということでございます。

公立病院の悪化ぶりのプレゼンです。4年前の調査と比較すれば▲17.4%の悪化ですから、物凄く悪くなっている事を強調した上で、給与費比率の説明に入っています。資料では○で囲んで強調しているところで、もう一度抜き出して書けば、

開設主体 収支差額比率の変化幅 給与費比率の変化幅
医療法人 +1.2% +1.0%
公立病院 ▲8.3% +5.2%


医療法人が収支差比率が+1.2%改善しているのに、給与費比率が+1.0%しか上っていないのに対し、公立病院は収支差比率が▲8.3%も悪化しているのに給与費比率が+5.2%も上昇しているのを問題視していることがわかります。

次がこの部分のプレゼンの結論と考えられます。

例えば公務員の給与の問題であるとか、やや公立病院も含めてここでその診療報酬全体の議論をするというよりは、公立病院特有のいろんな課題について、別のアプローチできちっと答えを出していただくということが必要なのではないかということでございます。

財務省の主張は国立病院、医療法人の経営が「健全」なのに公立病院のみが悪化しているのは、公立病院の努力不足とし、努力不足の主因として公務員の給与が問題であるとしています。そういう風にはっきり説明している事が分かります。つまりこの資料で言う

    経営効率化等の公立病院改革
とは、病院職員の給与の引き下げであり、診療報酬の削減とは別次元の話であると結ばれています。

中央社会保険医療協議会 調査実施小委員会(第23回) 議事次第日本病院団体協議会提出資料に赤字病院の比率が示されています。

開設主体 平成18年度赤字率
国立 69.29
公立 92.73
公的 58.90
医療法人 25.33
個人 21.21
その他 47.67


たしかに公立病院の92.73%の赤字率は高値ですが、財務省が改善しているとした医療法人で25.33%、安泰と見なしている国立病院で69.29%の赤字率です。また赤字率は平成17年度から平成18年度にかけてすべての開設主体の病院で悪化しており、とくに民間病院で悪化している事を示しています。調査対象、調査方法が異なるので単純比較は出来ませんが、診療報酬削減と公立病院経営悪化は別次元とするのはかなりの我田引水かと考えます。

また公立病院の給与費比率の増加の原因を財務省は資料でもプレゼンでも一切触れず、聞くものの印象として「放漫経営」が原因と受け取れるようになっています。これについてまずphysician様から、

地方公立病院での人件費高騰は、『募集のための待遇改善』『現存職員確保のための待遇改善』が原因という分析は本当に正しいのでしょうか?
『給与費比率の上昇幅が大きい』というのは比率の問題なので、他の支出、収入が減って、そこだけ残ったということはないのでしょうか?

さらにTM様から、

physician様
先生の読み通り病院の医業収入が減少し給与費の割合が上がっているようです.
給与費自体も減少していますね.
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/dl/s1031-3b.pdf

私も確認しましたが、医業収入は減少し、それに伴い医業支出も減少しています。給費比率は医業支出全体に占める割合ですから、医業支出の総額が減れば、給与費比率は当然のように増加します。給与費額自体も減少していますが、それ以上に医業支出が減少しているということです。ここで医業収入が減っても医業支出が減れば相殺するとも受け取られそうですが、収支差比率が8.3%も悪化していますから、

    医業収入減少 > 医業支出減少
医業支出の減少と言っても、絶対の固定経費部分があり、医業収入が減少した分だけ医業支出が等しく減少するわけではないのです。

それでも売り上げが落ちて経営が苦しくなれば給与費(人件費)を削減せざるを得ないであろうの意見はあるかと思います。給与費の削減が不十分の意見です。一理はありますが、病院は医療法により必要定員が定められており、その人数以上のリストラは不可能となります。強引にリストラすれば病床閉鎖を行なわざるを得なくなり、余計に収入源が減ることになります。

また公立病院によって違いはあるでしょうが、公立病院の職員は地方公務員です。公務員の給与費の抑制について、僻地外科医様からのコメントです。

 確保の問題だけじゃなく、公的病院ではそう簡単に給与を増減出来ないという問題もありますね。民間の小病院なら「収入が減ったで給与を下げます」と言うこともあるいは可能かも知れませんが(現実的には論外ですけど)、公的病院における給与は条例によって決められています。仮に実際に給与を下げようとしても、特別不適切な行為もない公務員の給与を下げるためには条例改正しかありません。そんなものの審議を1年やそこらで出来ると財務省では考えてるんですかね?また、給与の高いベテランの職員をリストラしようとしても、よほど問題でも起こさない限りクビに出来るものじゃないです。

公務員は給料条例主義と言って、すべて議会の承認が必要です。事実上、医師や看護師は病院にしか勤務しませんが、事務職などは異動の一環として勤務する事は珍しくありません。公立病院は自治体所属の施設の一つですが、病院単体の経営改善のために病院職員の給与だけを下げるのにはそれだけの名目と議会の承認が必要です。

一見簡単そうですが、病院以外の公務員との給与が問題となります。病院の赤字を職員個々の責任に負わせられるかの問題です。病院の赤字改善のために病院職員の給与を狙い撃ちして下げる理屈が通るのなら、例えばバス事業、水道事業などがあって、これも赤字であるなら、そこの職員も経営改善のために給与を下げる必要が生じます。そういう理屈は市の事業がすべて収益事業ならまだ通りますが、消防や清掃、警察、教育などの非収益部門の評価はどうなるかの問題に行き着きます。

民間であっても人件費に手をつけるのは容易でないとの指摘をtadano-ry様から頂いています。

 民間企業であっても人件費はそう簡単に減らせるものではありません。大企業では労組の力も強いですし、中小企業は社員全員が家族のような企業も多いので、人件費の削減はなかなか経営者の同意が得られないのが普通です。ですから、それこそ業務の効率化を図って他の経費から減らしていき、他に削るところがなくなってようやく人件費にたどり着いた例が多かったと思います。こんな若造の案に何日を迷われ、涙を流しながら同意された経営者の方を何人も見てきました。労組や社員の方にも納得してもらえるまで何度も面談しましたし、最後は「確かに苦しいけどみんな頑張ろう」と言って頂きひたすら恐縮することもありました。

 派遣という新しい業態が定着した昨今では少し様相が異なりますが、当時の同僚に聞けば、現場は私がいたころと今もそんなに変わらないようです。

 つまり人件比率の増加は民間であっても経営が苦しくなって一杯一杯である証左である(家計のエンゲル係数みたいなものです)のに、それを淡々と「経営改善の余地あり」と切って捨てる財務省の姿勢には大きな疑問を感じます。泣いて馬謖を斬ると言うと大袈裟ですが、もう少し医師の側にも配慮した書き方があるように思います。

もうひとつ僻地外科医様の指摘も重要です。

 2005年度前期と2007年度前期の比較をしてますが、平成18年度改正の内容が各病院に公示されたのは18年3月も半ば過ぎのことでした。これから各病院が対策を取ったとしても給与に手を付けるのは一番最後の話で(平成18年度改正は人集めが診療報酬を大きく左右するから)、それ以外の支出をいかに減らすかに各病院は頭を悩ましたのです。当然人件費率は上昇するはずでしょう。

 そもそもこのような無茶な改訂を主導した厚労省財務省が「人件費率の上昇があるから公立病院は放漫経営だ」なんて言う論調は盗っ人猛々しいというものでしょう。

これも少し解説しておきますと、平成18年(2006年)の診療報酬改定の公示は3月半ばの年度末ギリギリです。一方で2006年の給与費は2006年3月には通常成立しています。病院にもよるでしょうが、平成18年の改定で大騒ぎになったのは7:1看護であり、この体制を敷く為の看護師獲得狂想曲が吹き荒れました。獲得競争は予想されていましたので、2006年度予算には給与費抑制は組み込まれません。

診療報酬改定の影響は実際の経営状況を見て判断されます。これらの経営数値を見て2007年度の給与費は定められますが、下げるとしてもそんなに無茶苦茶な額を行なえるわけではありません。経営悪化の責任は誰がどう考えても診療報酬改定のためであり、個々の職員の働き振りが悪いとは出来ないからです。ですからせいぜい経営数値を見て経費節減に努めるのと、若干の給与費削減しか打てる手は無かったかと考えます。

もちろん公立病院の経営悪化に、公立病院自身も改善しなくてはならない点があるのは言うまでもないことです。ただし公務員によって構成され、地域の医療のために不採算部門の維持を宿命付けられている公立病院は、医療法人に較べて最初から経営上不利な点があります。医療法人とまったく同じ土俵、経営条件であるわけでは無いという事です。

少なくと数字上のレトリックで公立病院の給与を減らせば「すべては上手くいく」の主張は非常に浅薄な考えであると思います。