本末転倒

中央社会保険医療協議会 診療報酬基本問題小委員会(第106回)にある勤務医の負担軽減策についてを読んでみます。

まず「外来医療(救急)における現状」と題された現状把握があります。

  1. 救急車による全搬送人員の数は近年大幅に増加しており、そのうち軽症者が約半数を占めている(参考資料1頁 図表1)。一方、救急医療機関(病院輪番制病院や共同利用型病院等)の施設数はおおむね横ばい状態である(参考資料2頁 図表2)。


    こうしたことから、救急医療機関では増え続けている重症者の診療を行いながら、併せて軽症者の診療も行っていることが分かる。
  2. 急病による救急搬送は日中の診療が終了する18時にいったん増加し、その後漸減傾向となっている(参考資料2頁 図表3)。


  3. 18〜20時において、開業している診療所数の割合が多い地域は、第二次・第三次救急医療機関における患者数の割合が少ないという結果であり、診療所が閉じた後に受診できなかった患者が救急医療機関の救急外来を利用している状況がうかがえる(参考資料3頁 図表4,図表5)。


  4. 18時以降に第二次・第三次救急医療機関を時間外受診した患者にアンケート調査を実施した結果、休日夜間に近隣で開いている診療所があればそちらを受診すると回答した人が60%近くに上った(参考資料 4頁 図表6)。

鼻で笑いそうな分析ですが、勤務医負担軽減策の焦点は18時から20時の時間外受診であるとしています。そこを軽減させれば目的は達するとしています。これを聞いて「本当にありがたい」と素直に喜ぶ勤務医がどれほどいるか大きな疑問です。確かにその時間帯だけでも時間外患者が減ることは歓迎するでしょうが、その時間帯の負担が勤務医の負担の大部分と定義されても「???」かと考えます。

この18時から20時の医療需要に対する対策で話が展開され、「課題」と題される分析に話が進みます。

  1. ライフスタイルの変化等によって、第二次・第三次救急医療機関の救急外来が本来の目的とは異なり軽症者の時間外外来として利用されている。


    勤務医の負担軽減の観点から、増え続けている時間外の軽症者受診を踏まえた診療所の開業時間のあり方を検討する等、第二次・第三次救急医療機関の勤務医以外の医師により軽症者を診療する体制を今後整えていく必要がある。


  2. さらに、日中就労している慢性疾患を有する患者にとっては、18時以降も開業している診療所が増えることで定期的な受診が容易になる。


    このような患者の生活実態に応じた医療提供体制についても検討する必要があるのではないか。

時間外患者の増加はライフスタイルの変化であるから、受け止めなけなければならないの結論としています。ライフスタイルの変化による患者の生活実態に合わせる医療提供体制を築く事が課題としています。つまりライフスタイルが時間外受診を増加させているのは誰も止めようがないので、それに合わせれば時間外問題は速やかに解消に向かうと解釈すればよいのでしょうか。

この課題を受けての「論点」が展開されます。

  1. 第二次・第三次救急医療機関に勤務する医師の負担となっている時間外軽症者の受け入れを軽減するために、診療所における開業時間の夜間への延長など時間外診療に対する評価を重視してはどうか。


    併せて、診療所の初・再診料を見直し、診療所における一定の開業時間の確保を前提として、時間外診療の評価体系を見直してはどうか。


  2. 医療機関院外処方率が過半数を占めていることから、薬局についても、地域の救急医療体制や診療所の診療時間の延長に対応した調剤の体制を整えるため、時間外調剤の評価体系について見直しを検討してはどうか(参考資料4頁 図表7)。

論点は結論と解釈しても良いと考えますが、この資料で言っている事は、

  • 勤務医の最大の負担は18時から20時の救急受診である
  • 18時から20時に救急需要が増えるのは「ライフスタイルの変化」であり誰にも止められない
  • 診療所の診察時間を20時まで延長すれば問題は解消する
  • 診療所の診療時間延長のために、初再診料を引き下げ、18時以降の加算のインセンティブを行なう
  • 調剤薬局も同様の施策を行なう
ここで問題と感じるのは聖域扱いの「ライフスタイルの変化」です。この論法に従えば、20時まで診療所の診察時間が延長された結果、もし20時からの時間外需要が増えれば、「ライフスタイルの変化」により今度は22時までの診察時間の延長を行うという事になります。言ったら悪いですがイタチゴッコの論法に思えてなりません。

確かに仕事が忙しくて満足に受診ができず、病状を悪化させる事は少なくないかと思います。平日日中に受診するには仕事を休む必要があります。その仕事が休めないから夜間に診察時間を延長せよの結論が導かれていると考えます。しかしよく考えれば病気を治療するために医療機関を受診する事が、仕事を休むより無条件に優先される事なのでしょうか。仕事を休まない事は病気を治療するより絶対的に優先される事なのでしょうか。

日本人の長時間労働は昨日今日始まった問題ではありません。何十年も前から問題視され、その是正は常に叫ばれています。何十年も叫び続けてもその「ライフスタイルの変化」は、病気治療のために仕事も休めないように変化したと言う事になります。医療機関は患者が仕事で休めなくなったことに合わせて、仕事の合い間に受診できる利便性を高めるために、診察時間を延長しなければならなくなったと書かれています。

これはどう考えても本末転倒です。病気があれば仕事を休み医療機関を受診するという「ライフスタイル」が、この日本では出来なくなった事を厚労省いや労働省は公式に認めたことになります。仕事は大事ですが、仕事を行なうための基本は健康である事です。健康を損なう病気になればこれを速やかに回復させる事が、仕事を続ける上の最重要事項と考えます。そのための医療機関受診を勤務時間中に認めない世界は異常です。個々の企業が認めないだけならまだしも、厚労省いや労働省が国策として容認する政治は狂気と感じます。

日本はそういう国になるために努力を重ねているのでしょうか。日本の会社員、従業員はそういう国になる事を歓迎しているのでしょうか。そういう国になって欲しいと願い活動しているのは、ほんの一握りの企業経営者だけだと私は思います。企業経営者は賃金を払って使っている時間は、病気如きで休まれては困ると常に考えています。病気なんかで会社を抜けられたら重大な損失だと考えています。治療のために医療機関を受診したいのなら、仕事が終わってからにすれば十分と考えています。

そういう連中の締め付けが厳しくなった結果「ライフスタイルの変化」が起こり、医療機関への時間内受診が難しくなっています。難しくなった結果、時間外受診が増えている部分も多分にあると考えています。その結果を受容してどうするというのでしょうか。考え方の根本が間違っているかと思います。時間外受診を減らすには、悪しき「ライフスタイルの変化」を是正するもので無いといけません。

つまり病気治療は仕事より優先する原則の確認です。この原則を確立すれば、仕事が休めないから時間外受診をしなければならない人々が自然に減少します。その原則の施行を一部の連中の意向で口にも出せず、無条件に受容する国に未来は無いと考えます。