混合診療解禁訴訟

昨日のコメント欄に頂いた情報のうち、まずtadano-ry様から

混合診療」認める初判決 東京地裁
11月7日15時14分配信 産経新聞

 腎臓がん治療のため、保険適用対象となるインターフェロン治療と、保険適用外の「活性化自己リンパ球移入療法」を併合して受けた患者が、インターフェロン治療まで自己負担とされたのは不当として、インターフェロン治療に対する保険適用を求めた訴訟の判決が7日、東京地裁であった。定塚誠裁判長は「インターフェロン治療に対する保険が適用されない根拠は見いだせない」として、患者側の請求を認めた。
 厚生労働省によると、現在認められていない「混合診療」を認めた判決は初めて。

この記事の要点は、

  1. 保険適用対象となるインターフェロン治療と、保険適用外の「活性化自己リンパ球移入療法」を併用したとき、保険適用治療分の自己負担は不当だの裁判
  2. 原告勝訴で、裁判官は「保険が適用されない根拠は見いだせない」とした。
混合診療を行なった時に、保険診療が適用されるはずの部分まで自由診療となる事に対する裁判であり、そういう場合でも保険適用部分には保険が支払われない根拠が無いという判決のようです。

次にあおむし様から、

混合診療、国の解釈は誤り 東京地裁判決
2007年11月7日 16時40分

 健康保険がきく診療ときかない自由診療を併用する「混合診療」をすると、通常の保険適用診療まで含め医療費が全額自己負担となるのは違法として、神奈川県のがん患者の男性が訴えた訴訟で、東京地裁は7日、国の法解釈を誤りとして男性勝訴の判決を言い渡した。

 国側は「混合診療は、保険診療自由診療の一体の医療行為と見るべきで全額負担になる」と主張したが、定塚誠裁判長は「規定上、一体と解釈できる根拠は見いだせない。法は個別診療ごとに、保険適用診療かどうかを判断する仕組みを採用している」と判断した。

 混合診療をめぐっては、がん患者らが「保険外の抗がん剤などを使えば自己負担が膨大」と解禁を求めるなど規制緩和の要望が多い一方、医師会側は「高所得層だけが良い治療を受けられる」と反論。判決は、こうした議論や医療現場に大きな影響を与えそうだ。

(共同)

これも要点を拾うと

  1. 混合診療」をすると、通常の保険適用診療まで含め医療費が全額自己負担となるのは違法として裁判
  2. 原告勝訴で、裁判官は「規定上、一体と解釈できる根拠は見いだせない。法は個別診療ごとに、保険適用診療かどうかを判断する仕組みを採用している」
2つの記事から、この裁判の様子を考えると、
  1. 問題になった混合診療は、保険適用対象となるインターフェロン治療と、保険適用外の「活性化自己リンパ球移入療法」である。
  2. 争点は混合診療の根拠である、保険診療自由診療が一体になるかどうかであった。
  3. 判決は「法は個別診療ごとに、保険適用診療かどうかを判断する仕組みを採用している」
昨日の時点では私も混乱していましたが、判決では保険診療の適応について、
    診療行為ごとに保険診療自由診療を判断し、保険適用を決めるように法は作られており、一連の治療として、保険診療自由診療が行われても、保険適用治療には保険を給付しなければならない。
こう解釈するのが妥当な気がします。ご丁寧に国のこの主張まで引用しながら、裁判官の
    規定上、一体と解釈できる根拠は見いだせない
結構明快に否定していますので、やはり混合診療解禁判決と考えて良さそうです。ここで「一体の」のが理解しにくい方がおられると思いますが、国の主張では混合診療を行った場合、保険診療自由診療の境目が判然とせず分離不可能なので一体のものとして自由診療とするですが、判決では分離可能で保険適用分の治療には保険を給付するように法は定められているとしています。

ところで混合診療の禁止は私も開業時の保険指導でうるさいぐらい言われたのですが、明確な規定や根拠は無いとされています。禁止の根拠を探してみたのですが、Personal Healh Centerにまとめてありました。

混合診療禁止の法的根拠

  1. 混合診療の禁止


       我が国の医療保険制度においては、一疾患に対する一連の診療行為において保険診療自由診療を併用することは原則として認められていない(混合診療の禁止)。

       ただし、厚生大臣の定める高度先進医療や選定療養(特別の病室に入ったときなど)については、医療サービスの基本的な部分は医療保険で賄い、それを超える部分の支払いは、患者の同意の下に医療機関が特別な料金を患者から徴収できる特定療養費制度を導入している。


  2. 趣旨


       
    • 必要十分と考えられる公定サービスの確実な提供
       
    • 実質的な負担増の禁止


  3. 法的根拠

     ○健康保険法第44条(特定療養費制度)


       混合診療の禁止について、健康保険法上直接に規定した条文はないが、昭和59年の健康保険法の改正において特定療養費制度を設けたことにより、厚生大臣の定める高度先進医療又は選定療養に核当しない保険適用外の診療については保険給付の対象とならないことから、結果として混合診療の禁止の趣旨が明確となった。


     ○保険医療機関及び保険医療養担当規則第5条及び第5条の2
      (根拠法令:健康保険法第43条ノ4第1項及び第43条ノ6第1項)  
        
    • 第1項:健康保険法の規定による金額の徴収
         (一部負担金、入院時食事療養費の標準負担額等)

        

    • 第2項:健康保険法の規定による金額を超える部分の徴収
         (特定療養費制度における差額徴収)
 療担規則においても、保険医療機関等が患者から保険適用外の医療に係る金額の支払いを受けることができる場合を、厚生大臣が定める高度先進医療又は選定療養に限っている。

※療担規則違反の場合、保険医療機関等の指定の取消しもありうる。(健康保険法第43条ノ12)

おそらくですが、国はこれらの主張も当然のように行なって否定されたのは間違いありません。さらにここで驚いたのは微妙な法解釈の論争なので、さぞ辣腕の弁護士が腕を振るったと思っていましたが、お弟子様から、

今やってるNHKニュースで「原告は頼んだ弁護士全員に断られ一人で裁判を行なった」って報道してました。

この情報は他のソースでも確認しましたから間違いありません。地裁レベルとは言え、国相手の訴訟で、弁護士無しで完勝した事になります。こんな事はこれまで先例があったかどうかなんて思いつかないほどの出来事です。

国というか厚労省のこの判決に対する反応は、11/7付け産経ニュースに、

厚労省は「有効性、安全性が確認されていない未承認の治療で患者が不利益を受けることを防ぐため」と混合診療禁止の理由を説明。解禁の予定はないという。

当然と言うか当たり前の反応なのですが、判決なので無視と言うわけにはいきません。考えられる対応として、

  1. 控訴して逆転を狙う
  2. 法の不備を改正する
  3. 方針転換して、なし崩し的に混合診療への道を開く
a.はするでしょう。ただa.で頑張るには地裁判決の状況が大きいとも考えます。原告一審勝訴の原因が、素人に国側弁護士にコテンパンに論破されてでのものか、法廷に慣れない素人が、がん治療に命をかけている姿に、裁判官の心証が大きく動いてのものかで変わります。前者なら二審以降でも必ずしも逆転が狙えるわけではなくなります。後者ならアッサリ「一審の判断は間違い」でひっくり返る可能性は大きくなります。実相はどちらだったのでしょうか。

b.は行なうにしてもa.と同時進行と考えられます。今後の同様の訴訟を封じると言う意味でもあります。ただ法改正を行なうと改正前の混合診療は保険適用が可能の解釈が生まれ、その対応が必要になります。b.を行なうにしてもこの訴訟は勝っておく必要があります。

c.がネット医師の間には案外有力の見解が広がっています。司法は独立していますが、時の政治状況に大きく影響される事があると常に囁かれています。今回の判決がなんらかの影響力無しで、国相手に素人が勝てるとは普通考えられません。混合診療の是非が医師にとって、患者にとってメリットがあるかないかの論議はここでは置くとして、経済界では混合診療導入を強く願う勢力が強いのは間違いありません。

経済界の勢力は政権中枢にあからさまに食い込んでいますから、皆保険制度を死守しようとする厚労省に、風穴を開ける訴訟と位置付けて暗躍した可能性があります。裁判官に直接影響を及ぼすのは難しくとも、国側弁護団に間接的に影響を及ぼすのは不可能ではありません。その結果としての原告勝利です。

通常国相手の訴訟では、国は一枚岩で徹底抗戦しますが、今回の訴訟では徹底抗戦したいのは厚労省一人で、国の政策中枢に巣食う財界人や財務省は、混合診療解禁のための布石として今回の訴訟を最大限に利用したいと考えていて不思議ありません。

混合診療導入の経済界のメリットは一挙に巨大な民間保険市場が手に入ることです。少なくとも10兆円は越える市場ですから、喉から手が出るほど欲しいはずです。財務省混合診療が解禁され、民間保険市場が出来上がると、医療費削減は思いのままになります。公的保険部分の診療報酬削減も3%なんてケチな数字ではなく、30%とか50%でも可能になり、国庫負担を速やかにゼロにする事が可能になり、そのうえ、民間保険会社からの税収も期待できます。さらに国もアメリカからの対日年次要求を果たす事になり、考えれば反対する理由はありません。

二審で国が逆転して元の鞘に納まるか、この判決をテコに混合診療解禁派が動きを見せるか、経営者としては複雑な思いを抱きながら見守る事にします。