奈良救急不搬送事件

11/2付け読売新聞より

救急搬送拒まれ、意識不明に…奈良の男性の家族が消防提訴

 駐車場で頭から血を流して見つかり、警察から消防に通報された奈良県大淀町の男性(43)が、消防の救急隊員に搬送を拒否され、意識不明になったとして、男性の両親が、同県中和広域消防組合(橿原市、堀田智消防長)を相手取り、治療費など総額約2億5230万円の損害賠償を求める訴訟を奈良地裁葛城支部に起こした。

 訴状などによると、男性は昨年11月15日未明、橿原市内の飲食店で酒を飲んだ後、近くの駐車場で転倒して頭を打ったとみられ、橿原署の駐車場に迷い込んだところを保護された。

 当初は意識があり、署員が名前や住所を聞き出したが、間もなく意識不明になり、署員が同組合橿原消防署に通報した。

 救急隊員3人は飲酒して軽傷を負ったと判断したが、駆けつけた家族は、昨年8月、大淀町大淀病院で意識不明になった妊婦が19病院で転院を断られ死亡した問題を挙げ、「(あの時は)18、19件目まで探して連れて行ったのに」と搬送を強く要請。しかし、隊員は「朝まで大丈夫。様子を見て病院へ搬送して下さい」と言って引き揚げた。

 両親は男性を連れて帰宅したが、翌日朝になっても意識が回復せず、他の消防署に依頼して同県立医大に搬送した。手術の結果、外傷性脳内出血と判明、現在も昏睡(こんすい)状態が続き、意識が戻る見通しはないという。

 同組合の堀田消防長の話「訴状を見ていないので現段階ではコメントできない」

これには補足情報があり元検弁護士のつぶやきの11/2エントリーのコメントNo.6に、

救急隊員は、男性を見て転倒による軽傷と判断。家族が「大淀病院の妊婦が死亡した問題のこともあるので、病院に運んでほしい」などと懇願したが、消防隊員は搬送先を探さず、「朝まで大丈夫なので、様子を見て病院に運んでほしい」と説得して引き揚げた。この際、家族は「私の都合により、救急搬送をお断りします」という内容の「救急搬送承諾書」に署名を求められ、書いたという。

これらから事実関係を抜き出してみると、

  1. 患者は酒を飲んで駐車場で転倒し頭部を打撲した
  2. その後警察署の駐車場に迷い込み保護された
  3. 事情聴取中に意識不明となり救急要請がなされた
  4. 救急隊員は搬送不要の軽傷と判断し、救急搬送を行なわない承諾書を取った
  5. 結果として外傷性脳内出血があり現在も意識が戻らない
ここで当然のように上ってくるのは救急隊員の判断のミスです。ミスを批判するのは容易ですが、判断したのは救急隊員です。患者の寝込んだのを、脳出血による意識不明か、泥酔によるものかの診断は医師でも困難です。医師ならそういう患者のうちに少ないながらも脳出血の患者が一定確率で存在している事を知っており、救急受診すれば確認のためにCT検査を通常考慮します。ただしごく少数であり、救急隊員がこの事をどれだけ知らなければならないかは一つの問題です。

次の問題として搬送不要と判断した救急隊員と駆けつけた家族の対応です。家族側は

    昨年8月、大淀町大淀病院で意識不明になった妊婦が19病院で転院を断られ死亡した問題を挙げ、「(あの時は)18、19件目まで探して連れて行ったのに」と搬送を強く要請
記事の文面だけを読むと泣いてすがって要請したように受け取れますが、押し問答の結果
    家族は「私の都合により、救急搬送をお断りします」という内容の「救急搬送承諾書」に署名を求められ、書いたという
結局搬送しない事で了承しています。短い記事なので事実関係が把握しきれませんが、全国ニュースになった奈良の搬送事件を例に出してまでの家族の強い要請を、救急隊員が強引にねじ伏せた格好に受け取れます。そんな事がありうるのだろうかと言うことです。救急隊員にも当然のように質にムラがありますが、一般には職務に忠実で真摯な姿勢の隊員が大部分です。記事にあるような強い要請であるなら、内心では不承不承であっても搬送するのが通常の判断かと思います。

もう一度問題点を整理すると

  1. 救急隊員は搬送の可否の結果責任をすべて負わなければならないか
  2. 家族が署名した承諾書の価値はどうなのか
救急隊員は医学知識を持っていますが、医師より不十分あり、不十分であるだけ判断ミスの幅は広くなります。無制限の判断ミスの許容は問題ですが、医師より広く取られても不思議ありません。広く取った判断ミスの許容基準をこの事件は超えているかどうかの裁定はどうなんでしょうか。結果論がミスの大きさの判断基準とされるのならば、今後の搬送選別に大きな影響を及ぼすと考えます。

次の承諾書の位置付けも微妙です。記事の事実だけで追うと

    家族の強い要請 → 救急隊員の説得 →家族の了承
形の上では説明と同意がキチンとなされています。ここでも救急隊員の誤った判断の上での説得であるから、家族の了承は無効と言う考え方があるかもしれませんが、この救急隊員の判断の根拠が、救急隊員の判断の裁量権とどう兼ねあうかが難しい問題と感じます。

いずれにしろ事実関係で分かっている部分が乏しく、十分な判断を行なうには材料が不足しています。ただ、救急搬送への過重負担から、搬送選別の動きが全国的に見られていましたから、それに対する影響力が非常に大きな訴訟になるかと考えます。