まず謹んで10/22エントリー掲載に当り、私が事故調の試案について調査不足であったことをお詫びします。rijin様より指摘を受けていたのにかかわらず、見落としていたのは私の明らかな失策であり、これを深く反省し再発防止に努めたいと存じます。あらためて診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案(第二次試案)を読み直します。なお、前回エントリー時にある程度議論していますので、それを踏まえての問題点指摘としたいと思います。
1 はじめに
- 医療とは、患者・家族と医療従事者が協力して行う病との闘いである。したがって、医療が安全・安心で良質なものであるとともに納得のいくものであることは、医療に関わる全ての人の共通の願いである。
- 医療従事者には、その願いに応えるよう、最大限の努力を講ずることが求められる。一方で、診療行為には、一定の危険性が伴うものであり、場合によっては、死亡等の不幸な帰結につながる場合があり得る。
- 不幸にも診療行為に関連した予期しない死亡(以下「診療関連死」という。)が発生した場合に、遺族の願いは、反省・謝罪、責任の追及、再発防止であると言われる。これらの全ての基礎になるものが、原因究明であり、遺族にはまず真相を明らかにしてほしいとの願いがある。しかし、死因の調査や臨床経過の評価・分析等については、これまで行政における対応が必ずしも十分ではなく、結果として民事手続や刑事手続にその解決が期待されている現状にあり、死因の調査等について、これを専門的に行う機関を設け、分析・評価を行う体制を整える必要がある。
- また、遺族にとって、同様の事態の再発防止は重要な願いの一つであり、再発防止を図り、我が国の医療全体の質・安全の向上につなげていく仕組みを構築していく必要がある。
- さらに、このような新しい仕組みにより、医療の透明性を確保し、国民からの医療に対する信頼を取り戻すとともに、医療従事者が萎縮することなく医療を行える環境を整えていかなければならない。
- これらを踏まえ、診療関連死の原因究明や不幸な事例の再発防止、ひいては我が国の医療の質・安全の向上に資する観点から、平成19年3月、厚生労働省では、「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」を作成し、パブリックコメントを募集した。また、4月からは有識者による「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を開催し、8月まで様々な御議論・御指摘をいただいたところである。
- 本試案は、これまでの様々な議論を踏まえ、診療関連死の死因究明を行う組織、診療関連死等の届出制度の在り方、調査の在り方等について、改めて現時点における厚生労働省としての考え方をとりまとめたものである。
重要な点はここかと思います。
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不幸にも診療行為に関連した予期しない死亡(以下「診療関連死」という。)が発生した場合に、遺族の願いは、反省・謝罪、責任の追及、再発防止であると言われる。これらの全ての基礎になるものが、原因究明であり、遺族にはまず真相を明らかにしてほしいとの願いがある。
2 診療関連死の死因究明を行う組織について
(1)組織の在り方について
- 診療関連死の死因の調査や臨床経過の評価・分析を担当する組織として医療事故調査委員会(仮称)(以下「委員会」という。)を設置する。この組織には、中立性・公正性に加えて、事故調査に関する調査権限やその際の秘密の保持等が求められることを考慮し、組織の在り方については、行政機関(厚生労働省内を想定)に置かれる委員会を中心に検討する。また、委員会の設置単位については、日本全国における調査の体制を整える観点から、ブロック単位での分科会(以下「地方ブロック分科会」という。)の設置を中心に更に検討を進める(以下、便宜的に地方ブロック分科会を設置する場合を想定して整理している。)。
- 委員会は、原因究明・再発防止を目的とし、医学的な観点からの死因究明と医療事故の発生に至った原因分析を行う。なお、インフォームドコンセントをはじめとした患者・遺族と医療従事者とのコミュニケーション等の評価に関しては、その実施方法について更に検討する。
- 医療事故の調査は、解剖に加えて臨床経過の評価が不可欠であることから、監察医制度とは別の制度として運用する必要があるが、監察医制度との十分な連携を図る。
システムの概要です。
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中央の事故調 → 地方ブロック分科会
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解剖に加えて臨床経過の評価が不可欠
(2)委員会の構成について
(3)遺族との調整を担う者や解剖担当医等をはじめとした調査の実務を担う人材の育成・確保を行っていく。
- 委員会は、医療従事者(臨床医、病理医、法医等)、法律関係者、遺族の立場を代表する者等により構成する。
- 委員会の下に設置される地方ブロック分科会は、個別の事例の評価及び調査報告書の作成・決定を行う。
- 個別の事例の評価及び調査報告書原案の作成は、分科会の下に置かれるチームが担当する(解剖担当医(病理医や法医)や臨床医、医師以外の医療従事者(例えば、薬剤師や看護師)、法律関係者、遺族の立場を代表する者等により構成される。)。
- なお、委員会及び地方ブロック分科会の指示の下で庶務を担う事務局の設置についても併せて検討する。
ここは事故調の構成ですが、中央での最終決定は
- 医療従事者(臨床医、病理医、法医等)
- 法律関係者
- 遺族の立場を代表する者
- 解剖担当医(病理医や法医)や臨床医
- 医師以外の医療従事者(例えば、薬剤師や看護師)
- 法律関係者
- 遺族の立場を代表する者
3 診療関連死の届出制度の在り方について
- 同様の事例の再発防止、医療事故の発生動向の正確な把握、医療に係る透明性の向上等を図るため、医療機関からの診療関連死の届出を義務化する。なお、届出を怠った場合には何らかのペナルティを科すことができることとする。
- 届出先は委員会を主管する大臣とし、当該大臣が委員会に調査を依頼することとする。
- 届出対象となる診療関連死の範囲については、現在の医療事故情報収集等事業の「医療機関における事故等の範囲」を踏まえて定める。
- 診療関連死については、全ての事例について委員会を主管する大臣がまず届出を受理し、必要な場合には警察に通報する(診療関連死の中にも刑事責任を追及すべき事例もあり得ることから、警察に対して速やかに連絡される仕組みとする。)。なお、本制度に基づく届出と医師法第21条に基づく届出については、本制度に基づく届出がなされた場合における医師法第21条に基づく届出の在り方について整理する。
問題の診療関連死の届出は、罰則付きの届出義務になっています。罰則付きの届出義務となれば、診療関連死の定義が極めて重要になるのですが、
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現在の医療事故情報収集等事業の「医療機関における事故等の範囲」を踏まえて定める
4 委員会における調査の在り方について
(1)調査の対象事例は、当面死亡事例のみとする。
(2)遺族からの相談も受け付け、医療機関からの届出がなされていない事例であっても、診療関連死が発生したおそれが認められる場合は、調査を開始する。
遺族からの届出でも調査するとなっていますが「いつまで」が書いてありません。解剖を不可欠とする調査であるとなっていますので、死亡時に遺族に「事故調の届けますか」の確認を取る事が医師に義務づけられるかと考えます。確認を取らないと最悪「そういう制度があるのに告知する義務を怠った」と訴えられる可能性が生じます。
3)委員会における調査の手順について
個別事例の評価は、地方ブロック分科会が行うこととし、原則として、遺族の同意を得て解剖が行える事例について、以下の手順で調査を行う。
- 解剖、診療録等の評価、遺族等への聞き取り調査等を行う。
- 解剖結果、臨床経過等の調査結果等に基づき、死因、死亡等に至る臨床経過、診療行為の内容や背景要因、再発防止策等についての評価・検討を行う。
- 評価・検討結果を踏まえた調査報告書を作成する。なお、この際には、個人情報は削除したものとする。
- 調査報告書を遺族及び医療機関へ交付するとともに、公表を行う。
- 調査報告書の作成・交付に当たっては、専門用語等について遺族に分かりやすい表現を用いるなど、遺族が理解しやすいよう十分配慮する。
調査に解剖は不可欠とはなっていますが、、
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遺族の同意を得て解剖が行える事例
5 院内事故調査委員会
院内事故調査委員会における調査・評価が極めて重要であり、外部委員を加える等により、その体制の充実を図る。
唐突に院内事故調査委員会が書かれていますが、事故調との関連は全く不明で、どういう役割分担であるかも書かれていません。具体的に書かれているのは外部委員を加えることだけです。
6 再発防止のための更なる取組
調査報告書を踏まえた再発防止のための対応として、
- 委員会は、個別の事例の分析に加え、集積された事例の分析を行い、全国の医療機関に向けた再発防止策の提言を行う。
- 委員会は、医療安全のために講ずべき施策について、必要に応じて行政庁に対する勧告・建議を行う。
ここはこんなものでしょう。もっともJBMの宝庫になりそうで怖いですが。
7 行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係
行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう、これらにおいて委員会の調査報告書を活用できることとする。また、以下の点についても、改革を進める。(1)行政処分の在り方について
医道審議会との組織関係は不明ですが、事実上事故調の報告書に基づいて行政処分を行なうと解釈すればよいでしょう。
(2)裁判外紛争処理について
民事裁判における対応に加え、民事紛争における裁判外紛争処理(以下「ADR」という。)は、委員会とは別の民間のADR機関を活用することとし、こうした民間のADR機関相互の情報・意見交換等を促進していく場を設ける。
民間ADR機関の活用としていますが、これの設置・運用・財源については沈黙しています。書き方すると民間と言いながら、ある程度公式に承認・認可されたものと考えますが、これについての具体的な内容はゼロです。明記はされていませんが、民事訴訟にも事故調の報告書は活用されると考えるのが妥当かと考えます。
(3)刑事手続について
- 警察に通報された事例や遺族等から警察に直接相談等があった場合における捜査と委員会の調査との調整を図るための仕組みを設ける。
- 事例によっては、委員会の調査報告書は、刑事手続で使用されることもあり得る。
刑事訴訟に及んだ時は、調査報告書が活用されるとなっています。
パブコメ募集中との事ですので、それを念頭において問題点を整理したいと思います。
- 診療関連死及び異状死との線引きについての具体的定義がなされていない。
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罰則付きの届出義務の根本たる診療関連死の定義が明確に提案されていないため、他の試案の制度の運用についての評価が非常に難しくなっています。定義で医師の責任が相当濃厚なものであれば、この制度でも完璧とは言えませんが一定の評価を加えても良いかと思いますが、そうではなく網羅的なものであるならば、非常に問題のある制度と考えます。
- 事故調の審議制度
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医療関連死の定義の問題が前提としてありますが、報告書は行政処分に直結し、民事刑事訴訟にも提供される重要証拠になるとなっています。すなわち当事者である医師の社会的生命がかかる調査です。ところが調査機関は第3者調査機関となっていません。第3者で無い理由は「遺族の立場を代表する者」がブロック分科会、中央の事故調でも報告書作成の主要メンバーに入っているからです。「遺族の立場を代表する者」は当然のように当事者であり、この意見が必然的に報告書に反映される事になります。
事故調の権限は行政機関として大きいものであり、事実上、医師を断罪する影響力を持っています。公平性を考えるのであれば、「遺族の立場を代表する者」を排除するか、「医療側の立場を代表する者」の参加が必要かと考えます。従来の類似組織に例えれば、「遺族の立場を代表する者」が排除された調査組織は警察の調査に似ることになり、「医療側のの立場を代表する者」が参加すれば裁判所の機能に似る事になります。
事故調の機能的にはブロック分科会が警察的機能で、ブロック分科会の調査を受けて最終報告書を作成する中央の事故調が裁判所的機能に近いと考えられます。遺族の立場を尊重する事を悪いと言いませんが、事故調の公平さの確保の点から問題があると考えます。
- 遺族の申し出について
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事故調の調査において解剖が大きなウェイトを占めているのは分かります。さらに遺族の意思尊重により、遺族からの調査申し入れも認めています。そうなればほぼすべての死亡について、調査の可能性が生じる事になります。これは今後、厚生労働省が推進する大量の在宅死についてもあてはまります。例外的なものを除いて、ほとんどの死亡には多かれ、少なかれ医療は関与しているからです。
診療関連死の定義が具体的に提示されていませんが、この定義に該当しなくとも遺族の申し出があれば調査を行なうとしています。そうなれば医師は患者死亡時に必ず「事故調の調査を受けられますか」の確認を行なわなければなりません。調査は解剖を原則必要としており、もし医師が事故調の存在と調査の有無を確認を怠れば「解剖調査の機会を奪った」につながる可能性が出てくるからです。この点についての見解を明確にして頂きたい。
- 調査手順について
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調査は原則解剖を前提としております。ところが一方で解剖に遺族の合意が必要となっています。つまり遺族が合意しなければ解剖無しの調査がありうることになります。この制度設計についての得失について、遺族側に対し具体的な説明を行なう必要があると考えます。
- 財源について
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事故調運用についての財源を明確にして頂きたい。当事者になる遺族、医療側にも受益者として負担を求めるものであるのか、それとも一切国費で賄うものであるかに大きな関心があります。また国費であっても、医療費削減の大号令下、医療費のうちに含めるのなら、当然のように日常診療のための医療費がさらに削減される事になります。この点についての明確な回答が頂きたい。
- 事故調の規模を明確化
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中央の事故調と地方ブロック分科会にて運営するのは示されていますが、ここに従事する法医、病理医、臨床医は専任であるかどうかをまずはっきりして頂きたい。また専任であればどれほどの人数を想定しているかも明確化して頂きたい。その上で、実際にそれだけの人材を確保できるかどうかの見通しを明らかにして頂きたい。
もし専任であれば、中堅・ベテラン以上の経験者が必要であり、それだけの人材を臨床現場から引き抜く事になります。臨床医も不足していますが、法医、病理医の不足は致命的を越えています。制度だけ作っても人材がいなければ動くはずもなく、この点についての見通しを明らかにして頂きたいと存じます。