徳島乳房温存術訴訟・判決理由編

昨日は「クイズみたい」との評価かどうか悩むようなコメントが有りましたが、あそこで話を切ったのは「長い」のと、あそこまでしか判決文を読めていなかったためです。今日、回答編が書けるか昨日時点では「無理」に近かったのですが、大車輪で準備してなんとか間に合いました。判決文は判例タイムズに収載されているのですが、判例タイムズのコピーをOCRで文字起ししているので、なにぶん誤変換が多く、これも急ピッチで校正したのですが、それでも誤変換は残っていると思います。その点をご了承の上で、

原判決文も余力があれば目をお通しください。

判決理由も多岐に渡るのでどこから話を始めたら良いか難しいのですが、この判決に多大な影響を及ぼしている平成13年最高裁判決から入るのが良いと思います。これについてどういう風な引用が判決文でされているかと言うと、

医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳癌手術についてみれば,疾患が乳癌であること,その進行程度,乳癌の性質,実施予定の手術内容のほか,もし他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などが説明義務の対象となる。その説明義務における説明は,患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき,その利害得失を理解した上で,当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものである。そして,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき,熟慮の上,判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の遠い,利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然である(最高裁平成13年判決参照)。

これは原文のままなんですが、平成13年判決のキモとして、

  1. 患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性を説明する義務
  2. 他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務
これを
    医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては・・・
この裁判は乳癌治療ですが、乳癌治療に限らず医療一般に適用して解釈すると使われています。最高裁判決でさえ、時に後の判決に影響を持たないものがあるとの指摘が法律関係者からありましたが、この平成13年判決はしっかり医療の基準として今後も絶対の判例として使われるだろう事がわかります。

医療者に最高裁から課せられた二つの重大な義務を念頭に置きながら、話を進めていきます。この義務の要点は上述したとおりですが、判決文を読む上で念頭に置いておいた方が良い事項として、

  1. 説明が十分になされているか
  2. 熟慮時間が確保されているか
この二つが判決理由で大きなウエイトを占めますので覚えておいてください。診療経過は昨日のエントリーでフル解説しましたが、時間関係だけを表にしてここで示しておきます。


date
診療経過
9/14徳島県立中央病院受診
10/5徳島大学病院第2外科受診
10/6健診センターにて精密検査施行
11/5原告に電話連絡
11/6切除生検を原告が外来で受諾
11/30切除生検の説明と同意書
12/14切除生検
12/27被告に乳癌の診断の電話連絡
12/29乳房切除術の必要を夫同席の上説明
1/4原告から「乳房切除術を受けること,セかンドオピニオンは聴取しない」と電話連絡
1/9外来受診し、改めて,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンの必要はないことを申し出る
1月中旬夫に電話連絡を行い、夫から「乳房切除術でお願いしたい」旨を確認
1/23原告夫婦同席で手術ムンテラを行い、「手術・麻酔・検査承諾書」及び「手術(検査等)および病状説明書」に署名・押印をして乳房切除術の実施を承諾をもらう
手術後術後の病理所見でも乳房切除術の判断が正しかったと説明


この診療経過を読まれた殆んどの医師が「どこに手落ちがわるか、わからない」と感じたものですが、判決文を順に追います。

まず問題になったのは切除生検の件です。

控訴人から治療方針の選択について返答がなかったからではあるが、証拠(被控訴人乙原本人)によれば、医師(被控訴人乙原)の方から患者(控訴人)に電話をかけること自体異例のことであるというのであり、しかも、被控訴人乙原は、今後の方針として3カ月ごとの厳重な経過観察を行う方法もあることを説明していたのであるから、3週間弱を経過して治療方針の選択について返答がなかったからといって、患者である被控訴人に電話をかけるということは、控訴人に診療方針の選択について熟慮する機会を与えるという観点からみた場合、不適切であったとの批判の余地はあるが、3週間弱という期間が治療方針の選択について熟慮するための期間として短きに過ぎるとまではいえないから、控訴人の熟慮の機会を奪ったとまでいうことはできない。

「セーフ」ですがここからもう非常に微妙だった事がわかります。精密検査後の治療方針の説明として、

  1. 3ヶ月毎の慎重follow
  2. 切除生検
この二つの治療選択を医師は説明したのだから、「3ヶ月」は考慮時間があるはずだの被告側の主張のようです。それをたった「3週間弱」で「異例」の電話連絡までしたのは「熟慮時間」を患者から奪ったの主張です。裁判所の判断は「批判の余地があるが」としつつも、「3週間弱」ならなんとかセーフの判定です。3ヶ月毎の慎重followの説明は、そういう風に司法的には言いがかりをつけられる解釈となりますから、くれぐれも御注意ください。

次は手術そのものに対する説明が十分だったかです。

 また,前記2の(16)及び(17)認定の事実によれば,被控訴人乙原は,控訴人が徳島病院に入院した翌日である同月18日午後4時ころ,控訴人の乳癌は非浸潤性乳管痛であり,乳房切除をすれば再発はなく,100%の治癒が得られることを説明し,本件手術当日の同月23日,控訴人及び控訴人の子の甲野四郎に対し,控訴人の病状は非浸潤性乳管癌であり,転移はしないが,広範囲な乳管内進展を伴っているため,治療方法は乳房切除術の適応となり,同手術において腋窩リンパ節郭晴は必要ないものの,腋窩リンパ節のサンプリングは必要であること,その他,全身麻酔や手術による合併症の可能性があることなどを説明したというのである。

 したがって,被控訴人乙原は,平成7年12月29日から平成8年1月23日までの間,本件第2診療契約に基づき,本件生検の結果等を踏まえ,控訴人の疾患が乳癌であること,乳癌の性質が初期の浸潤癌が疑われる非浸潤性乳管癌であること,乳癌の進行程度について,このまま放置すれば,早期に転移する危険性は少ないと思われるものの,遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があるものであること,本件手術(乳房切除術)の手術内容やその危険性,本件手術の予後についての説明をしたものと認められる。

 控訴人は,被控訴人乙原から,症状について詳細な説明を受けなかった旨供述する。しかし,控訴人は,被控訴人丙山の著書を読んで乳癌についての知識を待た上で自ら進んで徳島県立中央病院から被控訴人丙山のいる徳島大学病院へ転院し,被控訴人乙原から説明を受ける際も, 医師である夫を同行するという慎重な行動をとっていることに照らすと,控訴人が自己の病状や治療方針について詳細な説明を受けることなく,手術を承諾したとは考え難く,被控訴人乙原が診察の際に記載した診療録の内容や手術同意書の記載内容等に照らせば,被控訴人乙原は,控訴人に対して上記のとおりの説明をしたことが認められ,控訴人の上記供述は採用することができない。

被告は主張は相当長いですが、昨日のエントリーに書いていますが、民事は主張するのは何をしても構わない事がよくわかります。これもまた「セーフ」です。さすがにこの説明は十分であったと裁判所も認定しています。

ここから問題の乳房温存療法についての説明義務になります。かなりの文章量が費やされていますので、順次で説明していきます。まずここでも平成13年判決が引用されています。

他に選択可能な治療方法が医療水準として未確立の療法であっても、少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)のないよう、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。

とりわけ、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、乳房切除術を行う場合には、選択可能なほかの療法(術式)として、乳房温存療法について説明すべき要請は、そのような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比べていっそう強まるものといわなければならない(最高裁平成13年判決参照)。

この平成13年判決は微妙な言い回しをしていますが、まず未確立な療法でも適用を考慮しなければならないものとして、

  1. 少なからぬ医療機関で行なわれている
  2. 相当数の実施例がある
  3. 実施した医師が積極的に評価している
この3つの条件がそろえば、選択を考慮すべき治療法としなければならないとしています。もちろん元来が未確立な療法ですから、選択を考慮する条件として、
    患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合
つまり患者が「そういう治療を希望する」との意思表現を医師が理解した時と考えます。患者がそういう治療を知らない、または関心が無ければ医師の方から未確立な治療の選択を提示する必要は無いとも解釈できます。そしてこの裁判は、被告が乳房温存術にどれほどの関心を寄せていたか、それを医師が知り得たかが焦点となります。

それと平成13年判決の基準は広く医療に適用されますが、乳癌については、

    乳房温存療法について説明すべき要請は、そのような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比べていっそう強まるものといわなければならない
これも法律文章なので解釈は簡単ではないのですが、おそらく
    乳癌治療においては乳房温存術の説明義務は途轍もなく重い
こう考えて差し支えないかと思います。

判決文は続きます、

 上記は、他に選択可能な治療方法が医療水準として未確立の療法である場合についてであるが,前記3(引用した原判決「事実及び理由」第3の2(1)ウ)認定の事実によれば、本件手術がされた平成8年における乳房温存療法の実施率は27.5パーセントに達し、同療法は、乳がんを扱っている多くの医療機関で実施され、乳房切除術(非定形乳房切除術、胸筋温存乳房切除術。平成8年における実施率は約60パーセント)に次ぐ標準的な術式として普及していた、というのであるから、乳房温存療法は、本件手術当時には、乳癌に対する治療方法として既に確立された療法であったということができる。

もっとも、前記2(10)のとおり、被控訴人医師らは、平成7年12月26日、徳島大学病理学教室の伊井邦雄助教授等による病理組織学的診断の報告を受けて、自ら切除標本(プレパラート)を検鏡した結果、切除標本の大部分に非浸潤性乳管癌が広がり、そのうち、早期浸潤の疑いのある部位や悪性度の高い中心壊死を伴う面疱癌が含まれる部位が存在し、これらの癌病巣が切除標本の段端に及んでいた箇所(切除断端癌陽性)もあると認め、控訴人の乳癌について乳房温存療法の適応はなく、乳房切除術によることが適当であるとの意見で一致したのであり、前記3(補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(2)イ)認定の事実によれば、控訴人の乳癌は、多発性病巣及び広範囲の乳管内進展を疑わせる非浸潤性乳管癌であったため、乳房温存療法につき、いわゆる霞班が平成5年に定めた適応基準を満たしておらず、本件手術後の平成11年に日本乳癌学会学術委員会が策定した「乳房温存療法ガイドライン(1999)」の適応基準をも満たしていなかったものであり、同療法を積極的に実施していた被控訴人医師らも、同療法(部分切除)によっては癌が残存乳房に遺残する可能性が高かったため、同療法の適応はないと判断した、というのであるから、並木医師の平成15年1月6日付鑑定意見書(甲88)記載内容(本判決上記3(4))を考慮しても、被控訴人医師らの上記判断自体が不適切であったとはいえず、控訴人の乳癌は、乳房温存療法の適応である可能性は低かったものと認められる。

この部分の前段は乳房温存術自体は事件発生の時点でもはや「未確立」な治療とはいえない事に言及しています。また後段は被告が被告の乳癌治療への選択として乳房切除術を選択した事は医学的に誤りでなく、乳房温存術の適応の可能性は低かったと認定しています。ただしここでの事実認定は

    低かった
つまり「ゼロ」ではないことを強調して、次に続きます。次の判決文がこの判決理由の最大の焦点かと考えます。

 しかしながら、前記認定のとおり、被控訴人医師らは、乳房温存療法を積極的に実施していたものであり、平成7年10月5日、控訴人が徳島大学病院第2外科外来で、被控訴人丙山の診察を受けたのは、乳房温存療法に積極的に取り組み、セカンドオピニオンを推奨している被控訴人丙山の著書(乙ニ2)を読んだからであり、控訴人は、受診の際、被控訴人丙山に対し、上記著書を読んで診察を受けに来た旨を告げたこと(前記2の(2)及び(3))、被控訴人乙原は、被控訴人丙山の紹介状を受けて控訴人に対する乳癌の診察、検査を行ったものであるが、被控訴人検診センターにおける被控訴人乙原の診察室入口には、被控訴人乙原が乳房温存療法に取り組み、学会で発表し、患者にも好評である旨の新聞記事(甲65)のコピーが張られていたこと(前記2の(3)及び(4))、本件生検後、被控訴人乙原は、乳癌であった場合に癌病巣の広がりを診断して乳房温存療法の可否を検討するため、徳島大学病理学教室に病理組織学的診断を依頼したこと(前記2(9))、被控訴人乙原が控訴人に対し、本件生検の結果を踏まえた病状の説明を行うに当たり、被控訴人丙山とともに本件生検の結果等を検討した上、乳房温存療法の適応はないとの意見で一致したものであること(前記2(10))、被控訴人乙原は、平成7年12月29日、徳島病院において、控訴人に対し病状の説明を行った際、控訴人から、乳房温存療法を積極的に推進している慶應義塾大学医学部付属病院放射線科講師の近藤誠医師のことにつき質問を受け、「あそこだけは止めておいた方がよい。内部の人の話だけれど、再発が多く、近藤先生にかかれなくなって外科にかかり直している。」などと述べたこと(前記2(12))に照らすと、被控訴人丙山はもとより、被控訴人乙原も、控訴人が乳房温存療法に強い関心を有していることを認識していたものと推認される。

判決文らしくダラダラと長いのですが、この判決文の結論はまず、

    控訴人丙山はもとより、被控訴人乙原も、控訴人が乳房温存療法に強い関心を有していることを認識していたものと推認される
推認という言葉が使われているのは、被告側のこの主張に対応しているかと考えます。
    控訴人ば,本件の診療中を通じて,被控訴人医師らに対し,乳房温存療法の適応の有無,実施可能性について質問したことはなかったため,被控訴人医師らも,本件手術後まで控訴人が乳房温存療法について強い関心を持っていることを知らなかった。
被告側は乳房温存療法自体が事件発生時にまだ「未確立な治療」であったと主張していますが、これは既に退けられています。しかし原告が診療過程において乳房温存療法について言及しなかった事は認定したようです。被告が言及していなかった事は認められたようですが、言及していなくとも「推認」できるから被告は乳房温存療法に積極的な意思があると裁判所は認定しています。推認理由として、
  1. 丙山助教授を選んで受診したのは、乳房温存療法に積極的であると書かれた助教授の著書を読んだからであり、受診時に著書を読んだから受診したと告げた
  2. 乙原医師の外来に乳房温存療法に積極的である新聞記事が貼られていた
  3. 近藤医師のセカンドオピニオンを勧めなかった事
この3点から患者は積極的な乳房温存の意思表示があり、具体的に発言しなかったが、その意思を汲み取れなかった医師が注意義務違反になるとしています。昨日のコメントでも近藤医師のセカンドオピニオンを勧めなかった事が鍵になりそうの意見がありましたが、勧めなかった事自体はさして問題となっていませんが、近藤医師の名前が出た時点で、原告が乳房温存に積極的な意思表示をしたと解釈しなかった事が注意義務違反に該当すると認定されています。

以下の判決文はここでの医師の注意義務違反が軸になって展開されます。

 以上によれば、本件手術当時、乳房温存療法は、乳房切除術と並んで確立した療法であったところ、被控訴人医師らは、控訴人の乳癌については乳房温存療法の適応はないとの意見で一致したものであるが(前示のとおり、この判断自体は不適切であったとはいえない。)、本件手術当時は、未だ前記「乳房温存療法ガイドライン(1999)」が策定されていなかったため、乳房温存療法を実施していた医療機関では、それぞれ、患者の希望のほか、腫瘤の大きさ、腫瘍の乳頭からの距離、切除標本の断端端陽性・陰性、多発性病巣の有無、広範囲の石灰化(乳管内進展)の有無などの項目を考慮して、適応基準を定めていたものの、その適応基準は医療機関によって相違があり、また、自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも、乳房温存療法を強く希望する患者に対しては、乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関も、少数ながら存在し(前記3(2)〔補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(1)カ〕)、被控訴人医師らはこのことを知っていたのであり、しかも、被控訴人医師らは、控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたのであるから、前示の、手術により乳房を失わせることが、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるという乳癌手術の特殊性、そのことによる乳房切除術を行う場合における、選択可能な他の療法(術式)としての乳房温存療法について説明すべき要請の強さに鑑みると、被控訴人医師らは、控訴人の乳癌について、自らは乳房温存療法の適応がないと判断したのであれば、乳房切除術及び乳房温存療法のそれぞれの利害得失を理解した上でいずれを選択するかを熟慮し、決断することを助けるため、控訴人に対し、被控訴人医師らの定めている乳癌温存療法の適応基準を示した上、控訴人の場合はどの基準を満たさないために乳房温存療法の適応がないと判断したのか、という詳細な理由を説明することはもちろん、再発の危険性についても説明した上で、被控訴人医師らからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があったというべきである。

これも長いのですが、区切りようが無いので我慢して読んで欲しいのですが、

  1. 事件当時には乳房温存療法は確立された医療であった
  2. 事件当時は「乳房温存ガイドライン」が確立されていなかった
  3. ガイドラインが無いため、施設ごとによって基準が異なり、ある施設では適応が無くとも、他施設では適用がある状態であった
  4. 被告医師はそういう状況を専門家であるから熟知していたはずである
  5. 乳癌の乳房温存の選択枝は平成13年判決に基づき非常に重い
  6. 原告の意思は「推認」できると認定した
  7. 適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があった
皆様、理解できましたか?ここが理解できないとJBMの地雷を確実に踏む事になります。以下はこの判断から導かれる判決理由です。

しかるに、前記2(12)認定の事実によれば、被控訴人乙原は、控訴人に対し、控訴人の乳癌の場合、広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィ上も乳房の中に癌がたくさん残っているので、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであることを説明したにとどまり、乳房温存療法が適応外であることについての上記(ア)説示のような詳細な理由を説明したとは認められない。

 また、被控訴人乙原は、控訴人に対し、他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらって構わないことを説明し、控訴人が、「どこへ行ったらいいでしょうか。」と質問したのに対し、四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げたのであるが、これは、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンドオピニオンをうけることのできる具体的な医療機関を教示したにとどまるから、この事実をもって、被控訴人乙原が、被控訴人乙原からみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示したと認めることはできない。

被告医師は検査の結果、乳房温存術が適応外であると説明しただけで、乳房温存術にたいしての説明が不十分であると認定しています。もっと詳細かつ懇切に乳房温存の説明をしなければならないとしています。

またセカンドオピニオンの候補としてあげた病院は、被告医師の治療方針にそう可能性が高い病院であり、被告医師の治療方針に反して適応外の乳房温存療法を行なっている病院とは認定できないと判断されています。ここは近藤医師のセカンドオピニオンを文句を言わずに受け入れておけば問題は無かった事になりますが、近藤医師の話が無くとも判断はどうなっていたかは疑問です。「仮に」となってしまいますが、近藤医師の話が無くともその他の理由だけでも患者の意思の「推認」は十分可能性があり、推認されれば「適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務」が生じると考えられます。

この判決ではとくに乳癌であれば、乳房温存への説明手立てが一点でも抜け落ちる事はすべからく注意義務違反、説明義務違反に問われると解釈すれば良いかと考えます。次は被告からの反論に対する判断です。

控訴人らは,乳房温存療法等他の治療方法については,控訴人の病状に照らして選択可能な治療法とはいえなかったこと,控訴人自身乳房温存療法等については被控訴人丙山の著書等を読んで相当の知識を有しており,また,医師である控訴人の夫から相当の医学的情報を知りうる立場にあったが,被控訴人医師らに対しては乳房温存療法等について強い関心を示していなかったことなどの事情を考慮すれば,被控訴人医師らが控訴人に対して乳房温存療法等他の治療方法について説明する義務はない旨主張する。

原告は丙山助教授の著書を読んで乳癌の基礎知識を有しており、さらに夫が医師であるから、乳房温存療法の選択枝については熟知したいたはずであり、そのうえで診療経過中に言及しなかったのであるから、これは原告が乳房温存療法の選択枝がある事を知った上で、乳房切除術の選択をしたので説明の義務は無いとの主張です。これに対し裁判所判断は、

 確かに,控訴人の病状に照らし,乳房温存療法の適応可能性が低かったことは,上記(ア)説示のとおりである。しかしながら,被控訴人医師らが,控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたものと推認されることは,同じく上記(ア)説示のとおりである。したがって,前示のとおり,被控訴人医師らは,控訴人に射し,乳房温存療法の適応がないと判断した理由について詳細な説明をすることはもちろんのこと,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があったというべきである。

そして,このことは,控訴人自身,乳房温存療法について被控訴人丙山の著書を読んで相当の知識を有し,また,医師である控訴人の夫から相当の医学的情報を知りうる立場にあったとしても,被控訴人医師らは,後記エ(ア)のとおり乳癌治療の専門家として,患者である控訴人と比べ,圧倒的に高度の専門的知見を有している以上,被控訴人医師らの上記説明義務を免れさせるものではないというべきである。

 したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。なお,控訴人は,平成8年1月4日,9日の2回にわたり,被控訴人乙原に対し,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンの必要はないことを伝え,同月23日の本件手術に当たっても,乳房切除術の実施を書面をもって承諾した事実はあるが,控訴人のその判断自体,被控訴人乙原による不十分な説明に基づくものであるから,上記事実があるからといって被控訴人医師らが責任を免れることにはならない。

判断された根拠の展開になるのですが、

  1. 原告が丙山助教授の著書を読んでいても十分な知識と言えない
  2. 夫が医師であっても専門外であるので十分な知識と言えない
その程度の知識では説明が不十分な理由にならないとの判断です。またその後の何回かにわたる被告の意思確認も不十分な説明の上で行なわれているのだから、被告に責任ありとしています。

続いて乳頭温存手術についての判断です。

 しかしながら,一般的には乳頭温存療法の適応外とされる上記のような症例でも,乳頭部に癌浸潤所見が認められない限り適応しうるという見解に立って乳頭温存手術を実施している医療機関も少数ながら存在し,被控訴人乙原峠,控訴人が乳頭を含む乳房の温存について強い関心を有していることを知っていたものと認められるから,上記イと同様,被控訴人乙原が控訴人の乳癌につき乳頭温存手術の適応がないと判断した以上,控訴人に対し,その判断について詳細な理由を説明することはもちろんのこと,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳頭温存手術を実施している医療機関の名称及び所在を教示すべき義務があったというべきである。

 そして,前記3(同2(4)イ)のとおり,控訴人の乳癌は,乳頭直下に癌病巣が存在していたため,被控訴人乙原は,控訴人に射し,乳頭温存手術については説明していないことが認められる。また,被控訴人乙原は,控訴人に対し,上記イ(イ)説示のとおり,乳房温存療法は適応外であり,乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンドオピニオンを受けることのできる具体的な医療機関を教示したことが認められるものの,この事実をもって,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳頭温存手術を実施している医療機関の名称及び所在を教示したと認めることはできない。

適用外でも乳頭温存手術はもちろんのこと、乳房温存手術も行なう医療は存在し、患者の意思も「推認」が認定されているため、これについての説明、セカンドオピニオンの説明義務は怠ったとしています。

乳房即時再建術の説明義務違反の有無は被告に問題なしとなったのは省略しますが、その次に怖ろしい義務の有無が書いてありました。

これはこの訴訟では二つの医療機関を挙げたので「セーフ」となっていますが、セカンドオピニオンの確保も医師の「義務」になっています。そういう義務があるのなら、ssd様のコメントでは通用しなくなります。

しかし、セカンドオピニオンを求められて、他の施設を紹介するなんてちょっとうかつすぎですな。
どうぞどこでもお好きなところにと資料一式包み隠さず渡すのが吉。
トヨタのディーラーに行って、とある車種の説明をうけて、同じような他メーカーの車種を聞いて、それを売っている他所の店を教えて貰うなんて非常識はないわけで。

「他の施設を紹介するなんてちょっとうかつすぎですな」と言ってられなくなります。

よっての被害額の算定になるのですが、

  1. 控訴人は,被控訴人医師らの前記4(3)のイ及びエの各説明義務違反により,乳癌治療の方針決定という自己決定権を侵害され,精神的背痛を受けたものと認められるところ,控訴人は,本件手術により右乳房を喪失したこと,被控訴人医師らの説明義務違反は,控訴人の徳島大学病院及び徳島病院に対する信頼を裏切るものであると評価できること,他方,本件手術自体は,控訴人の生命に対する危険を回避するために行われたものであることを総合考慮すると,被控訴徳島大学の本件第1診療契約上の債務不履行,被控訴国立病院機構の本件第2診療契約上の債務不履行、被控訴人医師らの共同不法行為により控訴人の被った上記精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は200万円と認めるのが相当である。


  2. 控訴人が本件訴訟の提起及び追行を控訴人訴訟代理人に委任したことは明らかであり,本件事案の性質,上記認容額その他諸般の事情を考慮すると,被控訴人医師らの説明義務違反(不法行為)と相当因果関係のある弁護士費用の損害は,40万円と認めるのが相当である。

なかなか手強い判決でした。最後は余話になるのですが、訴訟の裏でいつも問題になる鑑定医がこの判決文では出てきています。判決文で引用された鑑定内容とともに合わせてご評価ください。

日本病理研究所副所長の並木恒夫医師が作成した平成15年1月6日付鑑定意見書

  1. 控訴人の乳癌は,中間悪性度の乳管内癌(非浸潤性乳管痛,DCIS)であり,顕微鏡標本を精査したが,浸潤性増殖はない。『病巣の一部に早期浸潤像が強く疑われる部分がある。』とする被控訴人ら側の主張には反対である。

  2. 浸潤癌と診断するには,病理組織学的に浸潤性増殖を確認する必要がある。非浸潤癌は浸潤性増殖がないということで,あくまでも除外診断であるから,浸潤がある場合の方が,ない場合よりも診断は容易である。浸潤癌が疑われるが,確実ではない場合の対応については,浸潤癌が100%確実でないので,非浸潤癌(病期分類0期)ということになる。

  3. 定型的な面疱癌は『強い核異型と広範なコメド型壊死を伴う高悪性度の癌』に限られ,この定義に当てはまる高悪性度の面疱癌の所見は含まれていない。

  4. DCISの悪性度を決定するのは核異型度で,コメド壊死の有無ではない。本例のように核異型度が中等度の場合,コメド壊死があっても中間悪性度に分類する。徳島大学病院病理部の病理診断書には,核異型度及びコメド壊死についての記載がなく,面疱癌については何も述べられていない。外科医である被控訴人医師らが病理医の意見を聴くことなく,高悪性度の面疱癌があると自分らだけで判断したとすると,そのこと自体が問題である。


  5. 本例の断端を陽性とした被控訴人ら側の診断基準は,『5mm以内に腫瘍細胞があれば断端陽性とする。』という日本乳癌学会学術委員会ガイドライン作成委員会の『乳房温存療法ガイドライン(1999)』の『断端の判定』の記載に準ずるものと思われるが,5mmという距離は大きすぎて国際的に承認されてい.ない。国際的に断端の判定がどうなっているかといえば,腫瘍が断端に露出している場合だけをRl(顕微鏡的遺残腫瘍あり)とし,その他をRO(遺残腫瘍なし)としている。本例の場合,切除部分の断端にごく小範囲のDCISの露出があり,国際分類ではRlとなる。

  6. 本例のDCISの大きさは3.3cmX2.6cm大であり,断端の露出は200ミクロン(1/5mm)とごく小範囲であるから,残存乳房内にDCISが存在することが示唆されるが,範囲は不明で,小範囲の可能性もある。残存乳房内に広範な乳管内進展が認められるかどうか断定できない。

  7. 本件の程度であれば,乳房温存療法は可能である。残存乳房内にDCISが遺残することが示唆されるが,範囲は不明であり,『乳房温存療法の適応ではなく,乳房温存手術は選択できなかった。』との被控訴人らの主張には賛成できない。

  8. 本例では,病理組織診断書の不完全さが目にっく。DCISの場合,病理組織診断書には乳管内癌(DCIS)の診断だけでなく,組織学的悪性度,核異型度,組織構築,コメド型壊死の有無、石灰化の有無,腫瘍の大きさ,切除断端の状態などを記載する必要があるが,徳島大学病院病理部の病理診断書にはこれらの記載が著しく不足している。そのためか,外科医が病理所見を自分流に判断し,『高悪性度の面疱癌であるから乳房温存療法の適応でない。』との説明で単純乳房切除術を行った。外科医が病理組織診断を行うこと自体は法律違反ではないが,本来は望ましいことではない。大変重要な『高悪性度の面疱癌である。』との内容が正式の報告書としてカルテに記載されていない点も問題である。

うなずける点もありますが、臨床医として引っかかる点もあります。もっとも病理医の世界はよく知っているとはお世辞にも言えず、これが病理医の常識かもしれないのですが、とくに暴利医様のご意見を伺えると嬉しく思います。