徳島乳房温存術訴訟・経過編

この訴訟は8/17にどうせぇ〜っちゅうねん!!!として、日経メディカル8月号が大元の記事から引用エントリーしたものです。記事自体も判決文をある程度引用した様子はありましたが、この度、高裁判決文が入手できました。出所は「判例タイムス」No.1235(2007.5.15)となっています。判決文の原文は今日は間に合いませんが、近日中にupします。

それでもって判決文ですが、正直なところ「長い」のです。長いのですが、説明義務違反に問われているのですから、経過は出来るだけ詳細に引用しておく必要はあり、今日は事実認定された診療経過までを中心に解説したいと思います。もっともそこまでしかまだ判決文が読めていないのが本当です。ごく自然に続編が近日中に書くことになるのですが、その時には判決文全文を提供できると思います。

まず判決文の基礎データです。

対象事件:高松高裁平15(ネ)第436号
事件名:損害賠償請求控訴事件
年月日等:平17.6.30第2部判決
裁判内容:原判決一部変更,一部控訴棄却・上告,
上告受理申立
弁論終結:平成16年12月20日
原 審:徳島地裁平10(ワ)第652号
平15.9.26判決

昨日の時点では裁判所HPにまだ公開されていませんでした。事件は平成7年から8年にかけて起こったもので、関係者の年齢はその当時のもので計算したいと思います。それとこれも御存知の通り、控訴審後上告されていますが、これは棄却されていますので、最終判決文と考えて良いかと思います。

まず原告(判決文中では控訴人)と被告(同じく被控訴人)の身許です。まず原告は、

控訴人は,昭和17年*月*日生まれの女性であり,本件当時(平成7年10月から平成8年1月),徳島県立盲学校の教諭として勤務していたものである

原告の女性は55歳、盲学校の教諭として現役であったようです。

被告は日経メディカル記事中ではA医師、B医師となっていましたが、まずA医師ですが、

控訴人丙山(昭和17年生)は,平成元年から徳島大学医学部第2外科助教授,平成2年4月から同大学医療技術短期大学部教授の職にあった医師であり,同時に,平成8年3月頃まで,非常勤講師として徳島大学病院第2外科の外来診療を担当していたほか,非常勤として週1回,被控訴人健診センターにおいて検査及び診察を担当していたものである

A医師はこの判決文中では「丙山」となっており、年齢は55歳、徳島大学2外の助教授であり、健診センターの非常勤でもあったようです。もう一方のB医師は、

控訴人乙原(昭和35年生)は,昭和60年3月,徳島大学医学部を卒業し,平成6年4月・から徳島病院外科に勤務していた医師であり,同時に,非常勤として,徳島大学病院第2外科の外来診療を担当していたほか,平成7年当時,過1回,午後2時間程度,被控訴人健診センターにおいて検査及び診察を担当していたものである。また,被控訴人乙原は,長年,被控訴人丙山の指導を受けてきたものである

B医師は「乙原」となっており、37歳の中堅医師。丙山助教授の弟子で、乙原医師も徳島病院勤務で、健診センターの非常勤であったようです。舞台となった医療機関は、徳島大学病院、旧国立療養所徳島病院、健診センターであった事がわかります。

ここで原告側の主張を引用します。

  1. 最高裁平成13年11月27日第3小法廷判決・民集55巻6号1154頁(以下恨高裁平成13年判決」という。)及び東京地裁平成15年3月14日判決・判例タイムズ1141号207頁でも認められているとおり,医師の患者に対する説明義務における説明は,患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき,その利害得失を理解した上で,当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものである0したがって,医師の説明は,慮者が熟慮の上判断することができるような方法で行わなければならない。

    いうまでもなく仁患者が一定の療法(術式)を受けるということは,その身体に対して直接的な有形力の行使を受けることを意味する。その結果,患者は,自らの身体に対する極めて大きな変化,影響を余儀なくされる0捌こ,乳癌治療においては,その治療対象が乳房という体幹表面にあって女性を象徴するものであるところ,これに対する治療は,以後の患者の人生を大きく左右する結果をもたらす。医療行為,特に乳癌治療がこのような性質のものであることに鑑みれば,患者の自己決定権を保障する観点からいっても,患者の熟慮選択機会は極めて重要である。そして,医療行為が高度に専門的な事項であることに鑑みれば,患者が熟慮し,判断するためには,正確かつ十分な内容の説明がなされる必要があるのはもちろんのこと,これを理解し,検討し,更に自ら文献を調査したり他の専門家の意見を聴いたりして研究するための一定の時間的余裕が確保されなければならない。そうでなければ,高度に専門的である医療行為につき,特に医療に関して素人である患者が実質的な熟乱判断をすることはできないからである。そうだとすると,医師は,現実に患者が治療法の選択に直面する以前であっても,患者が時間的余裕を持って熟慮することができるよう,できるだけ早い時期にできるだけ多くの診療情報を患者に提供すべき義務があるというべきである。

    このように,熟慮選択機会の確保義務は極めて重要なものであり,これを実質的に保障するためには,説明内容が十分であることはもちろん,患者が熟慮,判断できるような説明の仕方をする必要があり,かつ,できる限り時間的余裕を確保しなければならないのである。

    ところが,本件において,被控訴人医師らが控訴人に対してした説明は,内容自体が不十分であり,説明の仕方も控訴人において熟慮,判断できるようなものではなかった。加えて,被控訴人医師らは,控訴人が熟慮,判断する時間的余裕を容易に確保することができたにもかかわらず,これを確保しなかったのであり,被控訴人医師らの説明義務違反は明らかである。すなわち,被控訴人乙原は,控訴人に本件生検の結果を告げた平成7年12月29日,乳房温存療法についての実質的な説明をせず,他の医療機関で診断を受けることの無意味性をことさら強調し,「血流に飛んだ。」「1月は問題ないが,半年は分からない。」「1月9日も16日もすでに予約があるが,2人目なら入れることができる。」などと言って時間的余裕がないことを印象づけたのである。特に,控訴人は,被控訴人医師らに対し,早い時期から診療情報の提供を求めていたにもかかわらず,被控訴人医師らはこれに応じなかったものであり,被控訴人医師らの説明義務違反は,一層顕著である。

  2. 控訴人医師らは,乳房温存療法については最初から適応外とし,その療法の内容,術式の違いやその利害得失,とりわけその予後等についての説明など,詳しい積極的な説明を行わず,乳頭温存療法については,そうした療法があることすら説明しなかった。

    原判決は,特段の事情のない限り,他に選択可能な治療法があれば,その内容と利害得失,予後等にっいて説明すべき義務があり,確立した療法が複数存在する場合には,適応可能性がある限り,複数の療法についてその内容や利害の得失について説明義務があるとした上で,乳房温存療法について,乳癌に対する治療法として既に確立した療法であると認定しながら,本件に対する当てはめにおいて,適応可能性の低い乳房温存療法について積極的な説明をすべき義務はないとの判断をした。

    しかしながら,そもそも適応可能性が低いということは,乳房温存療法についての利害得失やその予後等についての説明をしなくてもよいことにはならないはずである。患者としては,適応可能性が低いことによる影響についての説明を受けた上で療法の選択をすればよいのであって,原判決が説明義務の一般的規範として説示するとおり,適応可能性のある限り,医師としては,乳房温存療法について,乳房温存術の内容,乳房切除術と乳房温存術との術式の違い,控訴人の場合における利害得失や予後等にっいての説明をすべきである。患者としては,こうした説明があってこそ,適応可能性が低いことも併せ考慮して,療法の選択という自己決定権を行使し得ることになるのである。適応外でも乳房温存術を施行した場合の危険度を患者が理解し,その上で希望があれば乳房温存療法が施行される,という医師もいるぐらいである(甲14)。

    したがって,適応可能性が低いということは,乳房温存療法についての積極的説明義務を排除する理由とはなり得ないものであり,被控訴人医師らは,上記説明義務違反により控訴人の療法選択の機会を奪ったというべきである。

  3. 控訴人医師らは,乳癌治療の専門家であり,学会でも重安な地位を占め,乳癌治療に関する多数の文献を著していた。したがって,被控訴人医師らは,乳房温存療法の当否判断において前提とした症状(その前提は誤っていたのであるが。)であっても,乳房温存療法を実施している医療機関が他に多数存在することを熟知していたのであるから,被控訴人医師らが,原判決認定の控訴人の病状を前提として,それ故に自らは乳房温存療法及び乳頭温存療法をしないと判断していたとしても,乳房温存療法及び乳頭温存療法を実施している他の医療機関を教示すべき義務があったというべきであり,被控訴人医師らは,この点に率いても,説明義務を果たしたとは到底いえない。

もちろんこれに対して被告は真っ向から反論しているわけですが、これについてはあえて省略します。原告側の主張は数々ありますが、根底の一つとして平成13年の最高裁判決がある事が窺われます。

ではいよいよ今日のハイライトの診療経過に入ります。私は判決文を読んでもどこが説明不足か理解できませんでしたが、判決結果は御存知の通りですので、「結果」から「原因」を推測してみてください。経過は19個の箇条書きに分かれていますので、順次引用解説していきます。

(1)控訴人は,左乳房に異状を感じて,平成7年9月14日,徳島県立中央病院外科を受診し,マンモグラフィ等の検査を受けたところ,左乳房の異状はのう胞にすぎなかったものの,右乳房には,乳癌を疑わせる石灰化陰影が認められたとして,同病院担当医師から,3か月以内に入院して切除生検を受けるよう勧められた。

まず受診したのは徳島県立中央病院外科。マンモグラフィで異常を感じた左乳房でなく右乳房に乳癌の可能性を指摘され、「3か月以内に入院して切除生検」を勧められています。

(2)その後,控訴人は,その妻が乳癌に罹患したことのある同僚から,被控訴人丙山の著書である「丙山次郎教授の乳がん早期発見と最新治療」(乙ニ2)を借り受け,これを読んだところ,被控訴人丙山が日本乳癌学会の理事を務めており,乳房温存療法に積極的に取り組んでいること,セカンドオピニオンを推奨していることなどを知り,被控訴人丙山の診察を受けることを決めた。

丙山助教授は乳癌治療では有名人であったらしく、著書を読んで原告は受診を決めたようです。

(3)控訴人は,同年10月5日,徳島大学病院第2外科において,外来診療に当たっている被控訴人丙山の診察を受け,そめ際,被控訴人丙山の前記(2)の著書を読んで診察を受けに来た旨を告げた。診察に先立ち控訴人が受けていたマンモグラフィ検査では,右乳房に腫瘤(のう胞)陰影のほか,集簇した微細石灰化陰影が2か所に認められた。被控訴人丙山は,控訴人に対し,微細石灰化陰影は乳癌を疑わせる所見であるとして,更に被控訴人健診センターで細胞診等の(精密)検査を受けるよう勧めた。控訴人は,被控訴人丙山に対し,「もし癌であればどのような手術になるのですか。」と尋ねたところ,被控訴人丙山は,「癌と決まってから手術方法を検討すればよい。」と返答した。そして,被控訴人丙山は,被控訴人健診センターの被控訴人乙原宛の紹介状(乙ロ2)を控訴人に手渡した。

9/14に徳島県立中央病院受診してから、約1ヵ月後の10/5に徳島大学病院を受診しています。ここで丙山助教授が乳癌の可能性が強いとして、健診センターで精密検査を勧められ、健診センターの乙原医師への紹介状を貰っています。ここはよくわからないのですが、徳島大学病院と健診センターは、どうやらほぼ一体の医療機関のように機能しているように思えます。

(4)控訴人は,同月6日,被控訴人健診センターにおいて,被控訴人乙原により,マンモグラフィ検査,超音披検査及び細胞診(穿刺吸引細胞診)検査を受けた。その結果,マンモグラフィ検査では,集族した微細石灰化陰影が右乳房の頭側(上側)を中心に広く分布し,さらに外側(腋の下方向)にも広がり,その他,尾側(下側)にも分布していることが判明した。被控訴人乙原は,上記所見につき,マンモグラフィ診断基準におけるカテゴリー?(悪性濃厚)に該当し,強く乳癌が疑われると診断した。また,超音波検査でも,右C領域に低いエコー領域があり,被控訴人乙原は,上記所見につき,超音波診断基準におけるカテゴリー?a(多分良性であるが,悪性の可能性も否定できない)に該当すると診断した(なお,同月9日、細胞診検査の結果は,カテゴリー?〔異常なし〕と判定された。)。

なお,被控訴人健診センターにおける被控訴人乙原の診察室入口には,被控訴人乙原が乳房温存療法に取り組み,学会で発表し,患者にも好評である旨の新聞記事(甲65)のコピーが張られていた。

精密検査の結果は、

  1. マンモグラフィ診断はカテゴリー4
  2. 超音波検査診断はカテゴリー3a
  3. 吸引細胞診はカテゴリー1
なおマンモグラフィ上の病巣の広がりは、
    集族した微細石灰化陰影が右乳房の頭側(上側)を中心に広く分布し,さらに外側(腋の下方向)にも広がり,その他,尾側(下側)にも分布
また
    控訴人乙原の診察室入口には,被控訴人乙原が乳房温存療法に取り組み,学会で発表し,患者にも好評である旨の新聞記事
丙山助教授の弟子である乙原医師も乳房温存療法に積極的であった事もわかります。

(5)被控訴人乙原は,同月16日,被控訴人健診センターにおいて,控訴人に対し,細胞診検査では癌細胞は発見されなかったため,今後の方針として,3か月ごとの慎重な経過観察を行う方法もあるが,マンモグラフィ検査では,乳痛を強く疑わせる所見が出たため,直ちに切除生検を行って確定診断をする方が望ましいとの説明をし,いずれの方法を選択するか後日連絡するよう求めた。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告をした。

細胞診が陰性だったので確定診断に至りませんでしたので、選択として慎重followと、積極的に切除生検を行なうかの治療方針を原告に提示しています。この時にマンモグラフィでの悪性の印象が強いので、切除生検の方が治療方針としてより望ましいとも付け加えています。丙山助教授とも密接に連絡を取っているようです。

(6)被控訴人乙原は,控訴人が乳癌であると強く疑っていたところ,同年11月5日,前回の受診日から2週間以上経過するのに,控訴人から治療方針についての返答がなかったことから,控訴人に電話をかけ,切除生検を受けるよう勧めた。すると,控訴人は治療方針について決めかねている様子であったため,被控訴人乙原は,翌日被控訴人健診センターで受診するよう伝えた。

この下りが日経メディカルの「3週間近く連絡が無い・・・」かと思います。乙原医師は悪性を強く疑っていましたので、切除生検を電話でも強く勧めたようですが、原告は迷っていたようで、とにかくもう一度話し合おうという事で受診を指示しています。

(7)被控訴人乙原は,同月6日,被控訴人健診センターを訪れた控訴人に対し,経過観察の方法もあるが,広範囲の微細石灰化陰影があること等から約3分の1の確率で乳癌の可能性があることを説明し,切除生検を受けることを勧め,控訴人は,切除生検を受けることを承諾した。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告,をした。

受診の結果、切除生検を原告は承諾しています。

(8)被控訴人乙原は,同月30日,同人の妹の丁川菓子とともに徳島大学病院第2外科を訪れた控訴人に対し,再度,右乳房に微細石灰化陰影が広範囲にあり,悪性であることも否定できないこと,確定診断をする目的でロケーション生検を行うこと,切除生検の方法は,局所麻酔をした上で,マンモグラフィで病変部分を撮影しながら同部分を切除するものであること,局所麻酔や生検による合併症の可能性があることなどの説明をした。そして,控訴人は,手術同意書(乙イ1の21枚目)の患者欄に署名及び指印をして切除生検の手術を受けることに同意し,丁川葉子は,立会人欄に署名及び押印をした。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告をした。

徳島大学病院で切除生検を行う事になり、手術前の説明と同意書の署名捺印を行なった記述です。この時には被告の妹が立会人となっています。

(9)被控訴人乙原は,同年12月14日,徳島大学病院第2外科において.控訴人に対し本件生検(摘出生検)を実施し,右乳房の前記石灰化陰影のうち頭側(上側)の病変部分を約5cm切開して切除標本を切り出した。なお,本件生検時のマンモグラフィ揖影では,・乳頭側にも微細石灰化陰影が認められた。本件生検後,被控訴人乙原は,切疲標本のマンモグラフィ撮影を実施し,控訴人に対し,広範囲の微細石灰化陰影がみられることなどを説明した。そして,被控訴人乙原は,乳癌であった場合に癌病巣の広がりを診断して乳房温存療法の可否を検討するため,切除標本を通常よりも多い15枚の切片に分けて,徳島大学病理学教室に痛理組織学的診断を依頼した。なお,同依頼文書の「※担当医」欄には「乙原/丙山」との記載があった。

無事切除生検は行なわれたようです。「切除標本を通常よりも多い15枚の切片に分けて」の通常が私には良く分かりませんが、ごく素直により丁寧な診断を求めてのものと考えます。

(10) その後,被控訴人乙原は,徳島大学病理学教室の伊井邦雄助教授及び楊医師から,同月25日付で,上記切除標本についての病理組織学的診断の報告書(乙イ1の20枚目)の提出を受けた。その内容は,切除標本15片のうち,12片こ非浸潤性乳管癌が存在し,全乳腺にわたって乳頭腫症及び硬化性腺症がみられ,しかも,3片の一部には,早期浸潤巣の可能性の残る乳管癌の病変が混在しているというものであった。被控訴人医師らは,同月26日,上記報告を受けて,自ら切除標本(プレパラート)を検鏡した結果,切除標本の大部分に非浸潤性乳管癌が広がり,そのうち,早期浸潤の疑いのある部位や悪性度の高い中心壊死を伴う面疱癌が含まれる部位が存在し,これらの癌病巣が切除標本の断端に及んでいた箇所(切除断端癌陽性)もあると認めた。そして,被控訴人医師らは,控訴人の乳癌について乳房温存療法の適応はなく,乳房切除術によることが適当であるとの意見で一致した。

病理診断です。

  1. 切除標本15片のうち,12片こ非浸潤性乳管癌が存在
  2. 全乳腺にわたって乳頭腫症及び硬化性腺症がみられる
  3. 3片の一部には,早期浸潤巣の可能性の残る乳管癌の病変が混在
さらに丙山助教授、乙原医師は自らも切片を確認し、
  1. 早期浸潤の疑いのある部位や悪性度の高い中心壊死を伴う面疱癌が含まれる部位が存在
  2. 癌病巣が切除標本の断端に及んでいた箇所(切除断端癌陽性)もある
以上の所見により二人の被告医師は乳房温存療法の適応は無く、乳房切除術が適当であると判断しています。

(11)被控訴人乙原は,同月27日,控訴人に電話をかけ,本件生検の結果,乳癌であったことを伝え,夫とともに来てもらいたいとの申入れをした。控訴人は,当日は都合が悪く,翌28日は被控訴人乙原の都合がつかなかったため,控訴人の夫の甲野三郎の勤務が休みである同月29日に被控訴人乙原の勤務する徳島病院を訪れることにした(なお,控訴人は,徳島病院の場所を知らなかった。)。

乙原医師は徳島病院(旧国立療養所徳島病院)勤務だったようで、そこに原告とその夫を呼んで検査結果の説明と治療方針についてのムンテラを行なおうとしたようです。

(12)同月29日,控訴人は,夫の甲野三郎とともに徳島病院を訪れた。被控訴人乙原は,被控訴人丙山が多忙なため,同人に代わって被控訴人乙原が説明をすることを告げた。そして,被控訴人乙原は,控訴人及び甲野三郎に対し,上記病理組織学的報告書及び本件生検による切除標本(プレパラート)を示しながら,上記組織診断は徳島大学の伊井助教授が行ったこと,控訴人の右乳房の病変は,初期の浸潤が疑われる非浸潤性乳管癌であり,癌細胞の悪性度が高く,切除標本のほとんど全てに乳管内癌が広がっており,切除標本の断端が癌陽性となっていること,このまま放置すれば,早期に転移する危険は少ないと思われるものの,遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があること,一般に非浸潤性乳管癌の場合,乳房切除術と乳房温存療法があり,自分は乳房温存療法を積極的に行っているが,控訴人の場合,広範囲の乳管内進展型で,マンモグラフィ上も乳房の中に癌がたくさん残っているので,乳房温存療法は適応外であり,乳房切除術によるべきであること,現時点では転移のない癌であるため,乳房切除術を行えば,その予後は100%良好であること,切除生検から乳房切除までの猶予期間としては,1か月程度は問題ないが,半年経過すると分からないことなどを説明した。

また,被控訴人乙原は,控訴人に説明をする過程で,甲野三郎が外科の病院に勤めている医師であることを知った(もつとも甲野三郎は内科医である。)。被控訴人乙原は,控訴人らに対し,他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらって構わないことを説明したところ,控訴人が,「どこへ行ったらいいでしょうか。」と質問したので,被控訴人乙原は,四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げた。控訴人は,乳房温存療法を積極的に推進している慶應義塾大学医学部附属病院放射線科講師の近藤誠医師のことを少し聞き知っていたので,被控訴人乙原に対し近藤誠医師のことを質問したのに対し,被控訴人乙原は,「あそこだけはやめておいた方がよい。内部の人の話だけれど,再発が多く,近藤先生にかかれなくなって外科にかかり直している。」などと返答した。また,甲野三郎は,控訴人に対し,「組織診断は伊井助教授の診断だから間違いない。乳房切除にすべきである。」旨の発言をした。被控訴人乙原は,控訴人に対し,夫と十分相談し,年明けに返答してほしいと述べた。(甲18,乙ハ1)

前段での乙原医師の説明は、

  1. 非浸潤性乳管癌だが病巣が広範囲に拡がっており、乳房温存術の適応は無く、乳房切除術が必要
  2. 切除までの考慮期間は1か月程度は問題ないが,半年経過すると分からない
後段はまず話題になった「夫が医師」の部分です。夫は外科病院に勤める内科医師です。さらにセカンドオピニオンの話が出てきています。セカンドオピニオン部分は、
  1. まず乙原医師は「他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらって構わない」と説明
  2. 原告の「どこが良いか」の質問に、四国がんセンター及び大阪府立成人病センターを乙原医師は挙げている
セカンドオピニオンがらみですが、日経記事にはC医師となっていた「乳房温存療法に積極的な医師」もわかりました。近藤医師の有名な著作である例の本が平成7年当時に話題になっていたかどうかがアヤフヤですが、乙原医師が近藤医師のセカンドオピニオンを勧めなかったのはよくわかりました。

少しだけここまでの日程関係を整理すると、


date
診療経過
9/14徳島県立中央病院受診
10/5徳島大学病院第2外科受診
10/6健診センターにて精密検査施行
11/5原告に電話連絡
11/6切除生検を原告が外来で受諾
11/30切除生検の説明と同意書
12/14切除生検
12/27被告に乳癌の診断の電話連絡
12/29乳房切除術の必要を夫同席の上説明


(13) 控訴人は,平成8年1月4日,被控訴人乙原に電話をかけ,乳房切除術を受けること,セかンドオピニオンは聴取しないことを伝えた。そして,控訴人は,同月9日,徳島病院において,術前検査を受けるため,被控訴人乙原の診察を受け,その際,改めて,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンの必要はないことを申し出,被控訴人乙原は,入院予定日(同月17日)・手術予定日(同月23日)を決めた。

12/29から6日後の1/4に原告は「乳房切除術を受けること,セかンドオピニオンは聴取しない」と電話連絡しています。さらに1/9に乙原医師を受診し、

電話と外来で2回の了承を取った事になります。

(14) 同月中旬ころ,被控訴人丙山は,甲野三郎に電話をかけ,控訴人の病状についての説明をしたところ,甲野三郎は,乳房切除術でお願いしたいと述べた。

どうも1/9受診時には夫が同席していなかったようなので、丙山助教授は夫に電話で乳房切除術の了解を取ったようです。

(15)控訴人は,同月17日,乳房切除術を受けるため,徳島病院に入院した。入院時の診断名は,右乳癌(臨床病期0期)であり,合併症として高カルシウム血症があった。

1/17に予定通り入院しています。

(16) 同月18日,被控訴人乙原は,控訴人の高カルシウム血症の原因と考えられる副甲状腺上皮小体)について,徳島大学病院第2外科の井上医師に相談したところ,同医師から,副甲状腺上皮小体)ホルモンの検査提出の指示を受け,手術後に同医師による超音波検査を行うことにした。

同日午後4時ころ,控訴人は,被控訴人乙原に対し,夫の甲野三郎とうまくいっていないことを告げ,高校受験を控えた控訴人の子・甲野四郎を自分の方に向かせたいので,同人に自分の病気が重いよう伝えてほしいとの申入れをした。これに対し,被控訴人乙原は,甲野三郎が医師であり,誤解を招くようなことはいえないとして,控訴人の乳癌は非浸潤性乳管癌であり,乳房切除をすれば再発はなく,100%の治癒が得られることを説明し,また,控訴人の副甲状腺上皮小体)の問題,反対側の右乳房の乳癌発生の危険性については,甲野四郎に説明することができると返答した。

どうも原告夫婦は夫婦仲に問題を抱えていたようで、その点での協力を乙原医師に求めていますが、これは拒否しているようです。

(17)被控訴人乙原は,同月23日,本件手術の実施に当たり,控訴人及び甲野四郎に対し,控訴人の病状は非浸潤性乳管癌であり,転移はしないが,広範囲な乳管内進展を伴っているため,治療方法は,乳房切除術の適応となり,同手術において腋窩リンパ節郭晴は必要ないものの,腋窩リンパ節のサンプリングは必要であること,その他,全身麻酔や手術による合併症の可能性があることなどを説明した。控訴人と甲野四郎は,上記説明を受けて,「手術・麻酔・検査承諾書」(乙イ3の13枚目)及び「手術(検査等)および病状説明書」(乙イ3の14枚目)に署名・押印をして乳房切除術の実施を承諾した。

乙原医師は原告及び原告の夫にもう一度病状を説明し、二人から

    「手術・麻酔・検査承諾書」及び「手術(検査等)および病状説明書」に署名・押印をして乳房切除術の実施を承諾

(18)同日午後,被控訴人乙原は,自ら執刀医となり,被控訴人丙山を助手として,控訴人に対し本件手術(乳房切除術)を施行し,控訴人の右乳房を切除した。本件手術において,被控訴人乙原は,腋窩を切開して触診したが,転移を疑わせるリンパ節がなかったため,サンプリングは実施しなかった。

なお,本件手術に先立ち,徳島病院は,控訴人に対する手術(乳房切除術)援助のため,(徳島大学)教授である被控訴人丙山を徳島病院に招へいし,被控訴人丙山に諸謝金を支払うことを決めた。

執刀医乙原医師、助手丙山助教授で手術は行なわれ、無事成功したようです。リンパ節のサンプリングも術中判断で不要としています。

(19) 本件手術後,被控訴人乙原は,残存癌の有無を調べるため,手術で切除した乳房から2か所の切除標本すなわち乳頭直下及び乳頭から尾(下)側の切除標本を切り出し,徳島大学医学部病理学教室に病理組織検査を依頼したところ,同検査の結果は,上記2か所の切除標本にそれぞれに小範囲ながら非浸潤性乳管癌がみられるというものやあった。被控訴人乙原は,控訴人に対し,切除した乳房に非浸潤性乳管癌が残存しており,乳房切除術が妥当であったことを説明した。

控訴人は,同月28臥 徳島病院を退院した。

乙原医師は術後の病理診断からも乳房切除術の選択の正しさを再確認し、その旨を被告に伝えています。

以上が事実認定された診療経過です。この経過を読まれて「おかしい」と感じなければJBMの地雷を踏む危険性が増す事になります。乳がんの治療に当たられている医師は「とくに」ですし、他の診療科であっても対岸の火事ではなく他山の石です。もっとも私もこの診療経過を読んで、どこにも違和感を感じなかったので失格かもしれません。

ここから後半の注意義務違反の指摘が判決文で展開されるのですが、私も今から読んで分析します。できれば明日エントリーしたいのですが、なにぶん凄い長文なので、間に合わなければ悪しからずです。それと判決文は判例タイムズOCRで取り込んで基本的に文字を起していますので、ところどころに誤変換があります。できるだけ訂正していますが、残っている部分についてもある程度御了承ください。