どうせぇ〜っちゅうねん!!!

凄いタイトルですが、これは今日引用させてもらう癌治療医のつれづれ日記様8/12付エントリーでのbluesky様の魂の叫びです。ブログ休載中に読んだ中でもっともインパクトがありましたので、謹んで使わせて頂きます。

大元の引用元は日経メディカル8月号だそうです。一部にbluesky様の注釈が入っていますが、それも含めながら順次引用解説します。

原告は、県立病院にて乳癌の疑いと診断された50歳代女性(Y)。

事件の概要は以下の如く。

Yは、乳房温存療法に積極的に取り組んでいる、A医師を受診。AはB医師の下での精密検査を受けるように勧め、YはBを受診し種々の検査を受け、その結果やはり強く乳癌を疑われた。が、Yが3週間近く受診しなかったため、BはYに直接電話をかけて摘出生検を受けるよう進言した(表現はこうなっていたがここは手術の際の話の間違いである可能性もあると感ずるが・・・)。Yの同意を得てAの病院で生検を施行し、乳癌との確定を得、AとBはその組織の結果から乳房切除術が妥当であろうとの判断で意見が一致した。

どうも判決文を引用しながらの記事らしいのですが、症例は50歳代女性の乳癌です。おそらく乳房のシコリでも感じて、「乳房温存療法に積極的に取り組んでいる」A医師をまず受診したようです。A医師とB医師の関係が良くわからないのですが、記事の印象からA医師が部長でB医師が同僚ないし部下のように受け取れます。またB医師も部下であっても駆け出しクラスではなく、しっかりとした経験と技量を有していると受け取っています。

患者はB医師を主治医とするようにA医師からの指示に従い、各種の検査を受けたとなっています。おそらくですが、マンモグラフィー腫瘍マーカーのチェック。マンモグラフィーで悪性を強く疑ったようなので、遠隔転移のチェックとして超音波検査、CT、MRIは行ったと考えます。乳癌治療は専門外なので詳しくはないのですが、常識的にはその辺りが順に行なわれたと考えます。

これも詳しくはないのですが、腫瘍摘除術の前に生検を行なうようです。乳癌なんて大学の講義以来の知識ですから怪しいのですが、組織型によって治療方法が異なるようで、診断確定と治療方針の決定の前に生検をすると考えればよいのでしょうか。記事では各種の検査で乳癌を強く疑い、次の手順である摘出生検の前の患者が「3週間近く受診しなかった」とあります。

この点について「癌治療医」であるbluesky様もやや疑念を抱いているようです。bluesky様の想定は、病巣部の摘出生検と根治手術は同時に行なわれるとしているようです。つまり摘出生検と根治手術は分けて行なうのではなく、根治手術の前半で提出生検から病理の迅速診断を行い、その結果を受けて手術法を決定する一体型の手順が一般的では無いかと言う事です。そういう手順を念頭に置いているので、「3週間近く受診しなかった」の表現を、

    表現はこうなっていたがここは手術の際の話の間違いである可能性もあると感ずるが・・・
乳癌治療の現在の治療手順論になるのですが、後の記事も合わせて、この症例で行なわれたのは摘出生検と根治手術は分けて行なわれたと解釈するのが妥当で、なおかつ患者は摘出生検前に「3週間近く」逡巡したと私は解釈します。このあたりの手順論は婦人科の先生方のアドバイス宜しくお願いします。

解説が長くなりましたが、ここまでの流れをまとめると、


患者が乳房に異変を感じる
    ↓
「乳房温存療法に積極的に取り組んでいる」A医師を受診
    ↓
A医師の指示でB医師の下で各種検査を行う
    ↓
乳癌の疑いが濃厚となり摘出生検に話が進む
    ↓
患者が3週間近く連絡をしなくなる
    ↓
B医師が電話連絡を取り摘出生検を行なう


摘出生検の結果ですが、乳癌診断が確定します。またその他の検査結果も含めて「乳房温存療法に積極的に取り組んでいる」A医師も

    乳房切除術が妥当
この結論を踏まえてB医師は患者に説明を行ないます。

BはYおよびその夫であるZ(医師)に対して以下を説明した。

すなわち、Yの病変は初期の浸潤が疑われる「非浸潤性乳管癌」であり、癌細胞の悪性度が高く、切除標本の殆ど全てに乳管内癌が広がっており、早期に転移する可能性は低いが、放置すれば遠隔転移を招く浸潤癌に移行する可能性があるだろう。「非浸潤性乳管癌」の場合、乳房温存術と乳房切除術があるが、Yの病変は広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィー上も乳房の中に癌がたくさん残っているので、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであること、現時点で転移がないため乳房切除術を行えば予後は良好であることなどを。

病理診断の結果が書かれていますが、

  1. 非浸潤性乳管癌である
  2. 悪性度は高い
  3. 広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィー上も乳房の中に癌がたくさん残っている
  4. 早期に転移する可能性は低いが、放置すれば遠隔転移を招く浸潤癌に移行する可能性がある
医師ならまとめる必要も無いぐらいですが、解説しておけば、
    癌自体は遠隔転移を起こしやすいタイプではないが、その代わりに乳房内に広範囲に広がっている
乳房を温存しながら広範囲に拡がっている癌は摘除できないの判断です。おそらくですが限局的なものならば乳房の温存は可能であったのでしょうが、「乳房温存療法に積極的に取り組んでいる」A医師を以ってしても温存は不可能と診断したと考えます。ここまでの経過にとくに問題があるところはありません。とくに3週間近く摘出生検を逡巡していた患者に電話連絡をしっかり取ったりしていますから、「よくやっている」と素直に感じます。

話はこの後からもつれるのですが、もつれる原因となったセカンドオピニオン問題に進みます。

BはYらに対してセカンドオピニオンも聞きたいのであれば構わないと話したところ、Yが「どこへ行ったらいいでしょうか」と質問したため、がんセンターなどの病院名を挙げた。Yが「乳房温存療法に積極的なC医師のところはどうか」と質問したところ、「内部の人の話で再発が多いと聞いているので、そこはやめておいた方がよい」と返答した。また、医師である夫のZも「組織検査は間違いないし、乳房切除にするべきだろう」旨の発言をしたという。

Yは電話で、乳房切除術を受けること、セカンド・オピニオンは受けないことをBに伝え入院・手術予定日を決めた。

患者がセカンドオピニオンを求めた事自体は問題ではありません。またこの記事ではセカンドオピニオンを勧めたのはB医師です。主治医であるB医師が患者に「セカンドオピニオンを希望するならどうぞ」と勧めています。このB医師のセカンドオピニオンに対する態度も非の打ち所がないものです。またセカンドオピニオンを行なう病院まで患者から質問されて、

    がんセンターなどの病院名を挙げた
他の「など」はわかりませんが、おそらく掛け値無しの一流どころを数ヶ所候補にあげたと考えます。この返答も完璧かと思います。患者がセカンドオピニオンに求めるもは「名前と権威」です。患者が考える価値観は、診療所よりも病院、中小病院より大病院、大病院よりもさらに専門病院です。それに相応しい病院を候補に上げたと考えます。ここまでも完璧です。

ここまでB医師は完璧だったのですが問題の個所になります。

    Yが「乳房温存療法に積極的なC医師のところはどうか」と質問したところ、「内部の人の話で再発が多いと聞いているので、そこはやめておいた方がよい」と返答した。
どうもB医師はC医師の治療方針について良い感情を持っていなかったようです。これはB医師が直接得た情報かもしれませんし、「乳房温存療法に積極的に取り組んでいる」A医師がC医師の治療方針、治療実績から評価が批判的である事を聞いてのものかもしれません。これは医師だからわかる内部情報とも言えます。B医師がC医師へのセカンドオピニオンに難色を示したのはわかりますが、「どうか」の質問に対し自らが知りえた知識を伝える事自体が悪いとは思いにくいところです。

結果として患者はセカンドオピニオンを受けない事になり、セカンドオピニオンを受けずに乳房切除術を治療として選択する事を決定しています。また患者がその意思を伝えたのは

    Yは電話で、
つまりB医師が説明した日に即答したのでなく「後日」にその意思決定を伝えています。当然ですがB医師が説明した日から「数日」以上は時間をおいての患者の意思決定であったと考えるのが妥当です。また皆様もお目についての通りで、患者の夫は医師であり説明にも同席して治療方針に基本的に納得しています。話は手術結果に進みます。

Bは患者・息子に再度病状の説明や手術の合併症などの説明を行い、Yは「手術・麻酔・検査承諾書」に署名捺印の上手術実施を同意した。同日午後、執刀医B助手Aのもと本件手術を施行。切除標本の病理結果は、非浸潤性乳管癌が見られ、その結果および乳房切除術が妥当であったことなどをYに説明した。なお、時期不明ながらも乳房再建術などについてもBはYに説明していたようである。

手術は成功で、なおかつ術後の病理診断でも術前の評価は該当しており、乳房切除の治療方針は妥当であったと説明しています。ここまで読まれてどこが問題であるか分かれば大したものです。もちろん問題があったから訴訟になったのですが、

しかし、その後Yは、医師らは乳房温存術療法などについて十分な説明を行わず、自らの意思で治療方法を決定する機会を奪ったとして、慰謝料など合計1100万円の支払いを求めて提訴した。

判決:1審は請求棄却であったが、2審は医師側の説明義務違反を認定し、240万円をAB連帯で支払うように命じた。

「???」としか言いようの無い訴訟理由の上に医療側が敗訴しています。訴訟的に240万円を敗訴と言うかどうかの論議はおいておき、医療側に説明不足の責任を認定しています。どこが説明不足かすぐには理解し難いのですが、判決理由に進みます。

裁判所は、患者が乳房温存療法に強い関心を有していることを医師らが認識していたと推認。

女性が癌のためとは言え乳房を失うショックは非常に強いものです。女性なら誰だって乳房を失わずに治療できる事を望むわけですが、この裁判所の「推認」では、この患者は

    異常に強く乳房を温存することを希望していた
と事実認定したようです。「普通」にではなく「異常」にです。「異常」という意味は「乳癌で死んでも構わない」ぐらい「異常に強く望んでいた」と解釈しなければならないようです。そうでも解釈しないと以下の判決理由が理解できません。

「乳房切除術および乳房温存療法のそれぞれの利害得失を理解した上でいずれを選択するかを熟慮し、判断することを助けるため、患者に対し、医師らの定めている乳房温存療法の適応基準を示した上、患者の場合はどの基準を満たさないために乳房温存療法の適応がないと判断したのか、という詳細な理由を説明することはもちろん、再発の危険性についても説明した上で、医師らから見れば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や存在を教示すべき義務があったというべきである」とした。

BがYに対してがんセンターなどの名をあげたことについては「これは乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンド・オピニオンを受けることのできる具体的な医療機関を教示したにとどまる」として、「Bからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示したと認めることはできない」と判決した。

解釈が微妙なんですが、まず医師側が乳癌の進行状態から、乳房温存療法が不可能である事の説明については問題なしと判断されたようです。つまり術前の診断も術後の結果も、乳房温存療法は行なう余地が無く、乳房切除術を選択したことについては問題とされていないと考えます。

問題はセカンドオピニオンとして候補に上げた病院です。B医師があげたがんセンターについての裁判所の評価は、

    これは乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンド・オピニオンを受けることのできる具体的な医療機関を教示したにとどまる
裁判所が指摘したのは、B医師があげたセカンドオピニオン候補病院は、B医師の治療方針を指示する病院でしかないとの判断です。そんな病院では、患者が「異常に強く」希望する乳房温存療法の希望に副うセカンドオピニオンを受けられないとの指摘です。ではどうすれば良かったかですが、
    適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務
もう一度、今回の説明と同意の経過を見直して見ます。
  • 患者は摘出生検まで3週間近い逡巡をした
  • 乳房切除術が必要の説明を受け、数日以上熟慮する時間があった
  • B医師はセカンドオピニオンに積極的であった
  • 夫は医師であり自らの力で情報を収集することが可能であった
B医師はC医師へのセカンドオピニオンに難色を示したのは確かなようですが、拒否はしていません。ここで夫が医師であるというのは結構重要な点で、一般に医師及び医師の家族への対応は丁重です。正直なところ同業者なのでやりにくいのが本音ですが、セカンドオピニオンぐらいなら、少しでも強く希望すれば、気に入らない病院、医師であっても了解します。これを蹴飛ばす医師は数少ないかと考えます。

説明経過を見ても患者が乳房温存に対し積極的な意思表示を行なう時間は十分にあったかと考えます。これも夫が医師であるからですが、夫ルートで独自の乳房温存治療への摸索は可能であるはずです。勤務医であればもちろんの事、開業医であってもさして難しくありません。

裁判所でさえ治療としての乳房切除術の判断は間違いないとしています。医学的には論議の余地さえない明々白々の状態であったと考えます。医学的に明々白々の状態に反する治療を行なっている医療施設など普通は知りませんし、知っている必要性もありません。知っていなくとも恥でも何でもありません。実際は噂や風の便りで、無茶苦茶な治療を行なっている病院を知ってはいますが、医師の良心から絶対に紹介しませんし、そもそも口にも出しません。

医療ではEBM(根拠に基づく医療)が重視されています。医療のすべてをEBMで判断する事はまだまだ不可能ですが、出来る限りEBMに基づこうと努力しています。少なくとも確実にEBMに基づけるものであるならば、その治療法以外は選択の余地なしとするのがもっとも正しい考え方かと思います。今回の症例はEBMに基づく事が十分可能であり、乳房温存は残念ながら不可能と判断せざるを得ません。

もっとも治療の最終選択は患者の手の中にあります。「死んでも構わないから乳房温存せよ」と希望されれば、それに従わざるを得ません。ただそのためには患者が強力かつ明確な意思表示を行なう必要があります。医師は基本原理として患者の治癒を望みます。この基本原理に反する希望は可能な限り反対します。そう簡単に成功の確率が極めて低い治療法を提示したり、容認したりしません。今回のケースもまず「死んでも構わない選択として乳房温存療法もあります」とは提案しないのが医師の倫理です。

今回B医師およびA医師が、今回の状況でも乳房温存をバクチのように行なう可能性のある病院の紹介を積極的に行なわなかったのは、それが医学の邪道であるからです。しかし裁判所は邪道治療を行なう病院を教える義務があると断言した事になります。そんじょそこらのJBMではありません。over the JBMというか、Real JBMとも言える代物です。

なんと言っても「義務」とまで書かれているのですから、日本中の医師はこれから邪道治療を積極的に行なっている医療機関を熟知しないといけません。また患者の意思を正しく「推認」する技量も必要です。患者の意思の「推認」を誤ったり、邪道治療を希望されて、それを行なっている病院を知らないと「義務」に反する事になり、説明責任を問われ賠償金を毟り取られます。

最後にこの判決の確定レベルですが、

    なお、上告は却下され、判決は確定している
上告棄却とは言え、最高裁レベルの「義務」が日本の医師すべてに課せられた事になります。