加古川心筋梗塞訴訟・法廷の実相

加古川心筋梗塞事件の判決文が入手できました。残念ながら判決文そのままではないのですが、判決文を直接読まれた方が要旨を出来るだけ書き出してまとめて頂いたもののようです。判決原文が入手できれば話は別ですが、そうでなければ現時点でもっとも詳細な情報かと考えます。公表許可は得ていますので、html化してupしています。できるだけ引用しながら解説しますが、原文も目を通されればと思います。

まず判決結果なのですが、

    原告の請求額がすべて認められている
原告完勝の訴訟であった事がわかります。

話題になった経過ですが、判決文は内部情報としてDr.I様が提供された情報とやや異なるものになっています。真相がどうであったかとは別問題になるかもしれませんが、訴訟で認定された内容ですので、それを踏まえて御理解ください。

まず前提認定事実として被告、原告とも争い無く認めた事実経過があります。

被告病院(以下,「Y病院」という)には,PCIをするための医療設備及び医療スタッフが存在せず,PCIをすることができない。

Y病院からPCIをすることができる近医(T市民病院等,SK病院)まではは20分程度。このほかHJ病院もあった(以下,「三病院」という)。

事件の舞台となったY病院とは加古川市民病院であり、この病院ではPCIが出来なかった事を改めて前提として認めています。またPCIができる搬送病院としてT市民病院、SK病院、HJ病院とありますが、これも高砂市民病院、神鋼加古川病院、姫路循環器病院と考えてもよいかと考えます。判決では内部情報で上がっていた三木市民病院、神戸大学病院は触れられていないようで、以後は搬送先の候補として三病院という表現を使っています。

続いて当直医と患者情報が書かれています。

Z医師は,非常勤医の日直で,消化器内科が専門。医師資格取得から約5年目。
当日の日直医は4名。内科はZ医師のみ。内科の外来担当看護師は2名。Z医師は,同日,内科における約100名の入院患者と緊急外来患者の診療をしており,多忙であった。

本件患者は64才男性。軽度の肝機能障害,痛風高脂血症,糖尿病のため,Y病院を掛かり付け医として利用していた。

問題の当直医は漠然と循環器医と考えていたフシもありましたが、5年目の消化器内科医であった事がわかります。患者も普段から加古川市民病院がかかりつけであったようです。事件は平成15年3月30日(日曜日)に起こっていますが、時系列に沿ってまとめてみます。



時刻
病院側対応
12時ごろ自宅で発作。家族がY病院に電話し,Y病院看護師が「心筋梗塞と思われるのですぐに来院するように」と指示。
12:15病院に到着
12:30この時間までに心電図検査がなされ,心電図上,II,III,aVfにST上昇が見られた。さらにZ医師は,本件患者を問診し,11時30分ころから胸痛が持続していることを聞いた。
12:39Z医師は,心筋梗塞を強く疑い,採血オーダーを出した。Z医師は,本件患者が急性心筋梗塞であると判断したが,直ちに上記三病院の一つに転送するための行動はとらなかった。
12:45ソリタT3 500mlを点滴してルート確保
13:03ミリスロールを点滴開始。本件患者の血圧は150/96で,胸部圧迫痛は持続していた。
13:10血液検査オーダーとは別途,Z医師自らトロポニン検査を実施したところ,心筋梗塞陰性との結果を得た。
13:40血液検査の結果が出て,心筋梗塞陰性だった。
13:50Z医師は,転送を決定し,高砂市民病院に転院の受入れを要請した。
14:15高砂市民病院から受入了承の連絡を受けた。
14:21救急車の出動を要請した。
14:25救急車到着。本件患者は,内科処置室の被告病院のストレッチャーの上で点滴を受けており,意識は清明
14:30救急車のストレッチャーに移す際に意識喪失,呼吸不安定。ストレッチャーに移された直後に徐脳硬直が見られた。それまでモニターは装着されていなかったし,容態急変の直後にもモニターは装着されていなかった。

Z医師は,これをみて,脳梗塞を合併したと疑い,救急隊にCT室に運ぶように指示したが,CT室に着く前に自発呼吸まで消失したので,蘇生のため処置室に戻した。
14:47エピネフリン投与。援助を求められた別医師が気管挿管
15:36死亡確認。なお電気的除細動は一度も行われていない。


2つほど補足情報を挙げておきます。14:30に搬送のためストレッチャーに移したときにモニター装着が無かったと認定されていますが、被告側は装着していたと主張されていますが、これは認定されていません。その理由は、

 「Z医師は,問診後,継続的なモニタリングをしていたと主張し,Z医師の証言,診療録の記録および診療報酬請求書にも,その主張に沿う部分がある。

 しかしながら,診療報酬請求書の記録によると,・・・・これは本件患者来院時間から死亡時間までの時間すべてに相当するものであって,実際に装着していた時間を記録したものとは考えにくく,後になって来院した時刻と死亡した時刻をもとに算定した時間を記録したものとみられ,その間に継続的なモニタ装着がなされていたとの事実を裏付ける証拠としての証明力は低いものといわざるを得ない。

 また,診療録の記録を見ても,Z医師が行った処置や本件患者の容態を記載した部分には,モニタを装着したことやモニタから得られた結果は記載されていない。診療録には,Z医師が本件患者の死亡後,家族に対し,モニタを装着していたが安定状態であった旨の説明をしたとの記載があるだけで,モニタ装着の有無及び時間を直接示す書証は見当たらない。

 さらに,本当に継続的にモニタリングがされていたなら,容態急変時にモニタを再装着することは極めて簡単な作業であったと思われるし,急性心筋梗塞の患者が突然意識を失う場合,心室細動がもっとも疑われるのであるから,心室細動の有無を確かめるためにもモニター再装着は不可欠であったと思われる。

 ところが本件では,モニターの再装着は一度も行われていないのであって,この点からも継続的なモニタリングがなされていたという点には疑問が生じるところである。

 こうしてみると,証拠によって,いつからいつまでモニタ装着がされていたかを認定することは困難であって,前記認定の事実経過では,その点の事実を認定していない。

心筋梗塞を疑い搬送までしようとしているのなら、モニター装着は必須かと考えるのですが、モニター装着の記載が無いので認定しないと解釈するのが良さそうです。

もう一つ同じく14:30に

    脳梗塞を合併したと疑い,救急隊にCT室に運ぶように指示した
この行為も裁判所はこう認定しています。

裁判所から「理由は不明である」,「不可解な行動」と評されている

どうも前提認定事実しての死因として裁判所は次のように認定しています。

急性心筋梗塞の合併症として発症した心室細動

この死亡原因が絶対の前提になったようで、被告側が主張した、心破裂、脳梗塞、急性大動脈解離等の可能性を否定されています。どうも裁判所がモニター装着も、CT検査の必要性も、認定ないし否定的に解釈したのは、急性心筋梗塞からの心室細動が死因と認定したからだと考えます。だからモニターを装着していれば「心室細動」は発見されたはずだからモニター装着はしていなかったと認定され、心室細動の患者に対し脳梗塞を疑ってCT検査を行なおうとしたのは「不可解な行動」と認定されたと考えるのが妥当なようです。

それとおそらくですが、解剖は行なわれていないと考えて良さそうです。解剖が行なわれていれば、被告側が死亡原因として可能性があると主張した、心破裂、脳梗塞、急性大動脈解離は有無が確認されたはずであり、それが可能性があるの主張に留まったのは証拠が無いからだと考えます。証拠が無いというレベルの話になると、裁判所が死亡原因について認定した心筋梗塞からの心室細動も推測レベルになるかとは思うのですが、そこまで断言した根拠はやはり鑑定書でしょうね。

ここまでが前提認定事実です。次に原告側が主張した加古川市民病院の過失です。

  1. 転送義務違反


      急性心筋梗塞の最善の治療法はPCIである。Z医師が心電図検査の結果を得たのは12時35分ころであり,直ちに近隣の専門病院であるT市民病院,SK病院に転送すべき義務があった。しかしZ医師が転送受け入れを要請したのは13時50分で,その後の転送手配も緩慢であったため,14時25分に救急車が到着した。


  2. 不整脈管理義務の懈怠


      心電図モニタによる持続的な不整脈関し,またはCCUに準じた看護師による持続的な血行動態の監視をし,期外収縮が発生すれば,抗不整脈薬リドカインを静注しなければならず,心室細動が生じるに至った場合は,直ちに電気的除細動をしなければならない。
この訴訟においては1.のみ事実認定が行われ、そこで過失が認定されたために2.についての判断は行なわれていません。ですから前提認定事実でモニターやCTについてのきわどい記述がありましたが、これは直接には判決に影響していません。しかし2.に関連する死亡原因が急性心筋梗塞からの心室細動に認定された事は間接的には大きな影響を及ぼしています。。

原告側の主張に対する被告側の反論の要旨です。

 SK病院,T市民病院に転送要請するためには,心電図検査のほか,血液検査の結果を備えることが事実上求められていた。Z医師が血液検査の結果が出るまで転送措置を開始しなかったことはやむを得ない。

「原告らは,Z医師が心電図検査の実施直後に転送義務を負っていたと主張する。

 しかしながら,当日は日曜日であり,被告病院近隣の専門病院はいずれも休診日で,転送を受け入れるためには,休息中の多数のスタッフを緊急に呼び出さなければならない事情があったから,被告病院としては,それら病院に配慮し,自己の施設で可能な基本的検査を実施すること,すなわち心電図検査及び血液検査の結果を添えた上で転送要請することが事実上求められていた。そして,同地域において病院間の協力態勢は確立されていなかった。

 そこでZ医師は,血液検査の結果を得てからでないと転送要請することはできなかったのであり,心電図検査実施直後に近隣の専門病院に転送要請することは困難であった。

読めばそのままなんですが、この裁判のある意味キモになる部分です。あえてまとめると、

    この地区の暗黙のローカルルールとして、休日時間外の心筋梗塞の転送のためには、心電図検査及び血液検査の結果を添えた上でなければできなかった。
上の時刻経過表を見てもらえばわかるのですが、12:30に心電図結果が得られ、12:39に当直医師は心筋梗塞を診断しています。ところが搬送要請を行なったのは13:40に採血結果が得られ、13:50に決定となっています。これが新聞報道にあった「70分の放置」かと考えます。この70分間に医師は何をしていたかといえば、ローカルルールの採血結果がそろうのを待っていたという事になります。

これに対する裁判所の認定は、

SK病院,T市民病院から,転送要請するため血液検査が要求されていた」との事実を認めるための証拠がない。

 なお,平成15年3月30日午前1時30分(本件前夜),Y病院に来院した患者(本件患者とは違う患者)がおり,Y病院の当直医は心筋梗塞を疑ってSK病院に転送要請したが,SK病院は,知らされた所見・症状から心筋梗塞と認めず,これを断ったことがある(この患者は,当直医によってミリスロール点滴が続けられたが症状は改善せず,同日4時30分ころHJ病院に救急搬送された)。しかし,この患者は,ST上昇があったが,心筋梗塞に典型的な症状ではなかったのであって,血液検査の未了を理由として転送が断られたものではない。

 また,本件でも,Z医師は13時50分ころ,血液検査において陽性の結果を得ることなくT市民病院に転送の受け入れを要請し,その承諾を得ていることからみても,血液検査の実施が必須であったと考えることは困難である。

(以下,判決文のまま)

「そもそも急性心筋梗塞の治療において最重要なことは,できるだけ早期にPCIを実施することであり,SK病院やT市民病院が24時間の急性心筋梗塞患者の救急受入れを実施しているのもそのためである。そして,心筋梗塞の急性期における血液検査が無意味であることくらい,そのような専門病院はよく理解しているはずであって,そのような専門病院が,心筋梗塞に典型的な心電図所見や臨床症状がみられる患者について,さらに血液検査の実施を要求するとはにわかに考えられないし,そのような要求が常態化しているとの不可解な地域医療の実情があるとも考えられない。

 上記両病院とも調査嘱託(※注 訴訟当事者からの申し出により,裁判所から両病院に対して質問を送り,両病院がそれに対して回答したもの)に対する回答書で血液検査の実施を要求していないと回答しているが,これを不可解な地域医療の実情を隠ぺいするための嘘と考える必要は何もなく,医学的見地から当然に導き出される取扱いを素直に述べたまでと受けとめるべきである。
 
 以上要するに,被告の上記主張は理由がない。

本当の真相はわかりませんが、姫路循環器も高砂市民病院も暗黙のローカルルールを公式には否定したために、加古川市民病院の主張は根拠を失い宙に浮いてしまったと考えたら良さそうです。問題の暗黙のローカルルールがあったかどうかですが、これは実際にこの地区で勤務された循環器の医師の御意見を聞きたいところです。個人的には被告がこれだけ主張しているのですから、本当はあったような気はするのですが、どうでしょうか。

とにもかくにも暗黙のローカルルールの存在を否定されてしまった被告側ですが、重ねて抵抗はしています。

 臨床の現場では急性心筋梗塞の疑いのある患者に対して全例において血液検査を実施している実情があるから,Z医師が血液検査の結果も添えて,近隣の専門病院に転送要請しようとしたことは自然であり,非難することはできない。

言っている事はわかります。搬送前であっても後であっても、PCIを行なうには血液検査が必要とされますし、その結果が出るまでは搬送後であっても治療は開始されないわけですから、搬送前の病院で検査を行っても時間的はそれほど変わらないとの主張かと考えます。これに対する裁判所の認定は、

 心筋梗塞発症2,3時間内においては血液検査の診断は無意味。「仮に,そのような臨床現場の実情があったとしても,患者の救命を第一に考えなければならない立場にある医師の転送義務を検討するに当たって,そのような実情を考慮することは相当でない。」

素直に読めば問答無用でトットと搬送せよの認定かと読み取れます。私は循環器医ではないのでなんとも言えないのですが、血液検査ではトロポニン検査でも陰性だったので、被告側が死因として可能性があると主張した大動脈解離はどうだったんだろうなと感じています。心電図の所見は私程度が読めば心筋梗塞を一も二も無く疑いますが、他に考える余地は本当に無かったのだろうかの疑問です。しかし裁判所の前提認定事実は心筋梗塞ですから、その前提からすると血液検査は無意味であるとの論理構成になっていると考えています。

判決文関係を読み出してからいつもドキドキするようになったのですが、因果関係の裁判所判断を引用します。

・・・・Y病院からT市民病院に転送要請の電話がされた後,受入れ了承の連絡がされ,実際に救急車が到着するまでの時間が35分であったと認められるところ,仮にZ医師が本件注意義務を果たし,12時39分ころに,転送措置に着手したならば,救急車が13時15分ころ,Y病院に到着していたと推認することができる。

 そして,前記第2の1に認定したとおり,Y病院からT市民病院又はSK病院まで患者を救急車で搬送し,処置室に運び込まれるまでの時間は,約20分であると認められるから,本件患者が処置室に運び込まれるのは13時35分ころであると認められる。

 前記・・・・認定の医学的知見及び調査嘱託の結果によれば,急性心筋梗塞患者を受け入れた専門病院としては,PCIが実施されるまでの間,CCUにおいて効果的な不整脈管理がされ,致死的不整脈が発生すれば,速やかに除細動などの救急措置が行われたであろうということができる。すなわち,本件注意義務が尽くされていれば,14時25分に心室細動が発生したのに電気的除細動さえもされないという最悪の事態を避けることができたはずである。

 次に,・・・・認定の事実によれば,SK病院が平成15年2月から4月までの間の休日に他院から急性心筋梗塞の転送を受け入れ,PCIを実施した症例(4例)のうち,入室から退室するまでもっとも長く要したのは3時間10分であったことが認められ,これら事実によれば,専門病院において,他院から転送を受け入れた場合,患者が来院してから,PCIの処置を完了するまでの時間は,特段の事情がなければ,長くても3時間程度であると推認することができる。

 これらから,本件患者が13時35分ころにT市民病院又はSK病院の処置室に運び込まれていれば,PCIの処置を終えるのは,遅くとも16時35分ころであったとみるのが相当であり,仮にZ医師が本件注意義務を果たしたならば,本件患者は,11時30分に心筋梗塞発症後,約5時間後である16時35分ころには,PCIの治療を完了していたと推認することができる。

 前記・・・・認定の医学的知見(※後述)によれば,再灌流療法は,発症から再疎通までの時間が短いほど効果が大きく,特に,発症12時間以内のST波上昇型の心筋梗塞であれば,再灌流療法のよい適応であるとされるから,Z医師が本件注意義務を果たしていたならば,本件患者は有効な再灌流療法を受けることができたといえる。
 そして,前記・・・・認定の医学的知見(※後述)を総合すれば,急性期再灌流療法が積極的に施行されるようになってからは,病院に到着した急性期心筋梗塞患者の死亡率は10パーセント以下であるとみるのが相当である。

 このようにしてみると,本件注意義務が果たされていたならば,本件患者は,併発する心室細動で死亡することはなく,無事,再灌流療法(PCI)を受けることができ,90パーセント程度の確率で生存していたと推認することができるから,Z医師の本件注意義務の懈怠と本件患者との死亡との間には因果関係が肯定される。

これは12:39に当直医が急性心筋梗塞の診断を下していた時点で「直ちに」搬送を行なったらどうなっていたのかのシミュレーションと考えれば良いかと思います。裁判所のシミュレーションをまとめると、


裁判所想定時刻
裁判所想定治療
12:39搬送作業開始
13:15救急車が加古川市民病院到着
13:35高砂市民病院到着
14:25心室細動が発生してもCCU内のはずだから、電気的除細動等で速やかに救命
16:35PCI無事完了


つまり心筋梗塞を診断した時点で素早く搬送に着手していたら、心室細動もCCU内で問題なく治療され、その後のPCIもごく普通のリスクの心筋梗塞治療であるから死亡率は10%未満となり、そうなれば90%は患者は生存していたはずである。それもこれも前提認定事実で患者に起こった除脳硬直が心室細動によるものと認定され、脳梗塞等の可能性を完全に否定しているので、一応は成り立つとしておかなければならないのでしょうか。どうも医学的には口の中がジャリジャリするような裁判所の「そうなるはず」の構図ですが、判決では「そうなるはず」と断定されています。

最後の最後に非常に興味深い一言が書かれています。

    なお,原告側からは,森功医師の意見書が提出されている。
この訴訟を担当した裁判長はあの橋詰均氏ですから、不吉なコンビネーションが神戸地裁で蠢動したとも考えられます。

前にもお知らせしたとおり、この訴訟は控訴断念で確定しております